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その3

 みんなが呆然とする中、輝くんは颯爽と席に戻る。



「瑠美。拍手ありがとうね」



 一瞬でいつもの輝くん。礼を言いたいのはこっちだ。あまりに素晴らしいものを見せてもらった。


「では、次の生徒」



 八重崎先生が言う。この天才輝くんの次に歌わされるなんて、それなんていう公開処刑?



「星条さん。前に出なさい」

「へ?」


 思わず間抜けな声が出た。

 待って。まさかその「輝くんの次」というひどすぎる公開処刑されるのは私なの?


 転生後の私は瑠美として、歌唱のレッスンを長年受けてきたし、実力は人後に落ちないと思ってる。人前で歌うのも苦ではない。


 だけど、別次元の輝くんを見せつけられた直後だと、話は違ってくる。


 嫌だ。嫌だけど、八重崎先生の無言の圧力に、私は渋々前に出る。



「曲はどうしますか?」


 私は考える。

 『最後の演舞』は論外。単純に難しいし、なにより輝くんと同じ曲だと、実力の差が浮き彫りになる。

 となると残るはひとつ。


「『私は私だけのもの』で」


 これしかない。ヒロインであるエリザベートの曲。トートの曲とはあまりに路線が違う。これが、一番傷の浅い選択。


 八重崎先生は再びピアノを鳴らし始める。私は大きく息を吸った。



「あなたと一緒にいるためだけに、私は私であることを諦めたりはしない」

 


 この曲は、エリザベートの見せ場のひとつ。皇帝に嫁がされたエリザベートが、窮屈な暮らしの苦痛と、自分らしくある決意を歌った曲だ。



「やれと言われたことを、ただ喜んでやったりはしない。あなたの所有物にはなりたくないということよ。そう、私はわたしのものだから」

 


 輝くんの可愛らしさの中にある雄々しさとは対照的に、私はひたすら悲しい姫様を演じる。

 

「手を伸ばそうとしているのに、引き戻そうとしないで。とっくに踏み固められた道からは大きく外れて、チャンスをつかみたいだけなの。私がなれないものに、ならせようとしないで。私は私だけのものなの」

 


 気づけば牢獄にいた私。悪役令嬢の瑠美という破滅の約束された未来。


 私はそんなものに従う気はないのだ。

 私は私として、幸せを追い求める。


 自然と目は閉じ、涙が溢れる。


「私を飼いならそうとしても従ったりしないわ。あなたを置いていくだけよ。私を変えようとするのなら、必ずここから逃げ出してみせる。私らしくあるために」



 閉じた目を静かに開く。気がつけば私は、輝くんの方を見ていた。


 静かに演奏が終わる。

 

 クラスメイトたちから万感の拍手。輝くんも、力一杯手を叩いてくれていた。



「瑠美すごい!」

 

 席に戻った私に、輝くんは満面の笑みで言う。


「輝くんほどじゃないから……」



 これは本心だった。私の歌唱は明らかに、輝くんには遥かに劣る。

 だけども、公開処刑にならない程度には、いい出来だったと思う。自信を持とう。


 その後、他のクラスメイトたちも一人ずつ前に出て歌い始める。

 まさに地獄の時間だった。



「なんですか今の発声は!」

「ここの歌詞を間違えるなどあってはならないことです!」

「これまでの生徒を見ていなかったのですか? 論外です!」

「あなたの歌声などもうたくさん。早く席に戻りなさい!」



 繰り返し飛び出す八重崎先生の怒号。自分が怒られてるわけではないのに、私はつい萎縮してしまう。

 というか、もし曲のチョイスを誤っていれば、その矛先が私に向いていた可能性は高い。危ないところだった。


 半分以上の生徒が八重崎先生に怒鳴られる。無事だったのは、私と輝くんを除けば3人ほど。

 授業の終わり際、八重崎先生は再び前に立って今回の授業の総評を述べる。



「特に言うほどは悪い人は、みなさんの中にはいませんでした」


 言ってたじゃん。



「ですが、月夜茶会に出せるレベルには程遠い人がほとんどです。例外は柚希さん、星条さん、及川さん、姫宮さん、神楽坂さんくらい。これから授業でも鍛えていきますが、皆さんの方でも自己研鑽を怠らないように」



 そうして五時間目は終わり、私たちは六時間目の教室へと向かう。



「はぁ……」

「どうしたの?」



 なにやら浮かない顔をして溜め息をついていた輝くんに、私は問う。

 


「さっきの授業での僕の歌。緊張してたから出来に納得がいかなくて」


 いったい何を言い出すんだろうか。

 輝くんの歌唱力は明らかにクラスで一番のものだった。他の誰が否応なしに見るものすべてを取り込む固有結界を作り出せるというのだろう。


「僕には他のみんなと違って家柄もない。お勉強だってこの学校では僕よりできる人はいくらでもいる。ここではこれしかないんだ、僕には。この、演劇の力しか」

「…………」


 私は余計な事を言えないと思うあまり、何も口に出すことができなかった。

 このストイックさは輝くんの魅力のひとつだ。こんな性格だからこそ夢ヶ崎学園に特別枠で入れるほどの力を手にいれることができたんだと思う。


 だけど、つきロン本編では、自らを追い詰めやすいこの思考回路が災いを招く場面が少なくない。どうか無理しないでほしい。

 


「それにしても、瑠美の歌はすっごくよかった。僕がトートで、瑠美がエリザベートで月夜茶会に出られたらいいのに、なんて。おこがましいこと考えちゃうくらい」

「え……? どういうこと?」


 こんな返しをしたけど、本当はわかってたのかもしれない。だけど、そんな都合のよすぎる思考をして、間違ってたら目も当てられない。前世ではその手の見切り発車で何度も痛い目を見てきたのだ。


「ど、どういうこと?」

「なんでもない! 忘れて! 早く六限の教室行かなきゃ!」


 輝くんはそのセリフを言った側なのに顔を赤らめつつ、私を置いて走って行ってしまう。


「そんなこと言われても、忘れるだなんて……」


 できるわけがない。私の記憶に今の輝くんの言葉は、どうしたって焼き付いてしまう。


 六時間目はモダンダンスの時間。まず更衣室で着替える。見た目は全員女の子なのに、なぜか私だけが一人で女子更衣室で着替えている状況だ。



「やっ……、ちょっと……、どこ触って」

「ふふふー。よいではないかよいではないか」

「よくないよ! きゃー!!」



 隣の男子更衣室から聞こえてくるアニメ声の矯声。私はなんとも言えない気分になりながら、更衣室を出て舞踊教室1へと向かった。


 私はジャージのズボンとTシャツ姿。教室でぱつぱつの襟つきシャツと短パンを纏ったおじさんの先生と二人でみんなを待っていると、チャイムの鳴った少しあとで男子たちが教室に入ってくる。


 最後尾の輝くんはなぜかげっそりと疲れはてた顔をしていた。


 

「よーし、お前ら。今日は全員一人ずつ前で踊ってもらうぞ。使う演目はR.U.R.だ」



 R.U.R.も、エリザベートほどじゃないけど世界的に有名なミュージカルのひとつだ。こちらは完全なフィクションで、ジャンルはSF。


 タイトルは作中に登場する企業ロッサム・ユニバーサル・ロボット社の略。『ロボット』という単語を産み出した戯曲。ストーリーは簡単に言うと、未来世界でロボットが反逆して人類を滅ぼす話、その元祖だ。


 つきロン本編終盤の月夜茶会でも、このR.U.R.は演じられている。主役は千景くん。


 各人の端末に映像が送られ、それを見て即興で踊れと言われる。


 見たところ、そこまで難易度の高い踊りではない。即興となるとやや難しいけども、これならなんとかなりそうだ。

 他のみんなの反応も似たようなもの。明らかに安堵が見てとれた。さっきの八重崎先生がきつかったから、その落差も関係しているだろう。


 ただ一人、輝くんを除いて。


 輝くんだけは、極めて深刻な面持ちで画面を見続けていた。そして目を閉じ、何やら首振りリズムをとる。足をぱかぱかと鳴らしていた。


「輝くん……?」

「ごめん。話ならあとで」


 そう言って輝くんはまた目を閉じる。

 なにか、引っ掛かることでもあるのだろうか。


「用意ができた者から、順に出てきてくれ」


 先生が言う。私は頭に疑問符を浮かべつつも手を挙げて、初陣を飾った。

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