88. NP:黒の契約者と仲間たちの帰路
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この頃、アレンが変だ。
金色の長髪を先端だけ紐で結んだエルフ族の少女──ダナンは、前方を歩くPTリーダーの背中を眺めながら、何度目かになる感想を抱いた。
正確に言えば、アレンが「変」なのは前からだ。
居もしない強敵を夢想して不敵な笑みを浮かべたり、かと思えば突然左腕を押さえながら「くっ、静まれ俺の左腕!」と唱えたり、暫くすれば悲壮感溢れる顔で「これが抗えぬ運命というもの、か……」と独り言ちたり、とにかく異常行動と捉えられても仕方ないような奇行をよくしていた。
ダナンには、それらが全部アレンのお遊びだと分かっていた。
自分が偉大な存在になる夢など、冒険者ならば誰しもが一度は見るもの。
中には「俺は将来ビッグになる男だ!」と恥ずかしげもなく宣言する人間もいる。
アレンも、高らかに宣言こそしないものの、常日頃からそんな夢想に浸って遊んで……もとい目標の再確認をしているのだろう、とダナンは考えていた。
それでアレンのモチベーションが保つのであれば良いことだし、たまにはそんなアレンの愉快な行動が場の雰囲気を和ませてくれることもある。
尤も、微妙な空気になることのほうが圧倒的に多いのだが……それは兎も角。
そうしてアレンの奇行の数々を見てきたダナンだが、つい先日、あり得ないことを目撃した。
アレンが突然、強大な力に「覚醒」したのだ。
その力がなんなのか、ダナンには分からない。
だが、その覚醒によってアレンがレベル7の魔物を圧倒したことだけは確かだ。
ダナンはレクトと共にその全過程を目撃している。
確かに、アレンは常日頃から「自分の左腕には隠された力が秘められている」という「頭痛が痛い」みたいな重言を口にしていたが、誰もそれを本当のことだとは考えていなかった。
恐らく、アレン本人も本気ではなかっただろう。
それなのに。
アレンは突如として、本当に「覚醒」した。
左腕はドラゴンのように変質し、魔力はドラゴンのように膨大となり、戦闘力はドラゴンのように高まった。
それこそ、タナト・アラフニを一撃で消し飛ばせる程までに変貌したのだ。
これは、ただ事ではない。
後々聞いてみたが、どうやらアレン本人も不明瞭な点が多いらしく、なぜ突如として覚醒したのか、何時どうやってその力を宿したのか、そしてその力が何なのか、自分でも何一つ説明できなかった。
ただ分かることは、この覚醒がアレンの身体に悪影響を与えていない、ということ。
そして、どうやら何時でも好きな時に使えるわけではないらしい、ということ。
先頭を歩くアレンを見る。
彼は、ぼんやりとしたかと思えば、まるで恋人の温もりを思い出すかのようにだらしない顔で己の二の腕を愛おしそうに撫で回し、すぐさままるで嫌な人間を思い出したかのように忌々しそうに親指の爪をガジガジと噛り始め、最後に気を取り直すように首を振ると黒い笑顔で左腕をグッと押さえつけた。
そんな百面相を披露する危ない少年に、ダナンはやれやれと溜息を吐いた。
あの覚醒から、アレンの奇行が以前に増して酷くなっている。
なんだかんだ言って、アレンは優秀な冒険者だ。
仕事のときは常に全神経を集中させ、全力で事に当たる。
決して気を緩めないし、いつも完璧を心がけている。
その結果のランク6だし、そんな彼をみんなが尊敬している。
しかし、今のアレンは明らかに上の空だ。
心ここに在らざれば、視れども見れず。
冒険者にとっては非常に危険な状態と言わざるを得ない。
それも仕方がない、とダナンは考える。
ここ数日で、あまりにも多くの出来事が起きた。
領の危機。
アレンの初恋。
初めての恋敵。
強大すぎる魔物。
そして、突如の覚醒。
初めての事が多すぎるし、意味不明なことも多すぎる。
その全部が短期間に一斉に起きたのだ。
高ランク冒険者とはいえまだ18歳でしかないアレンにとっては、一度には消化しきれない濃密さだろう。
だから、多少の奇行は仕方ない、とダナンは理解を示すことにした。
ただ…………
一人数役をやりながら前方を歩くアレンを見て、ダナンは不安を抱いた。
あれは、果たして「多少」の範囲に入るのだろうか?
あれは、果たしてまだ正常の範疇なのだろうか?
あれは、果たしてもとに戻るのだろうか?
そんな言いしれぬ不安が胸中を過ぎり、ダナンは思わず救いを求めるように後方を振り返った。
隊列の末尾を守るように歩いていたレクトと目が合い………………すぐに目を逸らされた。
俺に聞くなみたいな態度を取られ、ダナンはこれまで感じていた不安が真っ赤に塗りつぶされる程の殺意を抱いた。
パーティーのことは、全員のことだ。
他人事みたいな顔をしているが、アレンの変調はレクトにも多大な影響を及ぼす。
それをさも「俺、関係ねーし」みたいな顔で目を逸らされると、なんとかしようと苦労している自分がバカみたいに思えてしまい、途轍もなくイラッとする。
ダナンの殺意を感じ取ったのか、レクトが諦めたようにため息を吐いて、ダナンをちょいちょいと手招きする。
ダナンは歩くスピードを少し落とし、アレンから距離を取るように後方のレクトと合流した。
「あれは、俺達にはどうしようもねぇ。放っとけ」
「そうは言うけどね、あれじゃあ、ゴブリン相手にも不覚を取りかねないわよ」
無責任なレクトの発言に、ダナンが抗議する。
「それに、アレンが本調子じゃないと、あたしたちの活動にも影響するでしょ?」
「他人がなんとかできるもんじゃねぇだろ、ありゃあ」
そう言って、レクトが顎をしゃくって前方のアレンを指す。
見れば、アレンは「クククッ、フフフッ、ハハハッ」と一人で不気味な含み笑いを漏らしているところだった。
「……重傷ね」
「だろ? 大体、他人の恋路に首突っ込んでいい死に方した奴はいねぇぜ。特に、アレンは色々と拗らせてるみてぇだしな」
「ぬ〜〜、それを言われると……」
「それに、アレンのあのやべぇ力も、何時でも使えるわけじゃねぇって話らしいしじゃねぇか。なら、考えようによっては、今のアレンは精神的なこと以外、以前とそう変わりはねぇとも取れる。だったら、俺たちはあれこれ変に悩まねぇで、今まで通り振る舞えばいいんだよ」
「……あんたは気楽でいいわね」
「お前が悩み過ぎなんだよ」
態度は軽いが、レクトの言っていることはご尤もだ。
今のアレンの状態は、どちらかといえば「心の問題」が大きい。
そういったデリケートなことまでケアできるほど、ダナンもレクトも万能ではない。
時が解決してくれる。
今はそう願うしかないのだ。
「とにかく、今は早くフェルファストに帰って報告することを考えようぜ」
「それもそうね」
魔物の大移動の元凶は排した。
このことを早くギルドに報告しなければ、ギルドも次の行動が取れない。
依頼だの義務だのの前に、領を思う領民として一刻も早く帰りたいところだ。
拠点である領都フェルファストに戻るまで、通常であれば凡そ10日の道程になる。
道中にある村々を守るために逃げてきた魔物をできるだけ討伐しながら進む予定なので、恐らく3〜4日は多く要することになる。
もう3日は進んできているので、フェルファストに帰れるのは10〜11日後になるだろう。
それまでは、アレン自身で悩んでもらって、できるだけ自分で気持ちに決着を付けてもらいたい。
帰還後も引きずってPTの活動に影響が出るようなら、その時にまた考えよう。
割り切れば、少しだけ気が楽になった。
ダナンは晴れやかになった顔で前を向いて歩き出す。
「遠距離恋愛は波乱が多いって聞くしな」
最後にそんな不穏な呟きを漏らしたレクトに、ダナンは晴れやかになったばかりの顔を唖然とさせた。
そして、これから迎えるだろう波乱を想像して、また項垂れたのだった。
ここから視点変化が激しくなります。ご了承下さい(`・ω・́)ゝ
あと、日曜日(30日)に先日削除した拙作「シュウの異世界冒険記」の改稿版を投稿いたします。
こちらは既存のストーリーに添削を加えたもので、1話からの再投稿になります。
空想SFからのファンタジー転移もので、不定期投稿になりますが、一度お目通しいただければ幸いです(o_ _)o




