その2
俺は高円寺ギヤでのライヴ後、シンと次のライヴの打ち合わせをしていた。と言っても話すのは俺だけだ。シンは黙ってビールを飲みながら、ときどき「ああ」と言うだけ。いつもそうだ。でもシンは必ず話を聞いていて、予定の時間、予定の場所に必ずやってくる。
「お前、打ち上げ来いよ。」
唐突にシンが言った。
見上げると、目の前に女の子が立っていた。
緩くパーマをかけた赤い髪がふわふわと小さい顔をなぞっている。
目が切れ長で瞳がきれいだ。鼻が小さめで口が大きい。顔全体のバランスがとても良い。
レザーっぽいジャケットにパーカーを合わせ、タータンのスカートにDr.マーチン。細身だけど肉感的なスタイル。
姿勢よく真っすぐに立って手を腰の後ろで組み、モジモジしながらもニッコリと笑いかけてきた。
シンと話していた内容が全て頭の中から飛んでしまった。
この子、前にも見たことがある。
最近ギヤに出入りするようになった子だ。ここ最近はほぼ毎回、ライヴに来ていたはず。
確か、前まで髪の色は赤じゃなかった。燃えるような太陽の色に染め上げ、俺の視界を夜から朝に変えてしまったようだ。こんな子がいたなんて。
俺はといえば、ライヴ後で少し折れかけたスパイク・ヘア、黒のTシャツに穴の開いたデニム。変じゃないよな。
彼女から目が離せなくなってしまった。咳払いをして何を話していたか思い出す。いや、とりあえず彼女とシンの話が優先だな。俺らしくなく混乱している。
彼女はシンの誘いに驚いているようだ。俺はそっとシンに耳打ちした。
「あの子、知り合いか?」
「いや、よく知らねえ。」
「最近よく来てる子だよな。」
「ああ。」
シンが打ち上げに誰かを誘うなんて珍しいこともある。彼女の何かが、シンの気持ちのどこかに触れたのか?
とにかくだ。話をまとめるのは俺の得意分野だ。
俺は彼女に笑いかけた。彼女はホッとしたような顔をし、俺はその顔を見て内心嬉しかった。
シンと彼女と3人で会話を重ね、打ち上げに来てもらうことになった。彼女はキョトンとしている。
「じゃあ、あとは任せたわ。俺は片付けしてくる。」
シンはそう言って消えた。いつも通り自分のやりたいようにして、後は俺任せ。
でも彼女と二人になれるのは嬉しかった。再び彼女に笑いかける。彼女も微笑み返してくれた。俺はゾクゾクするような感覚に陥った。
「俺はミッチ。名前、何ていうの?」
「アタシ、佑。」
「ユウちゃんか。よろしくね。」
「よろしくミッチ。アタシ、ギヤで自己紹介したの初めてだよ。」
「そうなんだ。知り合い、いないの?後でみんなに紹介するよ。」
「うん、ありがとミッチ。」
「ミッチ」と佑ちゃんに呼ばれるたびに俺は嬉しかった。子供みたいな感情を、俺はポーカーフェイスで押し殺した。
本当はもっと話していたかった。でも俺は今晩の打ち上げの幹事で、他にもいろいろやることがある。
とりあえずファンの女の子たちと一緒にしておけば退屈はしないだろう。
「ここで待っててね。」と言い残し、俺は他の女子を探しに行った。
地上に出るとシンはとっくに撤収を終え、ビルの入り口に座ってビールを飲んでいた。
自分が誘った彼女のことは忘れちまったのか?
シンの気まぐれは毎度のことだが、注意しても仕方ない。アイツは自分がやりたいと思ったことしかしない。
そんな風に、俺も一度でいいからなってみたい。
打ち上げが始まった。
幹事でもありライヴの打ち合わせも入っていた俺は、なかなか手が空かなかった。
来月の企画は、憧れだった大御所バンドが出演してくれる。メンバーが今夜のライヴ、そしてこの打ち上げの席にも来てくれた。まず、そっちと話をしないと。
本題を進めたいのだが、雑談が長引いている。
もちろん気持ちよく出演してもらいたい。だから相手に合わせることも大事。俺は待つことが得意だ。
けど、今夜は…。
向こうの席に座っている佑ちゃんが気になった。
彼女は同じファンの子たちとおしゃべりをしている。
いや、「同じ」ではないのかもしれない。楽しげに話している風に見えるが、ときどき見せる遠くを見るような目つきがやけに気になった。
心ここにあらず、といったところか。
彼女が見ている景色は何なのか、それを聞きたかった。
いや、心ここに…は、俺の方じゃないか。集中して話を続けないと。
シンは相変わらずだ。さっきまでは誰かと話していたが、また付き合いきれなくなった相手が逃げてしまい、今は一人で飲んでいる。
そのうち酔い潰れるか勝手に帰るかするだろう。あとで飲み代を精算すれば、俺としては問題ない。
ふと、佑ちゃんがシンのいる席に向かうのが見えた。
小さな棘が胸に突き刺さるような気分になる。
シンはぶっきらぼうな態度で、だが辛辣な言葉を浴びせるでもなく、二人は並んで座った。
何の話をしているんだろう。
またしても上の空になりそうな心をグッと引き締め、ようやく本題に入り始めた打ち合わせに意識を戻す。
ちらりと目をやると、二人は特に何かを話すでもなく、並んで鍋を食べていた。
打ち合わせがひと段落した辺りで、今度はギヤの方に呼ばれた。店長のタダシからライヴのオファー。ありがたいことだ。バタバタしているうちに日付けが変わり、打ち上げも終わっていた。
佑ちゃんの姿は見えなかった。
シンの姿も。
二人とも帰ってしまったのだろうか。
それとも。
俺は深呼吸をして、余計な考えを頭の中から追いやった。
いや、ため息だったのかもしれない。




