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221. S02:現地払いでご宿泊

 ――――― Side: 02 ―――――




 ラメラに連れられて、イオナは「巣穴通り」に到着する。

 露天が一面を埋め尽くす「闇市通り」とは違い、「巣穴通り」は整然とした商店が軒を並べる場所だった。

 道幅は相変わらず狭いが、両サイドを挟む商店はそれなりに清潔で、補修も行き渡っている。

 チラホラと見える真新しい建物は、最近になって建てられたものだろう。

 新旧入り乱れたその光景は、さながらモザイク画のようである。


 通りを歩く人の数は、明らかに少ない。

 全体的な人数もそうだが、特に一般市民の姿が目に見えて減っている。

 それも仕方ないかも知れない。

 なにせ、道行く人々は、その殆どが厳つい見た目の警邏か、暗い匂いを漂わせた裏社会の住人だ。一般住民では気後れしてしまうだろう。


 ただ、人通りは少なくとも、寂れた感じはしないし、暴力の気配も一切感じられない。

 これまで見てきた通りとはまた違う、特殊な雰囲気の場所だった。


「ここよ」


 そう言ってラメラが足を止めたのは、一軒の宿屋の前。

 建物は古い石造りで、5階建て。

 この辺りの平均よりも1〜2階ほど高く、所々に真新しい補修跡がある。

 各部屋の窓には鉄格子が嵌められており、外観は少しばかり厳つい。

 入り口の上には「宿屋ハードアイズ」と書かれた大きな看板が掲げられていた。


「ハードアイズ……ここがラメラおすすめの宿屋?」

「そう。ここの女将とは知り合いでね、質は保証できるわ」


 言いながら、ラメラが入り口の扉を押し開く。

 チリリンとドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。ようこそ宿屋ハードアイズへ」


 高めの少女の声が、二人を出迎える。


「客を連れてきたよ、カーラ」

「何時もありがとう、ラメラ姉」


 ラメラが正面カウンターの中に座る少女と挨拶を交わすと、カーラと呼ばれたその少女はイオナがいる辺りに顔を向けてきた。


「いらっしゃいませ。宿泊ですか?」


 見れば、少女の視線は微妙にイオナからズレており、目の焦点も合っていない。

 恐らく、目が見えていないのだろう。


「ええ。一人部屋を借りたいのだけれど、幾らかしら?」


 目のことには一切触れず、イオナはカーラに問う。


「一人部屋なら一泊で銀貨1枚になります」

「……結構するのね」

「……ごめんなさい。本当はラメラ姉の紹介だから安くしてあげたいんだけど、規則があるから、値引きはできないんです」


 申し訳無さそうに頭を下げてくるカーラに、ラメラが横から非難がましい眼差しを向けてくる。

 どうやら彼女は、カーラをかなり可愛がっているらしい。


「謝らないでちょうだい。何時も安宿に泊まっているから、思わず比べてしまっただけだから。ラメラから聞いたのだけれど、ここの宿は安全なのでしょう?」

「はい。安全は保証します」

「なら、安全である分、表通りの宿よりもお得ということになるわね」


 微笑みながらそうフォローすると、カーラははにかんだ。


「安くできない代わりに、サービスはしますから」

「それは助かるわ。そうね……じゃあ、とりあえず3日でお願い」

「わかりました」


 財布から取り出した銀貨3枚をカーラに渡すと、彼女はそれをカウンターの下にある金属箱の中に仕舞う。

 そして、そばに置いてある鍵付きの木箱を手探りで探し当てると、そこから木の棒を3本数え、取り出した。

 続けて、もう一方の手でカウンター裏にズラリと並べられた細長な木箱の中から蓋が空いているものを一つ探り当てると、それが空っぽである事を確認し、手にしている3本の木の棒を入れてから蓋を閉じた。

 見れば、その細長い木箱の蓋には凸起が4つと凹みが3つ彫られており、横には「403」と書かれている。

 カーラはその4つの凸起と3つの凹みを指で確かめるようになぞると、


「お部屋は403号室になります。4階に上がった右側にある廊下の、手間前から数えて3番目の部屋です」


 とイオナに告げた。

 そして、カウンターの下にあるキーラックへ手を伸ばし、4つの凸起と3つの凹みが彫られているラックを探し当てると、掛けられている鍵を手に取り、彫られている凹凸を確認するようになぞってから、その鍵をイオナに手渡した。


「これが部屋の鍵になります」

「ありがとう」


 随分と複雑な形をした鍵を受け取りながら、イオナは笑顔の下で感嘆する。


 目が見えないカーラでも、何の支障もなく業務をこなせている。

 それができるよう、ちゃん仕組みが考えられている。

 これだけ見ても、ここの連中が彼女を気にかけていることが分かる。

 ならば、影から彼女を守る存在も、きっと居るだろう。

 盲目な彼女を護衛もなく一人で店番に置くはずがない。


 そう考えたイオナは、周囲に意識を集中させ、コッソリと人の気配を探る。


 居た。

 階段へと繋がる廊下の曲がり角だ。

 数は1。

 鼠かなにかと思うくらい気配が小さくて薄いから、隠密が得意な人間だろう。

 間違いない、これがカーラの護衛だ。

 この宿屋の用心棒も兼ねているのだろうが、立ち位置的に、メインはカーラの護衛だ。

 でなければ、隠密が得意な人間ではなく、威圧が得意な人間を選んでいるはずだ。


 顔に浮かべた淡い笑顔を崩すことなく、イオナは素知らぬフリで受け取った鍵をポケットに仕舞う。


 これでこのカーラという盲目の少女がそれなりに重要な人物だということが分かったわけだが、それをわざわざここで指摘する必要はない。

 隠れている護衛に関しても、宿屋に用心棒が居るのは当たり前のことなので、いちいち反応する必要はない。


「食事は、朝食が銅貨20枚、夕食が銅貨30枚です。献立は『おまかせ』のみとなります」

「分かったわ」


 イオナが了承を示すと、カーラが僅かばかりに声を張り上げた。


「ガウリロさ〜ん、案内をお願いしま〜す」


 すると、横合いの廊下から曲刀を下げた長身痩躯の男が姿を表した。

 先程イオナが探り当てた、カーラの護衛(宿屋の用心棒)と思しき気配の持ち主だ。

 まるで空間から溶け出るような出現の仕方だった。


「…………」


 ガウリロと呼ばれた長身痩躯の男は、自分の唐突な登場にも動じないイオナにその剣呑な光を湛えた目を向けると、舐めるように観察した。

 戦う者が相手の実力を推し量る時にする、典型的な仕草だ。


「相変わらず辛気臭い顔だね。少しくらい笑ったらどうだい。一緒に居るカーラの気が滅入っちまうじゃないかい」


 女性らしい口調からぶっきら棒な口調に戻ったラメラが、理不尽極まりない不満を口にする。

 言われている方のガウリロは、イオナから視線を外し、元々むすっとしていた顔を更にむすっとさせて応じた。


「……こいつは目が見えん。……だから、こいつの気分も俺の顔に影響されん」

「なんだい!? カーラのことバカにしてんのかい!?」

「……違う。……事実を述べただけだ」

「カーラのことを悪く言う奴は、あたしら女衆が許さないよ!?」

「……だから、違うと言っている」


 ガウリロに対してチンピラみたいな絡み方をするラメラ。

 すると、当事者であるカーラが堪らず間に割って入った。


「あんまりガウリロさんをいじめないであげて、ラメラ姉」

「そうは言ってもね、カーラ……こいつは、あんたを敵に売り渡したあの玉無しのダッソを、自分の手下にしたんだよ? あたし達が殺そうとしてたのを、無理やり止めてね。 そんな道理の通らない事をした奴を、あんたは許せるのかい?」

「許すも何も、ガウリロさんは私に何もしてないし、むしろ何時も良くしてくれてるよ? 恨む理由なんてないわ。ダッソのことにしても、ガウリロさんの命令で闇鉱山に送られて死ぬよりも辛い目に遭ってるって聞いたよ? みんなも、それで溜飲を下げたと思ってたんだけど」

「それを、あたしらは誰も自分の目で見てないからね。こいつの言葉だけを信じるなんて到底できないのさ」

「まぁまぁ、ラメラ姉。ガウリロさんは邪眼赤鼠レッドハードアイラットから派遣されて来た人だよ? 言葉を信じないなんて、ガウリロさんにも邪眼赤鼠レッドハードアイラットにも失礼でしょう?」

「む……」


 言葉に詰まるラメラ。

 カーラはガウリロが居る辺りに顔を向ける。


「ごめんなさい、ガウリロさん。みんなを代表して謝るわ。みんな、ダッソのことが嫌いってだけで、ガウリロさんを悪く思ってるわけじゃないの」

「……気にしていない。……それに、仕事に気分は関係ない」

「なんだいその返事は!? カーラが謝ってんだよ!? もっと気の利いた事の一つくらい言えないのかい!?」

「ラメラ姉!」


 余計な逆ギレをカーラに叱られて、しょんぼりとするラメラ。

 そんな二人を他所に、ガウリロはその剣呑な光が宿る目をイオナへと向けた。


「部屋まで案内する。付いてこい」


 カーラやラメラを相手にする時とは違う、硬質な声と事務的な口調。

 恐らく、これがガウリロという男の仕事モードなのだろう。


 説教するカーラと説教されるラメラをその場に残し、イオナはガウリロについて階段を上がっていった。


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