その2
千景くん、宮小路さんと別れた私と輝くんは、食堂へと向かう。その間、輝くんの目はずっと煌めき続けていた。
食堂、という名前だけど、寮の食堂と同様、食堂とは名ばかりの高級レストラン。学生証がICカードになっていて、代金は学費と一緒に実家へ請求される形になっているらしい。
ちなみに輝くんだけは特待生なので無料。一番安いランチでも2000円越える食堂なので、ここで輝くんからもお金を取るのは、特別枠の趣旨に反するとのことらしい。夢ヶ咲学園の生徒ともあろう子が、制服のまま近所のお弁当屋さんやコンビニにいくのが醜態という考えもある。いくらなんでも気取りすぎだと思うけど。
まあ結果的にそのおかげで私は輝くんと昼食を共にできるので、個人的には喜ばしいことではある。
適当にサラダとちっちゃなパスタを頼んだ私。向かいで鉄板の上に乗ったいい香りの大きな肉を持って席につく輝くん。
「宮小路さんもああ言ってるし、頑張ってたんぱく質取らなくちゃ!」
せっせとナイフとフォークで肉を切っては口に運んでいく輝くん。昼間からこの食べっぷり。見てるだけで胃もたれしそう。
というか、米は食べないのね。肉と野菜だけ。ボディビルダーの食事だろうか。
けど、あれがロース肉だとしたら、私のカルボナーラのほうがカロリーが高いのかもしれない。輝くんの意識の高さがすさまじい。
そういえば、いっぱい食べられるのもアスリートの才能のひとつと聞いたことがある。この胃袋の大きさも、輝くんの才能と言えるかも。
教室に戻って五時間目。歌唱の授業だ。
音楽室1 (なんと4まである。さすが夢ヶ咲学園だ)に行くと、副担任の八重咲先生が高そうなグランドピアノの前に座っていた。
八重咲先生というのは、入学式のあとで私たちを教室まで案内した、如何にも気のきついバリキャリって感じの人ね。だけど実際の性別は不明。
「わたくしは昨日も説明した通り、副担任の八重咲と申します。今年の一年生歌唱レッスンの担当です」
そう言って八重咲先生は、なにやらタブレットを持って頭を下げた。
「みなさんの机の中におかれている端末は、学校から支給されたものです。演劇系統の授業ではほぼ毎回使いますので、大事に持ち歩いてください」
言われた通り机の中を覗き込むと、先生の言う通りipadのような端末が入っていた。取り出すと画面の左上の縁に「見城瑠美」と書かれたシールが貼り付けられている。どうやら教室の机や寮の部屋にあった謎の端子は充電器らしい。
電源を入れて、さまざまな個人情報を入力。それが終わった頃、みんなのメールボックスになにやらメッセージ。
「なんですか? これ」
隣の輝くんが声をあげる。
「とりあえず、みなさんの力を見させていただきます。今から、そこに入っている譜面から一曲選らんで、順に一人ずつ歌っていただきます」
なんと。いきなりハードルの高い展開。
夢ヶ咲学園は演劇においても超エリート教育校と言ったけど、みんながみんなオールマイティにとてつもなく優れているわけじゃない。
ものすごい大金持ちの、権力ある家の子だと、分野によってはそこまででもなくても夢ヶ咲学園に入れてしまう子もそれなりにいる。
当然、輝くんのような特別枠や宮小路さんのようなスターに選ばれる人たち、つまりトップ層は、もう世界中のどこに出しても恥ずかしくないほどのレベル。
で、そんな実力がまばらな状況なのに、いきなり前で歌わせるとは、八重咲先生もなかなかの鬼だと思う。
配られた楽譜のタイトルは「最後の演舞」「私は私だけのもの」だった。どちらもショート版。つきロンは演劇のお話と言うこともあり、挿入歌はたくさんあるんだけど、どちらも代表的で人気もある曲。
夢ヶ咲学園は、毎年月夜茶会ではいろんな公演をやってるものの、中にはほぼ毎年やってるような演目もある。
そして、歴代で一番頻度が高い演目が、『エリザベート』。
19世紀後半のを舞台とした、ウィーンミュージカルの代表的な作品のひとつ。ハプスブルク帝国の姫様であるエリザベートの死までを描くお話だ。
脚本等にはアレンジが加えられており、現地のものとはいろいろと違う。
例えば、エリザベートにつきまとう死神トートの名前は、現地の言葉で死を意味する。英語圏ではDeathとか名乗ったりするらしいけど、月夜茶会のエリザベートでは、日本語だと死は言いにくいのもあって、そのまま「トート」となっている。主役である。
つきロン本編では、トートは輝くん、エリザベートは主人公である花總友紀ちゃんが演じる。物語のクライマックスだ。
「では、柚希輝くん。あなたからお願いします」
「はい」
輝くんは先生に呼ばれて前へ出る。まずは圧倒的実力の彼にお手本を見せてもらおうということか。
ちなみに、作中では「最後の演舞」はトート役の輝くんが歌ってた曲。「私は私だけのもの」はエリザベート役の友紀ちゃんの曲だ。エリザベートの挿入歌は、元ネタとなったウィーンのミュージカルですでにあったものとなかったオリジナルのものがあるはずだけど、具体的にどれがどうだったかまでは、思い出せない。
「曲はどれにしますか」
「最後の演舞、で」
おお、輝くんらしいチョイス。
この曲はサビが完全にロック。つきロンをプレイしたときは、オーケストラ生収録での、サビの大迫力に負けない歌唱を見せる声優さんには驚かされたものだ。
明らかに難易度の高い曲。それを初手で躊躇なく選んだ輝くんには、さすがだと言わざるを得ない。彼は実力だけでなく、自らの能力への信頼も非常に高いのだ。
輝くんの声優さんは、そのキャラクター特性から、演劇の能力がすさまじく高い人が選ばれていると、ファンブックに書かれていた。なんでも、その声に合わせてキャラの性格などを少しいじったらしい。
そしてその力を、この世界の輝くんはしっかりと引き継いでいると考えていいだろう。
先生は静かにグランドピアノの音を奏で始める。
「それはよくある色恋沙汰、私にははじめての経験。二人の男があなたを愛す。あなたの選択により、私は負ける。あなたの結婚式で、私は一人の客」
輝くんの低い女声で紡がれる歌詞。
ぞくりと鳥肌。私は全身の毛が逆立つのを感じた。
輝くんの生の歌声は、あまりにも荘厳で、悲哀に満ちており、私は息をするのも忘れて見入る。
軽い手振りと歌声。一瞬にして、輝くんはトートの世界をその場に作り出していた。
これが天才と言われた少年の力かと、私は驚嘆する。
「あなたはそっぽを向くが、彼に服従するのは姿勢だけ。彼の腕のなかで、あなたは私に微笑む。それが意味するところを、あなたはよく知っているはずだろう」
八重崎先生の旋律が急転直下。ピアノの音はフォルテッシモ。
「最後の演舞は俺のもの。お前は俺と踊る定め」
一転、輝くんは力強い発声。とてつもない迫力に、私は気圧される。
右手をつき出した輝くんと目があった。声は女声、見た目はツインテ男の娘のままでありながら、私は輝くんにこんなことを言われたせいか、歌詞だとわかっていても思わず胸が高鳴る。
「闇の中から敗者としてお前を見つめている。だが最後に勝つのは──」
輝くんはゆっくりと右手を額に寄せる。乱暴に頭蓋を掴み、たっぷりと溜めを作ってクライマックス。
「──この俺さ」
歌唱が終わって八重崎先生がピアノの鍵盤からそっと手を離してもなお、輝くんの作り出した世界、その沈黙は壊れない。
どのくらい経っただろう。それがわからないほど、私たちは皆が輝くんに取り込まれていた。
沈黙を破ったのは、拍手。
気がつけば私は、両手でぱちりぱちりと、乾いた音を鳴らしていた。
近くの生徒がつられて拍手。その直後、教室全体に広がって、大きな歓声が飛んだ。
輝くんは、私に向かって一度にこりと微笑みかけて、みんなに向かって一礼。
こうして私たちは、柚希輝という天才、その実力の一部を垣間見たのでした。