第三話 アントニオ
「相沢」
「はい」
「乾」
「はいー」
朝のホームルームで出欠を取る担任の声を、六花は隣の空席をぼんやりと眺めながら聴いていた。
(あのバカ、あんな時間まで起きてるから……)
そこは今朝の五時ごろ、豚汁の読み方についてメッセージを送ってきた林鈴の席だ。
(あいつ今からこんなんだと、どういう大人になるんだか)
六花は呆れながらも、級友の行く末を心配した。
「佐々木」
「はい」
担任に名前を呼ばれ、六花が返事をしたのとほぼ同時に、教室のドアが勢いよく開け放たれた。教室中の視線がそこに集中する。
「間に合った!?」
おそらく走ってきたのだろう、肩で息をする林鈴の姿がそこにあった。
「……本当はダメなんだが、今回だけギリギリセーフってことにしといてやるから座れ、林」
「やった、ありがと先生っ」
鈴は無邪気な笑顔で担任にお礼を言うと、それから弾むような足取りで自分の席まで歩いていった。
席に着く直前、鈴と六花の目が合う。鈴は無意味にウィンクをしたが、六花はそれを無視した。
「林」
「はい! 元気です! 先生は……元気ですか!?」
鈴が顎をしゃくらせて、渾身のモノマネを披露する。
何人か、笑いのツボが浅いクラスメートが吹き出す姿を六花は見た。その中には、理沙も含まれており、六花は頭を抱えた。
(ああ、理沙……ダメだってこんなので笑っちゃ……バカが調子に乗るでしょ……)
「ああ、先生は元気だぞ。次、日村」
「はい」
担任は鈴の対応にはもう慣れているようで、適当に流しながら出欠確認を続けていった。