その2
幼少期大好きだった遊園地。よき思い出です。
ファミリーランドは夢ヶ咲学園から歩いて十分ほど、駅の近くにある遊園地だ。
古風な遊園地といった佇まいの、鉄網の回転扉。主に親子連れが続々と入っていく。
紺のブレザーを来た職員さんから、入場券と腕に巻くフリーパスを買う。夢ヶ咲の学生証があればほとんどタダみたいな値段だ。経営母体が同じらしい。
「今日は一日、ゆっくりとお楽しみください~」
キャストさんに促され、ピンクのアーチでできたメインゲートをくぐる。
近くにUSJができて左前になってるようだけど、なんとか経営を持たせてる遊園地だ。夢ヶ咲学園の、輝くん以外に課されてる高い寄付金の一部も流れているのかもしれない。
ファミリーランドは6つのエリアに分かれている。手前から順に、「ウエルカムガーデン」「ズーガーデン」「ポップンガーデン」「グリーンガーデン」「メルヘンガーデン」「ファンタジーガーデン」という名前で、名前からわかる通り、メインゲート入ってすぐのここにあるのが「ウェルカムガーデン」だ。
子供向けの遊具と、「お花が笑った。みんな笑った。一度に笑った」という、冷静に文面を見ればかなりおぞましい歌詞が、ほのぼのとしたメロディとともに流されていた。
入ってすぐのところに象の宿舎。動物園の匂いが漂ってる。
「瑠美! あれ乗ろ!?」
輝くんが笑顔で指さすのは、アドベンチャークルーズという名前の、急流すべりアトラクションだった。
「きゃー」という叫び声とともに、丸太を模した船が水面に滑り込んで大きな水しぶきを立てる。
「…………」
私は絶叫マシンの類は、嫌いではないけどわざわざ自分から積極的に乗りたいとは思わない。
だけど輝くんの「一緒に乗りたい!」という感情を思いっきり押し出した満面の笑顔を見て、私は観念した。
少し並んで水路。フリーパスを見せて、荷物をかごに置く。輝くんはトレードマークともいえる星の髪飾りも、大切そうに手で包んで鞄に仕舞った。私たちは丸太を掘ったようなデザインの船に乗り、ベルトをしめた。定員は3人で、私が後ろで輝くんが前。足が両サイドにある手すりの下、輝くんの隣に伸ばす構造になっている。足を閉じたら前に座る輝くんを挟んじゃう形。
ちなみに、水はいちおう前に座る輝くんが握ってる、透明なビニールシートで防げるようになっている。濡れたくないのはお互い様だろうから、下手に私が手伝うより、運動神経のめちゃくちゃいい輝くんに任せといたほうがよさそうだ。
係員さんが手を放すと、プカプカと水路を浮かんで船が進む。がちゃんと何かのギア音がして、普通のジェットコースターと同じ要領で、かちゃかちゃと音の鳴るコンベアで坂を登っていく。
登りきるといきなり水にばっしゃーんって感じかと予想してたけど、高いところにある水路を、水面で揺れながらゆっくり進んでいく感じだった。園のメインゲート側を上から見ることができる。なかなかいい眺めだ。
「どうして見失ったんだ!」
「すまない。一瞬パレードに気を取られた瞬間に……」
下で、なぜか千景くんと遠山さんが大慌てで周囲を見回して、そして走り去っていった。
なんだか嫌な予感がするけど、私は考えたくなくて今はこのアトラクションを楽しむことに集中することにした。
「輝くん、あとどのくらいで落ち……っ!」
その瞬間、体がふわっと浮かぶ感覚。パニックになった私は、ただ手すりをつかんで必死に衝撃に耐える。
体が船体に押し付けられると同時に大きな水音、水しぶきが微かに私の頬に飛んでくる。
「瑠美。大丈夫?」
輝くんがアトラクション乗って初めて私を振り返ってくる。
どうやらビニールシートでがっつりガードしてくれたらしい。たった今落ちてきた、後ろの船に乗ってる人は、掲げるのが遅れたのかびっしょびしょになってる。
それにしても、さっきの千景くんと遠山さんはなんだったんだろう。とても慌てていた様子だった。私の中にとても悪い想像が浮かぶけど、せっかくの輝くんとの時間が冷えちゃうと思って、黙っておくことにした。
水の流れに流されて、私たちは乗り場に戻る。輝くんは髪飾りをしっかり付け直して、カバンを背負う。
次に向かったズーガーデンという場所は、その名の通り動物園のエリアだ。目玉はホワイトタイガー。だけどそれ以外にもいろんな動物が飼われている。
ライオンとかを眺めた後、室内展示のコーナーへ。最初に蝙蝠がいて、その向こうのミーアキャットのコーナーで、カメラを構えてひたすら写真を撮ってる女性がいた。
赤髪の清楚な雰囲気を纏った成人女性。片目をぎゅっと閉じてファインダーを覗き込む姿がとても様になっている。
……じゃなくて、
「響先生……?」
どう見ても、うちのクラスの担任であり、つきロン攻略対象の最年長、愛華響先生だった。
響先生はカメラ顔を起こして、私たちに向き直り、にっこりと美しい笑顔。
「おや、お二人とも、今日はデートですか?」
「ち、違います……っ!」
顔を赤くして手をわたわたとする輝くん。なんというか、ここは「そうです!」って言いきってほしかったなあと思う。
「響先生は?」
「かわいい動物は大好きなので、隣のガーデンフィールズともどもよく来るんです。フラッシュ使わなければ撮影していいという許可もとってます」
ハスキーお姉さんボイスで嬉々として語る響先生。心の底から楽しそうだ。
ミーアキャットのコーナーの前にあるスピーカーから『俺たちゃ右から3匹の、ミーアキャーット♪』という謎の歌が流れてる。
「残念なことに、ファミリー向けの遊園地ということもあって閉園が早く、アドバンスド授業終わってからだと間に合わないんです。悩ましい話です」
一緒に歩いてフンボルトペンギンの展示場所へ。よちよち歩くペンギンがとてもかわいい。
「瑠美知ってる? 東京の動物園で、フンボルトペンギンのキャラクターの看板立ててたら、おじいちゃんペンギンがずっと見上げてた話」
どこかで聞いたことがある。確かグレープくんだかマスカットくんという名前だったはず。
「……ん?」
私の頭に小さな疑問。そのペンギンのニュースって、確かにこのつきロン世界での瑠美としても聞いた話だけど。前世の折原可奈だった頃にも、同じ話を耳にしたような気がする。
だけど前世の記憶は曖昧な部分が多くて、確信をもって言い張ることができない。ただ単に似たような話を聞いただけかも。
「…………瑠美、どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
心配そうな顔の輝くん。私は申し訳ない気持ちになる。
いけないいけない。せっかくの輝くんとのデートなのに、こんな辛気くさいこと考えてちゃダメだ。
頬を両手でぱちんと叩いて気合いを入れる。どうせ同じようなニュースを、前世の私も見たことがあるだけだろう。深く考えることじゃない。