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その5

 琴葉ゆかりは、ずかずかと教室のなかに入ってくる。


「やえさっきんから聞いたよ! 輝くんすごいね! さっすが特別枠!」


 隣の私をスルーして輝くんの手をとる琴葉。とてもめんどくさい。



「これはもう、夢ヶ咲学園史上初の、一年目スターもすぐそこだね。あたしは今年こそスターになるから、そしたら輝くんがトートで、あたしがエリザベートなんてことも……。きゃっ」



 琴葉はわざとらしく息を荒くして体をくねらせる。



「いいねいいね! 略奪愛! ついでにその逆で、そこの瑠美とかいうばかま×こから輝くんを奪い取ってやらなくちゃ」


 琴葉のとんでもないド直球の放送禁止用語に、教室の空気が冷えて固まる。

 私だけが女だってことを強調したいんだろうけど、さすがに人前で言っていい単語ではない。


「琴葉さん……」


 怒りを多分に含んだ、見てるだけで背筋が凍るような恐ろしい笑みを浮かべながらにじりよってくる宮小路さん。だけど今日の琴葉は動じない。



「なにかな。今日のあたしはなにもまずいことしてないよ?」

「あの発言のどこがまずくないことなのか教えていただけますか?」

「だってルールにないもん! 公の場で男のこ誘うのがダメって言われただけだし!」

「……これはルール追加ですね。公序良俗に反する単語は禁止、と」

「ふーん? まあいいけど、今回のは事後法なので認めませ~ん!」



 琴葉は胸の前で腕をクロスさせて「ばりあー!」と叫ぶ。



「今日は輝くんと健全にお茶したいだけ。それを止める権利は宮小路にもないはずだよ!」

「あのですね……。そんなのだから、昨年は先生方に実力を認められながらも、専科に押し込められたことをお忘れですか?」



 専科。夢ヶ咲学園のスター枠の一つで、響先生が語った5つのスター枠とは別の枠だ。元はオールマイティなすごい人にあてがわれる役職だけど、それは形骸化していて、実力はあるけど素行に著しい問題がある生徒があてがわれる補欠枠というのが現状だ。


 つきロン通りだと、来年にこの補欠枠になるのは私。


 そこで私はふと気付く。

 つきロンで、瑠美はとにかく補欠枠に入るのを嫌がっていた。そのときの台詞が、私の脳裏に浮かぶ。



『昨年のはしたないアバズレと同じだなんて、絶対に嫌ですわ!』



 首をぶんぶん振って嫌悪感を露にする瑠美。あのシーンは印象に残ってる。

 まさか、あのシーンの瑠美は、この琴葉ゆかりのことを思い出していたんじゃないだろうか。


 宮小路さんと琴葉は、つきロンには登場していない。だけど男の娘化と私の記憶以外特に差異が見られないこの状況。やっぱり、宮小路さんと琴葉は、ゲームには出てこないだけであの世界には存在していたのかもしれない。



 だけど、そうなるとひとつ疑問。


 元のゲーム世界で、輝くんたちは普通の美少年だ。男の娘じゃない。

 宮小路さんと琴葉もそうだとすると、瑠美の暴言が気になる。


 普通、男を罵倒するときに、あんなふうに呼ぶだろうか。




 作中で、瑠美は長いこと男子校だったところに入ってきた一人だけの女子と明言されてた。



 そうなると、考えられる理由はひとつ。


 琴葉ゆかりは、つきロンのゲーム世界でも女装キャラで、『淫乱メス男子』と呼ばれるような人間だったということ。



「………………」



 私は黙る、黙らざるを得ない。

 琴葉は、ゲーム世界でもこの格好で瑠美に宣戦布告し、輝くんにぐいぐい迫っていたのだとしたら、



 それを恐れた瑠美が、逆に男子たちを強く支配しようとした可能性もある。



 その結果があの男子を侍らせてる瑠美なのだとしたら、少しだけゲームの瑠美に同情してしまう。まあそれでも本編での友紀ちゃんへの嫌がらせは許されないけど。



「ふふーん! 去年は補欠枠だったけど、あたしもあれから鍛えてきたからね! 先生も黙ってあたしをスターにするしかないよ!」

「それよりも素行を改める方が楽だと思うのですが……」

「なにいってんの! このビッチぶりはあたしのプライド、あたしの魂だよ! 美少年に抱かれるのが生き甲斐だから!」



 だけど私は信じたくなかった。


 だって当たり前じゃん! こんなこと言ってて、しかもあだ名が『淫乱メス男子』な男の娘なんて、男性向けエロ同人か、超ニッチなBL同人の世界の存在だ。どう考えたって、夢女御用達のきらびやかな乙女ゲーの世界にいていいキャラじゃない。乙女ゲー転生小説でも見たことない。



「ねえ輝くん。果肉鍋しよ! 果肉鍋! 暖かいフルーツの鍋を一緒に囲むんだよ!」



 よくわからないおぞましい料理に輝くんを誘う琴葉。私はいてもたってもいられなくなって、つい声をかけてしまう。

 

「輝くんは嫌がってるんですけど。やめてください」

「えー。なに勝手に決めつけてんのさ。一人だけ女体持ちだからってイキってんじゃないよ」

「イキって……?」



 額に血管が浮かぶのを感じる。明らかに琴葉は私が女だからという理由で嫌悪している。



「とーにーかく! あたしはしばらくは輝くんにえっちなお誘いはしないつもりだから。だから宮小路にやいのやいの言われる筋合いはありませんー!」


 琴葉はあっかんべのポーズで舌を出して宮小路さんに向ける。

 宮小路さんは、ため息をついたのち私のほうへと歩み寄ってきて、



「星条さん。私はこれから先生のところにいかねばなりません。なのでこれをお渡ししておきます。琴葉さんが『健全にお茶したいだけ』という宣言を破って変なことしでかしたら、遠慮なくやってください」



 謎の機械を手渡してきた。貼り付けられているシールに『琴葉ゆかりおしおき用スタンガン 最大電圧10万V』と書かれていた。殺意が強すぎる。


 千景くんと宮小路さんも去っていったあとの教室。私と輝くんと琴葉が残される。


「さて、と。邪魔なのも消えたことだし。ほんとの目的のために動かないと」


 琴葉はなにやら一人で仕切りなおす。

 

「ほんとの目的って……?」


 輝くん。琴葉の相手なんてしなくていいから。

 琴葉は「ふふん。よくぞ聞いてくれました」と作り物の胸を張って、



「これからみんなで千景くんのバイト先に押しかけちゃうんだよ!」


  

 私は宮小路さんから渡されたスタンガンの電源を入れて、カチカチとボタンをいじり、出力を調整した。



「ちょっと待って! それはやめて! 瑠美もついてきていいから!」


 血相を変えて命乞いをしてくる琴葉。

 怖いもの知らずで傍若無人な性格でも、このスタンガンのことは恐れるらしい。


「ね。千景くんのバイト先、瑠美も知りたいでしょ? 連れて行ってあげるから、その物騒なものしまって」


 そのわざとらしいうるうるとした涙目はうざいとしか思えなかったけど、個人的に千景くんのバイト先が気になるのも事実だ。



「千景くんは喫茶店でバイトしてるんだよ。だからそこの店いくなら、さっき宮小路に言ったことも嘘じゃなくなるし」



 喫茶店。これまた意外だ。

 千景くんのことだから、アルバイトしているとしたら塾講師かなにかだと思っていた。お勉強系統なら、千景くんらしいし、お金持ちの天海家の彼がバイトしていることにも、少しは納得いく。



 だけど、琴葉の言葉を信じるなら、千景くんのバイト先は喫茶店。わざわざバイトまですることの意味が分からない。



「どう、来る?」


 私は迷った。琴葉に乗せられてる気がして、なんだか気にくわない。なにより、千景くんが隠しているバイト先に押しかけるって、倫理的にどうなんだという疑念もある。


 だけど、好奇心が勝ってしまった。



 うなずく私に、琴葉は満足げ。


「いやあ、よかった。あたしとしても、瑠美にはついてきてほしかったから」

「え……? なんで、私を目の敵にしてるあなたが……?」

「さあ出発しんこー!」


 私の質問には答えることなく、琴葉は腕を振り上げて私と輝くんを引き連れて教室を出た。

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