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201. 閑話06 - Fake/summon note

 モニターを消し、俺は満足げなため息とともにベッドサイドに寄りかかる。


 いやぁ、面白かったなぁ、聖杯争奪戦シリーズ!

 ゲームの方は師匠が「中学生のお前にはまだ早い」って言ってやらせてくれなかったけど、アニメ版はR指定ないからね。

 思わず全作いっき観しちゃったよ!


 カッコいいよね、サーヴァント!

 あ〜〜、俺も英霊とか召喚してみたいなぁ〜!


 別に誰かと戦いわけじゃないけど、それでもやってみたい!

 透明な剣を持ったカッコ可愛い騎士王とか、チャリオットに乗った渋カッコいい偉丈夫とか、想像しただけでワクワクするよ!

 これで中二心に火を着けられない中学二年生男子が居るだろうか? いや居ない!


 うずうず。


 ……や、やっちゃう?


 ちょうど師匠から召喚魔法を教わってるところだし、練習だって言えばいけるか……?

 実際にアニメのように英霊を呼べるかどうかは分からないけど、失敗だっていい経験になるはずだし……?


 そうだよ、これは召喚魔法の勉強なんだよ。

 決してアニメに感化されたとか、疼く中二心に突き動かされたとか、そんなんじゃない。

 召喚魔法は危険だから絶対に一人ではやるなって師匠は言ってたけど、安全措置を取れば命の危険もないはず。

 師匠も、勉強のためならきっと許してくれるさ。



 そうとなれば、やっちゃいますか、英霊召喚!

 キュータロー、わくわく……っ!!



 自分の部屋を出て、一階に降りる。

 階段下にある隠しドアを開き、拡張空間内に作られた秘密訓練所へ。

 いつも俺が師匠と魔法の修行をしている場所だ。完全なる隔離空間だから、ここでなら何をやっても誰にも見つからない。



 さて、英霊召喚である。


 ええっと……どうやって構成式を組めば良いんだろう?

 人外である異次元存在の召喚は習ったけど、実在した人間である英霊の召喚は習ったことがないんだよね。


 う〜む。

 これは、自分で模索するしか無いか……。


 基本は、師匠から教わった召喚陣を使えばいけるだろう。

 召喚対象の種族(タイプ)は……実在した英雄を呼びたいわけだから、選択条件の構築は…………分からん。

 早速分からんぞ。

 元は人間だから、低次元存在を召喚するときと同じ条件式でいいのか?

 ……ええいっ、こうなったら種族(タイプ)の選択は6次元情報を参照させよう。イメージ準拠だ。

 個体性能(グレード)は……俺の魔力量と安全マージンを考えて、ちょっとばかり低めに設定しておこう。高く設定して俺様全開な慢心王とか出てきても困るしね。

 召喚持続時間(デュレーション)は……何時でも召喚解除できる(帰せる)よう、リンクを作って俺の魔力出力と連動させるか。失敗して死にたくないからね。

 あ、そう言えば、3回だけ何でも命令できちゃう呪印的なものもあったな。新たに命令コマンドを追加できるインサート文を3つ定義しておいて、既存の契約条項と紐付けしておこう。あと、それっぽく見えるよう追加可能残数を呪印として俺の右手の甲に表示させて……っと。

 他の細かいところは……汎用テンプレートをそのまま流用すればいいや。


 こんなもんでいいかな?


 いざ、召喚の儀!


「"我は喚ぶ。世界と理を跨ぎし異なる者よ、我が意に応え、ここに顕現せよ"──《使い魔召喚(サモン・ファミリア)》」


 呪文に関しては、流石に勝手に変えるわけにはいかないので、そのまま召喚呪文を詠誦。

 瞬間、ギュンと魔力が持っていかれる感覚に襲われ、ちょっとフラつく。

 同時に、目の前の地面に複雑な魔法陣が現れ、強く輝いたかと思うと、ボフンと大量の煙を吹き上げた。

 そして、煙の中からゆっくりと現れる、一つの人影。


「問おう。貴方が私の雇い主(マスター)か?」


 お、おおおおおぉぉぉぉぉっ⁉

 こ、このセリフは……まさか⁉


 ……って、あれ?

 なんで男の声?


 俺がそんな疑問を抱いていると、膨れ上がっていた煙が消え、声の主の姿が顕になった。


 後退気味の、灰色の短髪。

 叡智溢れる、鋭い眼差し。

 ちょいワルな、灰色の無精髭。

 特徴的な丸メガネに黒いタートルネックと青ジーンズという、ラフな着こなし。

 50代を過ぎたばかりの、成熟したアメリカ人男性がそこには居た。


 …………あ。

 この人知ってる。

 カンファレンスとかでよく見た、俺が使ってるスマホを開発した会社のトップだった人だ。


「召喚に従い参上した。私の名はスティーブ、クラスは【オフィサー】だ」


 ほら、やっぱり!

 あの超有名な会社のCEOだった人だよね!

 絶対そうだもの!

 だって彼、自信に満ち溢れた成功者の顔で左手を顎に当ててるもの!

 伝記本の表紙と完全に同じポーズだもの!

 それに、俺の右手の甲に現れた命令できる系の赤い文様が、完全に「齧られたリンゴ」の形してるもの!


 っていうか、ちょっと待て!

 英霊召喚って、こういう人も召喚しちゃうの⁉

 召喚する対象って、大昔の英雄限定じゃないの!?

 いやまぁ確かに彼もデジタル機器業界では「英雄」だった人だけれども!

 なんかこう……違うよね!?


 それに、そのクラス!

 【セイバー】とか【ランサー】とかなら知ってるけど、【オフィサー】ってなに!?

 もしかしなくても「最高(Chief.)経営責(Executive.)任者(Officer)」の「Officer(オフィサー)」のことか!


「あ、あの、ミスター・ジョブ──」

「スティーブと呼んでくれ給え」

「あ、はい。では、スティーブさん」

「うむ。社員(エンプロイ)間の円滑(スムーズ)自然(ナチュラル)交流(コミュニケーション)生産性(プロダクティビティ)(プラス)影響(エフェクト)をもたらすからね。これからは積極的(ポジティブリィ)に名前呼びを浸透(インスティル)させていこう」


 ……や、やべぇよ。

 スティーブさん、超意識(たけ)ぇよ。

 言葉の半分以上が横文字だよ。

 そこまでするなら、もういっそ英語喋れよ……。

 っていうか、そもそもなんでスティーブ普通に日本語ペラペラなんだよ。


「あの、スティーブさん。あなたの【オフィサー】ってクラスは、どんな特徴があるんですか?」

「うむ。私の専門(スペシャリティ)意思決定ディシジョン・メイキングだ。あと、顧客需要(カスタマーニーズ)分析(アナライズ)市場変動マーケット・ムーブメント予測(プレディクト)も得意としている」


 それって、戦闘じゃ全く使えねぇってことじゃねぇか。

 いやまぁ会社を経営するなら最強のクラスなんだろうけど。


 なんだろう……。

 思ってたんと違う……。


「あ、ありがとうございました、スティーブさん。何時かまたお合しましょう」


 スティーブさんに深々とお辞儀し、俺は彼へ送っていた魔力を切った。

 途端に「ポンッ」とスティーブさんの姿が消える。


 一応、英霊(英雄の霊)の召喚には成功したけど、俺の望む形ではなかったな。

 ってか、ぜんぜん違った。

 確かに原作でも召喚する英霊はランダム要素が強いって言ってたけど、こんな現代の英雄もターゲットとは思ってなかったよ。未来の英霊がアリなら何でもアリ、ってことなのかな?

 当人由来の触媒を使えばある程度は指定して召喚できるらしいけど────


 ん?

 当人由来の触媒……?


 ちょ、ちょっと待って?

 スティーブさんが呼ばれた理由って、もしかして……?


 ジャージのポケットを探ってみる。

 そこには、俺がいつも使っているスマホがあった。

 メーカーロゴはもちろん、齧られたリンゴ。


 これかぁぁぁぁぁ!

 これが触媒として機能していたのかぁぁぁぁぁ!

 だからスティーブさんが呼ばれたんかぁぁぁぁぁ!


 思わずがっくりと膝をつく。完全に「orz」状態である。



 ……くっ、諦めきれん!

 もう一回。

 もう一回だけ試してみよう。

 魔力ギリギリだけど、これでダメなら諦めも付く。


 よし。

 もう一回構成式を組んで……っと。


「"我は喚ぶ。世界と理を跨ぎし異なる者よ、我が意に応え、ここに顕現せよ"──《使い魔召喚(サモン・ファミリア)》」


 アニメの名シーンを回想しながら、高らかに唱える。

 再び、目の前に魔法陣が現れ、光を放った次の瞬間、ボフンと濃い煙を吹き出した。

 そして、煙の中から現れる、一つの人影。


 よし、今度こそ──!


「やぁ。君がボクの後援者(マスター)かい?」


 ピッチ高めの、透き通った優しげな男性の声である。


 や、やったか?


 そんなフラグめいたことを考えていると、膨れ上がっていた煙が晴れ、男声の主が姿を顕にした。


 ウェーブの掛かった、長い黒髪。

 白粉を塗ったような、真っ白い肌。

 黒いハットにキラキラのラメ入り片手手袋とスタイリッシュジャケットが眼を引く、特徴的な服装。

 優雅な身のこなしの、細身なアメリカ人男性がそこには居た。


 …………あ。

 この人知ってる。

 月の上で歩いているようなダンスステップで一世風靡した超有名歌手だった人だ。


「召喚に従い参上したよ。ボクの名はマイケル。クラスは【エンターテイナー】さ」


 ほら、やっぱり!

 あの超有名な軽音楽の王様(キング・オブ・ポップ)だよね!

 絶対そうだもの!

 だって彼、ずっとハットを押さえたまま靴の爪先部分だけで立ってるもの!

 アルバムのジャケットと完全に同じポーズだもの!

 それに、俺の右手の甲に現れた命令できる系の赤い文様が、完全に「MJ」の形してるもの!


 っていうか、ちょっと待て!

 英霊召喚って、こういうシステムだっけ⁉

 召喚する対象って、伝説に語られるような人だけじゃないの!?

 いやまぁ確かに彼もエンターテイメント業界では「伝説」だった人だけれども!

 なんかこう……違うよね!?


 それに、そのクラス!

 【エンターテイナー】って、もうそのまんまじゃねぇか!

 どう考えても【オフィサー】と同じ感じのやつだろ!


「あ、あの、ミスター・ジャクソ──」

「マイケルと呼んでおくれよ」


 このやり取り、さっきと一緒じゃねぇか……。

 もういいよ。



「おうおう、面白いことやってんなぁ、バカ弟子」



 背後から突如聞こえてきた声に、思わずビクッとなる。

 その拍子でマイケルへ送っていた魔力を切ってしまい、「POW(ポウ)!」のポーズをしていたマイケルの姿が「ポウッ」と消える。


「あ、し、師匠……田中のおじさん達と飲みに行ってたんじゃ?」

「行ったけど、すぐに解散になったんだよ。田中の奴、協会の仕事で頻繁に夜に外出するくせに、彼女さんにはまともな偽装をしてなかったらしくてな。浮気を疑った彼女さんが飲みの席にやって来たんだよ。で、間の悪いことに、絡み酒の洋子が田中に抱きついててな。それを目撃した彼女さんはブチギレ。修羅場に発展しちゃったから、そのまま飲み会はお開きってわけだ」


 だから一般人と付き合うならアリバイ工作はしっかりやっておけってあれほど言ったのに、とため息交じりに零す師匠。


「で? お前は何やってたんだ?」

「あ、いや、別に何も……」

「随分な有名人を召喚してたように見えたんだが?」


 あ、こりゃ全部バレてるな。

 誤魔化しは無意味か……。


「実はカクカクシカジカのこれこれうまうまで……」

「ほう」

「そしたらマルマルモリモリがつるつるてかてかになって……」

「ははぁん、そういうことか」


 納得したように師匠が頷く。


「そう言えば、お前にはまだ『死霊術(ネクロマンシー)』と『巫術(シャーマニズム)』について教えてなかったな」

「英霊召喚って、死霊術(ネクロマンシー)巫術(シャーマニズム)になるの?」

「どちらかと言うと巫術(シャーマニズム)の方だな」


 英霊召喚が巫術(シャーマニズム)……。

 なんか、イメージと違う……。


「お前が思う巫術(シャーマニズム)って、どんな感じだ?」

「う〜ん、なんかこう……派手な服着た巫術師(シャーマン)が怪しげな祈りをして、先祖の魂を降霊してアドバイスを貰ったり、身体に憑依させて戦ったり、みたいな?」

「なら、死霊術(ネクロマンシー)は?」

「う〜ん。なんかこう……黒いフードを被った怪しげな死霊術師(ネクロマンサー)が悍ましい儀式をして、死んだ人を蘇らせたり、死体からゾンビを作って操ったり、とか?」

「そうだな。大体そんなもんだな」

「それが英霊召喚とどう関係するの?」


 死霊術(ネクロマンシー)巫術(シャーマニズム)、どちらも英雄召喚とはイメージがかけ離れすぎていて、俺にはどう関係しているのか想像できない。

 いや、夢が壊れるから関係してほしくない、と言った方が正解か。


「大いに関係するさ。お前は英雄召喚をどう理解している?」

「なんかこう……歴史上の英雄の霊を呼び起こして実体化させた存在、的な?」


 俺がそう答えると、師匠は呆れたような顔をした。


「アニメの見過ぎだな」

「ひ、否定のしようがない……」


 仕方ないじゃん、好きなんだから。

 それでもアニメ禁止にしない師匠、マジ大好き。


「いいか、九太郎」


 あ、これ師匠の即席講座が始まるやつだ。


「英霊、英魂、つまり英雄の霊っていうのは、既に死んだ人間の霊のことを指している」

「うん、そうだね」


 主人公が未来で英霊になるパターンもあるけど、それは特殊ケースだろう。


「なら、『死んだ人間の魂』を現代に『召喚』する『英霊召喚』は、『死者召喚』の一種だと言えると思わんか?」

「……死者召喚……」


 ちくせう……いたいけな少年の中二ドリームをぶち壊しにしやがって。


「お前の言う『英霊召喚』ってのは、つまるところ対象を英雄に絞った死者召喚ってわけだ」

「……そだね……」

「なにを悄気げてるんだ。英霊召喚なんてご立派な名前に惑わされるんじゃねぇよ。魔法使いだろ、お前は」


 あ、そうだった。

 俺、まだまだ見習いも見習いだけど、一応は魔法使いだった。

 魔法使いとは、物事の本質のみを見る知の探求者だ。これまで魔法使いたちが「魔法師」や「魔術師」なんていうカッコいい呼称を名乗ってこなかったのも、「魔法使い」というダサい名前には「自分たちは魔法という法則を使わせてもらっているちっぽけな存在」という魔法使いの本質と、「力に溺れて奢り高ぶることなかれ」という戒めが込められているからだ。


「ごめん師匠。ちゃんと真面目に聞くよ」


 これ、師匠からの臨時講義なんだよな。

 ちゃんと聞いて物にしないと。


「それでこそ俺の弟子だ」


 師匠が俺の頭をガシガシと撫で回す。

 頭撫でんなよぉ……。

 俺、もう13歳だぞ。


「話を戻すぞ」


 髪をなおす俺に、師匠が説明を再開する。


「さっき『英霊召喚』は『死者召喚』だと言ったが、なら『死者召喚』とはなんだと思う?」

「字面上は『死んだ人を召喚すること』だけど……んんん?」

「お、可怪しいとこに気がついたか」

「うん。だって、人は死んだら情報構造体の全次元情報が完全崩壊するから、魂や意識は残らない。だからそもそも『死んだ人を召喚する』なんてことは不可能なはずだ」

「その通り。なら、『死者召喚』で召喚するのは?」

「…………その人の残留思念、とか?」

「一部正解だ」


 師匠がニヤリと笑う。


「お前が言う残留思念っていうのは、所謂『意識(3・6・9)次元の遊離構造断片』だ。確かに遊離構造断片はそれを残した者の情報を断片的に保持しているが、それを収集(ギャザリング)しても、形成されるのは『疑似精霊(セウド・スピリトス)』だけだ」

「つまり、死者本人を呼び寄せるのではなく、その人に似た疑似精霊(セウド・スピリトス)を作り出すだけ、ってこと?」

「そゆこと」


 結論を述べるように、師匠が語気を強める。


「この遊離構造断片の収集による疑似精霊(セウド・スピリトス)生成こそ、死霊術(ネクロマンシー)と呼ばれる技術体系の根幹だ」


 なるほど。

 俺が死霊術(ネクロマンシー)に抱いていた「死者蘇生やゾンビ作成」っていう印象も、この疑似精霊(セウド・スピリトス)という人ではない何かを作る、っていう行為が形を変えて伝わった結果なのか。


死霊術(ネクロマンシー)は、あくまで疑似精霊(セウド・スピリトス)の生成と使役がメインだ。なので、死者の『召喚』にはならない」

「ああ、だから英霊召喚は死霊術(ネクロマンシー)の範疇じゃないんだね?」

「そういうことだ」


 でも、残留思念がダメなら、一体どうやって死者を召喚しているのだろうか?


「お前は『死者』の部分に意識を向け過ぎだ。まずは『召喚』という概念に立ち返ってみろ」


 召喚……召喚、か。

 召喚で呼べるのは、基本的に異次元存在だけだ。

 なら、死者召喚で呼び出せる死者とは──


「死者の低級霊体(レイス)……いや、死者に似た低級霊体(レイス)?」

「正解だ」


 満足気にニヤリと笑う師匠。


低級霊体(レイス)のような霊体存在がどんなものか、覚えてるか?」

「覚えてるよ。3〜9次元を拠り所としている異次元存在で、物や人に憑依できるんでしょ?」

「そうだ。霊体存在は3〜9次元と低めの次元を存在次元としているから、異次元存在の中では比較的弱い方に入る。が、その分、新たに生まれやすい」

「異次元存在が……新たに生まれる?」

「ああ。人間が認識している異次元存在には、大まかに2種類の起源があってな。一つは竜や天使や悪魔のような『人類誕生以前から存在しているもの』、もう一つは『人間の集団的無意識から生まれたもの』だ」

「集団的無意識……人間の思念が、異次元存在を生み出すの?」


 これは初耳だ。


「勿論だとも。人間の思念は、言い換えれば意識(6・9)次元情報だからな。情報が複雑な上に、情報量も多い。十分な量が集まれば、それだけで異次元存在を生み出してしまうんだよ」

「それは疑似精霊(セウド・スピリトス)とは違うの?」

「違うな。疑似精霊(セウド・スピリトス)は、遊離構造断片なんていう構造が不安定で情報量もスカスカなものから作られているから、存在そのものが薄っぺらい。生きているように振る舞うが、自由意志も無ければ思想思念もない。製作者の意に沿った動きしかしない、生きているように見えるだけの人形だ」


 なるほど。

 超リアルなラジコンみたいなものか。


「だが、人間の思念から生まれた異次元存在は違う。彼らは『人意集成体(レギオヌス)』と言って、人々の思念によって現在進行系で存在を維持し続け、人々の思念に沿って変化し続ける。完全に生きた存在なんだよ』


 なるほど。

 みんなで書き上げる小説のキャラクターみたいなものか。


「実際はもっと複雑だし、異次元存在の定義にも関係してくるから話がややこしいが、取りあえずは『人間の思念から人意集成体(レギオヌス)という分類の異次元存在が生まれる』とだけ覚えておけばいいぞ」


 なんかすごい話だな、異次元存在が人から生まれるって。


「その人意集成体(レギオヌス)っていう存在に具体例とかある?」

「あるぞ。『血塗れ鏡女(ブラッディ・マリー)』とか『幽霊屋敷ホーンテッド・マンション』とかがそうだな」

「それってただの『都市伝説』じゃないの?」

「都市伝説こそ、人意集成体(レギオヌス)の源泉だぞ? 人間は数が多く、思念が強い。多くの人間が『そう』と思えば、寄り集まった『意識(6・9)次元情報』は膨大な量になる。そうして、新たな異次元存在──人意集成体(レギオヌス)が生み出されるんだよ」

「なるほど。みんなが『そういう化け物が居る』と信じれば、それだけでその通りの人意集成体(レギオヌス)を作り出せてしまうわけか」

「そういうことだ」


 ふむふむ。


「そうなると、英霊は人々が実在した英雄に抱いているイメージから生まれた『その英雄っぽい人意集成体(レギオヌス)』で、英霊召喚はそれを召喚しているだけ、ってこと?」

「満点回答だ、九太郎」


 満足気に頷く師匠。


「英雄と呼ばれるような人物は、大抵が強い意思や思念を持っているものだ。それが人意集成体(レギオヌス)の生まれる土壌となる。そこに人々がその英雄に抱く尊敬や憧憬、嫉妬や嫌悪といった思念とイメージが加われば、あら不思議、英雄の人意集成体(レギオヌス)の誕生ってわけだ」


 で、と師匠が続ける。


「この英雄の人意集成体(レギオヌス)召喚(降霊)こそ、巫術(シャーマニズム)と呼ばれる技術体系の根幹だ」


 なるほど。

 俺が巫術(シャーマニズム)に抱いていた「降霊や憑依」っていう印象も、この人意集成体(レギオヌス)という実在していた人っぽい何かを召喚する、ってところから来ているのか。


「なら、俺がさっき召喚したスティーブさんとマイケルさんも、本人じゃなくて人意集成体(レギオヌス)だったのか。でも、なんで昔の英雄とかじゃなくて、現代人の彼らが召喚されたんだろう?」

「認知度の問題だな。お前が呼びたかった女性版アーサー王とか、ピチピチTシャツの征服王とかは、一部のオタクにしか認知されていない。そういった認知度が低い存在は人々から集約される集団的無意識(意識次元情報)が少ないから、そもそも人意集成体(レギオヌス)として存在を確立しづらい。たとえ確立できたとしても、存在そのものが希薄で不安定だから、召喚魔法の種族(タイプ)選別に引っ掛かり辛いんだよ」


 ……なんか文化祭の打ち上げにナチュラルに呼ばれない影の薄いクラスメイトみたいだな……。


「それに対して、お前が召喚した二人(二体)は違う。片や現代社会のあり方を変えた大物で、片や5億を超えるファンを持つ才人だ。現代人からすれば、肖像画すらあやふやな大昔の偉人なんかよりも、余程知名度が高くて印象が深いだろう」

「ああ、確かに。『知ってる有名人は?』と聞かれたら、よほどの歴史マニアでもない限り、まずは同じ現代人を思い浮かべるもんね」

「そういうことだ。現代人の人意集成体(レギオヌス)の方が、大昔の偉人の人意集成体(レギオヌス)よりも存在がしっかりと確立しているし、召喚魔法の種族(タイプ)選別にも引っ掛かり易い。大昔の人物よりも、現在進行系で世界に影響を与えている人物の方が人々の中での印象が濃いからな」


 なるほど、だからあの二人が召喚されたのか。


「でもさ、認知度の高低にそこまで影響されるってことは、同じ英雄でも、違うバージョンの人意集成体(レギオヌス)が存在したりするの?」

「鋭いな、九太郎。その答えは『Yes』であり『No』だ」

「……止めてよ、その禅問答みたいな回答」


 そういうとこあるからなぁ、師匠って。


「まぁ聞け。同じ英雄でも、人々のイメージや解釈の違いによって違うバージョンの人意集成体(レギオヌス)が生まれる、というのは事実だ。だから、その部分の答えは『Yes』だ」

「じゃあ『No』の部分は?」

「そうやって誕生した複数バージョンの人意集成体(レギオヌス)たちは、最終的に最も存在が確立している一体に集約されることになる。違うバージョンは存在するが、存在()()()()ことは出来ないんだよ」


 ……なんか多数決で生死が決まる人狼ゲームみたいだな。


「最も存在が確立しているということは、人々から集約される集団的無意識(意識次元情報)が最も多くて、最も力が強いということだからな。どの世界も、弱肉強食ってことだろ」


 嫌だなぁ、何人ものスティーブが殴り合って最終的に生き残ったのが俺の召喚したスティーブだった、っていうのは……。


「まぁ、最も力が強いとは言ったが、人意集成体(レギオヌス)が本当に強かった試しなんかないんだけどな」

「そうなの? 人々の思念の変化に沿って性質を変えるんでしょ? なら、みんなが『あいつはヤバい』って思えば、それだけ強くなるんじゃないの?」


 ほら、某チェンソーを生やした悪魔退治人みたいにさ。


「確かに、みんなが強いと思えば人意集成体(レギオヌス)もそれに沿って強くはなる。が、所詮は人間のあやふやな思念から生まれた、6次元を存在次元とする低次元存在だ。6次元以外の情報はスカスカだし、6次元より上の次元情報も殆ど持ち合わせていない。一般人よりは大分強いだろうが、魔法使いからしたらただの案山子だ」


 あ〜、確かに、あやふやなイメージで6次元魔法を発動すると、高確率で低威力になるもんね。

 集団的無意識で形成された存在なら、「ハトシェプストの想像的現実改変理論」に近いものがあるから、イメージだけで撃つ魔法と性質は同じなはず。

 そりゃあ、強いはずがないわな。


「でも、英雄の人意集成体(レギオヌス)は? 都市伝説から生まれた人意集成体(レギオヌス)とは違って、英雄は実在した人物だから、人々の中での印象も鮮明で具体的でしょ? なら、その分、構造体の情報量も多くて強いんじゃないの?」

「鋭い指摘だな、九太郎」


 師匠が口角を釣り上げながら言う。


「確かにお前の言うとおり、英雄の人意集成体(レギオヌス)は人物像がはっきりしているから、6次元以外の次元情報が分厚い。それに加えて、英雄本人の強い意志や思念をベースにしている場合が多いから、6次元情報が強固で、存在そのものがしっかりと確立しているのが殆どだ」

「なら……」

「だが、それでも所詮は人意集成体(レギオヌス)だ。低次元存在という枠を出ない。実在した英雄っぽく振る舞ってはいるが、中身は低級霊体(レイス)とどっこいどっこいだ」

「……ボロクソに言うね、師匠」

「当たり前だ。英雄の人意集成体(レギオヌス)……英霊なんてのは、死んだ英雄の劣化コピーみたいなものだからな。だと言うのに、当の英霊(コピー)は『自分こそ英雄本人だ』と信じて疑わない。タチが悪いし、救えない」

「まぁ、英雄本人の思念がベースになっているのなら、自分を偽物だとは思わないよね」


 SF映画とかでよくある、本人とクローンみたいな関係だね。

 意識や人格は同じだから、どちらも自分を本物と信じて疑わない。

 それこそ、某6日目な映画のように瞼の裏に印でもなければ、自分では本物(オリジナル)かどうかの区別なんてつかないだろうね。


 そう考えると、英霊ってなんだか可哀想な存在だなぁ……。

 師匠が「救えない」というのも分かる気がする。


「そもそもの話、元となった英雄の殆どは一般人だからな。人意集成体(レギオヌス)という異次元存在として形成されたお陰で魔法っぽい異能を多少は使えるが、意識や考え方は一般人のままだ。弱いことに変わりはないさ」

「魔法っぽい異能……クラス固有スキルとか宝具のことか!?」


 砂漠世界に引きずり込んだり、宝物庫とか開けちゃったりするのか!?


「いやだからそれはゲームやアニメの話だろうが。実際の英霊なんて、見習い魔法使い以下だぞ」

「そ、そんなに弱いんだ……」

「弱い。たまに9次元情報が分厚いやつもいるけど、それでも全然弱い。今のお前でも倒せる」


 う、うわぁ……。

 た、確かにそれなら師匠が「弱い」を連呼するのも分かる気がする。

 俺なんかに負けるようじゃ、確実に「見習い魔法使い以下」だな。


「さっきも言ったが、『英霊』なんてご立派な名前で呼ぶから勘違いするんだ。同じ異次元存在でも、低次元存在と高次元存在とでは比べ物にすらならん」

「あ、やっぱ高次元存在って強いんだ」

「強いなんてもんじゃねぇぞ? ちゃんと召喚されたやつなら、俺でも相手できんからな」

「そ、それはヤバいね……」


 上級魔法を連発できる人だよ、師匠って?

 そんな師匠が相手できないって……。


「なにせ、奴らは高次元を存在次元としているから、構造体が半端じゃなく分厚い。おまけに『人類が誕生する以前』から存在しているから、どうやって生まれたのかすら不明だ。力押し以外に戦いようがないんだよ」

「ああ。人の思念から生まれた異次元存在なら、みんなに『あいつは弱い』と思わせられれば簡単に弱体化できるけど、どうやって生まれてきたのか分からない存在が相手だと、謎が多すぎてどうしようもないもんね」


 某チェンソーを生やした悪魔退治人の飼い主がやってた戦法は通用しないってことか。

 っていうか、そもそも高次元情報が分厚い時点でヤバいことは確定だから、弱体化とか以前の問題だけどね。


「一説によると、竜や天使や悪魔といった人類誕生以前から既に存在していた高次元存在は、『前の巡の世界にいた生物が進化した存在』である可能性があるだそうだ」

「前の巡……なんか世界が何巡も滅んでは生まれているみたいな言い方だね」

「そういう仮定をベースに展開している説だからな」


 おうっふ……。

 それってもう魔法学とかじゃなくてオカルトの話では?


「ありえない話ではないぞ? 実際、7次元っていう『可能性』を司る情報次元が存在しているわけだし、《百腕千手(ヘカトンケイル)》なんていう並行世界から自分の身体の一部を複製できる7次元魔法が存在しているんだ。世界そのものが何巡もしていて、7次元魔法はそこにアクセスしているって可能性は、無きにしもあらずだろ」

「そ、そうなのかなぁ? 俺的にはその説の方が英霊召喚以上にアニメチックな感じがするんだけど……」

「考えても見ろよ。なんで天使や悪魔が人間と近い姿をしてるんだ? 彼らは人間の思念(イメージ)から生まれた存在じゃない。寧ろその逆で、元から居たのは人間じゃなくて彼らの方だ」


 子が親に似ることはあっても親が子に似るってことはない、と師匠が付け加える。


「な、なら、人間が彼らの影響を受けて生まれた『交差変異生物』って可能性もあるんじゃないの?」

「鋭いな、九太郎。この議論でその仮設に行き着くってことは、これまで教えた内容をお前がちゃんと身につけているってことだ」


 ほ、褒められちゃったよ……。


「その仮設は、既に学者連中によって立てられたことがあるけど、最終的には棄却されている」

「なんで?」

「人間の情報構造体に交差変異生物特有の『強制改変された構造記述』がないからだ」

「つまり、構造体に後から手を加えられた形跡がないってことね」

「そう。人間は間違いなく、自然淘汰と選別的進化の果にたどり着いた自然種族だよ」

「な、なんかホッとしたよ……」


 人間があの悍ましい交差変異生物と同じだなんて、ちょっと思いたくないからね。


「そんなわけで、天使や悪魔の外見が限りなく人間に似ているこの現象を説明するために生まれたのが、さっきの『前巡世界の生物説』だ」

「な、何だか壮大な話だなぁ……」

「深く考える必要はねぇよ。証明のしようがない説だから、話半分で聞いとけばいいのさ」

「そうするよ。なんか『魂の実在性』みたいな感じにあやふやな説だし、英霊召喚からも随分と遠ざかったしね」


 苦笑いしながらそう言った俺の頭を、師匠は何故かグワシと掴んだ。


「英霊召喚とえば……バカ弟子」


 顔は笑っているけど目が笑ってない師匠が、俺の頭を動かして強引に目を合わせてくる。


「お前、俺の居ないところで黙って召喚魔法使ったよな?」

「ギクッ」

「あれほど召喚魔法は一人で使うなって言ってたのにな?」

「あ、あ、あれは……」


 言い訳をしようとした矢先、師匠は声に出さずに唇だけを動かす。

 習ったばかりの読唇術が、勝手にその唇から言葉を拾った。


 ──お・し・お・き・確・定♡


「いやぁぁぁ! おしおきはいやぁぁぁ! 出来心だったんだよぉぉぉ! お願い赦して師匠ぉぉぉ〜〜!」

「心配するな、バカ弟子。おしおきと言っても、何回かちょっと死ぬだけだから」

「待って師匠! 人間って一回しか死ねないから! 何回も死ねないから! あと『死ぬ』っていう絶対的結果に『ちょっと』とかないから! っていうか、何回かちょっと死ぬようなおしおきはいやぁぁぁ!」


 渾身の懇願をする俺。

 しかし、師匠は笑ってない笑顔のままだ。


「助けてマリアさん弥生さん〜〜〜〜!!」


 そんな俺の助けを求める叫びは、3次元世界から隔離されている秘密訓練場内に虚しく響くだけで、誰にも届くことはなかった。


 今回は、魔法の概念を分かりやすく説明するためのストーリーであり、所謂ファンによる二次創作的なお話です。特定の個人や作品を愚弄する意図のもと執筆されたものではございません。ご両名のご冥福をお祈りすると共に、不快に思われた方には心より陳謝いたします。

 ( ー̀ωー́ )なんか最近謝罪が必要な話ばっか書いてる気がする……

 ( ; >ㅿ人)反省……



 余談ですが、再来週から第三章の投稿を開始します。

 (´-ω-`)時間稼ぎしたのに全然ストックできんかった……

 以降は通常投稿(毎週水曜日0時投稿)に戻ります。

 これからも拙作をよろしくおねがいします。(o_ _)o

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