その4
高熱で寝込んでました。特に咳と鼻水。
また陸橋を渡って、五つ目のエリアであるメルヘンガーデンへ。
プールの上をボートで遊ぶアトラクションがそこにはあった。夏場はプールとして営業しているけど、今は4月上旬なので、ボートアトラクションとなっている。
つきロンでも夏のイベントでこのプールで遊ぶエピソードはあったけど、みんな男の娘になってしまったこの世界ではどうなるのだろうか。特に更衣室。
「瑠美!」
また満面の笑みを溢す輝くんが指差すのは、例によって絶叫マシン。「ミラクルコースター」という名前のジェットコースターだ。
身長制限は120cm以上。ここはファミリー向けの遊園地ということもあって、110cmを超える制限があるのはこれしかない。
つまり、これまでよりだいぶ強烈だってこと。
上を見ると、悲鳴と共にあり得ない角度で車体が回っている。他のジェットコースターはどれも腰周りのバーで体を押さえているのに、これだけは肩から下ろすハーネス。それだけ動きが激しいということだろう。
だけど私は例によって輝くんに言われると断れなくて、列に並んでしまう。
(中略)
「うっぷ……」
近くの女子トイレ。洗面台で私は朝ごはんを吐き出す。
さすがにダメだった。だけどこんな姿を輝くんには見せられず、慌ててトイレに駆け込んだ。
まさか岩石を模した建物の中で縦に一回転するとは思わなかった。私の髪の毛はかなり逆立っていたに違いない。
「大丈夫? 瑠美」
戻った私に対して、トイレの前で待っていてくれた輝くんは心配そうに問いかけてくる。
「ごめんね。僕が無理に誘ったばっかりに」
「ううん。ちゃんと断らなかった私が悪いから」
グリーンガーデンで手を握ってもらえたことに味を占めすぎたのだ。ほんと欲張るとろくなことにならない。
最後のエリア、ファンタジーガーデンでは、なにやらホールで催しが行われていた。
遊園地のとなりに記念館を構える、「漫画の神様」と呼ばれる伝説的漫画家の代表作のひとつ、その主人公である角が生えたロボットの少年のオブジェが飾られていた。
近くのポスターによると、今日が誕生日らしい。有名なアニメ版の曲が流れている。ところで十万馬力ってメロディにのせてさらっと言ってるけど、リアルに考えるとヤバそう。
「そういえば彼って『鉄腕』が名字らしいよ」
輝くんが教えてくれる。それは知らなかった。ごめんね、鉄腕くん。
近くにはダンボーと名前のついた、絶叫マシンでない平和的な回転マシンのアトラクションがある。どこぞのロボは関係ない、象のキャラクターだ。
エンジェルコースターという、落差もコースの長さも速さもかなり小さいお子様向けジェットコースターに、輝くんは見向きもしない。
「瑠美!」
輝くんがまた、輝く笑顔で一つの建物を指さす。看板には「スペースコースター」と書かれていた。
「これって、日本で初めて出来た室内ジェットコースターなんだってさ。すごいよね」
アトラクションのタイトルの下には、『3歳以下のお子様はご乗車できません』と書かれている。ミラクルコースターは120cm以上でないといけなかったから、制限はだいぶ軽い。
だったら、大丈夫かな。
なにより、うきうきしてる輝くんと同じ時を過ごしたい。私はそう思った。
「じゃあ、行こうか!」
「え、瑠美大丈夫? さっききつそうだったけど」
「大丈夫大丈夫。さすがに4歳以上のジェットコースターくらい」
とは言いながらも、不安がないわけじゃなかった。
だけど、なるべく輝くんの心理的な負担になりたくなかったんだ。
スペースコースターには待たずに乗ることができた。宇宙服や太陽系、天の川の模型なんかが並んだ薄暗い通路の先で、階段を上ってスペースシャトルを模した機体に乗る。
機体は洞窟を模したレールを上っていく。てっぺんに着くと、その先には真っ暗なホールが広がっていた。星明かりのような小さなライトだけが、あちこちでキラキラと瞬いてる。
「きれー!」
輝くんが叫ぶ。いつもつけてる青い星形の髪飾りが、きらりと光を反射した。
思った通り、あんまり激しい動きはすることなく、乗り場寸前でブレーキ。周りには通路にもあった宇宙服の模型がたくさん並んでいた。
「いやー。ジェットコースターとしての迫力はなかったけど、展示が綺麗だったよね」
輝くんは建物から出てうーんと伸び。ツインテがぴょこりと揺れた。
「めぼしい絶叫マシンは全部乗ったし、あとはこの辺にあるアトラクション適当に乗ろっか」
メリーゴーランドや、からくりハウスなんかが近くにある。私たちはそれらを物色し始めようとした、その時だった。
「あれぇ? 輝くんと瑠美じゃん」
背後から聞こえる声、聞きたくなかった声。
私はそれを視界に入れて目にしてしまうのが嫌だという気持ちを押さえて、ゆっくりと首を後ろに回す。
恐れていた事態がついに起きてしまった。
悪魔に見つかった。
「琴葉、ゆかり……」
「瑠美、なんでわざわざフルネームで呼ぶの? まあいいや。あんたらにはちょーど会いたかったんだよね!」
デートをぶち壊されることが確定した現実に、私は思わずいつのまにか曇り始めていた空を仰いだ。