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85. 初めての宿屋 in 異世界

 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願い致します。<( _ _ )>

 フェルファストの南東に位置する宿屋街。

 その一角に鎮座する大衆宿屋──「大鷲亭」。

 4階建ての小きれいな建物に小さな厩舎が併設されている、趣のある宿屋だ。

 俺とオルガはレオポルト8世を宿屋の厩舎に預け、フロントまで来ていた。


「いらっしゃい、お二人さん。泊まりかい?」


 カウンターの奥に座るふっくらしたおばちゃんが快活そうに尋ねてくる。


「こんにちは女将さん。二人部屋を一つお願いしたいんだけど、一泊いくら?」


 オルガに目線だけで「二人部屋でいいよな?」と問うと、無言で頷かれた。

 男女7歳にして色々と同じゅうせずとは言うが、相手はあのクールと冷静と真面目が服を着て歩いているオルガだ。

 今更「一緒の部屋で寝泊まりなんて恥ずかしい ( ○≧艸≦) キャッ♡」などという展開は起こり得ない。

 それどころか、彼女の無言の頷きには「宿泊代が安く済むのでそれ以外の選択肢は存在しません」という意思が在々と含まれていた。

 頼もし過ぎですオルガさんマジ男前。


「二人部屋なら、朝食付きで一泊銅貨90枚、厩舎を使うなら別途で銅貨10枚、合わせて銀貨1枚だよ。連泊してくれるなら割引もあるよ」

「割引って、どれくらい割り引いてくれるの?」

「二人部屋なら10日以上の宿泊で一日あたり銅貨80枚、月極で一日あたり銅貨65枚だねぇ。10日超えの宿泊で厩舎代が半額だよ」

「じゃあ15日で」


 俺たちの滞在日数の目標は15〜17日だ。

 移動距離と移動速度に基づいた日数計算なら全行程で20〜25日かかっても不思議ではないが、それだとネイバーズ一家に預けたミュートとミューナがちょっと心配になる。

 だから、村の皆に怪しまれないギリギリの日数──15〜17日を目標にした。

 移動を俺の魔法で済ませるならば、滞在は15日くらいが妥当(限界)だろう。


「なら一泊銅貨80枚だね。15日で……銀貨12枚、厩舎代と合わせて……銀貨12枚と銅貨75枚だよ」

「それでお願いします」

「あいよ。じゃあ、登録しちまおうかね。身分証を出しな」


 グラッドたちの話では、ちゃんと身分証を要求してちゃんと台帳に登録する宿は比較的治安のいい宿であるらしい。

 安宿の多くは金さえ払えば泊まれるところが多いが、その分、セキュリティーはガバガバ。というか、セキュリティーなど無い。

 料金と釣り合う環境であるため、そういう宿屋は殆どが窃盗犯の巣窟らしく、盗める物が何もない真の貧乏人か同業者(盗人)以外に泊まる人間はいないそうだ。


 逆に、高級宿などは身分認証と登録を徹底しており、専門の警備も雇っているため、セキュリティー面は優秀だ。

 この「大鷲亭」のような中級の宿の場合は、専門の警備こそ雇えないものの、家族や知り合いを雇って雑用係と警備員にしていることが多い。

 さっき厩舎でレオポルト8世を預けていた時に俺たちを案内してくれたあの馬丁(?)らしき人も、2メートル近い巨体とはち切れんばかりの筋肉を有していたから、恐らく駄獣の世話役と警備員(マッスル)を兼任しているのだろう。


 女将さんに仮登録証を渡して台帳への記入を終わらせると、俺は宿泊代を払うために財布を取り出す。

 財布から鈍銀色の四角いプレートのような貨幣を1枚、同じく鈍銀色の丸い硬貨を2枚、鈍褐色の円柱のような貨幣を1本、同じく鈍褐色の四角いプレートのような貨幣を2枚、そしてこれまた鈍褐色の丸い硬貨を5枚取り出し、女将さんに渡した。



 日本円硬貨に「1円玉」「5円玉」「10円玉」「50円玉」「100円玉」「500円玉」があるように、この国の貨幣も扱いやすいよう額面ごとに違う形状をしている。


 銅貨と銀貨と金貨と白金貨にはそれぞれ「硬貨」「硬板」「硬条」があり、それぞれの額面は「1」「10」「50」となっている。

 貨幣のデザインは額面ごとに統一されており、違うのは貨幣に使われている素材だけ。

 色は、銅貨が鈍銅色で、銀貨が鈍銀色、金貨が鈍金色となっている。白金貨はまだ見たことがないので分からない。


 額面が「1」である「硬貨」は丸い形状で、大きさは一円玉ほど。

 触感は素材(銅・銀・金・白金)に関係なくどれも硬めで、大昔の地球の貨幣のように柔らかくはない。

 表側には年老いた男の横顔の肖像画、裏面にはペガサスらしきイラストと「1」という小さな数字が打刻されている。

 硬貨と言ったらこれ、という感じのオーソドックスな貨幣である。

 銅貨も、銀貨も、金貨も、白金貨も、額面が「1」の硬貨の形状は全部これで、呼び方はそのまんま「銅貨1枚」「銀貨1枚」「金貨1枚」「白金貨1枚」だ。


 額面が「10」である「硬板」は薄い板状の貨幣で、大きさは板チョコの2ブロック分ほど。

 触感は素材(銅・銀・金・白金)に関係なくどれも固めで、「ザ・金属の板」という感じだ。

 表側には凛々しい女性の横顔の肖像画、裏面にはフェンリルらしきイラストと「10」という小さな数字が打刻されている。

 日本人からすれば貨幣というにはいささか違和感がある形状だが、1円玉大の銅貨10枚よりも圧倒的に嵩張らないし、見ずとも形だけで額面が分かるので、利便性は抜群だ。

 これも、銅貨・銀貨・金貨・白金貨にかかわらず額面が「10」の硬貨は全部この形状で、呼び方は「銅貨10枚(銅板1枚)」「銀貨10枚(銀板1枚)」「金貨10枚(金板1枚)」「白金貨10枚(白金板1枚)」となる。

 尤も、庶民の間では「◯◯貨10枚」の方が一般的だが。


 最後に、額面が「50」である「硬条」は細い円柱状の貨幣で、一般的な鉛筆の三分の一ほどの長さと太さをしている。

 触感は素材(銅・銀・金・白金)に関係なくどれも硬めで、金属棒感が強い。

 円柱の曲面には若い男の横顔が打刻されており、朱印でも付けて紙の上で転がせば、綺麗な肖像画が印刷されるだろう。

 円柱の両底面にはそれぞれグリフォンらしきイラストと「50」という小さな数字が打刻されている。

 これまた日本人には馴染みのない形状の貨幣だが、金属の板を5枚持ち歩くよりも圧倒的にコンパクトだし、盲牌でも一発で財布の中から探し当てられるので、便利であるのは確実だ。

 形状が棒状なので、呼び方はそれぞれ「銅貨50枚(銅条1本)」「銀貨50枚(銀条1本)」「金貨50枚(金条1本)」「白金貨50枚(白金条1本)」となる。

 これも硬板同様、庶民的の間では「◯◯貨50枚」という方が一般的だ。



 さて。

 宿泊料は銀貨12枚と銅貨75枚なので、硬貨に直すと「銀板1枚」「銀貨2枚」「銅条1本」「銅板2枚」「銅貨5枚」となる。

 日本で775円の商品を買ったときの支払と同じ感覚だ。


「はい、銀貨12枚と銅貨75枚ね」


 ちなみに、俺の財布には結構な額のお金が入っている。

 具体的には金貨が2枚、銀貨が250枚相当、銅貨が800枚相当だ。

 もちろん全部、俺を襲った盗賊たちの遺産(寄付金)である。


 ただ残念ながら、これしきのお金では何をするにも足りない。

 これは俺の私財(出処開示不能)なので、買い出し資金に含めることができない。

 俺の最大の目的である情報網作りに関しても、これしきの金額ではそれこそ何の足しにもならない。

 薬草の売却は必須として、それ以外にも何か金策を考えなければいけないかもしれない。


 と、そんなことを考えていると、代金を受け取った女将さんが人好きのする笑顔でカウンターの下から何かをジャラジャラと渡してきた。


「じゃあ、これが錠と鍵だね。部屋は……二階の208が空いてるから、そこだね」


 受け取ってみると、ジャラジャラしたものは2対の錠と鍵だった。

 錠はスマホのような形をしており、中央に鍵穴がある。所謂「突き出し錠」というやつで、蔵を施錠するのによく使われている「古いタイプの錠」といえば想像しやすいだろうか。

 鍵もそれに合わせたもので、「F」の形になっているノスタルジックなものだ。

 そんな錠と鍵が2対。


 ふむ。

 どうやら、東南アジアやアフリカ諸国の格安モーテルと同じシステムらしい。

 部屋のドア自体に錠枚が内蔵されていないので、自分で掛け金に錠を通して施錠するのだ。

 それを部屋の外側と内側の両方でできるように、錠と鍵を2つ渡されている。

 現代日本人から見れば「更衣室のロッカーじゃないんだから」と原始的に思われるかもしれないが、錠と掛け金がそれなりに丈夫であれば安全性はある程度稼げる。

 この世界の文明レベルと店側のコストを考えれば、コスパはこれが一番いいだろう。

 というか、ピエラムラにある我が家の玄関なんて閂だけだし、各自の部屋のドアに至っては公衆トイレなんかで使っているスライド式の鍵(アバトリーロック)で、しかも木製だ。

 アウンとオウンが巫山戯てぶつかっただけで折れるくらい脆い代物だから、それと比べたら幾らでもマシだろう。


「朝食は『1の鐘』からね。『3の鐘』が鳴るまでならいつでも食べにきな。食堂はあっちだよ」


 そう言って、女将さんはカウンターから見て右側にある大扉を指差した。


 女将さんが言っていた「1の鐘」「2の鐘」というのは、この街での時間の知らせ方のこと。

 ここフェルファストの中央広場には高い高い鐘楼があり、時間になると一定回数の鐘が鳴るようになっている。

 鳴る間隔は2時間おきで、一日で合計9回、鳴鐘がなされる。


 一日の始まりを告げる起床の号令──「1の鐘」が鳴るのは、早朝4時。鳴る回数は1回。

 食材の仕込みが必要なレストランや炉の火起こしが必要な鍛冶屋などが仕事を始める合図──「2の鐘」が鳴るのは、朝6時。鳴る回数は2回。

 行政機関の始業を告知する──「3の鐘」が鳴るのは、午前8時。鳴る回数は3回

 主婦に昼食の準備を促す──「4の鐘」が鳴るのは、午前10時。鳴る回数は4回。

 昼食の時間を知らせる──「5の鐘」が鳴るのは、正午12時。鳴る回数は5回。

 食後の微睡みを覚ます──「6の鐘」が鳴るのは、午後14時。鳴る回数は6回。

 酒場や娼館などの夜の商売の準備を告げる──「7の鐘」が鳴るのは、午後16時。鳴る回数は7回。

 一日の仕事の終りと晩餐の始まりを意味する──「8の鐘」が鳴るのは、夜18時。鳴る回数は8回。

 夜番の開始と一日の終了を告げる最後の鐘──「9の鐘」が鳴るのは、夜20時。鳴る回数は……睡眠を妨げないためか……1回だけだ。


 貴族や豪商などは時計を持っているので、現代人と同じように秒刻みで精確な時間を知れるらしいが、そんな高価なものを持っていない一般庶民は、ほぼ全員がこの鐘の音で時間を把握している。

 普段は時を告げるこの鐘の音だが、非常時には警鐘としても機能するらしい。

 街の何処にいても聞こえるので、即座に街全域に警告が届くようになっている。

 ちなみに、我がピエラ村では時を知るのに日時計を利用しており、警鐘の代わりにジャーキーとホイッスルを頼りにしている。

 ローコストよりも安い、ノーコストである。(๑⁼̴̀д⁼̴́๑) ドヤァ


「昼食と夕食は別途で一食30銅貨、それぞれ『4の鐘』と『7の鐘』からだよ」

「あいよ。ありがとう、女将さん」

「ありがとうございました」

「じゃあ、ごゆっくり〜〜」


 ……女将さんの最後のニヤケ顔がちょっと気になるが、まぁいいだろう。






 二階に上がって右の通路を奥に進むと、俺達の208号室があった。

 部屋同士の間隔を見るに、どうやら二階は全部二人部屋らしい。


 部屋に入ると、簡素ながら清潔な内装が姿を見せる。

 白いシーツが敷かれたベッドが2床並んでおり、部屋の6割の面積を占めている。

 ベッドの横にはサイドテーブルが一つ、壁際には小さめのデスクと簡素な椅子が2脚置いてあり、部屋の奥の角には小さめのクローゼットが備え付けてある。

 全て木製で、なかなかに味がある作りだ。

 扉の正面には大きめの窓があり、採光は申し分ない。

 ただ、透明なガラスではなく、磨りガラスのように半透明な材質であるため、景色までは見えない。

 防犯的な観点で言えば、これはこれで悪くないかも知れない。


 うん、湿り気もないし、異臭もしないし、明るくて風通しもいい。

 ここにしてよかった、と素直に思えるいい部屋だな。

 見れば、オルガも気に入ったのか、随分と柔らかい表情をしている。


 着替えと生活用品が入った麻袋を部屋に置き、一つ伸びをする。


「じゃあ、ちょっくら部屋を弄りますかね」


 そう言って、俺は魔法を発動する。

 難しいことはしない。

 壁に音漏れ防止と気配探知、窓と扉に微弱な強化を掛けるくらいだ。

 あのお色気ギルマスみたいな人間がいることが分かった以上、魔法の軽はずみな乱用はできない。

 だから、この部屋に常設しておく魔法も、「微弱」程度のものが限界だろう。

 あまりやり過ぎると、変なところから変な勘ぐりが来かねないからね。



「さて、一息ついたところで、これからについて相談しようか」

「想定外のこともありましたが、取り敢えずは予定通りでいいのではないでしょうか」

「つまり、サクッと薬草の売却を済ませて、パパッと資材を買い込む。そして残った時間で俺はじ〜っくりと情報網の構築、と?」

「はい。ただ、残念ながら、私にできることはそれほど多くないので、資材の買い込みが終わればもうやることが無くなってしまいますが」

「気にすんなって。その時はゆっくり街の散策でもしていればいいよ」


 オルガを連れてきたのも、半分は俺の我儘だからね。

 何かを無理強いする気はないし、せっかく大都市に出てきたのだから楽しく過ごしてもらいたい。


「あ、そうだ。だったら、代わりにやって欲しいことがあるんだけど、いい?」

「勿論です」

「本屋とか図書館とか本がある場所を探して、どんな本が置いてあるのか、ちょっと見てきて欲しいかな。目次っぽいものが作れれば最高だけど、最悪、どんなジャンルの本があるかだけでも分かればいいよ」


 本は英知の結晶である。

 知識や技術だけでなく、歴史文化から思考思想まで、本を読み解けばその全てが分かってくる。

 この世界に対する理解を深めるのに、これほど適した手段もないだろう。

 主要目標ではないが、暇があるのならば見たほうがいい。


「分かりました。できるだけ詳細に記録してみます」

「任せた」


 というわけで、先ずは資材購入の資金作りだ。

 薬草をできるだけ高く売らなきゃね。


※鳴鐘時刻の設定を変更しました。ストーリーに変更はありません。

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