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129. S01&03:The Great Escape

 ――――― Side: 01 & 03 ―――――




 唖然とするサムとグレタ。


 この老人は今、なんと言った?


 金は既に貰っておる?


 意味が分からない。


 サムとグレタはお金がないが故に、安易に彼ら「巾着鼠(スマグラット)」を頼ることが出来ず、あくまでも最終手段と位置づけた。

 今でこそ彼らの下に駆け込んではいるが、それは逃げ道が遂になくなってしまったからであり、決して本意などではない。寧ろ、追手に突き出される覚悟までした、乾坤一擲の大勝負である。


 それなのに、最大の難関ともいえる料金問題が既に解決済みだという。

 いったい誰がサムとグレタのために報酬を前払いしたというのか。


 不可解なことはまだある。

 老人は、自分たちが「脱出依頼」を出したいことを事前に知っていた。

 案内してくれた長身痩躯の男は建物の外に居て、ここまで来る間に彼が誰かと連絡を取っていた形跡はない。建物に通してくれた時も、老人に何かを伝える素振りはなかった。

 ならば、この老人はいったいどうやって自分たちの要望を知ったのか。


「金をもらった以上、お主らが誰から追われていようと、必ず目的地まで逃してみせるぞい」

「も、目的地……」

「うむ。事前に聞いとるよ。『歓楽街』にある『赤竜組』のアジトまで逃せばよいのじゃろ?」

「え……? あ、あぁぁあ! はいその通りです間違いありませんよろしくお願いします!」


 一も二もなく、グレタが肯定する。


 老人の言葉で、謎が全て解けた。

 目的地が、赤竜組のアジト。

 ということは、全て赤龍組のおかげだ。

 彼らが事前に巾着鼠(スマグラット)に「脱出依頼」を出してくれていたのだ。

 自分とサムの逃亡を手助けするために。


 サムは依然、頭の上に「?」をいっぱい浮かべているが、グレタの力強い肯定を見て釣られるように頷いた。


「ほっほっほっ。では、目的地まで安全に送り届けるために、お主らには荷物に混じってもらおうかのう」


 老人が朗らかに笑うと、後ろに控えていた5人が前に出た。


「この3人はお主らが入った荷物箱を運ぶ役で──」


 老人はガタイのいい青年3人を鼻で指し、


「この二人はその荷物を取り扱う商人役じゃ」


 細身の中年男性とふくよかな中年女性を指した。


 一番やり手そうな細身の中年男性が、老人の代わりに二人へ説明する。


「お前達の移送は、秘密通路を使って行う。最寄りの城壁に沿って反時計回りに進み、北門付近で出て、お前達を荷物箱ごと荷馬車に積み込む。そのまま北門から入ってきた荷物に見せかけて、街の北西にある『商業区域』に入る。人気の少ない通りで南に曲がり、西メイン通りを抜けて南西にある『歓楽街』に入る。後は歓楽街の中心地まで進み、赤龍組が指定した建物の前でお前達を降ろす」

「その間、あんたたちは荷物箱に入って、静かにしてな。全部あたしたちに任せとけば、日が沈む前には目的地に送り届けてやるよ」


 ニヤリと笑って、ふくよかな中年女性が付け加える。


 見れば、中年男性と中年女性の服装はまさに行商人のそれで、ガタイのいい青年3人は人夫そのものの格好をしていた。

 よほど優秀な門番でもない限り、この一行が偽物だと見破るのは難しいだろう。


 中年女性の話によると、城壁沿いには巾着鼠(スマグラット)と領主しか知らない隠れた通り道が複数あるらしく、多くの密輸品がそこを通って街に入り、街から出て行くという。

 余人が存在を知れば即座に巾着鼠(スマグラット)に殺されるそれらの秘密通路を、今回は使わせてもらえるらしい。

 たとえ追手がこの付近を捜索したとしても、秘密通路の存在を知らない彼らではサムたちの逃げ道も逃げる先も特定できないそうだ。

 万が一、移送の途中で誰かに襲撃された場合は、ガタイのいい青年3人が応戦し、その間に中年男性と中年女性が二人を最寄りの隠れ家まで連れていき、別ルートで目的地まで送る手筈になっている。

 こうしたバックアッププランは他に幾つもあるらしく、確実に二人を目的地まで送り届ける体制が整っているとのこと。


 流石は密輸のプロフェッショナル、とグレタとサムは感服する。

 逃走方法から輸送経路、もしもの時の予備案まで、既に全てが周到に計画されているのだ。

 自己紹介すらされていないが、彼ら(プロ)にはその必要がないのだろう。全ては仕事で語る、というやつだ。



 その後すぐ、サムとグレタは1メートル四方の木箱へと入れられ、布を被せられ、その上に豆が入った袋を積まれ、蓋をされた。

 これならたとえ蓋を外して検査されても、箱の底までひっくり返しさえしなければ、ただの「豆の入った木箱」として誤魔化せるだろう。


「ではの」


 老人が軽く手を挙げて、一行を見送る。

 箱の中で身を縮めている二人は声だけで返事し、そのまま運ばれていった。






 どれだけ経っただろうか。

 短くても2時間は経過しているはずだ。

 箱の中で長時間の体育座りを強いられているサムがそろそろ腰痛を覚え始めた頃。

 コンコン、と箱の蓋がノックされた。


「おい、着いたぞ」


 細身の中年男性の声だ。

 蓋が外され、上に積まれた豆の袋がどかされる。最後に被せられていた布が取られ、サムは数時間ぶりの陽光に目を細めた。

 隣ではグレタが同じように箱から出されていた。


 二人が居るのは、人気のない路地裏。

 遠くからは熱気のある喧騒が聞こえてくるが、ここは至って静かだ。

 目の前には、横に広い一階建ての建物が一軒。入り口に看板はないが、無人というわけではない。寧ろ、こんな場所にある建物にしてはよく手入れされている。


「ここは『繁華街』にある赤竜組の事務所さね」


 ふくよかな中年女性が言う。

 どうやら、遠くから聞こえている熱気のある喧騒は、夕方の「繁華街」に特有の賑わいらしい。


「これで依頼完了だよ」

「あ、はい。ありがとうございました!」

「礼はいらないよ。こっちも仕事だし、事前にたんまりもらってるからね。何かあったら、またウチを頼りな」


 全力で頭を下げるグレタに、中年女性はハハハと笑う。

 いつの間に豆の袋を詰め直したのか、撤収作業が終わった彼らはすぐにその場を去り、瞬く間に街角に消えていった。


 顔を見合わせたサムとグレタは、大きく安堵のため息を吐き出した。

 どうやら自分たちは邪魔される事なくスラムから逃げ出すことに成功したらしい。





「さ、行くわよ」


 グレタが慣れた感じで事務所の扉に手をかける。

 ガチャッ、と音を立てて開く扉。

 二人を迎えたのは、一斉にこちらへと向けられる複数の──ガラの悪い男達の眼差しだった。

「なんじゃワレ」みたいな威嚇の視線がグサグサと二人に突き刺さる。


「す、す、すすすみませんままま間違えましたぁぁぁ!」


 反射的にそう叫び、サムは踵を返そうとする。

 が、グレタに襟首を捕まれ、グエッとえずく。


「おいおい、グレタの嬢ちゃんじゃねぇか!」

「無事だったかコノヤロウ!」

「ようやく帰ってきやがったか!」

「兄貴が奥で待ってんぜ!」


 相好を崩したガラの悪い男たちが、ガラの悪い声で口々にグレタを歓迎する。


「ありがとう。すぐに行くわ」


 顔見知りなのか、グレタにも彼らを恐れる様子がない。


 訳が分からないサムは、押し殺した声でグレタに耳打ちする。


「ね、ねぇグレタ、こ、ここってさ……ももももしかしてヤ、ヤクザの事務所じゃない?」

「そ」


 あっけなく肯定され、サムは唖然とする。


「じゃ、じゃあもしかして、グ、グレタって、その……ヤクザ関係者?」

「いや、そういう訳じゃな──」

「ハッ!? まさか、君の目つきが悪いのって、やっぱりそういう……?」

「だからそうじゃないって言ってんでしょ! ちょっと顔見知りってだけ! あと、目つきは生まれつきよ!」


 あまりにも失礼過ぎるサムの早とちりに、グレタが蹴りで制裁を入れる。


「あ(いた)たた……」

「話は全部あたしがするから、あんたは黙ってなさい。いいわね?」

「わ、分かってるよ」


 そもそも、ヤクザ相手に話しをする勇気など、サムにはない。

 ここは全て、グレタに仕切らせる方がいいだろう。


 二人はそのまま事務所の奥へと向かったのだった。


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