173. 黒幕卿曰く②
御者台で隣に座るオルガと一緒にガタゴトと馬車に揺られる。
話すのは今回の騒動の顛末、その続き。
「今回のシナリオの主人公……まぁ要は俺の身代わりとなってくれる人物なんだけど……その人選って、実はかなり緩かったんだよね」
「そうだったのですか? 一番の大役だから、てっきり厳選に厳選を重ねたものだとばかり」
「そうしたかったんだけど、じっくり選んでる時間なんてなかったからね」
時間こそ俺の最大の敵だったと言っても過言ではないだろう。
「職業がポーション師で、尚且『コネリーの赤』をメインに取り扱っている人物でありさえすれば、最低条件は満たしている。その上で、探究心もしくは金銭欲・名誉欲があれば御の字、プラスアルアで行動力もあれば言うこと無しっ、てとこだな」
この条件で絞った結果、残った中で最優秀だったのがサムだった。
彼は、ほぼ「コネリーの赤」のみを取り扱っているちょっと特殊なポーション師で、候補者リストの最初に名前が上がっていた。ポーションに関する知識はそれなりに豊富で、金銭欲や名誉欲が薄い代わりに知的好奇心と探究心に優れている。何より、真っ直ぐな性格をしているので常識的な行動が期待できるし、我が強くないのでなにかと扱いやすい。俺が用意したシナリオをなぞらせるには最適な人物である。
唯一、行動力にちょっと難があるけど、そこはテコ入れしてカバーするから問題無し。
こうして、サムのキャステングが決定したのだった。
「……『選ばれた主人公』といえば聞こえは良いかも知れませんが、あなたに『身代わり』と言われている時点で、もはや哀れみしかありません。実質、ただの人身御供でしょう?」
半目のオルガさんが鋭く指摘してくる。
「う〜ん、そう言われると首を横に振り辛いけど……一応、身の安全は俺が影から保証しているし、最後に報酬として『コネリー難』解決の名誉と新薬の利権を用意しているから、損はないと思うよ?」
こっちは表に立ってもらう代わりに報酬を払い、向こうは大変な思いをする代わりに報酬を得る。
これってフェアな取引じゃね?
「彼に拒否権がない時点で、公平性などこれっぽっちもありませんが」
まぁ、結果良ければ全て良しってことで、ひとつ……。
閑話休題。
俺がサムに用意したシナリオは、いわゆる「護送の旅」というものだ。
「レシピをサムに託し、それを彼が俺の代わりに領主の元まで届ける、っていうあらすじだな」
「何故そのようなシナリオに?」
「三つほど狙いがあったからだよ」
指を三本立てながらオルガに俺の狙いを列挙する。
「一つ目は、敵勢力のあぶり出し。
二つ目は、敵勢力の潰し合い。
三つ目は、『レシピを巡る戦い』という構図の確立だ」
視線だけで続きを促してくるオルガ。
「先ずは1つ目の狙い──敵勢力のあぶり出し──だけど、これが一番重要だったんだ」
フェルファストに来て4日経った時点で、俺が工作部隊とマフィアについて集められた情報は、本当に微々たるものだった。
相手はなかなか尻尾を掴ませてくれないし、俺の方も人手が完全に足りていない。何より、アレン達の帰還が刻一刻と迫ってきている。
「時間を掛けてられない以上、最も手っ取り早い方法を取るしかない。それで考えついたのが、餌を使った敵のあぶり出しだったんだよ」
敵勢力の目の前に「新薬のレシピを所持しているか弱い薬師」という極上の餌をぶら下げてやることで、奴らが進んで影から出てくるように──大胆な行動を取らせるように仕向けるのだ。
ただ、その餌が俺であってはいけない。
それだと俺が騒動の中心になってしまい、本末転倒になってしまう。
寧ろ、俺は今回の騒動から一番遠い場所に居なければならない。
それには、シナリオに一つの前提を設ける必要があった。
「全ての大前提として、『コネリーの赤・改』の原作者は必ず死ななければならないことになっているんだ」
「何故でしょうか?」
「原作者が死ねば、もう誰も『原作者を探そう』なんて考えようとしなくなるからだよ」
死人の経歴や死因を探ろうとする人間はいても、「本当はまだ何処かで生きているんじゃないか」と探し回る人間は滅多にいない。「その死人が誰かの身代わりとして死んだのではないか」と勘ぐる人間となれば、ほぼいないと言ってもいいだろう。
「包帯男が死ぬことで、俺は表舞台から完全に消える。それは取りも直さず『コネリーの赤・改』を俺から完全に切り離すことになり、俺の身バレリスクを限りなく低くすることに繋がる」
「そこまでする必要があるのですか? 包帯男は、あなたが作り出した実在しない人物でしょう? そんな人物を調べてもあなたには辿り着けないと思うのですが」
「『原作者が何処かで生きているかも知れない』っていう噂が残るだけで、俺には迷惑なんだよ。噂を聞きつけた誰かが原作者を探そうとするのは目に見えているし、その目がこの街に入ったばかりの俺たちに向かないとも限らないだろ?」
何度でも言うが、俺は既に異世界テンプレを2つも経験してしまっているのだ。
念には念を入れておいて損をすることはないだろう。
「だから、包帯男の死は、今回のシナリオの必須項目であり、前提条件なんだよ」
「なるほど。では、包帯男は舞台上で活躍する『登場人物』ではなく、あなたや私という裏方を隠す『袖幕』、つまりは大道具みたいなもの、というわけですか」
「お、袖幕とは上手いこと言うな。もしかしてよく舞台とか見に行くタイプ?」
「教養教育の一環で、エイダさんに無理やり連れて行かれました」
そう言えば、オルガさんって滅んだ王族の末裔なんだっけ。
教養教育に舞台鑑賞って、結構上流階級な教育方法だよな。
「実を言うと、包帯男の死は俺たちを隠す以外にも、もう一つ役目があるんだ」
「と言いますと?」
「初手でサムに包帯男の死体を見つけさせることで、彼が第一容疑者になるように仕向ける役目だよ」
「……やはりわざとでしたか、彼が第一容疑者になったのは」
「そりゃあそうだよ」
「……シナリオの一幕目が『無実の人を殺人の容疑者に仕立て上げる』など、脚本家の品性を疑います」
おい。
その脚本家って、つまるところ俺じゃねぇか。
やめろよ、その見下げ果てたような視線……ゾクゾクしちゃうだろ。
「どちらかというと、品性の問題じゃなくて、必然性の問題かな?」
「必然性、ですか?」
「サムには第一容疑者になってもらわないと困る、ってことだよ」
首を捻るオルガに、俺は続ける。
「サムを容疑者にしないのは簡単だ。死体と一緒に、犯人に扮した俺を彼にわざと見つけてもらえばいい。その上で、彼が追ってくるように誘い、街中を適当にチェイスする。そうやって十分に衆目を集めたら、俺扮する犯人は適当に姿を消す。たったこれだけで、サムは『弁明すら出来ない第一容疑者』から『現行犯を捕まえようとした勇敢で善良な市民』になる」
「では、何故そうしなかったのですか?」
「サムに新薬のレシピを持たせる以上、敵勢力に対する何らかの『宣伝』が必要だったんだ──『ここに新薬のレシピがあるぞ』っていう宣伝がね」
それに一番都合が良いのが、サムを第一容疑者にしてしまう、という方法だった。
時は「コネリー難」の真っ最中だ。敵勢力も必死で方方の情報を集めていることだろう。
そこに「本日昼頃、ポーション店を営むサミュエル容疑者(27)が『コネリーの赤』に代わるポーションを開発したみられる男性を殺害し、当該レシピを強奪した疑いで衛兵隊によって逮捕されました」という一報が入れば、果たしてどうなるか?
間違いなく我先にと食いつくだろう。
まさに最高の宣伝である。
「それが『必然性』ですか」
「そう。敵勢力に対して宣伝する必要があったからこそ、サムを第一容疑者にせざるを得なかった。それだけのことだよ」
別に一昔前のテレビ番組みたいにわざと人を困らせてそれを見て楽しんでいたわけじゃない。
全ては必要だからやったまでのこと。
「それに、サムを第一容疑者にすることで、余計な連中からの余計な干渉を防ぐことも出来る」
「それはどういう理屈でしょうか?」
「もし相手が『新薬のレシピを持っているただの青年』なら、ダヴやアルバーノたちだけじゃなくて、他の有象無象も一枚噛もうと群がって来ちゃうだろ?」
あ〜確かに、という顔になるオルガ。
「でも、相手が『殺人の第一容疑者』だったら話は180度変わる。容疑者なんかに下手な手出しをすれば、衛兵隊が関与を疑って詰めてくる。それでも恐れずに参入してこようとするのは、頭の足りない低級の無法者くらいだろう。他の有象無象は、参戦を控えるはずだ」
「そして、その低級の無法者は、既にあなたな手によってあらかた潰されている、と」
「そ。だから出てくるとすれば、俺のターゲットであるダヴやアルバーノ達のみ、ってわけさ」
サムを容疑者にするのは、参加勢力の選別に丁度いいのである。
「加えて、サムが第一容疑者になれば、全ての視線が彼に集中することになる。そうなれば俺が完全に目立たなくなるから、かなり動きやすくなる。隠密行動が必須の俺にとっては何よりも都合がいいんだよ。サムの罪を晴らす仕込みは、最初から用意してるしね」
俺の言葉にオルガは何か言いかけるが、大したことではないのか、それとも話を進める事を優先したのか、口にはしなかった。
「というわけで、俺はサムを第一容疑者に仕立て上げ、敵勢力に対する餌にした」
その結果──
こうかは ばつぐんだ!
てきは まんまと あぶりだされた!
「最初に動いたのは、工作部隊だったよ」
オルガが不思議そうに首を捻る。
「……彼らに関しては尻尾すら掴めなかったのではないですか? どうやって彼らが『動いた』と分かったのです?」
「予め薬師ギルドを監視していたからだよ」
まだまだ首を捻るオルガ。そろそろ横に90度になりそう。梟みたい。
「薬師ギルドは、謂わば『コネリー難』の震源地だ。ポーションに関する第一報は全てここに集まるし、薬師も商人もここに集う。諜報活動が本業のダヴ達工作部隊が薬師ギルドの中に内通者を作るのは目に見えているだろう?」
「それで予め薬師ギルドを監視していたのですか。怪しい動きをする人間を見つけ出すために」
「そう。俺が一人で調査していたときは目立った動きを一切していなかったから、内通者が誰か分からなかったんだよ。気長に監視していればいずれ分かっただろうけど、制限時間がね……」
「それで餌を使って内通者に目立った動きをさせ、その身元を特定したのですね」
「御名答」
サムの出現に敵は即座に食い付いき、自分からその姿を晒すことになった。
それが副ギルド長のベンジャミンだ。
彼は、サムが新薬をギルドに持ち込んだことで──俺の目論見通り──軽挙妄動に出た。
ギルド長室でサムが持ち込んだ「コネリーの赤・改」を鑑定した時、ベンジャミンはダヴの肋骨で作られた通信用魔法道具をこっそりと起動し、会議の内容を全てダウに知らせたのだ……俺が監視・盗聴しているとも知らずに。
「本当は、発見した時点でもうベンジャミンの通信を逆探知していて、既にダヴの居場所を掴んでいたんだけど、敢えて泳がせることにしたんだ」
「何故ですか?」
「この段階でダヴを押えたとしても、他の工作員をひとり残らず見つけ出せるとは限らないからだよ。ダヴを拷問するにしても時間がかかるし、その間は掛かりっきりになってしまう」
「拷問疲れなどというものを患っていましたからね、あなたは……」
「楽しいもんじゃないからね、拷問って。する方も、される方も」
余程の恨みがある相手じゃない限り、長時間の拷問は御免かな。
「そうやって拷問して無理に吐かせるよりも、彼ら自身に行動を起こしてもらった方が、彼らの組織の全体像を掴みやすいと思ったんだよ」
一般人ならまだしも、諜報員は拷問されても情報を吐かないよう訓練されていたりするし、嘘情報を本物っぽく漏らすテクニックもある。
そのため、諜報員が相手の場合は吐かせた情報が虚偽かどうか検証する必要があるわけだが、俺にそんな時間があるはずもない。
だから、敢えて泳がせることにした。
ソファの下に隠れた猫を無理やり引きずり出そうとしても難儀するだけだが、干渉せずに待っていればいずれ飽きて自分から出てくるし、チュ◯ルをチラつかせてやれば更に早く出てきてくれる。
脳筋な俺が言えたことじゃないが、世の中、力技が全てではないのだ。
「結果として、あなたの目論見は大当たりしましたね」
オルガの言葉に、思わずへへんと得意げになる。
サムの存在を知ったダヴは大々的に部下を動員し、連行されるサム達を襲撃する部隊を組織した。おまけに、最大戦力であるマッシュまでをも投入してきた。
つまり、自分からのこのこと表舞台に出て来て、自らの手の内を大々的に晒してくれたのだ。
計画通り。ニヤリ
「内通者のベンジャミンさんには感謝しかないよね」
「彼は、なぜ内通者などになったのでしょうか? 薬師ギルドの副ギルド長という役職は、決して悪くはないはずですが」
「どうやら、ダヴたちから多額の献金を受けていたらしいよ? 更に、ダヴたちの作戦が成功した暁には、商業連合で美味しいポストも用意されるって。領主から(盗み)聞いた」
「評判を聞く限り、そのような俗な動機で裏切りを働くような人物には思えないのですが……」
「恨み辛みもかなり積もってたらしいよ。どこかの中古車販売大手みたいにブラックな労働環境だったって」
「あ〜、怨恨が原因であれば、まぁ……」
微妙な顔で納得するオルガ。
怨恨のような激しい感情は、あらゆる論理と思考を凌駕する。
どれほど聡明な人物だろうと、どれほどの人格者であろうと、恨み辛みが溜まれば段々と人格は歪んでいき、何時の日からしくないことをするようになってしまう。
恐らく、ベンジャミンもこの口だろう。
「何にせよ、彼が突破口になってくれたお陰でダヴ達を追い詰めることが出来たんだ。ここは彼の過去にとやかく言うんじゃなくて、ただ純粋に感謝しておこう」
「……そうですね」
色々と諦めたような顔で、オルガは頷いたのだった。
「話を戻すけど……サムに釣られて尻尾を出したのは、アルバーノ一家の方も同じだったよ」
「彼らもギルドに内通者を?」
「そう」
彼らも今回の『コネリー難』に関わっている以上、薬師ギルド内に内通者を据えるなり外から監視する要員を置くなりはしているだろうと考えていたから、同じように監視していた。
「実際、薬師ギルド周辺でコッソリとギルドを監視している浮浪者らしき人物を何人か確認したし、薬師ギルド前を不自然に何度も通り過ぎる商人らしき人物も何人か見かけたよ」
「では、その不審者たちを調べれ上げれば済む話では?」
「誰がどの組織から派遣された監視で、どれがアルバーノ一家と繋がっているのか分からないから無理だよ。まさか全員を捕まえて拷問にかけるわけにもいかないし、そんな時間も余裕もないからね」
監視を置いて情報を集めることは、なにも工作部隊や闇組織の専売特権ではない。普通の商人や商会でも、普通にやっていることだ。
怪しい人間を片っ端から拷問に掛けたりなんかしたら、高確率でそういう普通の人々を傷つける事になってしまう。流石の俺でもそれはできなかった。
「それで彼らにも餌を使って、内通者に目立った動きをさせた、と」
「またまた御名答。過程はダヴたちの時と殆ど同じだから、詳細は省くよ」
サムの出現に敵は即座に食い付いき、自分からその姿を晒すことになった。
それがレストーレアに付いていた男──闇ギルド「宵闇梟」所属の「雑用係」だ。
彼はサムが新薬をギルドに持ち込んだことで──俺の目論見通り──軽挙妄動に出た。
浮浪者に化けて薬師ギルドを外から眺めていた彼は、死体の確認に向かったギルド職員の形相を見てなにかを感じたらしく、即座にギルド職員の制服に着替えてギルド内部に侵入。ギルド長室の隣室から盗聴し、そこで得た情報を、レストーレアの左大腿に仕込んだ骨伝導型の通信用魔法道具を通してレストーレアに知らせたのだ……俺が監視・盗聴しているとも知らずに。
この時は通話相手の女が誰なのか知らなかったのだが、「あなたがアルバーノを唆せば──」「何時もと同じように『宵闇梟』の存在は表に出さず──」「【無畏】の二つ名を持つあなたの実力を以てすれば──」という通話内容を聞いて、彼女の正体を掴むことが出来た。
当然、ダヴ達と同じように泳がせたよ。
その結果、レストーレアはアルバーノを唆し、誘導されたアルバーノは大々的に手下を動員。連行されるサム達に襲撃を仕掛けただけでなく、裏で彼を操っていた「宵闇梟」の尖兵──レストーレアまでをも投入してきた。
つまり、自分からのこのこと表舞台に出て来て、自らの手の内を大々的に晒してくれたのだ。
計画通り。ニヤリ(2回目)
「こうなると、後はもう簡単だ」
通話を逆探知することで掴んだ彼らの本拠地にコッソリと忍び込み、取引先や帳簿などの機密情報をゲット。手掛けている事業内容や資産状況、他組織との繋がりや力関係などなど、組織に関する情報を殆ど丸裸にした。
ついでに盗聴・盗撮・マーカーなどの魔法を部屋ごとに設置し、彼らの会話・仕草・態度・動向などを監視。構成員ごとの性格特性や特技、組織内の人員配置や人間関係など、細々とした内部情報も把握した。
まぁ、この時は最初の襲撃が迫っていたから、これらは全部サムがスラムの中に逃げた後でやったんだけどね。
ただ、これで俺が一番やりたかったけど時間がなくて出来なかった「敵勢力の把握作業」は、ほぼ完了したと言っていい。
計画通り。ニヤリ(3回目)
「あちこち忙しく走り回ったり適当な手下を捕まえて拷問したりしなくても、ただサムとミモリーを見守っているだけで敵の戦力と本拠地を掴めるんだ。我ながら、うまい手だと思うよ」
「それには同意しますが……その邪悪なニヤリ顔が全てを台無しにしています」
どうやら、オルガさんは計画通り顔がお気に召さないらしい。
今日くらいは許してよ、頑張ったんだから。
「実はこの敢えて泳がせておくって方法、俺の2つ目の狙い──敵同士の潰し合い──を引き起こすトリガーでもあるんだ」
俺がそう言うと、オルガは暫く考える素振りを見せ、言った。
「……つまり、敢えて彼らに行動を起こさせることで、互いに競合相手が存在することを認識させ、互いにいがみ合わせる、ということですか?」
「大正解」
流石はオルガさん、かなり頭が回る。
「彼らも、自分たち以外に餌を狙っているライバルがいることを知った方が、潰し合いに気合が入るからね」
片や「ジバゴの一」で領主を脅したい勢力。
片や「ニガモモ」で領主を脅したい勢力。
もともとライバルである両者が対面すれば、互いに潰し合うことは目に見えている。
そして、サムに対する両者の姿勢の違いも、うまい具合に働いてくれた。
交渉の武器である「ジバゴの一」の優位性を失いたくないダヴたちは、サムの抹消を決めた。
対して、欲深いアルバーノたちは、サムの強奪と独占を考えた。
奇しくも、互いに利益が真っ向から衝突する構図となったのだ。
これに関しては完全に偶然なのだが、俺にとってはかなり嬉しい誤算である。
その結果、連行中のサムを狙った両者は、東メイン通りで衝突。
サムを巡って互いに牽制し合い、足を引っ張り合い、互いの人的損失だけを膨らませていった。
「ついでにサムを守ることにも繋がったし、成果としては文句なしだよね」
サムを捕まえたい勢力はサムへの攻撃を阻止し、サムを消したい勢力はサムの捕縛を阻む。
互いが互いの脚を引っ張ることで、逆にサムの身を守ることになったのだ。
陰ながらサムを護衛していた俺としては直接手を出さずに済むことが一番なので、実にありがたい展開である。
(計画にはなかったけど)計画通り。ニヤリ(4回目)
「……道路や建物を壊された領主は泣いていると思いますよ」
「無用な犠牲は出さなかったんだから、それくらいはいいじゃん」
最初の戦闘に関しては、日中の大通りということもあって通行人がそれなりに多かったけれど、一般市民には一人も怪我人を出していない。
自分のためなら平気で他人に迷惑を掛けられる俺だが、迷惑を掛ける範囲を最小限に留めておこうと思うくらいの良心は持ち合わせているつもりだ。
今回の件で無用な犠牲を出すつもりは一切ない。
最初の戦闘で逃げ遅れたお爺ちゃんと、覗き見して巻き込まれたおじさんも──咄嗟のことだが──ちゃんと俺の魔法で保護していた。怖い思いをさせたお詫びとして、お爺ちゃんの持病である腰のヘルニアをコッソリ治し、脳梗塞寸前だったおじさんの血管をひっそりピカピカにしてあげたら、二人とも「奇跡だ!」と大喜びしてくれた。
「あ、一応言っておくけど、サムとミモリーを連行しにいってダヴたちに殺されたあの5人の衛兵に関しては『無用な犠牲』には含まれないから」
「なぜです?」
「あいつら全員、汚職警官……ならぬ汚職衛兵だったからね。しかも、結構ゲスでヤバいタイプの」
調査当初、アルバーノ一家の情報網を探っていた俺は「マフィアと言ったら警察組織の買収でしょ」という安直な考えの下、この都市の衛兵隊を軽く調べてみたことがある。
それで見つけたのが、この汚職5人組だった。
彼らは女性を不法逮捕して拘置所で不埒な行為に及んだり、勾留中の容疑者を「取り調べ」と称して痛めつけて楽しんだり、自分たちがやらかした軽犯罪を平気でもみ消したり、お金を受け取って他人の犯罪をもみ消してあげたり、逆にお金を受け取って他人に罪を着せたり、とにかく胸糞悪いことばかりしていた。
俺の価値基準からすれば、彼らは「死なせても良心が傷まないクソ野郎」という分類だ。
もちろん汚職をやっていた衛兵は他にもたくさん居たけど、彼らに関しては遺失物をくすねたり、捕まえた軽犯罪者から飲み代程度の賄賂を巻き上げたりといったしょうもないことしかしてなかったから、全員スルーした。彼らを罰するのは、俺の仕事じゃなくて領主の仕事だろう。
なので、借りていったのはマジでヤバいこの5人だけ。
「まぁ、敵勢力の襲撃が予想される以上、サム達を連行する衛兵隊に危険が及ぶことは明白だったからね。あいつらみたいな死んでも惜しくないクズは、実に都合がよかったよ」
「その意見には賛同しますが……よく他の衛兵を巻き込まずに彼らだけを動員できましたね?」
「衛兵隊の隊長に変装して、こっそりと彼らだけに出動命令を出したからね。他の衛兵たちは、何が起こっていたのかすら知らないはずだよ」
面倒臭かったし、見破られるリスクもあったけど、これも真面目にお仕事をしている衛兵さんたちが犠牲にならないようにするためだ。
「ついでに衛兵隊の調書とか公文書とかも読んでおきたかったから、一石二鳥だよね」
「……あなたは、敵勢力だけでなく、この領の秘密も丸裸にするつもりですか」
「見られるような場所に保存しているのが悪い」
俺の真っ当な感想に、何故かオルガさんは頭痛を堪えるような仕草をした。
解せぬ……。
「話を戻すけど……敵勢力に潰し合いをさせたことで、三つ目の狙い──『レシピを巡る戦い』という構図の確立──も果たすことが出来たんだ」
オルガが眉を潜める。
「聞いただけではどのような意味があるのか分からないですね、その三つ目の狙いというのは」
「端的に言えば、俺という黒幕の存在を隠すための目眩ましだよ」
街中で大規模な戦闘を繰り広げたことで、ダヴとアルバーノは自分たちの存在を衆目に晒すことになった。
その結果、今回の「新ポーションを巡る暗闘」は「良からぬ勢力による闘争」として人々に周知されることとなった。
「これは存外に影響力が大きいことなんだよ」
「何故でしょうか?」
「ダヴやアルバーノが表に姿を表したことで、一般市民は街の裏で『レシピを守る勢力 vs レシピを奪う勢力』という分かりやすい構図の戦いが繰り広げられていることを知った」
ふむ、と頷くオルガ。
「人間は、裏事情を知ると取り敢えず満足する生き物なんだ。それっぽい『裏事情』を与えてやるとすぐにそれに飛びついて、そのまま満足してしまう。所謂『裏の裏』とか『影の中に潜む闇』とかまで突き止めようとする人間は、ほとんど居ないんだよ」
俺が狙っているのは、まさにそこだ。
「……つまり、『レシピを巡る戦い』という分かりやすい構図を人々に見せることで彼らをそこで満足さ、その更に裏に潜む『真の黒幕』を探させないようにする、ということですか?」
「その通り」
物好きや陰謀論者は何処にでも居る。
もし今回の件が中途半端に知れ渡れば、必ずその裏を探ろうとする人間が出てくる。
そうでなくても、人間は全体像が見えていない物事を想像で勝手に補いがちだ。中途半端に知られては、想像力を働かせた人達によって変な噂を流されかねない。
そうさせないためにも、人々には「分かりやすい裏事情」を用意して見せておく必要があるのだ。シナリオ上包帯男が死ななければいけない理由と同じである。
もちろんそれでも満足しない人間は一定数残るだろうが、そのような偏執的な陰謀論者の言うことを真に受ける人間は少ない。たとえそういったアノン系の人たちが本当にヌフを発見したとしても、大衆がそれを信じられなければ問題にはならない。
なので、俺は口止めできる人間にしかヌフの姿を見せていない。
グレタたち然り、クラリッサたち然り、赤竜組の連中然り、ラトの爺さん然り、彼ら彼女らは俺と事を構える気が一切ない。だから、変に俺を探ろうとしない。俺とヌフを結びつける要素がないのであれば、ヌフの姿を晒しても問題はない。
逆に、領主のようなヌフの裏を探ろうとするかも知れない者、もしくはお色気ギルマスのようなヌフと俺を結びつける条件が揃っている者の前には、一切姿を見せていない。
俺の変装を知らなければ、俺にたどり着くこともない。
これは俺とオルガが怪しまれないようにするための、謂わば二重の保険なのだ。
人生、慎重になり過ぎて損をするってことは案外少ないからね。
答え合わせ回の続きです。
予想以上に長くなってしまっていますので、更に分割しました。
_(:3 」∠)_分割したのに今回も1万字超え……




