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神様って胡散臭い

タイトルと文体を変える事にしました。2019/8/4

 スマートフォンのアラームが鳴り響く。好きな音楽にしたはずのそれは酷く憂鬱なメロディーに聞こえた。

 休日。両親は既に起きているようだ。リビングからテレビの音が聞こえてきた。怠い体に鞭打って、起床した彼女は洗面台へと向かった。少しくすんだ鏡を見て、深い溜息が出た。

 海南(みな)愛実(まなみ)、30歳、OL、独身、彼氏なし。目立った特徴もチャームポイントもなし。冴えない顔。表情。心なしか目に光が無いようにも見える。

 共に暮らす両親からの「結婚まだか」プレッシャーと、友だと思っていた人々からの「私、世界で一番幸せです」マウンティング、肩書だけしかない上司から受ける「女なんだから」セクハラ。それらを一身に受けまくり、身も心も疲弊しているようだった。にも関わらず、休日に早起きをしているのには訳がある。

 折角の休日に溜息をつきながら身支度を整えているには理由があった。

 地方の小さなブラック企業でも、健康診断を受けるようには言われる。休日に受けてこい、休日に受けられる健診機関を自分で探せ、支払いは自分でしろ、結果は提出しろ、以上。安月給で働いているのに、更に健診費用と貴重な休日まで搾り取るなんて。健診は企業の義務のはずなのに、何で従業員が支払わないといけないんだ。そんな事を考えながら、愛実は自宅から一番近い健診施設へ向かった。

 彼女は、まだ自分の運命を知らなかった。『医学的には』若い。自分は大丈夫だ、くらいに思っていただろう。いや、大丈夫だとか、大丈夫じゃないとか、そんな事すら思ってなかったかもしれない。早く済ませよう、その程度だったかもしれない。


***


 健診を受けた事など忘れた頃に、自宅へ結果が届いた。真っ赤な字で一文。

 『精密検査を受けてください。』

 …そんな暇ありません。

 「大体、病院って平日しかやってないじゃん」

愛実は吐き捨てると、健診結果を持って、いつもより早く出社した。


 会社に結果を提出し、その後3カ月を経て、彼女は職場で倒れた。


 救急車で運ばれ、検査、そのまま緊急入院。精密検査を重ね、都市部の大病院へ転院。結果、世界でも稀に見る超難病で、治療方法も何も分からない、と言う事だけ分かった。そこからは転げ落ちるかのように、状態は悪化。気休め程度の対症療法しか彼女には残されていなかった。

 何の改善もなく数日が過ぎたある日。突然、呼吸が苦しくなった。ナースコールを、と思った瞬間、脱力して、愛実は眠りに落ちた。


* **


 目を覚ますと、知らない場所に座っていた。魔法陣のような模様が一面に描かれた部屋。薄暗く、奥行きは分からない。ぼんやりと死後の世界なのかな、と愛実は思った。でも、夢のような気もした。

 ふと顔を上げると、仄かに発光している銀色の美しい長髪が見えた。虹色の艶がさらり、と流れる。迎えに来た天使に見えなくはない。やたらと美形の青年が愛実を見つめていた。

「あ。死んで早々、悪いんだけど。君、異世界で生贄になってくれない?」

「は?」

 愛実は間の抜けた声を上げた。生贄?ってか、異世界?一気に胡散臭い人になった。

「あの。色々、よく分かんないんですけど…やっぱり、私、死んだんですか?」

と、変な質問をするのも、いまいち実感がないからだった。呼吸が苦しくなった事は覚えてる。でも、今は辛くもない。むしろ、今までで一番良好と言えるくらいだ。

「うん、間違いなく死んでるよ。眠るような最期だったね」

目の前の麗人は微笑む。

「じゃあ、今の私は?」

「魂だね」

さも当たり前だ、と胸を張って断言する様子を見て、不審者じゃないだろうか、と愛実は思わずにはいられなかった。

「…あなたは何者なんでしょうか?」

「僕?僕はね、境界神だよ。名前は『リミタリオ』。まあ、覚えなくてもいいよ」

余計に訳が分からなかった。

「きょうかいしん?」

「境界、世界と世界の境目。それを司るのが僕」

そう言うと、リミタリオの長い髪がさらさらと揺れる。虹色の艶が愛実の顔を微かに照らした。

「厳密に言うと、境界点、なんだけど」

「はぁ」

愛実は溜息のような相槌を返す。

「一応、僕、神様でね?さっきも言ったけど、君には転生してほしくて、ここに来てもらいました」

リミタリオはにこにこしながら話す。

「…てんせい」

「そう、転生」

足りない頭で考えて、要点をまとめると。目の前の人は人でなくて神様で、ここは夢の中でなくて境界点と呼ばれる場所で、そして、私は死んでいて、神様に転生するよう、お願いされている。あまりにも現実離れしているファンタジーに、愛実は頭を悩ます。

「話進めていいかな?」

 リミタリオは、黙り込んだ愛実の顔を覗き込む。胡散臭い不審者のように見えるが、美形は変わらず美形。陶器のような白い肌に、銀色の髪。長い睫毛。宝石のような碧い瞳。御伽噺に見る美しさ。至近距離で顔を見るなんて経験がなかった愛実には刺激が強かった。

「え、あっ、えと」

愛実がどもっていると、リミタリオが彼女の前で手をかざす。ふわりと温かい何かが体を流れて、不思議と気持ちが落ち着いた。魔法のような物だろうか、と愛実が考える余裕が出来たかと思うと、

「進めるね?」

リミタリオは何事もなかったかのように話し出す。

「まず、世界の理について説明しようか」

「世界?」

「君が生きていた世界とは、全く別の世界が、全く別の次元で、沢山あるんだけど…概念が異なる世界って言っても分からないかな」

「えっと、地球以外にも生命体が存在する星があるとか、そういうものでなくて?」

リミタリオは苦笑する。

「そんな小さい話じゃないんだよね。宇宙だとか、そういう概念ごと、違う。…君、小説とか読む?」

「え?少しなら読みます、けど」

突然の問いに、愛実は戸惑う。スマホで読んだりする程度。漫画やアニメは結構見てるけど…

「平行世界って聞いた事あるかな。君の概念だとそれが1番近いんだけど…世界は1つだけじゃないんだ」

愛実はとりあえず、頷いた。漫画やアニメではド定番の言葉。

「でも、それぞれの世界に存在する魂たちの根源は同じものでね、全く違う人種や生き物だけど、魂は同じものだったりする」

今度は頷けなかった。愛実は早くも躓いた。よく分からない、と言った顔でリミタリオを見返す。

「君と同じ魂だけど、君とは全く異なる生命体が、様々な世界に存在するって言ったら分かるかな?」

愛実は首を傾げて、苦笑した。魂が同じ?

「魂は巡り巡って、色んな世界に行くんだけど、1つの世界に同じ魂が存在する事はない。それと同義で、根源が同じ魂の全てが消失する事もない。要するに、同じ魂は、どこかの世界には必ず存在して、完全に無くなる事はない。これが、世界の理。全うの理」

「…私と同じ魂だけど、私じゃない、ヒト…じゃないかもしれないけど、何か?は、その沢山ある世界にそれぞれ、一人?ずつ居るって事ですか?」

何となく理解出来てきたような気はするけど、言葉にしにくい。

「うん、大体合ってるよ。世界によって、存在したり、しなかったりするから、全ての世界に在るって訳じゃないけど、考え方は、それでいい」

「はぁ…」

合格点は貰えたらしい。

「ただ、君のは…君が最後でね。理から外れそうなんだよ」

「え?」

「今、どの世界にも、君と同じ根源の魂は存在しない。君で最後」

それって、やばいんじゃないの。愛実は何とも言えない表情で固まる。

「君と同じ根源の魂は、世界を巡る速度が遅くなってる。なのに、世界に存在する時間が短くなってる…って、最近になって分かったんだけど」

「それって…」

神様としてどうなの、と言いかけて止めた。悪びれもせず、綺麗な顔で微笑んでいるのを見て、言ってもどうしようもないと思った。

「時々、起こる事なんだよ。普通は暫くすれば元の状態に戻る。暫くって言っても、君の感覚で言えば、永い時間かもしれないけれど。ここまで酷いのは、君のが初めてなんだ」

「えっと、それで…?」

「そんな訳で、君にはすぐ転生してもらいたい」

「でも、私と同じ魂は世界を巡る速度が遅くなってるって…」

「そうなんだけど、君だけ違うみたいなんだよね。多分、別の神の仕業だと思うんだけど。本当、迷惑な事してくれるよ」

やれやれ、といった様子でリミタリオは首を振った。

「僕が関与出来るのは、転生までの間だけなんだけど、転生先は関与出来ない。だから、『異世界で生贄』って事は変えられないんだ」

「生贄って、すぐ死ぬんじゃ…」

だったら、魂完全消失?は避けられないのでは?と、彼女は訝しげにリミタリオを睨む。

「多分、その世界の生贄と、君の世界の生贄とでは、概念が違うと思うよ。僕も詳しくないけどね」

「そう…ですか…」

考えるのも面倒になってきたようで、諦めた様子で愛実は俯く。死んでから悩み事なんて、神様酷い。あ、神様目の前にいるんだった。

「で、こちらの都合で転生してもらうから、特典を付けようと思ってるんだけど、これも説明するね」

「特典?」

愛実は、ばっと顔を上げる。急に庶民的になった言葉に反応する。

「うん。転生先の世界の概念を超えない範囲で、願いを3つ叶えます。つまり、転生先の君の能力だとか、容姿だとか…まあ、何でもいいんだけど。そういうのをこちらで調整してあげるよって話」

「なるほど」

神様からのギフトってやつね。さすが神様。愛実は素直に喜んだ。

「何がいい?」

最期を除けば、平凡だった人生を振り返ってみた。特に不幸でなかった。転生先が生贄だって事は不幸だろうか…。生贄になっても、長く生き延びる為の何かにすべきか。とりあえず、生きなくては何にもならない。

「私、何の生贄にされるんですか…?」

「その世界の神の1柱だね」

悪魔とかじゃないだけいいのかな。

「じゃあ、神様が好むような感じにしてください」

可愛がってもらえれば死なないだろう、と言う安直な考えから、ざっくりとした願いとなった。

「分かったよ」

リミタリオはそれでも了承した。

 愛実は、既に次の願いを考えていた。神様の寵愛を受ける者とは、どのような者が多いかを考えた時、何がしかの才能があるイメージが思い浮かんだ。歌や踊り。神様に捧げるものが、その程度しか思い浮かばない辺り、無宗教の日本人らしいな、と彼女は小さく自嘲した。

「あの…その、神様って、歌とか踊りとか好きですか?」

「大概の神は暇だからね。娯楽は何でも好きだと思うよ」

神様って一体…。

「じゃあ、歌の才能、を」

踊るよりは恥ずかしくないような気がする。それだけの理由から選んで口にしてしまった願いに、自身で少し不安を感じているようだったが、

「いいね、面白くって」

リミタリオが満面の笑みを零す。とりあえず、目の前の神様は喜んでいるから、大丈夫なのだろう。愛実は、ほっとした。

 間を空けず、

「あとは、どうする?」

リミタリオは愛実に問い掛けるが、すぐに答えられない様子を見て、

「まあ、悩んでくれればいいよ。境界点の時間は無限だから」

そう言うと、リミタリオはふわふわと宙に浮き出した。

「決まったら、言ってね」

「!?」

 それを最後に、リミタリオは姿を消した。一気に部屋が暗くなったが、怖くはなかった。もう死んでるからかな?

「さて、と…」

 最後の1つ。いよいよ考えるのが嫌になってきたようで。ただでさえ、キャパオーバー気味なのに、次の人生の事を悩まねばならない状況に、頭痛がしてきたのだろう。頭を押さえた。

 ちょっと現実逃避しよう。愛実は天を仰ぐ。

 そういえば、両親はどうしてるだろう。親より早く死んで、申し訳ない。厳密に言えば生きてるんだけど…もっと、色々話せば良かったな。両親だけじゃなくって、もっと、色んな人と話せば良かった。後悔しかないように思えた。

 目頭が熱くなって、涙が溢れた。現実逃避のはずが、自分が死んだと言う現実しか思い浮かばなかった。

 愛実は声を上げて泣いた。

 こんなに大きな声を出した事ないくらい、大泣きした。不安や、後悔。突然、込み上げてきた感情を抑える事も出来ず、子供のようにに泣きじゃくった。

 10分経ったか、1時間経ったか。最早、時間感覚はなかった。目も鼻も頭も、これ以上ないくらいに痛くなって、涙も出なくなった頃、目の前に透明な瓶が現れた。水が入っていて、「どうぞ飲んでください」とラベル…はないけれど、飲んでいいものだと思って、彼女はそれを手に取る。蓋はない。匂いもしない。

 死んでるはずなのに、喉が乾くなんて変なの。苦笑しながら、瓶を見つめる。

「別に…大丈夫だよね。もう、死んでるんだし」

自分に言い聞かせるようにして、水を飲んだ。

 ごくっ

 意外に普通の水だな、と思った瞬間。突然、部屋中が明るくなって、光の中に居るような感覚になった。

「え、え、え!?」

「もう、行けるみたいだね」

今まで居なかったはずのリミタリオが隣で微笑んでいた。

「え、でも、最後の1つ…」

「確かにまだ残ってるけど。それ。飲んじゃったし、もう転生するしかないよ」

知らないよ、そんなルール。不思議の国のアリスみたいに、分かりやすいラベルでも付けてよ。

「あ、でも、転生後の名前だけは決めておかないといけないんだけど」

え、またこんな土壇場で言う?

「次の世界は、君の居た世界に馴染みがあると思うから、名前はそのままでも問題ないと思うけど…何か希望は?」

「…特にないです」

親から貰って残ってる唯一のもの。私だ、って言えるもの。そのまま持って行こう。他に思い付かないし。彼女は少し強くなったように思えた。涙を流した、あの時間で自分自身を見つめ直せたのかもしれない。

「じゃあ、君の名前は」

リミタリオの言葉はそこまでしか聞こえなかった。光に包まれて、目を開けていられなくなって、彼女は気を失った。


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