228. S01:†謎多き裏事情のプレディクト†
――――― Side: 01 ―――――
翌日。
早朝の冒険者ギルドに、アレンたちは来ていた。
相変わらず人集りができている依頼ボードには近寄らず、アレンたちは少し離れたところから依頼を吟味する。
彼らの視力をもってすれば、これくらいは簡単だ。
「なぁアレン」
「なんだレクト」
大きな依頼ボードを見つめたままのレクトに、同じく依頼ボードを見つめたままのアレンが応じる。
二人が並んで見つめているコルク製の依頼ボードは、所狭しと貼られた依頼書のせいで真っ白になっている。
「気のせいかも知れねぇけどよぉ……ピーターパーラーに行く依頼、多くね?」
「気のせいなどではないぞ、レクトよ。間違いなく多い」
「だよな?」
「うむ」
依頼ボードを見つめたまま、二人は会話を続ける。
「これってよぉ……なんか変じゃね?」
「普通ではないな」
「よく見たら、依頼人が全部商会だぜ? この街でも有名な大商会から、聞いたこともねぇ商会まで、色んなやつが一斉に依頼を出してやがる」
「面白いのは、それらの依頼の内容が全て『商会の輸送隊の護衛依頼』というところだろうな。ほぼ全ての商会が、ほぼ同じ時期に、ほぼ同じ内容の依頼を出している」
依頼ボードを見つめたまま、レクトが首を傾げる。
「やっぱ変だよな。だって、商会の輸送隊って、普通は自前の護衛部隊とか、専属契約している冒険者とか、そういうのを持ってるもんだろ? 輸送隊を出すんだったら、そういうのを護衛につければよくね?」
「お前の言う通りだ。行商人個人の荷馬車程度ならまだしも、今回は商会という大きな組織が編成する、輸送隊という大金が動く車列だ。普通なら、商会お抱えの護衛部隊をつける。今回みたいに部外者である一般冒険者を加えるなど、そうないことだろう」
「輸送隊の規模が急にデカくなっちまって、お抱えの専属護衛だけじゃ足りなくなったか? それとも輸送隊の結成が急すぎて、お抱えの専属護衛の都合が合わなかったか?」
「さぁな。ただ、何か大きく儲けられる出来事が起きているのは確かだ」
「まぁ、商会が一斉に動き出しているからな」
商人とは、儲けるチャンスを嗅ぎつけると真っ先に飛びつく人種だ。
そして商会は、そんな商人たちが集ってできた、儲けることこそを最優先とする組織だ。
商会が形振り構わずに動き出したということは、必ずその先に大きな商機が存在しているということ。
「だが、それらの依頼は些細なことだ」
そう言って、アレンは依頼ボードの中央部を指差す。
どの角度からもよく見える、依頼ボードで一番目立つ場所だ。
そこには、一枚の羊皮紙が貼られていた。
「最も注目すべきは、あれだろう」
四隅をピンでとめられているその羊皮紙は、見るからに高級感に溢れており、流麗な文字で依頼内容が書かれている。
他の依頼書とは雰囲気からして大きく違っていた。
「捺印を見てみろ」
「……おいおい……ありゃあ、領主の署名に、この領の公印じゃねぇか!
ってこたぁ、何か?
ありゃあ、領主からの『公的依頼』ってことか?」
「そういうことだ」
「……まさか、ピーターパーラーで魔物の氾濫が起きやがったのか?」
「確証はないが、恐らくは違うだろう」
落ち着いた様子で首を横に振るアレン。
「確かに、この領で領主が直々に公的依頼を出す案件といえばピーターパーラー関連が殆どだが、今年の魔物の間引きは既に例年通りに行われている。俺たちも、半年前にそれに参加している。氾濫が起きるほど魔物が増えるとすれば、最低でも冬以降になるはずだ」
「じゃあ、例年通りじゃねぇ何かが起きたってことじゃねぇのか?」
「それもないだろう。もし何か異常事態が起きて氾濫の兆候が出たのであれば、あそこに貼られているのは『常設依頼』ではなく『緊急依頼』になっているはずだ」
アレンの言葉に、レクトが目を細めて羊皮紙の左上に押されている一際鮮やかで濃い印を見る。
ギルドが依頼を分類するために押す、「依頼分類印」だ。
「あ、ほんとだ。押されてるの、『緊急依頼』の赤印じゃなくて『常設依頼』の緑印だ」
「だろう? 恐らく、あれは領主主導による事業か何かだ」
「事業、ねぇ……」
「内容を見てみろ」
胡乱げな眼差しで羊皮紙を眺めるレクトに、アレンは書かれている内容にフォーカスするように促す。
「依頼内容は『領内を周回する輸送隊の護衛』だ」
「移動経路は……ほうほう。フェルファストからドーセット川に沿って西に下って、フロント・ウィッカムに入る。で、そこで荷物を積み込んだら、今度はドーセット川に沿って北に遡上して、領北部にある『フーリンガム』で一度補給し、そのまま領東北部にある指定地で荷物を下ろして、そのままフェルファストに戻る、と」
「うむ。基本的には『フェルファスト』『フロント・ウィッカム』『フーリンガム』の3都市を順に周回するルートだな」
頭の中にこの領の地図を思い浮かべながら、アレンは依頼書の続きを読む。
「受注条件は『ランク3以上』、人数制限は『無制限』、達成条件は『都市への無事の到達』、依頼報酬は『移動距離に応じた金額』だそうだ。ここは商会が出した依頼とあまり変わらないな」
「移動距離に応じた金額、ねぇ……。なんか途中で護衛を降りてもいい、みてぇな言い方だな」
「その通りよ」
依頼書を読みながら話し合う二人の間に、第三者の声が割り込む。
「お、戻ったかダナン」
その声の主──ダナンに気がついたレクトが、そちらを向く。
アレンがダナンに問う。
「どうだった、ダナン? 受付けで何か良い依頼を紹介してもらえたか?」
冒険者ギルドでは、冒険者に向けて個々人に適した依頼の紹介を行なっている。
冒険者の中には文字が読めなかったり、情報収集能力が低かったりする者が少なくない。
そういった人間は、自分に適した依頼を選ぶことができず、頻繁に依頼を失敗したり、果には依頼の最中に命を落としたりする。
そういった冒険者を救済・支援するためにあるのが、この依頼紹介サービスだ。
ギルド側としても、このサービスを通じて冒険者の死傷率を下げられるだけでなく、依頼達成率も上げられるので、およそ全ての支部で採用されている。
ダナンも、先程この依頼紹介サービスを利用して来たばかりだ。
「良さそうなものを紹介してもらったわ。まさに今レクトが言ってた依頼よ」
「ほう。あの領主の公的依頼か?」
「ええ」
ダナンも加わって、三人で並んで依頼ボードを見つめる。
「さっきのレクトに付け加えると、この護衛依頼は、受注する時に事前申請さえしておけば、好きな区間を指定して護衛に参加することができるわ」
「お? ってことはよ、フェルファストから|フロント・ウィッカム《ピーターパーラー大樹海》までの間だけ護衛する、ってことでもいいのか?」
「そういうこと。だから報酬が『移動距離に応じた金額』になっているのよ」
「なるほど、合理的だな」
「そうね。移動経路を見る限り、全行程に参加するとなると、結構な長期依頼になるわ。それだと受けられる人間が少なくなっちゃう、って考えたんでしょうね。だから、こうして参加区間を自由に指定できるようにしているんだと思う」
「だな。暇な奴はずっと輸送隊についていけばいい金になるし、俺らみたいにピーターパーラーに行きたいだけの奴は移動ついでに依頼もこなせるから万々歳、ってな」
「私たちのためにあるような依頼よね」
嬉しそうにするレクトとダナン。
だが、アレンだけが首を傾げていた。
「……しかし、なぜ突然このような依頼が出たのだろうな?」
豪奢な作りの依頼書を眺めながら、アレンは顎に手を当てて考える。
「移動経路から察するに、輸送隊が運ぶ『荷物』とは、恐らくピーターパーラーから取れる素材のことだろう」
「まぁ、フロント・ウィッカムっつったら、ピーターパーラーの手前にある前線基地みたいな街だからな。わざわざそこまで積みに行くってんなら、荷物はピーターパーラー関連の素材で確定だろうよ」
「『荷物』の行き先に関しても不明点がある。領東北部にある『指定地』とやらで荷物を下ろすことになっているが……あの一帯には殆どなにも無いはずだ。そんなところにピーターパーラーの素材を持っていく理由とは、一体なんだ?」
アレンの言葉に、ダナンが難しい顔で応じる。
「ねぇアレン……それって、あたしたちに何か関係あることなの?」
「む?」
「さっき、ギルドの受付けでこの依頼について話を聞いてきたけど、別に気になる追加説明とかはなかったわ」
ギルドに出された依頼は、依頼ボードに張り出される前にギルド側から簡易的な背景調査がなされる。
これは、ギルドの名を借りた詐欺やギルドを介した闇取引などを防ぐための防衛手段であり、ギルド加盟者をトラブルから守る処置でもある。
背景調査で怪しいと判断された依頼は、基本的に不受理となり、場合によってはギルド側から衛兵隊や騎士団に通報することもある。
当然、背景調査をくぐり抜けた依頼の中にも、裏事情を秘めたものも存在する。
が、そういったものは依頼発注者側と協議し、できるだけ事情を依頼書に記載することになっている。
もしそれが個人の名誉や集団の利益に関わる事情であれば、依頼書での公開がなされない代わりに、受付けの場でギルド側から受注予定の冒険者へ簡単な注意喚起と事情説明がなされることになっている。
ダナンが口にした「追加説明」とはこれのことだ。
「依頼を受ける前に下調べしておくのは当然だけど、それも場合によるでしょ? 今回のは見知らぬ個人からの怪しげな依頼じゃなくて、領主お墨付きの公的依頼よ。信頼性は抜群だと思うけど」
「そうだぜ、アレン。もしこの前の魔物の大移動ん時みたいなヤベェことが起きてんなら、ギルドから何かしらの説明があって然るべきだろ。それがねぇってんなら、問題はねぇってこった」
「う〜む、それもそうだが……」
「裏を読み続けてもキリがねぇだろ。だいたい、俺らは先ず『拒絶城壁のブレスレット』の実地試験をするって、昨日決めたばっかだろ? なら、今はそっちを優先した方がいいんじゃねぇか?」
「レクトに賛成。あたしは、一刻も早く『拒絶城壁のブレスレット』を使いこなせるようにしておきたいわ」
レクトとダナンの言葉に、アレンは少し考え、やがて眉間のシワを解いた。
「……そうだな。何かよくないことが起きているのであれば、『緊急依頼』として張り出されているはずだからな」
自分たちは冒険者であって、情報屋ではないのだ。
何事にも首を突っ込んでいてはきりがないし、そうすべきでもない。
今は、自分たちが強くなることを優先すべきだろう。
「うむ。では、この公的依頼を受けるとしよう。
区間は、ここフェルファストからフロント・ウィッカムまでの往路のみ。
これでどうだ?」
「それで行きましょう」
「ま、どうせピーターパーラーに行くついでだしな」
3人は頷き合うと、そのまま受付けへと向かったのだった。




