その5
夕方、千景くんに指定された時間が近づき、私は部屋を出る。
その瞬間、輝くんと目があった。
輝くんは、すぐに顔を伏せて、エレベーターに乗らずさっさと階段で降りていってしまう。
き、気まずい……。
輝くんってすさまじくシャイなところあるからなあ。友紀ちゃんにラッキースケベしちゃった後も、こんな反応してた気がする。そんなところがかわいいんだけど。
ちなみにここで言うかわいいは、男の娘的な意味ではない。普通に一般的女性が男性を見る目のほうだ。
エレベーターに乗って一階へ。
私はロビーのソファで足を揃えて座ってる千景くんの所へ行く。
「瑠美。どうだい。ここでの生活、やっていけそうかい?」
「は、はい。なんとか、まあ」
「なんだいさっきから敬語ばかり。昔のように普通に話してくれていいんだよ」
そんなこと言われても、いまの千景くんは私にとってただの見知らぬ清楚系美少女なのだから仕方ない。
しばらく待つと、輝くん含めて一年生寮生全員が集まり、千景くんに連れられて寮内一周ツアーを行うことに。
と言っても、二階より上は個室と談話室しかないから、一階と地下の案内になる。屋上は原則立ち入り禁止だそうだ。
ロビーを抜けて向こう側、いくつもの防音室が並んでいた。
すぐ手前にある部屋の表札は「練習室1」。高そうなグランドピアノが2台置かれている。
そのとなりが「練習室2」。アップライトピアノ一台と、ダンスやバレエの練習部屋のような設備だ。
それ以外にも、様々な演劇の練習に絡む設備が並んでいた。
「ここは24時間開放だ。予約がない空いている部屋は、自由に使ってくれて構わない」
校舎の方にも同じ設備があるらしい。数はここのちょうど二倍。
なぜこんな設備があるかというと、夢ヶ咲学園は演劇教育に注力しているからだ。将来国をしょって立つエリートの教育にはもっとも効果的だかなんだとか、そういう方針らしい。
そして毎年年度末に行われる「月夜茶会」。これは演劇の発表会だ。
だけどこの言い方には語弊が大きすぎる。一般的な高校の演劇発表会とは、お客さんも予算も学校の力の入れ方も、なにもかもスケールが違いすぎる。世界の主要国家から大統領が来たりすることもあるくらいだし。
みんな月夜茶会を目指して、またそこで良い役を貰えるように、日々しのぎを削るのだ。
月夜茶会に絡む5人+1人のスターシステムなんかについては、おいおい先生から解説があるだろう。
ちなみに、夢ヶ咲の子達はこれを当然のように大学受験勉強と並行でやってのける。
そして私たちは練習室が立ち並ぶ通路を抜けて、その向こうにある階段から地下に降りる。
地下は食堂と大浴場。個室にも風呂はあるけど、あっちは普通の水道水なのに対して、大浴場は本物の温泉だ。昔は夢ヶ咲学園のとなりに温泉宿があったらしい。
隣にあるのが食堂。だけども食堂という名前にあまりに偽りがあると言わざるを得ない。見た目はただの高級レストラン。この世のどこの寮に、レッドカーペットと純白のクロスが乗った丸テーブル、そしてシャンデリアなんてあるのだろう。
奥には普段は使われていないであろうステージがある。ディナーショーでもするつもりなんだろうか。
入り口のところには、『新寮生歓迎パーティー』と書かれていた。
たくさんのテーブルの上には、豪華なビュッフェ形式らしき料理。中にはたくさんの先輩寮生がいた。
中から現れたのは気品ある鈴のなるような声の、すらりと背の高いおしとやかな美女 (に見える男子生徒)。
「天海さん。ありがとうございました。ここからはわたくしが引き継がせていただきます」
「宮小路さん。よろしくお願いします」
千景くんはそう言って、1階に昇る階段に足をかけた。
「じゃあ僕はこれで。みんな、楽しんできてくれ」
そうして上へと消えていく千景くん。パーティーには参加しないのね。
「新寮生の皆様、わたくしは今年度の寮長を務めている、3年の宮小路と申します。今後一年間、よろしくお願いしますわ」
スカートを摘まんで足を少しかしずく。宮小路さんのような、いかにもなお嬢様 (男だけど)がやると、この動作もとても様になっていた。
宮小路さんに促され、私たちは名札を胸につける。
「皆様。大変長らくお待たせいたしました。これより、新寮生歓迎パーティを行います」
両手を高く広げて声を張り上げる宮小路さん。そうして私たちはステージに並べられ、順番に簡単な自己紹介をさせられる。
そのあとは、みんなで自由にテーブルの料理をとって食べる時間となった。
「星条さん……」
恐る恐る、そんな感じで、テーブルのローストビーフを皿によそってる私に向かって、輝くんが声をかけてきた。
「さっきはなんというか、本当にごめん。だけど本気で間違えてたんだよ。これだけは信じてほしい」
そう言って、再び頭を下げる輝くん。
さっきはついパニックになって強めに言っちゃったかもしれない。私は申し訳ない気持ちになりながら、「顔をあげてよ。らしくない」と告げた。
「大丈夫。もう気にしてないから」
この言葉には少しだけ偽りがある。怒ってはいないけど、ほんとは怒りとは別の意味で気にしちゃってる。
だけどもそのニュアンスの伝え方を間違えたら、また輝くんを落ち込ませるのは間違いない。なので私は黙っておくことに決めた。
「ほんと?」
「ほんと! だから星条さんじゃなくて、また瑠美呼びでいいから!」
そして私たちは声をあげて笑う。前世では画面に阻まれて会えなかった輝くんと、こんな会話ができるなんて夢みたいだ。
適当に料理をとって、空いている席へ。輝くんと向かい合ってパーティ料理に舌鼓を打っていると、輝くんの近くに一人の先輩生徒が現れる。
「はろー! ここ空いてるよね?」
私たちに了解もとらずに、輝くんの隣の席へと座った。
名札には「琴葉ゆかり」と書かれている。
一言で表すなら、異質。
他の男の娘たちは、中性的美少年の女装であり、いかにも乙女ゲー世界の住民といった出で立ちだ。ファッションは変わってても、私が前世で好きだったつきロンの雰囲気そのもの。
だけど、この先輩は、ひとりだけ、あまりにも違う。
「いやー。料理おいしいね。あーんっと」
平然と皿の料理を指で摘まんで口に運ぶ。
紫がかったミディアムヘアが両サイドで房のように括られている。背は私よりもだいぶ低い。間違いなく160もない。
スカートは他の生徒と比べてとても短くて、太ももがかなり見えてる。脚にはガーターベルトも着けられていた。
胸にはこれでもかと言わんばかりに詰め物がされてるのか、とてつもなく巨乳に見える。
あざとくてけばけばしいファッション。気品など微塵も感じられない。
宮小路さん共々、つきロンには登場していない。この私が知らないというのだからそれは間違いない。
一人だけ、乙女ゲー世界には絶対にいないであろう、男性向けエロ同人かエロゲに出てきそうなキャラクター。とんでもないイリーガルな存在に、私は面食らう。
これが私と、この一年間戦いを繰り広げることになる先輩・琴葉ゆかりとの初対面だった。
「今年の一年生もおいしそうな子ばっかり。嬉しいなあ」
琴葉は私以外の一年生を見回す。
「けど中でも、柚希輝くん、だっけ? 君、この中でも一番目立つくらいかわいいね。今夜お姉さんの家に泊まらない? イイコト、してあげるから」
「ちょっ、なんですかいきなり!?」
耳元で囁かれて戸惑いを見せる輝くん。当たり前だろう。これはいつもの輝くんのスキンシップとは訳が違う。
「あ、そうそう。星条瑠美! あんたにいっておきたいことがあるんだけど」
ぴしりと向けられる一本指。そうして琴葉は私に告げる。
「この学校の男子生徒たちを手に入れるのは、あんたじゃなくてあたしなんだからねっ! 自分は女だから勝てるなんて思わないこと! 覚悟しておくよーに!」
こうして、なぜか私は入学早々、つきロンゲームに登場しない三年生の男の娘から、男を巡っての宣戦布告されることとなったのでした。