89. NP:彼の居ぬ間に〜ピエラ村狂想曲①
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薬草師の少年と同居人の少女を送り出したピエラ村は、復興に大忙しだった。
復興とはいっても、そこまで酷い被害が出たわけではない。
むしろ、被害状況はストックフォード伯爵領を見渡しても圧倒的に少ない方だろう。
それは偏に、村の守護神であるジャーキーが守ってくれたお陰だ……と全ての村人が考えている。
勿論、それに嘘偽りはないし、実際、表立った魔物被害を食い止めてくれたのは間違いなくジャーキーだ。彼を称賛するのは当然のことと言えるだろう。
ただ、その背後で糸を引いていた人間が居ることは知られていない。
被害は少ないとは言うものの、やはり早急に処理しないといけないことは多々ある。
一番の懸念事項である畑の修復に始まり、瓦礫の撤去、村内の清掃、荒れた道路や崩れた灌漑水路の補修など、やることは意外に多い。
人手は、いくらあっても足りない状況だ。
が、だからといって無闇矢鱈に人手を増やすわけには行かない。
特に小さい子供たちは、復興作業に参加させるわけには行かない。
畑の修復や道路の補修といった主要な復興作業は純粋な力仕事なので、子どもたちには務まらない。
瓦礫の撤去などは非常に危険なので、むしろ作業の際は子供たちを遠ざける必要すらある。
そんなわけで、男連中と働き盛りの女たちは村の復興に赴き、乳児たちはいつもどおり婆さん連中と一緒にホメット婆さんの家に集まり、互いの面倒を見合っっている。
しかし、全ての人間がこれに当てはまる訳ではない。
ここに、そんな集団行動を逸脱したマイノリティたちがいた。
「「魔物のカイタイをするぞー!」」
高らかにそう宣言したのは、モコモコの犬耳とフサフサ犬尻尾を生やした獣人族の双子男児──アウンとオウン。
「すげー面白そう! 行く行く!」
目を輝かせながらそう追随したのは、サラサラの茶髪を短く切り揃えたエルフ族の男の子──ミュート。
「わ、わたしはケビンのか、看病にいかないと……」
涙目でそう申し出たのは、気弱で愛らしい顔立ちのドワーフ族女児──トゥニ。
「泣かないでトゥニ、後で一緒に行ってあげるから」
トゥニを支持しているようで実際はアウンたちに付いて行く気満々な発言をしたのは、ミュートとそっくりな顔立ちのエルフ族の女の子──ミューナ。
「駄目だよ。魔物の死体は使える物が一杯あって、売ったらお金になるんだから、僕らで勝手に解体したら怒られちゃうよ」
苦い顔でそう苦言を呈したのは、真面目を絵に書いたような細身な人族の男の子──ハリー。
ピエラ村の「低年齢組」で、トラブルメーカーの6人組だ。
「ハリーはいっつも母ちゃんみたいなことゆうよな!」
「うちの母ちゃんも、何でもすぐにダメダメってゆってたな!」
苦労人ハリーの良識的な意見に、文句を垂れる獣人族の双子。
当のハリーは、こめかみをピクピクさせながら二人に拳骨を落とした。
「いいかい、ふたりとも。いつもなら僕もそこまでうるさく言わないんだけど──」
「「ウソだ、いっつもうるさくゆってるじゃん……あ痛っ!」」
話の半分でボソッと失礼なことを呟くアウンとオウンに、ハリーは再度拳骨を落とす。
「おっほん!
いつもなら僕もそこまでうるさく言わないんだけど……でも、今回ばかりはワガママは駄目だよ」
6人の中で最年長らしいハリーが、諭すように言う。
「みんなが大変なときに迷惑かけちゃ駄目だよ。それに、今はナイン兄ちゃんがいなんだ。怪我なんかしたら大変だろ?」
「「うっ……」」
村で唯一の薬草師である黒髪の少年が居ないことを思い出したアウンとオウンが、言葉に詰まる。
二人にとっては、他人に迷惑を掛けることよりも、大人に怒られることよりも、怪我を治してくれる人が居ないことのほうが大事のようだ。
……いや、もしかしたら、治してくれる人がいないせいで怪我したら何日も遊べなくなることこそが、一番の大事なのかもしれない。
「う〜ん、一応、わたしもおにいちゃんからケガの手当てのしかたを教えてもらってるけど、大きなケガは無理かなぁ」
ミューナが補足する。
たまに薬草師の少年の代わりに店番をする彼女は、簡単な応急処置ができる。
ただ、あくまでも応急処置であるため、頼りになるほどの腕前ではない。
アウンとオウンがこれまでに負ってきた怪我を考えれば、彼女では力不足だろう。
余談だが、家主の少年がオルガとミューナに応急処置の方法を教えていると知ったエレインが少年のところに突撃して「あたしにも教えなさいよ!」と要求し、後に避難所における医療・医薬品の管理者になったことは、周知の事実である。
「今回ばかりは、おとなしく遊ぼうね」
「「ぐぬぬぬ……」」
納得いかないように唸る幼い獣人族の双子。
「そうだぜ、お前ら」
そこに、これまた腕白そうな声が舞い降りる。
「「あ、エドにぃ」」
アウンとオウンの返事の通り、ピエラ村の少年組の一人で、薬草師の少年の友人の一人でもある人族の少年──エドだ。
「エドにいちゃん、なんでここに? 畑のお手伝いしてたんじゃないの?」
「おうよ。親父に『サボるやつはいらん!』って言われて追い出されてきたぜ!」
ハリーの当然の質問に、エドは満面のドヤ顔で応える。
よく見れば、エドの頭頂部はポッコリと盛り上がっていた。
げんこつの跡だろう。
「で、お前ら、なんか楽しそうなことしようとしてただろ? 俺も一緒に行ってやるよ」
「「ほんと!?」」
「おうよ」
「「やったーー!」」
皆のジト目を一身に浴びていたエドがそう提案すると、アウンとオウンが歓喜する。
年長者であるエドが同行してくれるなら、それは大人から許可を貰ったも同然だ。
これで大手を振って好き勝手できるというもの。
それに、いつもはあまり遊ぶ機会がない年上のお兄ちゃんお姉ちゃんと遊べるのは、年少組からすればかなり新鮮なことだ。
一緒に遊んでくれることが、純粋に嬉しかった。
「で、何やろうとしてたんだ?」
「「魔物のカイタイ!」」
「お、魔物の解体か! いつもケビンとナインがやってるやつな。横から見てて面白そうだなと思ってたんだよ」
ワクワク全開のアウンとオウン。
なかなか乗り気のエド。
それを見て諦め顔のハリー。
そんなハリーの肩をペシペシと叩きながら笑うミュート。
ケビンという名にピクリと反応するトゥニ。
そんなトゥニをぎゅぅぅぅと抱きしめるミューナ。
どうやら、7人による魔物解体イベントが決定したようだ。
「よっしゃ。そんじゃ、レッツゴー!」
「「ごーー!」」
エドの音頭に引きつられて、子供たちは歩き出す。
「何やってんの馬鹿エド!」
そこに、待ったが掛かる。
子供たちの背後に現れたのは、目を吊り上げた獣人族の少女。
「げっ、アビー!」
「『げっ』って何よ、『げっ』って!」
「あいでっ!」
恋人の登場に驚くエド。
が、態度があまりにも失礼だったので、すかさず制裁を食らった。
「あんた、またしょうもない事しようとしてるでしょ?」
恋人の詰問に、エドは目を泳がせながらなんとか回答を絞り出す。
「い、いや、ほら、こいつらが危ない遊びをしないか見張るやつが必要だろ?」
「そもそも、なんであんたはここに居んのよ? おじさんたちと畑の手直ししてたんじゃないの?」
「いやぁ、それが……」
「まさか、サボってたから追い出されたんじゃないでしょうね?」
己の行動を見てきたかのように言い当てられ、エドが項垂れる。
彼氏が彼女に勝つことは、どの世界でも不可能なのかもしれない。
捨てられた子犬のように項垂れるエドに、アビーは「まったくしょうがないわね」といった感じでため息を吐いた。
「あんただけだと不安だから、あたしも付いていくわ」
てっきりこっ酷く怒られるものだと思っていたエドは、恋人の言葉にガバッと顔を上げる。
「さすが俺のアビー! 理解あるいい女だぜ!」
「まったく、調子いいんだから」
ダメ男のあからさまな称賛に満更でもない顔をするダメンズ好き女。
なかなかにお似合いなカップルである。
「で、みんなで何しようとしてたわけ?」
「「魔物のカイタイ!」」
アウンとオウンが元気いっぱいに応える。
見れば、アビーはちょっと呆れ顔だ。
「……そんなのやって楽しいの?」
「お前はいつもオルガとくっちゃべってるから見たことないかもれないけど、意外と面白いぞ」
薬草師の少年の家に遊びに行くと、アビーは大体オルガと一緒に居て、二人で飽きることなくお喋りをしている。
だから、少年たちが裏庭で何をしているのか具体的に見たことはなかった。
「分かったわ」
「よっしゃ! じゃあ、行くぞお前ら!」
「「おーー!」」
仕方ないと肩をすくめるアビー。
子供たちより10も歳が上なのに、探検隊の隊長のようにやる気満々のエド。
そして、元気いっぱいの──死んだ魚のような目の男児一名と涙目の女児一名を除く──子供たち。
こうして、トラブルメーカーたちに新しく2人の少年少女(二人とも成人済み)が加わったのだった。
薬草師の少年と同居人の超絶美少女が居なくなったピエラ村は、ちょっとした物足りなさを含みながら、今日も日常を歩む。




