94. NP:Outrageous Outrage - Skirmish
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「う、嘘でしょ……」
目付きの悪いスラムの少女──グレタは、受けた知らせに絶句した。
「ほ、本当よ!」
その知らせを告げた知り合いの街娼が、青い顔で震えながら言った。
「あ、あたしたちのシマを押さえていた『ゴロンゾ』ギャングが、壊滅したのよ!」
それは、スラムの勢力図が書き換えられたことをグレタが知った瞬間だった。
グレタが怪しい仮面の男──ヌフに助けられ、その傘下で働くこととなったのが昨日の昼。
そして、第一回の報告を上げたのが、昨日の夜だ。
ヌフに伝えた内容は、彼が最初に欲していたもの──スラムにおける大まかな勢力図だった。
フェルファスト全体で見れば、勢力と呼べる集まりはいくつかあり、大部分はギルドや集会といった合法的な組織だ。
表沙汰にできない組織は全体の凡そ十分の一に満たず、その多くがここスラムに集中している。
もちろんスラムにも互助が主体の「いい集まり」はあるが、残念ながら暴力と搾取が主体の「悪い組織」の方が圧倒的に多い。
大小合わせれば、優に20は超えるだろう。
それを昨日の夜、スラムを熟知しているグレタは隠すことなく全てヌフに報告した。
カーラもその場に居て、補足をしてくれた。
「ふむ……なら、先ずはその『ゴロンゾ』とかいうギャング崩れからだな」
報告を終えたグレタは、ヌフのそんな何気ない呟きを耳にした。
ゴロンゾから何を始めるのか、グレタは敢えて聞かなかった。
恐らく自分たちには関係のないことだし、何より、聞いてもいいことはない気がしたからだ。
触らぬトレントに毒なし。
スラムで生きていくコツである。
そうして一晩が過ぎた今朝、グレタはさらなる情報収集のために、世話になっている街娼を訪ねた。
誤解されがちだが、グレタとカーラが嫌っているのは「自分が娼婦になること」であって、別に娼婦全般が嫌いなわけではない。
悪い印象を持っているのも「娼婦だった自分の母親」だけであり、職業差別をしているわけではないのだ。
だから、彼女たちには娼婦の知り合いが沢山いる。
グレタがこの街のスラムで知り合った女は、その半分ほどが娼婦をしている。
みんな優しくて強かで、新参者だったグレタにも分け隔てなく接してくれた。
カーラほど親密ではないものの、利用し利用されるだけの間柄ではない、それ以上の関係性を築けている、とグレタはそう思っている。
実際、「スラムの女は皆が姉妹」というのは、彼女たち全員の共通認識だ。
スラムでは、女同士で食料や薬を分け合うのは当然のことだし、そうした助け合いができない女はすぐに「居なくなる」。
女がスラムに住むというのは、いつ強姦や人身売買の標的にされるか分からないということ。
だから、スラムの女性たちはこうした堅固なコミュニティを作り、互いを守りながら生きていく。
それができない者・したくない者は自ずと淘汰され、色んな意味で消える。
それがスラムにおける女性の立場なのだ。
そんなわけで、グレタはヌフから貰った資金を使って朝市でアプルルを2つ買い、差し入れとして携えて世話になっている街娼のもとを訪れた。
しかし、彼女の住処に彼女はおらず、いつも彼女が立っている街角にも居なかった。
何処に行ったのかとスラムを探してみれば、彼女は路地裏の暗がりで一人震えていたのだ。
そこで彼女から聞かされたのが、スラムで活動するギャングの一つである「ゴロンゾ」が壊滅した、という一報だった。
一人で震えていた街娼を朝日に照らされた壁沿いに座らせ、グレタは彼女から話の続きを聞く。
「あたし、昨日の夜、変なフードの男に会ったの」
昨晩のことを語る街娼の声は、明らかに震えていた。
いつも何だかんだとグレタとカーラを気にかけてくれる姉御肌の彼女だが、思い出しただけでも恐ろしいのか、その顔は可哀想なほどに青い。
「ゴルバに絡まれてる時に、そいつが突然現れて、あっという間にゴルバを伸して、そのまま連れ去ったのよ」
ゴルバとは、彼女が居る一帯の街娼を──勝手に──束ねているポン引き頭の名前だ。
大柄なブ男で、横暴で乱暴なことで知られている。
「その時に、そいつが言ったのよ……『こいつが所属するギャングは今夜、この世から消え去る』って」
ギュッと自分を抱きしめるように縮こまる街娼の女。
「まさかと思って、あたし、さっき奴らのアジトを覗いて見たのよ。そしたら……」
建物の中は、磔にされた死体で埋め尽くされていたという。
死体の数から、恐らく「ゴロンゾ」ギャング全員分あるだろう。
間違いなく壊滅、いや、完全消滅だ。
「間違いないわ、全部あのフードの男がやったのよ!」
醒めない悪夢に魘されるように叫ぶ街娼の女。
グレタはそんな彼女の背中を落ち着かせるように擦りながら、ヒッソリと冷や汗を流していた。
そのフードの男の正体に、心当たりがあった。あり過ぎた。
なにせ、つい昨日できた知り合いに「裏社会を半分ほど牛耳る」と言った怪しい仮面の男が居るのだ。
笑うに笑えない状況である。
これなら、ゴロンゾから何を始めるのか聞いとけばよかった……。
若干後悔しながらも、グレタは内心を顔に出さないように努める。
「ラ、ラメラ姉は、これからどうするの?」
グレタの問に、ラメラと呼ばれた街娼は怯えながらもハッキリと答えた。
「暫く、客を取るのは止めるわ」
彼女たちの仕事を仕切っていたギャングが丸ごと壊滅したのだ。
商売をしている場合ではない。
それに、これがもし「ゴロンゾ」ギャングの敵対勢力によるカチコミだったなら、「ゴロンゾ」に仕切られていた彼女たち街娼も攻撃の的になるかも知れない。
実際には、街娼たちはただ自分たちの生活を成り立たせるために必死に働いているだけで、断じてギャングになど属してはいないのだが、それでも一緒くたにされないとは限らない。
たとえ彼女たちの実態が暴力に負けて一方的に搾取されていただけの被害者だったとしても、他所からは「ギャングのために働く下っ端」に見られることもあるのだ。
スラムにおける街娼は、ギャングや暴力団にとって財産も同然なので、普通なら搾取はしても害しはしないのだが、そう思っていない馬鹿な組織もまたある。
もしそんな馬鹿な組織が「ゴロンゾ」ギャングを壊滅させたのであれば、ラメラたち街娼に累が及ぶことも多々考えられる。
遅かれ早かれ、どうせ何処かの裏組織が勝手に仕切り始めて、我が物顔で自分たちから搾取するのだ。
ならば、それまで表には顔を出さない方が賢明だろう。
「幸い、金だけは手に入れたからね」
ラメラは、自分の懐を服の上から押さえると、蒼白だった顔が少しだけ血色を取り戻した。
「金?」
「ああ、例のフードの男がくれたのさ。元はゴルバの財布だったけど、組織は壊滅するから取っておけって言われてね。つい持って来ちまったのさ」
知り合いの仮面の男らしいやり方に、グレタは微笑みそうになる口元を必死に引き締めた。
「どうせ泡銭なんだ、あんた達も必要なら言いなよ」
スラムでは助け合わなければ生きていけない。
自分で汗水流して稼いだ金ですら、場合によっては互いに融通し合うのがスラムの女達だ。
タダで拾った泡銭ならばなおさらだろう。
純粋に心配されたグレタは、ラメラの善意に感謝して頭を下げた。
差し入れである新鮮なアプルルを口にしたラメラが、久々の甘味に顔を綻ばせる。
それを眺めながら、グレタはため息を零す。
これが大きな波乱の前兆である気がしてならない。
そして自分は、あの男のせいでそれに巻き込まれる。
ラメラの話を聞いた時から、そんな嫌な予感が頭から離れない。
思わずもう一度零れた溜め息は、そのまま青い青い空へと吸い込まれて消えていった。




