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その10

ラッキースケベ回

 六時間目、クラシックバレエの時間も、輝くんが大活躍したのは言うまでもない。いつも通り過ぎて、もはや描写不要だろう。


 ホームルームでは、響先生が軽く輝くんのスター枠選出について触れて、



「今日のアドバンスド授業は物理です。先生は別の方ですが、私も聞きに行く予定なのでみなさんもぜひ。流体力学をやるそうです。先生も昔は確率偏微分方程式を使ったナビエ・ストークス方程式の研究について勉強していたものです。楽しみですね!」



 そう言い残して、響先生は「るんるん♪」と口ずさみながら、スキップしつつ教室を出ていった。



 昨日のアドバンスド授業、一年生は私と輝くんしかいなかった。今日も他の子達は行かないんだろうなあ。


 ふと輝くんと目があった。輝くんは「断固拒否」と言わんばかりの勢いでぶんぶんと首を振った。

 まあ、そうだよね。私も同じ気持ちだ。

 だけど千景くんと宮小路さんは今日も参加してるんだろうなぁ。




 私は今日は特に何事もなく寮に帰る。自室にて、今日は珍しくさほど疲れてない体をベットに投げ込む。



「スター候補枠、ねぇ……」


 五限に校長先生から言われた言葉を思い出す。


 私は実力では劣るものの、輝くんとの相性だけでスター枠に選ばれるかもしれないのだ。


 本来は友紀ちゃんがその枠だ。今からちょうど一年後くらい、友紀ちゃんは校長から同じようなことを言われる。

 問題は、瑠美が輝くんのパートナーと目される展開が、もとのつきロン世界でもあったのかどうか。



 瑠美の口ぶりからして、あった可能性もなくはない。

 つきロンの瑠美は、友紀ちゃんに嫌がらせしたり男子を侍らせてたことで問題児とされ、専科に入れられてしまう。

 そのまま月夜茶会での主役にもなれず、ざまあエンドで死亡。



「あ……っ」



 私は気づいた。


 ありうるのだ。

 瑠美も、輝くんのパートナーとして、友紀ちゃんと肩を並べる最高の存在だった可能性が。

 つきロン瑠美は自らチャンスを潰したけど、私はこのまま謙虚でいれば、そのまま輝くんの相方になれるかもしれない。



「……練習、しようかな」


 昨日のモダンダンスの授業で踊った、R.U.R.のダンス。昨日は千景くんのバイト騒ぎがあったから復習できてないけど、一番順位が悪かったからその反省をしておこうと、ふと思った。




 幼い頃、折原可奈としての記憶を取り戻す前。瑠美として生きていた私は、けっこうレッスンを嫌がっていた。

 基本的に歌や踊りが好きじゃなかったのだ。だからこそ瑠美は名誉だとかのために必死になって、あれだけ傲慢不遜になっちゃったんだろうか。


 それはわかんないけど、今の私は、友紀ちゃんに対するいじめ以外は、瑠美にも同情できる部分があるんじゃないかと思い始めていた。



 だったら、瑠美の分まで頑張りたい。


 そう考えた私は、替えのジャージと体操着を持って、一階の練習室が立ち並ぶ廊下へ向かう。「使用中」という札が掲げられてない練習室の扉を開けた。


 肌色だった。


 中にいたのは、輝くん、及川さん、姫宮さん、弓削さん、他数人のクラスメイト。

 皆が服を脱いでいて、その白い肌を露にしていた。

 

 脱ぎかけの女子制服を携えて、細い肢体を煌めかせる姿はとても美しい。芸術的な絵画かと錯覚してしまうほどだった。

 お互い固まって数秒後、



「「きゃあああああああああ!!」」

 


 及川さんの甲高い悲鳴。姫宮さんの手からいろんなものが私に向かって投げつけられる。


「えっち! 変態! すけべ! 覗き!」


 私はあわてて廊下に出て、扉を閉じた。

 トゥシューズの堅い先端がすりガラスの向こう側にごとりと当たる。こんな石のように固いもの頭にぶつけたら大変なことになってた。


「普通逆じゃない……?」


 冷静に考えると、乙女ゲーでもこういうシーンはたまにあるけど、それだって攻略対象のイケメンがヒロインの着替えを覗いちゃって怒られるパターンだ。


 なんで女の私が、男の娘たちの着替えを見ちゃって怒られる展開になってるんだろう。

 これも全校生徒男の娘化の結果か。




 どうしたらいいのかわからず、部屋の前でおろおろしていると、輝くんが申し訳なさそうな顔で部屋から出てきた。


「ごめん。僕らみんな、これ忘れちゃってて」


 そして『空室』と書かれた掛け札をひっくり返して『使用中』の面を表にする。


 もとはと言えばこの掛け札だ。これがちゃんとしていれば、私だって着替え中の部屋に入っちゃうことなんてなかったのに。


「僕らクラシックバレエの自己練なんだけど……、瑠美も来る?」

「さすがに遠慮しとく」


 輝くんはたいしてショックを受けてないようだけど、他の子たちにあんな反応をされたあと一緒に練習するのは気まずすぎる。


 私はちゃんとノックしてから別の部屋の扉を開け、今度こそ空室であることを確認してから中に入ってジャージに着替える。タブレットを取り出して、昨日の自分の踊りを見た。


「……ここよくないなあ」


 開始13秒のところ。腕を振り上げるキレがあまりに足りない。15秒のところでも、踏み込みに躊躇いが見える。

 

 いきなり踊らされた状況だから、少しくらいのミスは仕方ないんだけど、輝くんは難なくやってのけたのだ。彼に追いつこうとは思わないけど、せめてパートナーとして恥ずかしくないくらいにはなりたい。


 輝くんの隣に立つにふさわしい実力の持ち主になりたい。


 私はそう思った。


 不思議な感情だった。

 前世の折原可奈は演劇なんてやってなかったし、記憶を取り戻す前の『瑠美』は親から強制されていたレッスンをとても嫌がっていた。


 だけど、今の私は、本気でもっと力を伸ばしたいと望み始めていた。


 音楽を鳴らしながらステップを踏む。タブレットで動画を撮影して、再度確認する。何度も繰り返しているうちに、徐々に改善されていくことに満足感を抱いた。


 時間も忘れて部屋で一人、私は踊り続けた。汗を流して、筋肉が少しずつ軋みを上げ始めるけど、その微かな苦痛も快感だった。

 


 二時間も踊ってやがて疲れ果てた私は、荷物を片付けて練習室を後にした。寮を出て夕暮れ時の空の下に身を晒し、ふと中庭に目を向けた。


「琴葉さん。違います。そこの歌詞は『フランス語なんて大嫌い! プリンセスなんて呼ばないで!』です」

「えー。いいじゃん練習なんだからさあ。あたしプリンセスって呼ばれたいし!」

「そういう問題ではありません……」


 たくさんの灯篭の明かりに照らされた夢ヶ咲学園の敷地、その真ん中あたり。ライトアップされた噴水の縁に腰かけて、宮小路さんと琴葉がなにかの練習をしていた。



「あと、『自由に生きたい。ジプシーのように』という歌詞は、原文の直訳ではありますが、夢ヶ咲学園ではよくない語彙として変更されたのをお忘れですか?」

「だってあたしそんなポリコレ棒に屈服させられるのなんてやだもん! あたしを参らせていい棒はかわいい男のこの股間でそそり立った肉ぎゃー!!!!」



 宮小路さんがいつもの笑顔を崩さないまま、琴葉にアイアンクローを仕掛ける。琴葉は言いかけの言葉を切って悲鳴を上げた。


 相変わらずの汚言癖だけど、宮小路さんと自主練するあたり、琴葉も口だけじゃなくてそれなりに頑張っているみたいだ。


 夢ヶ咲学園での生活、その3日目が終わろうとしていた。

 

 前世の記憶を取り戻したり、私以外は全員男の娘化という変な現象が起きていたり、いろいろ大変なことはあるけども。

 私はこの世界、この学園でやっていけそうだと、そんな風に思い始めていた。



 というわけで、折原可奈改め星条瑠美は、この世界でできることを頑張って、生き抜いていくことを決意したのでした。

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