この夏から
三日ぶりに訪れた美瑛の駅前から、綾乃はJR北海道が運行するツインクルバスに乗り込んだ。
バスは観光客でいっぱいだったが、一人だったことが幸いして、席を確保することができた。
国道を南下したバスは、美馬牛の近くにあるフォトギャラリー『拓真館』の前で停まった。
ニューヨークに戻る前に、あの写真『麦秋鮮烈』と再会しておきたかった。
拓真館は、ゆるやかな起伏を見せる丘陵に囲まれた窪地に、ひっそりと建っていた。白樺の疎林に囲まれた建物自体が、まるで一枚の風景写真のようだった。
かすかな土の匂いと木の香りを含んだ空気を、胸いっぱいに吸い込んだ綾乃は、意を決してギャラリーのドアをくぐった。
『麦秋鮮烈』は、綾乃の記憶と寸分たがわぬ姿で、そこにあった。
前田真三がこの写真を撮影したときの述懐を、綾乃は反芻する。
『風景写真は駄目だと思ってもたえず挑戦する心掛けが必要であり、そこから必ず傑作が生まれるものであることをこの時しみじみと知りました』
いい言葉だと、綾乃はあらためてそう思った。それに、とてもあたし好みの言葉だ。
写真を見つめる綾乃の耳に、ジョージ・ウィンストンが奏でるピアノ曲『Longing/Love』が聞こえてきた。
そう、あたしの夏休みは、もう終わったのだ。だから、あたしは、またここから歩き始める。
そして、いつか必ず……。
綾乃は、手にしたOM-1のグリップを、しっかりと握りしめた。
――あなたを、超えて見せる。