207. 自分のコピーに仕事を任せても結局コピーも自分と同じ性格だから最後には一緒になって怠けちゃうよね
トラブルの芽を摘むにあたり、俺は度々村を離れる必要があるわけだが、それに対する準備と仕込みも必要だ。
ラファイネにスリスリされているオルガに、俺は言った。
「俺がいない間、俺の替え玉を残しておくから、必要があったら使ってくれ」
俺が村を離れると、村に俺が居なくなってしまう。
何を当たり前なことを言っているのかと思われるかも知れないが、これが俺にとっては一番の問題だった。
ただでさえ、俺は薬草師として過剰なまでに過保護な扱いを受けているのだ。
そんな薬草を売りに都会へ行くことすら満場一致で反対される俺が、目的を明かせない理由でちょくちょく村を留守にするなど、出来るはずがない。
ましてや、突然村から姿が消えたりなんかしたら、村が騒然となってしまう。
……いや自惚れとかじゃなくて、本当にそうなっちゃうからね。
一回、俺が狩りに出かけている間にノンドが下痢と嘔吐に見舞われたことがあったんだけど、「ナインはどこ行った」「このままじゃノンドが死んじまう」って村中が大騒ぎになったことがあってね。
後で聞いた話だけど、俺を探すために山狩りする案まで出ていたらしい。
それくらい、俺は村の皆から監視……もとい頼りにされてるんよ。
あ、ちなみにノンドはただの食あたりだったよ。お酒の匂いがするからって、腐った果物を絞ってその果汁(腐)を飲んだらしい。……アホ……。
とにかく、俺が村から姿を消すと、色々と不味いことになる。
だから、俺には皆の目を誤魔化すための身代わりが必要だった。
「替え玉……あれですか」
微かに眉を潜めるオルガ。
「私は、あれが好きではありません」
そう言ったオルガの顔には、複雑な表情があった。
「まぁ、中身が『変身怪魔』っていう悪魔だからね。悪魔崇拝者でもない限り、好きになれないのも無理はないかな」
「そういうことを言っているのではありません」
「ん? なら、行動に不自然さがあることか? あいつは俺の言動を観察して模倣しているだけだから、本人の行動と多少の差異があるのは仕方ないよ」
「そういうことでもありません」
「じゃあ、どういうことだ?」
聞き返すと、何故かオルガは不満そうな顔をした。
「……あなたじゃない者があなたのフリをしてこの家に居るのが嫌なのです」
「ああ、なるほど。確かに、外見はそっくりだけど中身がぜんぜん違う人間が家族のフリをして側にいたら、かなり不気味だもんな。でも、そこは安心してくれ。そいつはルセフの推薦から俺が召喚した奴で、可怪しな真似は絶対にできないようになってるから」
「……そういう意味ではありません」
唇を尖らせて睨みつけてくるオルガ。
……な、なら、どういうことだってばよ?
「ご安心ください、オルガ様」
斜め後ろで控えているルセフから援護射撃が来た。
「あれは私の奴隷が一体。私には絶対服従でございますし、我が至高の主人たるナイン様には更に絶対服従でございます。それに、あれは私同様、ナイン様の召喚魔法によって完全に縛られております。何か不埒な真似をしようとした瞬間に存在が消滅するようになっておりますので、御身の安全はお約束いたします」
「安全性については私も分かっています。けれど……そういうことではないのです」
尚も晴れない顔をするオルガ。
感覚や心情の話をしているのに、核心となる部分だけはハッキリと言ってくれないので、彼女が何を言いたいのかよく分からない。
「すまんな、オルガ。なんか心情的に嫌なものがあるんだろうけど、そこはなんとか我慢してくれないか? 替え玉なしには俺も動けなし、あの替え玉を作るのに結構な手間がかかってるんだ」
変身怪魔は欧米のゲームやドラマでよく出てくる怪物で、自分の姿かたちを変えて相手に成りすます、という伝承がある。
が、実際の変身怪魔には変身能力など無く、相手の体を乗っ取ることでその者に成りすましている。
俺が召喚した変身怪魔に関しても、召喚した当初は人の形をしていなかった。
なんというか、肉抜きした葉っぱというか、医学書でよく見かける生物の神経網図というか……とにかく、赤黒い糸が寄り集まったスッカスカでペラッペラな姿をしていた。
俺が召喚したその個体、名を「シフト」というらしいんだけど、そいつによると、彼ら変身怪魔は生きた生物の神経を自分達のその糸のような体で置き換えることで、その生物の身体を乗っ取るのだという。
なので、俺の替え玉を作るには「俺の身体」が必要とのこと。
そんなわけで、俺は自分の肉体を培養して無性生殖体を作り、それをシフト君に提供した。
いやぁ、恐ろしかったよ、変身怪魔が他人に成りすます過程ってのは。
培養槽から出した俺の無性生殖体を、シフト君は数十秒ほど這うように調べると、後ろ首辺りを食い破って脊髄へと侵入。そのままぐちゃぐちゃと神経系を喰らいながら、無くなった神経をその糸のような体で置き換えていったのだ。
意識も生命もない無性生殖体だったから良かったものの、もしこれが生きた人間だったら、果たしてどれだけの苦痛を伴っていたか……。
流石は悪魔、想像するだけでゾットする生態をしている。
そんな感じで、シフト君は2分ほどかけて俺の無性生殖体を乗っ取り、晴れて俺の替え玉となったのだった。
コストとしては、タンパク質やカルシウムといった生体素材がたくさんと、72時間という短くない培養時間。あと、数日ほどシフト君に俺の言動を観察させるという羞恥プレイみたいな過程も、コストと言えばコストだろうか。
とにかく、運転の代行を頼む感覚で気軽に作れるものではない。心情的にも、自分と同じ身体が内側から食われて乗っ取られるのを見るのは、なかなかに気持ちが悪い。
本当は、自分を模した「機械人形」を作っても良かったのだが、人格モジュールのプログラミングが面倒臭すぎる上に、身体構造的にも細部が多すぎるのでコストが馬鹿にならない。人間そっくりに作りたいなら、それこそ月単位の時間が必要だろう。
その他にも「複体幻魔」を召喚するという選択肢もあったが、あれは目が合った人間の姿に変化しているだけだから、替え玉としては意味がない。
人間らしい動きができる替え玉を手っ取り早く得たいのであれば、やはり変身怪魔が一番だろう。
オルガさんには、ある程度は妥協して欲しいところである。
「それは分かっています。あなたのやるべきことに対して文句を言うつもりは一切ありませんし、あの替え玉を作るのにそれなりの労力を費やしたことも理解しているます」
オルガは珍しく、拗ねたように言った。
「ただ……あなたと接するのと同じようにあの替え玉と接するのが、嫌なのです」
ああ、なるほどね。
オルガが嫌そうにしていたのはそういうことか。
確かに、替え玉相手とはいえ、設定上は「俺」だもんな。
俺本人と接するように演技しないといけないから、色々と面倒臭いのだろう。
もしかしたら、替え玉だと分かっている分、演技すること自体が馬鹿らしく感じるのかもしれない。
「まぁ、ある程度の演技は必要だと思うけど、人目がある時だけでいいから」
「……それでも、嫌なものは嫌なのです」
「そうよぉ〜、ナッちゃん〜〜」
唇を尖らせるオルガさんに、のほほんとした笑みを浮かべたラファイネが抱きついた。
「乙女心はぁ〜、複雑なのよぉ〜? 男の子のナッちゃんにはぁ〜分からないかもだけどぉ〜〜」
ねぇ〜〜? とラファイネは共感を求めるように尋ねると、オルガは恥ずかしそうにしながらもそれに同意するように頷いた。
くっ、なんと卑怯な!
乙女心とかいう最強理論を出されたら、こちらは何も言い返せんではないか!
げに恐ろしきは女子の性差文句よ!
弥生さんやマリアさんもそうだったけど、女の人にはマジで口で勝てる気がしてねぇ……。




