その3
このお話には、凄まじい数のパロディが入っています。
気付いた方は是非感想欄にて解答を。正解者には難易度に応じてAPを差し上げます!
※APを集めても特に意味はありません。
輝くん (?)の挨拶はつつがなく終了し、新入生全員の名前が順に呼ばれるパート。
基本はあいうえお順。自分が呼ばれる順番を待ってたけど、西園寺さん、紫之さんの名前が呼ばれて、
「星条、瑠美」
「は、はい!」
私はつい裏返った声で返事した。
続いて、月丘さん、月宮さんの名前が呼ばれた。15人目の弓削さんの名前が呼ばれ、点呼が終わる。輝くんはすでに新入生代表としてステージに上がっているからか、飛ばされていた。
輝くんのような元から中性的な名前の面々はもちろん、「虎太郎」のような男らしい名前まで、つきロンのファンブックに載ってたクラスメイトの名前そのままだ。
「以上、男子15名、女子1名。夢ヶ咲学園107期の皆様。どうか、この学校を自らの糧とし、楽しい三年間をお過ごしください」
おじいさんがそうお辞儀して、ステージを降りる。
この男子15人いるはずなのに男子に見える生徒が一人もいないことに、みんなはなんの疑問も持たないの?
振りかえると、保護者席でお母さんは普通にニコニコしてる。
この乙女ゲー世界に女装文化が蔓延してるなんてことはないはず。だってこの15年間瑠美として生きてきて、そんな男はほとんど見たことないから。
つまりは、この学園だけがおかしい。
待って。いくら今日がエイプリルフールだからって、冗談がきつすぎると思うの。
「最後に、先輩生徒による校歌合唱です」
アナウンスが流れて、30人ほどの生徒が、ステージ脇から現れた。……全員女子制服で。
そのうちひとりの顔に、私は謎の既視感を憶える。
ロングヘアの清楚な切れ長目の美少女、胸元の黄色いリボンがいいアクセントになっている。その子は、私と目が合うと、まるで顔見知りであるかのようににっこりと微笑んだ。
この笑顔には、はっきりと見覚えがある
「……千景くん?」
間違いない。瑠美の従兄であり、つきロンでは攻略対象の一人だった年上クール系美少年。天海千景くんだ。
輝くんと違って、千景くんにはこの転生後の世界でも何度か会ったことがある。だから、どんな顔かとか、どんな風に笑うかとかは、とてもよく知っていた。
だけど、数年前に会った千景くんは、普通の大人びた男の子だったはずだ。男の娘になりそうなそぶりは、微塵も見せてなかった。
音楽の先生 (こちらは普通のおじさんだった)らしき人が生徒たちの前に立ち、指揮棒を振り回し始める。同時にピアノ演奏が始まった。
『雲のたなびく六甲の、松のみどりに宙そら映えて』
綺麗なソプラノボイスの歌唱。とても男子の歌声が混じってるとは思えない。
けど、確か友紀ちゃんの入学前の一年間は、女子は瑠美一人という設定があったはず。その設定がここでも変わってないのだとすれば……、この子たちは、全員男子ということになる。
美しい歌声の歌唱が終わった後、「これにて、第107回夢ヶ咲学園入学式を終了します」とアナウンスされる。
「では、副担任である私・八重崎が、みなさんをご案内します」
ハイヒールを鳴らしながら私たちの前に現れたのは、いかにもな「デキる女」といった風貌の人だった(今の私はもはや性別鑑定眼に自信が持てなくなってる。胸はあるけど詰め物かもしれない)。黒いタイトスカートとブラウス、黒淵メガネをかけており、目元口元にはほくろのアクセント。髪は綺麗な七三分けで上にお団子で纏められてる。
腰をくねらせて歩くのが似合いそうな、気のきつい美女って感じの人。
「みなさん。私の後ろで二列にお並びください。私語は厳禁です。物音もなるべく立てずについてくるように」
うわっ。厳しい。これが夢ヶ咲学園か。
八重崎先生に連れられた私たち新入生16人は、行動を出て、屋外の煉瓦道を歩く。
大きな校舎。古風な見た目に反して、中は最新設備が整ったていると見受けられるとても綺麗な校舎。たぶん幾度となくリフォームしてるんだろうな。下駄箱が電子錠だとは思わなかった。
私たちは二階の教室に入る。16人の教室とは思えないほどとても広い。普通の高校なら、この広さの部屋なら100人は詰め込まれそう。黒板はデジタル式で、各生徒の机の端にはなにやら小さな端末がついている。上に空いてる穴はエアコンかな。
私は星条瑠美と書かれたシールのはられた席につく。一番左後ろの窓際。いわゆる特等席というやつだ。
そして、隣人は星の装飾があしらわれてる青いヘアピンを着けたツインテ美少女だった。
「よろしく! 星条さん」
にっこりと笑う輝くん(と同姓同名かもしれない人)。敬礼のポーズでピースサインを閉じた指二本。
待って。入学してこのいの一番に、輝くんの隣の席なの?
そんなことになったら日々心臓破裂の危機に面しちゃうんだけど。
「えっと、柚希輝くん、だよね……?」
私は恐る恐る尋ねる。
「そうだけど?」
「さそり座B型で、好きな食べ物は肉まん、初恋の相手は近所の水泳のお姉さんの、中学時代は地元の公民館で演劇やってた男子チア部の柚希輝くんだよね……!?」
「なんでそんなこと知ってるの!?」
しまった。つい設定の羅列を。これでいきなり輝くんに気味悪がられたらバカらしすぎる。
「あっ、えっと、それは……」
そしてこの輝くんがちゃんと男であることも確定した。
いったいどうして「私以外の全校生徒が男の娘」というわけのわからない状況になっているのか。
「どこかで会ったことある?」
「うーんと、えーっと、そのー」
そして輝くんはクスリと笑った。ツインテが揺れる。
「面白い人だなあ」
出た! 乙女ゲー特有の「おもしれー女」。夢小説なんかでもよく出てくるやつだ。
輝くんは手を差し出してくる。私はびくびくしながらそれを握った。
線は細いし顔も美少女。だけど手の感触だけはしっかりと男の子だった。そういえば女装さんは手が一番ごまかしにくくて苦労すると聞いたことがある。
声については、輝くんの声優さんが、ショタを演じていたときの声そのものだと気づいた。私の耳ではわからないけど、やっぱりこれは男の声帯から出た声なんだ。
前世でいた世界では、「若手男性声優は男の娘やショタをやれるように美少女萌えボイスくらい出せて当然」みたいな風潮になりつつあった。他の生徒みんなのかわいい声も、同様の理屈でのものなのだろう。
私の音感はそこまで優れてる訳じゃないから、声で正体を看破するのは不可能。やはり顔と名前を見ていくしかない。
顔と名前。なにか違和感がある。その正体が掴めず、入学式の間はずっともやもやしてたけど、それを解決する存在が、たった今教室の扉を開けて入ってきた。
「はーい。みなさん。こんにちはー」
赤髪のロングスカート美女。入学式の直前に一緒に紅茶を飲んだ、柔和で温厚な先生だ。
「みなさん初めまして。私はこの一年間、クラス担任兼数学教師としてみなさんと一緒にやっていきたいと思います。名前は……」
教壇に立った先生は、赤いスカートをふわりと翻して、黒板のスイッチをいれる。タッチペンをもって、まるっとしたかわいい字で黒板に名前を記した。
『愛華 響』
その名前を見て、私の頬に冷たい汗が流れる。
まさか……、そんなはずは……。
攻略対象キャラのことはみんな名前で呼んでいた。だから名字がとっさに出てこなかったけど、今ならわかる。あのとき感じた違和感はこれなのだと。
私は鞄を漁って、昨夜のノートを取り出す。攻略対象をまとめたページ。
柚希輝……推し。クラスメイト。熱血キャラ。イメージカラーは青。
天海千景……一学年上の先輩。従兄。俺様系クールキャラ。イメージカラーは黄色。
姿月凛音……後輩。弟キャラ。イメージカラーは紫。
愛華響……数学の先生。今は32歳独身。温厚な柔和イケメン。ママ。イメージカラーは赤。
やっぱりだ……。これがこの世界での響先生なのだ。
響先生はこのゲーム世界では女になってるかもなんて、輝くんや千景くんを見たあとだと、そんな都合のいい解釈は出てこない。
つまり、だ。
このトチ狂った乙女ゲー世界は、私以外の全校生徒のみならず、32歳男性教師まで男の娘にしちゃったということ!!!?
そっかあ。みんな男の娘になっちゃったかあ。
響先生も32歳にして男の娘になっちゃったのかあ。
無理矢理自分を納得させようとしてるけど、とてもじゃないけどついていけない。
だってそうじゃん! 30過ぎの先生まで男の娘になってるなんて誰が想像する!?
入学式の直前、先生の名字を聞いたとき、「響先生だ!」と気づかなかったのは仕方ない。
前いた世界では、某女性向けイケメンアイドル育成ソシャゲに35歳の男の娘が出てきていると噂に聞いたことがあるけど、そんな頭いっちゃってる状況がここにも存在してるなんて想像もしていなかった。
「みなさんー。ぜひとも、夢ヶ咲学園での生活、楽しんでくださいね」
やや低めながらやわらかい声。
この情景、響先生推しの夢女子や腐女子に見せてあげたい。ただでさえ包容力あり優しくて中性的な響先生のことを、ママと呼んでた彼女たちなのだから(実は私もたまに呼んでたのは内緒だ。ちなみにノートの響先生の欄にもちょびっと「ママ」って書いてある)、おそらく「響ママが本当にママになってくれた!」と悦びの絶叫をすることだろう。
「夢ヶ咲学園では、普通のお勉強に加えて、演劇や華道、茶道なんかの授業もあります。演劇については、長くなるので、明日の一限にそれを解説する特別授業の時に説明しますね」
響先生はその他諸々学校に関する簡単な説明を終えたあと、「それではっ」ぱちんと手を叩いた。
「今日のホームルームはここまでです。みなさん明日からの授業も、よろしくお願いします! 寮生のみなさんは、このまま教室に残っていてくださいね」
寮。そう。この夢ヶ咲学園は、日本中から大金持ちの子供が集まることもあり、これまた高級ホテルの客室のような寮を備えている。つきロンのストーリー開始時点で住んでたのは、瑠美、輝くん、千景くん。そして今はまだ入学してないけど、来年から後輩の凛音くんもこの寮に住むことになる。
熾天使で聖人、つきロンのヒロイン友紀ちゃんは、この近所に家があるということで自宅通い。友紀ちゃん以外にも、全校生徒の3人に1人くらいは、家から毎朝この学校に通っているらしい。響先生も近くのマンションに住んでるという設定だったはず。
響先生が教室を去り、自宅生はそのまま帰宅。寮のメンバーが教室に残された。
廊下と教室を隔てる自動扉が開き、入ってきたのは、入学式で校歌歌う前に私に微笑んでくれた、黄色いリボンを着けた清楚な美少女。髪飾りは月の形をしてる。
というか、おそらく従兄の千景くんだ。
「初めまして。ボクは二年の天海千景。プレンヌフルレゾン寮の副寮長をしている。以後、よろしく頼む」
綺麗なお姉さん声でそういいながら、頭を下げる千景くん。
千景くん、こんなキャラじゃなかったのに。五年前は普通のクールなお兄ちゃんキャラだったはずなのに、どうしてこんな姿に……。
まあクールキャラというのは変わってないのかもしれない。切れ長の美しい目線は健在だ。それ以外のものが変わり果てすぎてるけど。
「プレンヌフルレゾン。フランス語で『満開』という意味を持つ。夢ヶ咲学園に来た皆が、ゆくゆくは大きく咲き誇ってくれるように、という願いを込めてつけられた名称だ。寮生は、一般の夢ヶ咲学園に輪をかけて品位が求められる。そして、そのように指導していくのが、僕たち委員の役割だ」
そして教壇を降り、一本の線の上を歩くかのように、綺麗な足取りで私の目の前まで歩いてきた。
「瑠美。久しぶりだな」
「ひさしぶり…………、…………?」
そんな変わり果てた姿で、平然と「ひさしぶり」なんて言われても困るんだけど!?
千景くんは私の手をそっと取り、「では、参りましょう」と告げた。
教室を出て歩く千景くんと一年生寮生たち。なぜか私は千景くんに手を握られ続け、否応なしに引きずられていった。