その3
響先生と別れて、三つ目のエリアであるポップンガーデンへ。
私たちが足を踏み入れると共に、私たちの頭上を園内モノレールが通過していった。
ローラーコースタービッグワンという、多数のエリアにまたがるとても長いジェットコースターの乗り場を前にして。輝くんはまた目を輝かせる。
「瑠美!」
またか……。絶叫マシンしか乗ってないんだけど。
私が今度は断るべきかどうか迷っていると、先ほど慌てた顔で走っていた千景くんと遠山さんが、私たちの前に現れる。
「ああ、瑠美。よかった。その様子だと無事のようだね……」
安堵する様子を見せる千景くん。
「琴葉ゆかりを見なかったか?」
「……………………」
「……………………」
私と輝くんは押し黙ってしまう。
千景くんから詳しい話を聞く。
なんでも、昨日教室で私たちに絡んでた栂で宮小路さんに連行され『地獄コース』とかいうおしおきに処されたらしいんだけど、途中で宮小路さんが少し目を離した隙に脱走したらしい。
「拘束具が引きちぎられていた。今朝この遊園地に入っていったという目撃情報を得たので、入園して後をつけていたのだが……。あいにく彼が見失ってしまった」
遠山さんが「悪りぃ」と頭を掻く。さっき、急流すべりの上からみたときに、二人が慌ててたのはそういうことだったのか。
千景くんがさらっと言っている「拘束具が引きちぎられていた」という言葉は、深く考えると闇が深すぎるのでスルーすることにする。
「宮小路さんは今日は東京に行っているからね。僕が副寮長として、対処せざるを得ないんだ。寮長・副寮長という肩書は、ここ数年は実質的に『琴葉ゆかり対処係』だ」
問題児すぎる。夢ヶ咲学園側はあの人に対して何か処分なんかをする気はないんだろうか。
「目的はおそらく、君たちの妨害だろう。昨日、教室で君たちがここに来る約束をしていたとき、奴が暴れまわった話は聞いたよ。……というわけで、これからも僕らは琴葉を探すから、気を付けて楽しんでくれ」
千景たちと別れて、長いジェットコースターに乗せられてふらふらになった後、道路の上に渡された陸橋を超えて、4つ目のエリア「グリーンガーデン」へ。
ここはワイヤーでつりさげられた飛行機を、鉄塔がひたすら振り回すアトラクションのスペースレンジャーと、水路を円形の人が10人くらい乗れるゴムボートで進むクレイジーダッグというアトラクションがあった。
他のお客さんがスペースレンジャーで悲鳴を上げているのを見て、輝くんはまた目を輝かせる。
「あれ楽しそう!」
勘弁してください。もう限界です。
「瑠美と一緒に乗りたいな!」
……だけど、私はこうして輝くんに満面の笑顔で言われると、断ることが一切できなくなってしまう。夢女の入ったオタクはこれだからと私は自嘲する。たとえ男の娘化していても推しは押しなのだ。
アトラクションは空いていて、並ばずに次のライドに乗ることができた。籠に荷物を入れて、輝くんと一緒に一台につき6人乗りの機体の最前列に乗り込む。
私たちにあてがわれたのは、十台ほどの機体のうち一番乗り場の近くにあったやつ。輝くんカラーのターコイズブルーだ。
ブザー音と共に、ゆっくりと回されながら、吊り下げられた機体が持ち上がっていく。
「……っ!?」
徐々にスピードが上がってものすごい風圧。機体の翼はほとんど鉛直になって、すべての景色が混ざって溶ける。
叫び声も出ないくらいの強風と恐怖。私はもはや意識が飛びそうになったところで、手が握られる。
輝くんの手だった。
「あと二十秒だから、僕がついてるから、頑張って」
不思議と心が落ち着いた。そのあとは難なく耐えきって、再びなったブザー音とともに、振り回されてる機体が少しずつ減速していった。
「瑠美。ごめんね。きつかったかな」
「ううん。大丈夫。楽しかったよ」
輝くんに手握ってもらえたから、頑張って乗った甲斐があるというものだ。
「よかった!」
天使のようなかわいい笑顔。先ほどの恐怖なんて頭から消し飛んでいた。
「瑠美。次はあれ乗ろ!」
「うんうん。わかった」
今回の件で味を占めた私は、輝くんに言われるままにクレイジーダッグの乗り場に入る。
クレイジーダッグは、通路の先にある階段を降りたところにある円形の足場の外側に、ぐるりと回転する木製の一回り大きな足場があって、そこからホバークラフトみたいな黒いゴムが外側に取り付けられた丸いボートに乗る。
シートは外周内側にぐるっと鎮座しており、客同士が向かい合う状況。
私たちがシートベルトを閉めると、ボートは回りながら波によって乱暴に上下しながら移動し始めた。
序盤から手を掴んでくれる輝くん。待って。平時にそれやられると、くらくらしちゃうんだけど……。
ばっしゃーん、と。私は冷や水を浴びせられる。
文字通りの意味で、上の通路から滝のように流れ落ちる水が、私たちの頭上にぶちまけられたのだ。
いろんな意味で春先にしてはあつい状況を、いろんな意味で急に冷やされて私は面食らう。
輝くんはぎゅっと目を瞑り、ぶるんぶるんと首を振り回す。顔と髪についた水を弾き飛ばした。この子、前世は犬かなにかだったのかもしれない。
そしてぱちりと、くりっとした目を見開いて、私と目が合う。
風呂上がりみたいでとてもかわいかった。
私たちは大きな声をあげて笑う。
うん。このデートは、今日は、私が前世の記憶をとり戻して以来最高のイベントだ。
そう私は思った。




