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その7

 ビルの非常階段にて。あれからずっと猫耳メイド姿のままうなだれ続けてる千景くんと、心配そうな顔で「大丈夫ですか?」と問いかける輝くん、そしてなんと声をかけたらいいのかわからない私の3人で、街の喧騒を聞きながら向かい合っていた。

 琴葉は建物のなかで待たせてる。あいつがいたら、余計な事言ってまたこじれて、せっかく落ち着きを取り戻した千景くんがまた暴れだしてしまいそうだったから。


「最悪だ……。なんてことだ……」


 頭をかきむしる千景くん。

 あのメイド姿は、見られたことを悶絶するようなものではなかった。千景くんはとてつもなくかわいかった。

 普通こういう時って誉め言葉を投げかけてあげるべきなんだろうけど、「かわいい」という言葉は、今の千景くんには禁句だろう。


「千景くんは、どうしてバイトしてたの? それもこんなに学校から離れたところで」

「…………聞かないでくれ」

「ごめん」



 なんども思い出した通り、千景くんのイメージはこうだ。

 

 頼りになるお兄さん、賢くてクールでかっこいい。


 そんな千景くんには、前の世界における、つきロンユーザーの中でもファンが多かった。人気投票では、いつも輝くんとトップ争いをしていたと記憶している。

 

 だけど、こういう存在であることに、千景くんは疲れていたのだろうか。


 天海家はお父さんの妹の嫁ぎ先。下手すると見城家以上に厳しい家庭で、跡取りとしての教育を叩き込まれてると聞いてる。

 前の世界で私は19歳だったけど、まだまだ自分としては子供のままだった。ましてや千景くんは大人びているとはいえ、16歳の身だ。苦しさを感じることもあっただろう。

 かといって、責任感の強い千景くんのことだ。投げ出すことなんてできない。

 その抑圧が集れば、変な方向に暴発してもおかしくない。

 

「どうせ、琴葉が君たちを誘ったんだろう?」


 うなずく。 


「瑠美を連れてきたのはおそらく、自分一人だとすぐボクに蹴り出されると判断したからだろうね」


 なぜ私を目の敵にしていたはずの琴葉が、一緒に行こうなどと誘ってきたのだろうと疑問に思っていたけど、千景くんの推測通りだと思うと納得がいく。


「よりにもよって琴葉だ。君たちだけならまだよかった。琴葉に対して、あまりにも弱みを見せてしまう結果となった。だから、最悪なんだ。こんな形で弱みを握られたら、今後どんな目に遭うか……!」

「ちょっと、それは聞き捨てならないよ」


 背後にある扉が開いて、来るなと厳命しておいたはずの琴葉が非常階段に足を踏み入れてきた。


「千景くんは、あたしがキミのことを馬鹿にしてるとでも思った?」

「当たり前だろう。あんたのこれまでの言動を思えば」


 琴葉は、少しばかりわざとらしく「はぁ」とため息をついた。


「あのさ。千景くんはさ、わかってないよね。あたしがメイド千景くんにどれだけびびったか」

「びびったというからには、やっぱり見下してるんだろう! どこが分かってないというんだ」

「そこだよ。そこが千景くんのわかってないとこなんだよ。千景くんのメス男子ぶりがすごすぎて、『あたしでも勝てないかも』なんて思っちゃった。すごすぎるって、ほんとに。見る目変わっちゃった。正直、尊敬してる」

「……まさかとは思うが、そのセリフ、誉め言葉として言ってるんじゃないだろうな」

「そうだよ? どう見たってそうじゃん」


 きょとん、と。当然と言わんばかりの表情で告げる琴葉。


「本気か?」

「本気」


 私が今まで見た琴葉の中で、一番真面目な瞳。

 そういえば、昨夜の新寮生歓迎パーティで遠山さんは言ってたっけ。『淫乱メス男子』という自身のあだ名を聞いた時の琴葉は、「まさにあたしに相応しい呼び名だね!」と喜んだと。


 ひょっとしたら琴葉は、適当に刹那的な快楽主義の生き方をしてるんじゃなくて、彼なりの信念があるんじゃないだろうか。私にはその思考回路が全く理解できないけど、琴葉はこういう自分の在り方に、本気でプライドを持っているのかもしれない。

 つまり、今の言葉は、真面目に千景くんに対して贈った賞賛。


「その言葉、今すぐ信じるわけにはいかないが、覚えておこう」


 明らかに感情を表に出さないようにしている今の千景くんの顔からは、その真意を読み取ることはできなかった。

 ただ、微かに、ほんとに微かにだけど、少しばかりの安堵が含まれていたような気がする。


「あー、そういえば、瑠美!」


 琴葉は翻って私を指差す。


「遠山くんから聞いたんだけど、あたしのあだ名が『淫乱メス男子』って教わったんだって?」

「え? ま、まあ」


 いきなり何を聞いてくるんだろう。

 私の返答に、琴葉はわざとらしく腰に手の甲を当てて脇を開き、あきれ返ったような表情でまた「はあ」と二度目のため息をついた。 


「まったく。みんなあたしのプライドを全く理解できてない」

「琴葉さんを理解できる人間なんて、この世にそうそういないと思いますが」


 私の突っ込みはスルーし、琴葉は自分語りを続ける。

 というか、琴葉の思考を理解できるようになるっていうのは、人として終わるということではないだろうか。


「あたしはこのあだ名にプライド持ってんの! それがわかってたら略称で呼ぶはずないのにね」


 なんだか嫌な予感がする。私は後ろ手で宮小路さんから貸してもらったスタンガンのスイッチを入れておく。


「略称? 略されてない本当のあだ名があるんですか?」

「うんうん! よくぞ聞いてくれました、輝くん! 本当のあだ名はあたしの誇りだからねっ。あだ名で呼ぶときは必ずフルで呼んでね」


 そして琴葉は手をばっと広げて、周囲にはばかることなく大声で叫ぶ。


「『おち×ぽ欲しがり淫乱メス男子』これが本当のあだ名だから、輝くんも瑠美も覚えておくように!」


 私の右手に持つ黒い機械が、琴葉の肩に突き立てられバチリと火花を散らした。







 学校に戻った私は、昨日と同じく寮の自分の部屋のベッドに倒れこむ。


「疲れた……」


 昨日の入学式、そして今日の授業初日。

 この学校に来て、まだたったの二日しか経ってない。なのに密度がすさまじかったせいか、すでに一か月くらい経ったんじゃないかと錯覚してしまう。


 今朝は響先生から学校の演劇システムの解説を受けて、2~4限は普通に机に向かってお勉強。昼休みには宮小路さんがスター枠に選ばれたことが発表され、5、6限は輝くんが圧倒的な実力を見せつける時間だった。

 7時間目はアドバンスド数学授業で響先生のあまりの数学ガチ勢っぷりと、それについていける千景くんの頭脳に面食らい、そのあと琴葉が教室で大暴れして、一緒に千景くんのバイト先に行くことになって、クールなお兄ちゃんキャラだったはずの千景くんの超ぶりっこメイドを見せつけられた。


 そして、2日目にして私は早くも「乙女ゲー世界に転生したけど、今会える攻略対象が全員男の娘になっていた。もちろん32歳独身の響先生も」という、あまりにぶっとんだ珍事を、あるがままに受け入れてしまっている。

 さらに私は琴葉ゆかりとかいう、明らかに乙女ゲーの世界にいてはいけないタイプの男の娘を、うざいと思いつつも、その存在そのものは当たり前のものとしてしまっている。


 改めて思い返してみても、あまりに濃すぎる。

 こんな生活が毎日続いたら、1週間後の私はやせ細って倒れて入院してしまいそう。

 明日はおとなしく過ごせますように。そんなことを考えているうちに、私の意識は眠りの底へと沈んでいった。

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