これからの日常
もう夏が近い。
強めの春風は人々を追い立てて、楽しんでいるかのようだったが、風は飽きたかのように吹かなくなっている。ついこの前まで冬だったし、ついでに俺は中学一年生だったって言うのに、いつの間にか春を迎え、それも過ぎ去ろうとしていた。
暖かな陽気が真夏の陽射しに変わりつつある。もう制服では暑さが我慢できなくなるだろう。やっぱり夏が近い、と思った。
さて、学校には掃除当番と言うものが大抵ある。それに割り当てられた人は掃除をしなければならない。しかし、教室の掃除当番をちゃんとこなしているのは俺と知らない女の子だけだった。俺は中学生になってから生真面目になったらしい。
小学生のころとかなら、学校の掃除なんてさっさと終えて、早く帰ろうとした。
あわよくばサボっていた。が、今はなぜかほうきをきちんと片手に持って、掃除をがんばっている。
何でこんなにがんばってんだろう。あほらしい。でもがんばるしかない。掃除を終わらせないと帰れない。隣で机を運んでいる誰かのためにもならないだろう。
「はぁ」
思わずため息が出た。
「大変だよね」
心配してくれたのか、一緒に掃除をがんばってくれている女の子が話しかけてくれた。
「そうですよね」
俺はなんで敬語使ってるんだ。
「敬語使わなくていいよー?」
「あ、ごめん、そうだよね。なんか癖で」
「あは、変な癖。直したほうがいいよ」
別に癖じゃないんだけど、癖だと言ったのは俺だ。仕方ないから「直るといいけどね」とかいっておいた。
話をしながら掃除をするのは案外まんざらでもない。結局掃除は二人だけで終わる。それが逆にちょっと嬉しかった。
机を整頓してすぐ、さっきの女の子に「ありがとう、じゃあまたね。」と言って、かばんを持って学校をでた。さっきまで掃除をしてたからか、妙に外の空気は新鮮でおいしい。
校門の前を歩きながら運動場を眺めていた。
(そうだ、本屋でも行こうか)
じゃあ本屋に行くか。
唐突におーい、彼方ぁ、と自分の名前を呼ばれた。俺を苗字で「吉野」と呼ばないやつは俺が知っている中で3人だけだ。帰り道が同じやつなら横田だろう。その前に、声でもわかる。振り返らないであるきながら返事をした。
「何だよ、横田」
「一緒に帰らない?」
「別に良いけど。俺、本屋寄るよ」
「あ、良いよ。俺も立ち読みするし」
「また立ち読みか?そんなに野球雑誌がすき?」
「いや、別に。」
じゃあ何で読むんだよ。買えよ。あっ好きじゃないから買わないのか。
「立ち読みだけに、たちの悪い客だな。ただの冷やかしじゃん」
「うまくないから。立ち読みするなら買わなきゃって思うけどねぇ」
まあ、読み終わった雑誌を買うなんて真似は出来ないだろう。気持ちはわかる。
「読み終わった雑誌なんて買う金がもったいなくてさ?」
でも、最初から読むな。そもそも、俺に同意を求められても困るのに。
いつの間にか俺のやや前のほうをあるく、横田に言った。
「知らないけど、ブラックリストに乗るなんてことはよしてくれよ。俺まで警戒されそう。」
「いや、絶対それはないってぇ」
何で自信満々なの?
俺は最近まで気付かなかったが、こいつが本屋に来るときはいつも俺と一緒らしい。横田は自分から本を読んだりはしていないと言う。つまり、いつも俺の暇つぶしに付き合ってくれているだけなのだろう。
そういえば、よく他愛もない会話を交わしながら二人で本屋へ向かっている。
帰り道が近いのもあるだろうが、横田は少し不真面目でも、俺と気が合うし、いつも自分より人を優先する。
そういうところが横田の良いところである。そしてそこに俺も魅かれているのだろう。
あぁ。
今まで、生まれてからの13年間、たまに友達と話して、たまに一人になって。
時には悲しくなり、怒ったりもするが、慰めてくれる人が居たり、いつもみんなで支えあってきた。これが日常。幸せ。
誰にも邪魔されない俺の日常。
そうであって欲しい、と切に願っていたに違いない。
でも、近頃は……なにかこの日常は物足りない。何かが起こらないかな。そう思えてきている。
かなわない願いなのだろうか、小さな事件ひとつない。
何も無い。何も起こらない。
常に何かが起こらないか期待しているのも、俺の日常になりつつある。日常を変えたい。どうすれば変わるんだろう。
「おい、俺は雑誌コーナー行ってくる」
不意に横田の声が聞こえた。
「へぁ」
なんか情けない声を出してしまった……。
「おう、本見るの飽きたら呼べよ。」
別段気にもしない様子で横田はそのまま雑誌が適当につんである、店の隅のほうに歩いていった。
いつの間にか本屋にいたってわけじゃない。確かに本屋までの道を横田と一緒に歩いてきた。
けど、俺は本屋に来てどうするつもりだったんだ?何か買いたい本でもあったっけ。
多分、理由なんて無いのに自然と本屋に足を向けたのだろう。本屋に来ると、いつもこうなる。
そして面白そうな本を探すしかすることは無い。
(小説でも探すか)
何の気もなしに文庫本が並んでいる本棚へ目を向けた。
『猫の町』
今流行の本とか、有名な賞を受賞した本とかが大量に並べられている棚にシンプルな表紙が逆に目立つ本が一冊だけあった。
今日はもうこの本で良いや。
今日この本を買わないと後悔するかもしれない。そんな予感がした。なんとなく。映画化されたりしてちやほやされてる様な小説より、もはや多くの人には買われず、端に寄せられている様な、隠れた名作が好きだ。
もちろん名作なんて滅多に出会えないけど。
すぐに『猫の町』を手にとって、内容を確かめないでそのままレジへ向かった。
雑誌コーナーで野球雑誌を読みながら、暇そうにしている横田が見えた。
(すまん、横田)
『猫の町』は文庫本なので大きさはふつうだが、結構分厚い本だ。これならしばらくあいつを付き合わせることはないだろう。
本を買い終え、横田に話しかけた。
「おい、横田」
「は?もういいのか?」
「うん、もう決めた」
「いつもより速いじゃん。何買った?」
「猫の町。」
「著者は?」
「えっと、穴沢 孝?」
「聞いたことないな。お前いっつも俺が知らない本買うよね」
「いいじゃん、未知で。」
何がこの本に書いてあるのか、この本を通して作者が伝えたいことは何なのか。未知だからおもしろい。
とか思っていてもやっばり内容がつまらなかったら落ち込むけど。
「帰ろうか」
俺が帰ろうとしたら、
「あっちょっと待った」
待てと言われた。
「どうした?」
「これ買うわ」
横田の手には俺と本屋に来る時、いつも読んでいる野球雑誌。
「珍しいな」
「お前、いつもより速かったからさ、読み終わってねぇ」
そういうことか。最初から買えよ。俺のせいだけど。
横田が本屋の袋を持って帰ってきた。ほんとに買ってきたんだな。
俺達はそれぞれ買った本を鞄に仕舞い、なんとなく急いで歩きだす。
本屋の外は暑かった。
黙々と歩く俺たち。でも、お互いが何を考えているかは少しはわかるような気がする。
もう横田との別れ道が目の前にある。それぞれの思う道は違う。
「じゃあな」
俺のほうから別れを言った。
「おう」
返事が返ってきたほうに手をふった。
日常が変わってほしい。けど、その前に俺が変わらなければ。良い考えだ。
でも、俺はどういう風に変われば良いんだろう。
答えは案外すぐに出た。
「あっちぃ」
手で自分を仰ぎながら、学校の女の子を思い出そうとした。
そういえばあんまり顔も覚えてない。明日は名前でも聞いとこうかな。
心が穏やかだ。
初めて小説を書きました。アドバイスや感想をいただけると幸いです。
ご指摘を頂いたので、身近にあった本を参考にして段落などをつけました。誤字等が残っていたらお知らせください。