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209. 必要な物って大抵が必要な時に限って手元にないんだよね

「そう言えば」


 オルガが思い出したように尋ねてくる。


「先程は『色々と作っているところ』と言いましたが、それは前に話していた『大きな避難所』や『呼ぶと守りに来てくれる鎧』のことですか?」

「そうそれ」


 実を言うと、俺は「()()()()()()()()()()析システム(ブラザー)」計画や「()()()()()()()()()()()()()()()」計画の他にも、幾つかの計画を同時にビルドしている。

 オルガが口にした「大きな避難所」と「呼ぶと守りに来てくれる鎧」も、その中に含まれている。


 先ずは「大きな避難所」だが、これは戦争や自然災害に備えた大型地下シェルターのこと。

 その名も「大深度完全独立避難所(ピエラズ・アーク)」計画だ。

 最初は「ノアの方舟」の神話から名前を取って「ナインズ・アーク計画」にしようかと考えたが、なんだか物凄くナルシスティックな気がしたので、村の名前で命名することにした。


 で、「呼ぶと守りに来てくれる鎧」というのは、保護対象と常に相対的静止を保っている宇宙ステーションから緊急時にのみ投下される護衛機械傀儡(アンドロイド)のこと。

 その名も「()()()()()()()()()()()()()()()()」計画だ。

 最初は「タイ◯ンフォール計画」と「ヤキ◯リ計画」のどちらかにしようと思ったのだが、なんとなくどちらもアウトな気がしたので、今の名前に落ち着いた。



「『大きな避難所』に関しては、例の『調理場(お仕置き部屋)』をモデルケースとして実地試験したから、設計と運用に不備がないことは既に確認済み。あとは建築資材が揃えば建設に着工できるようになるよ」

「ここでも資材不足ですか」

「まぁな。村の全住人を余裕を持って避難させられる規模を想定しているから、地下にちょっとした町を作る必要があるんだよ」

「……村長宅の倉庫を大きくしたようなものを想像していたのですが……町、ですか?」

「ああ。長期避難にも耐えられるようにするつもりだから、それくらいの規模にはなるな」

「それは……確かにいくら資材があっても足りませんね」

「内部の住居とかは普通の木材や石材を使えばいいんだけど……魔法金属の部分がネックなんだよね」

「魔法金属を建材に使うのですか?」

「そうだよ。この前行ったフェルファストでも、ドデカい冒険者ギルドとか、確実に高さ100メートルを超えてる鐘楼とか、大型格納庫かってくらい広い神殿とか、結構デカい建物がいっぱいあっただろ? あれらにも魔法金属が建材として使われてるぞ」

「教育係のエイダさんからチラッとだけ聞いたことがありましたが、本当だったんですね」

「まぁ、鉄筋みたいに建物内部にガッツリ仕込んでいるのは殆どないみたいだけどな。支柱や梁の一部に補強材としてちょびっとだけ使う、って感じだったよ」


 費用面を考えれば、それも仕方ないだろう。

 現代でオーダーメイドハウスを建てる時も、金具やフローリングなどの摩耗が激しい部分はいいものを使ってその他は安物で済ませたほうがコスパはいいからね。性能がいいからと全てを最高品質のもので揃えたら、お金がいくらあっても足りない。


「魔法金属がネックと言いましたが、どこに使うのですか?」

「施設全体の外郭構造だな。大深度地下になると圧力が半端じゃないから、普通の建材じゃ耐えられないんだ。だから、施設の筐体構造を維持するためにも、梁や支柱だけじゃなくて構造全体を魔法金属で作る必要があるんだよ」


 内部空間を十分に確保しつつマントルの超高圧にも耐えられる素材となると、もう魔法金属しか思いつかない。

 居住空間に関しては木材や石材など色々な選択肢があるだろうが、避難所そのものの外殻は高強度の魔法金属一択だろう。


「魔法金属……ですか」


 オルガが考える仕草をする。


「……私の記憶違いでなければ、あなたは頭がおかしいことに魔法金属をゼロから作り出せたはずでは?」

「……なんかついでみたいな感じで罵られたような気がするけど……まぁ、できるか出来ないかで言えば、できるよ」


 魔法金属の多くは普通の金属の高次元同位体なので、作り出すこと自体はさほど難しいわけではない。

 4次元魔法を使えば物質の構造を弄るのは簡単だし、欲しい物質の性質さえ分かっていれば既存の物質を文字通り魔改造すればいいだけなので、チャチャッと作ることができる。

 身近なところで言えば、俺の工房に置いてある「完全無反応白鉄(デッドマンズアイアン)」製の作業台がその良い例だろう。

 あれは俺が裏山の土壌から集めた砂鉄に電子移動制限とエントロピー変化の強制固定化を付与して作り出したもので、化学反応に対して非常に高い抵抗性を有する。腐食性物質を直置きしても汚れすらつかないから、薬の調合台にはもってこいだ。


 もちろん、魔法金属の中には既存の金属とは似ても似つかない、奇妙奇天烈な構造と性質のものもある。

 そういったものは既存の物質を弄って作ろうとしても遠回りになるだけなので、ゼロから存在そのものを新たに定義して()()するのが一般的だ。

 例えば、オルガのイヤリングやミュート・ミューナのホイッスルに内蔵されている記述コアの素材である「賢者の希鉄(ワイズマンズアイアン)」がその典型例だろう。

 構造強度が高い(情報を多く書き込める)賢者の希鉄(ワイズマンズアイアン)」だが、実は魔法抵抗が魔法金属の中で最小クラスだったりする。つまり、他の魔法金属に比べて構成式の書き込みに対する反発が少なく、定着しやすいのだ。構成式を起動する際にエラーが発生し難いので、記述コアの素材としてはまさにピカイチの性能といえる。

 ただ、自然界には存在しない物質である上に、既存の非魔法物質(ノーマル・マテリアル)とは構造が完全に異なるため、既存の物質を弄くり回しても作り出すことはできない。入手方法は、ほぼ8次元魔法による物質創造の一択である。

 魔法道具(マジックアイテム)が冷遇されている現代の地球ではそれほどポピュラーな物質ではないが、儀式魔法に欠かせない触媒であるため、今でも細々と作られている。俺の場合、こっちの世界に来てからよく魔法道具(マジックアイテム)を作っているので、度々お世話になっている。


 既存の物質を改造するにせよ、ゼロから創造するにせよ、魔法金属を作り出すこと自体はそこまで難しいわけではない。

 現に、俺もちょいちょい作っては、色んな所にちょこっとずつ使っている。

 なので、オルガの「出来るか否か」の質問に対する俺の答えは「できる」だ。


「では、計画に必要な魔法金属も、それで賄えばいいのでは?」

「作れはするんだけど……量が問題なんだよね」

「大量に作り出すのは難しい、ということですか?」

「そゆこと」


 家族4人分のご飯を作るのは大した苦労にならないが、全校生徒400人分の給食を作るとなると話は大分変わってくる。


「俺が想定している規模のシェルターだと、必要となる魔法金属は最低でも12000トン、設計変更や拡張のための予備資材を合わせれば14000トン弱になる。その全部を魔法で作り出すのは、さすに無理だよ」


 物質創造をする場合、その物質が恒常的に存在し続けられるよう8次元情報を定義して付与する必要があるのだが、この部分の構成式の構築がかなり面倒臭い。

 人の都合のいいように創造された物質は、その殆どが自然界では異質な存在であるため、確実と言っていいほど他の物質や周辺環境と概念的矛盾を起こす。

 そうなると、創造された物質は「衝突的アルキメデス概念崩壊」という現象によって跡形もなく崩壊してしまう。

 それを避けるには、物質を創造する過程で定義する8次元情報に「アルキメデス式適応変動メカニズム」という構造を組み込めばいいのだが、この構造の複雑さは創造する物質の性質と量に大きく依存する。

 細かいことを省いて言えば、作る量が多ければ多いほど構成式がデカくて複雑になる、ということだ。

 これまでのように魔法金属を数グラム〜数十グラム創る程度であれば、小さめの構成式で済む。しかし、10000トンを超える量となると、もうどれだけデカくて複雑な構成式になるか想像すらつかない。

 理論上はできるだろうが、何年もこれに掛かりっきりになってしまうだろう。

 それでは本末転倒だ。


「た、確かに、如何な変態であるあなたでも、その量はさすがに無理ですね……」


 俺が口にした14000トンという量に慄いたのか、オルガが口の端を引き攣らせる。

 軽く俺へのディスりが入っているけど、もう慣れたのでスルー。


「ってなわけで、自分でゼロから作るんじゃなくて、欲しい魔法金属を産出する鉱山を見つけて採掘するつもりだ」


 協会によって厳格な管理がなされている地球とは違い、この世界は天然の魔法植物や魔法鉱石が至るところに転がっている。

 その中には、俺が欲しい魔法金属に似た構造の鉱石もあるだろう。

 それを入手して建材とする、というのが俺の考えだ。


 当然ながら、言うのは簡単でも、やろうと思えばそれなりの準備が必要になる。

 適当なところを掘ればダイアモンドが埋まっているわけではないように、先ずは欲しい鉱石が埋蔵されている鉱脈を発見するところから始める必要があるだろう。

 また、ステンレスがそのまま鉱石として鉱山に生えているわけではないように、たとえ鉱脈が見つかったとしても、採掘した後には鉱石の選別や冶金といった作業が待っているし、場合によっては魔法で構造を多少弄る必要もある。

 一口に「欲しい魔法金属を鉱山から採掘する」と言っても、そこには決して少なくない仕事があるのだ。


 ただ──それでも、ゼロから魔法金属を大量に創り出すよりは何万倍も楽である。

 精錬くらいなら魔法で一度に大量にできるし、構造や成分の微調整も低次元の魔法だけで済ませられる。

 掛かる手間は、自分の机の掃除と百階建てのオフィスビル丸々一棟の掃除くらい違うだろう。


 ご飯を炊くのにわざわざ自分で稲作から始める必要などない。

 米屋やスーパー(あるところ)から買って(持って)くればいいのである。


「鉱山に当たりは付けているのですか?」

「一応ね。結構近場だよ」

「もしかして、裏山ですか?」

「まさか。あんな人里に近い場所を掘り返したりしたら、誰かに見られちゃうだろ? 色々と資源は豊富にあるだろうけど、隠密性を考えたら選択肢には入らないよ」

「あなたなら魔法で裏山ごと隠蔽できるのでは?」

「いやいや、そんな大掛かりなことしたら高確率で面倒臭いことになるよ」


 現に、あのお色気ギルマスみたいな鋭い人間がすぐ側にいるのだ。

 ちょびっと魔法を使うぐらいなら問題はないだろうけど、裏山全体を覆うほどの大規模魔法を使ったりなんかしたら、どこで誰に感知されるか分かったものではない。


「では、どこで採掘を?」

「狙ってるのは、この領の西にある『ピーターパーラー大樹海』っていう場所だな。奥の方に龍穴……天然の魔力溜まりがあるらしいから、魔法金属の鉱脈がある可能性がかなり高い」


 天然の魔法鉱石は、一般鉱物が長期間に渡って魔力に晒され続けることで生み出されることが多い。

 例えば、銀の高次元同位体であるミスリルなどは、銀の原子構造を魔法で弄って人工的に作り出すこともできるが、普通の銀鉱石が自然魔力に長期間晒され続けることでも自然と生み出される。

 実際、天然のミスリルは大体がこの方法で生成されている。


 こういった天然の魔法鉱石は、自然魔力が希薄な地球ではかなり少なく、自然魔力の源である地殻付近か、「龍脈」と呼ばれる地中深くを通る目に見えない自然魔力の通り道の近くか、「龍穴」と呼ばれる地表や海底に通じている龍脈の末端の周辺でしか見つかっていない。

 加えて、魔法使い協会が天然の魔法鉱山を厳格に管理しているため、一般の魔法使いにはその場所が秘匿されている。

 天然の魔法鉱石を入手したければ、協会に申請を提出するしかない。

 この「天然の魔法鉱石が入手困難」という状況が魔法使いの「魔法道具(マジックアイテム)離れ」を加速させている側面がある、と師匠が言っていた。


 対するこの世界では、地表でも魔力が豊富だ。

 恐らくは地球と比べて通っている龍脈が多く、それ連動して龍穴も多いのだろう。

 ならばその分、天然の魔法鉱石やその鉱脈も多く存在しているはず。

 実際、構造学も冶金技術も未発達なはずのこの世界で普通に魔法金属が使われていることが、俺のこの仮説を証明している。

 魔法鉱石が一般鉱石並みに採掘されていなければ、たとえ協会のような世界規模の統治機構による規制(秘密隠匿)がない、ということを加味しても、アレンたちの武器や高層建築に魔法金属が多用されている現状に説明がつかない。


 というわけで、魔力が濃いピーターパーラー大樹海には魔法鉱石の鉱脈がある可能性が高い、と俺は考えたのだ。


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