Ⅵ
『………王の姿が見当たらない』
『訓練場に黒龍さんの魔力を感じる。侵入者と黒龍さんが戦っているのかもしれない』
数人の宮廷魔法使いが隠し部屋から出てくる。このまま、彼らが訓練場に行けば、黒犬達の計画は頓挫するだろう。
黒犬達がどうなろうと、俺には関係ない。だが、青い鳥と名乗る少女はあいつらと一緒に遊んでくれている。もし青い鳥が死んだら、あいつらは悲しむだろうか?
そんなことを思っていると、身体が自然と動き、訓練場に向かおうとする宮廷魔法使い達を眠らせた。
自分でしておいたことだが、一番自分が驚いた。どうやら、俺は黒犬達に影響されてしまったのかもしれない。
翌日、黒龍に呼ばれ、彼が療養している医療室に足を運ぶと、彼のベッドの横にはたくさんのウサギリンゴがあった。間違いなく、青い鳥と言う少女の仕業だろ。かの眠れる龍に対して、そんなことができる人間は彼女くらいしか思い浮かばない。
『お呼びでしょうか?』
『………先日、宮廷魔法使いを眠らせたのはお前の仕業だな?』
黒龍はそんなことを言ってくる。やはり、彼には見抜かれていたか。とは言え、それに頷くわけにもいかない。
『何のことでしょうか。昨日はぐっすり寝ていたもので、気付きませんでした』
そのことで、また先輩に叱られた。その分だと、あの人達は俺が魔法を掛けたことに気づいていないはずだ。
『………いつまで、道化を演じるつもりだ、と思っていたが、奴らの登場で仮面が外れかかっているぞ』
確かに、黒犬達の登場で、自分らしくない行動をとってしまったのも事実だ。だが、それは修正が利く程度のものだ。
『何の話をしているのか、私にはよく分かりません』
『まだ惚けるつもりか。まあいい。お前もその仮面を外さなくてはいけない時が来るだろう』
なんせ、あの不幸鳥とお人好し犬に関わってしまったのだから、と彼は言う。
城に蔓延っていたシステムは崩壊。王の仮面も剥がされた。あの二人は完膚なきまで壊していった。だが、それは終わりを意味し、始まりを意味する。
どのような始まりにするかは王達が決めることだ。
『黒犬は城から出ていくそうだ』
『そのようですね。さっき本人に会って、聞きました』
自由を手に入れた黒犬。彼が自由を勝ち取ったことは嬉しいが、羨ましい。俺は一生自由を勝ち取ることはできないから。
『それで、黒犬の世話役兼監視役の任は終わる』
黒犬の世話役はとにかく、監視役は疲れた。黒犬と青い鳥はいろいろなことをしでかす。城の隠し通路から、城から抜け出すし、黒龍の愛弟子らしい“蒼狐”と戦ったり、挙句の果てには、無断で王宮に行ってしまうのだから。先輩達は知らないが、黒龍に侵入者を知らせたのは俺だ。そのままにしても良かったが、そのままにしたら、黒龍の怒りが俺に向くことは分かっていた。それだけは避けたい。
『そうですか。黒犬の世話は疲れましたので、ホッとしています』
永遠に続けろ、と言われたら、ストレスで倒れる自信がある。
『………だろうな。とは言え、あいつはお前だ』
黒龍の言葉に、俺はきょとんとするしかなかった。黒犬が俺?確かに、黒犬の苦労は理解できる。俺の知り合いにも、青い鳥に匹敵するほどの変人がいるから。
『俺が黒犬ですか?性格的には似ていないと思いますが?』
俺は彼のようなお人好しにはなれない。
『性格は似ていないが、お前とあいつは同類だ。つなげ止める鎖がないと、何をしでかすか分からない危うさがそっくりだ。お前らの鎖が外れた時、お前らはあの“蒼狐”と同じように壊れる』
“蒼狐”。黒龍のお気に入りの一人だった人物。彼と同期の宮廷魔法使いは言っていた。彼は敵味方関係なく、目の前に現れたものは全て壊していった、と。彼の狂気は異常だった、と。
『それは化け物として生を受けた者の宿命なのかもしれないな』
『黒龍さんや蒼狐さんが化け物なのかもしれませんが、その分類に私が入るとは思いませんが』
『ふん。鎖を外せば、分かることだ』
お前が人か、人の皮を被った化け物か、な。
***
「スノウ、大丈夫か?」
紅蓮さんの猛攻撃に耐えながら、スノウに声をかける。
―今のところは。でも、このままだったら、時間の問題だよ―
「その時はあいつらがどうにかしてくれるだろ。人を囮にしたのだから、どうにかしてくれないと困る」
―それもそうだね―
すると、紅蓮さんの死角から、青い鳥達の姿が見える。紅蓮さんは青い鳥達に気づき、火の玉を青い鳥達に向ける。すると、白髪の彼が青い鳥の前に出て、魔法を生身で受ける。青い鳥が怪我をすると、致命傷だが、生身で受けるなんて言うことは無謀過ぎる。
一方、彼は紅蓮さんの攻撃を受けたのに、身体は無傷だ。彼に何が起きた?
―へえ。彼の身体、凄いね―
スノウは感心した様子で言う。
「スノウ、何か分かったのか?」
―詳しく説明すると、長くなるから、簡単に言うよ。彼は脱皮したんだよ―
脱皮?あの男は奇人変人だと思っていたが、体の構造までおかしいのか?普通の人間が脱皮など出来るはずがない。
―予め、魔力で皮膚全体に外膜を張ってあったんだろうね。傷ついたら、ペロッと剥がれる仕組み―
そう言うことか。納得出来るが、普通の人間ではできない芸当である。
青い鳥はその隙に、紅蓮さんを蹴り飛ばす。紅蓮さんはお返しと言わんばかりに、青い鳥に向けて、炎の槍を叩きつけようとするが、彼が間に入り、わざと攻撃を受ける。
紅蓮さんの眼が青い鳥達に向いているのなら、俺も攻撃に参加するか。と言っても、魔法を使えば、近くにいる青い鳥達にも危害がくわわる。それなら……。
俺は短剣を取り出し、手を切り、いい具合に血液を流す。俺は空間魔法を展開し、紅蓮さんの懐に入り込む。
そして、右手に魔力を込めて、彼の身体に叩きこむ。俺の唯一の直接攻撃。人に当たれば、骨折は免れない。
紅蓮さんもこの攻撃にはよろめく。青い鳥はその隙を見逃さずに、蹴りを入れる。だが、彼は自分自身の周りに炎の壁を作る。これでは下手に近づけない。そして、今までのお返しと言わんばかりに、無数の炎の雨が降り注ぐ。
すると、白髪の彼が防御魔法を展開する。火の壁がある限り、俺達は紅蓮さんに近づけない。
いや、ちょっと待て。青い鳥は言ってなかったか?炎精だと。風精は魔法陣なしで風が操れるように、紅蓮さんも魔法陣なしで炎が操れるのだろう。神子は魔法陣破棄のできる魔法使いと考えられる。ただ、ハイリスクは何もないといった羨ましい体質だが。
それはいい。魔法使いにとって、魔法を使う場所というのは重要といえる。俺は四大因子を使う魔法を多用しないから、そこまで深く考えたことはないが、攻撃魔法を得意とする魔法使いはそうもいかない。場所によって、四大因子の割合は異なる。全ての因子が均一の場所、一つの因子しかいない場所は珍しいが、因子の割合が偏った場所は少なくない。水の因子が多い場所で、火の魔法を使って不発したという話もある。普通の魔法使いは得意不得意はあるが、それしか使えないということはない。魔法使いの常識としては1つしか使えないのは自殺行為になるから。
だからこそ、赤犬さんは自分の得意魔法は明かすな、と口酸っぱくいうのだろう。他の魔法がつかえるからといって、得意魔法を封じられるのはきついものだから。
魔法使いの常識はそうだが、それに神子を当てはめることはできないだろう。神子は器のある精霊と言われている。精霊はそこにいるだけで、因子達に影響を与える。それは神子も同様だろう。だからこそ、どんな場所でも魔法が使える。いや、待てよ。
「なあ、紅蓮さんは炎の魔法しか使えないんだよな?」
俺が声を掛けると、彼はこちらを向く。
「私は彼が炎の魔法以外のものは見たことがないが、本当にそれしか使えないかは分からない」
カニスは風精だが、魔法使いとして考えるのは無理がある。カニスは戦士。魔法の勉強をしていないのだから、魔法が使えるはずがないのだから。
もし紅蓮さんが炎の魔法以外つかえはいとしたら、あの手が使えると思ったのだが。
「貴方の仮説は正しいと思われます。彼の魔力は純色の赤色をしています。だからこそ、他の属性の魔法は扱えないと思われます。召喚魔法は使えるみたいですが、炎の召喚獣以外は無理でしょう」
―確かに、彼は火に好かれているよ。炎の精霊と同じと考えていいと思う。炎の精霊は他の属性を操ることはできないから―
青い鳥とスノウがそう言ってくる。青い鳥の眼は魔力を見ることができるし、スノウは精霊と言うだけあって、魔力察知はお手の物だろう。
この二人からお墨付きをもらったのだから、間違いない。なら、どうにかなるかもしれない。
「あの魔法を使う。それまで時間稼ぎを頼む」
俺は魔法陣を書いていく。
「あの魔法?何のことを言っているのかね?」
彼はそう言ってくると、紅蓮さんの魔法がより強くなったようで、顔を歪ませる。
「あともう少しです。頑張って下さい」
青い鳥はそう言うが、彼は防御魔法を得意とする魔法使いではない。防御魔法はピシッとひびが入る。
「黒犬、君が何をするか知らないが、早くしたまえ。このままだと、壊れる」
彼の切羽詰まった声が聴こえてくる。その時、魔法陣が完成する。
「スノウ、サポート頼む」
―オッケー―
その瞬間、バリアがパリンと割れる。だが、炎の雨は消えていく。
水は風に、風は土に、土は火に、火は水に弱いと決まっている。この空間は水の魔力で充満している。黒龍さんが青い鳥の動きを止める為に、自分の魔力を充満させた時と原理は同じ。
どうやら、俺の仮説は当たっていたみたいで、紅蓮さんは魔法を使えないで、戸惑いが生まれる。今がチャンスだ。
「青い鳥!!」
後はお前の仕事だ。
「分かっています」
青い鳥は走って行き、紅蓮さんに蹴りを入れる。
「貴方の望みは何ですか!?お義兄さんを殺すことですか?全てを壊すことですか?それで、貴方は幸せになれるのですか!?」
あいつは力一杯叫ぶ。
「俺はあいつらがいてくれれば、それで幸せだった。俺は家族を知らなかった。そんな俺に家庭の温もりを教えてくれたのはあいつらだった」
あいつらさえいてくれれば、それ以外の幸せ入らなかった、と彼は叫び返す。
彼がどんな世界で生きて来たのか知らない。おそらく、俺には想像できないことだろう。
「私は貴方がどれほど彼らを大切にしているか知っています。ですが、彼らも貴方のことが大好きです。自分達の為に、貴方が死んだら、どう思うか考えたことがありますか?本当に、貴方が死ななければ、彼らを助けられなかったのですか?」
青い鳥は蹴り飛ばす。
「貴方が相談してくれれば、私や彼も協力しました。私達が信用できないのでしたら、白蛇さんに相談するべきでした。貴方と白蛇さんは友達ではないのですか?」
その言葉に、紅蓮さんは止まる。
「白蛇さんは貴方のことが心配だから、病院を休んでまで様子を見に来てくれました。白蛇さんはそこまで思ってくれましたのに、貴方は何も思わないのですか?」
「お、俺は………」
「貴方を大切にしてくれる人はたくさんいます。ですから、自分の命を粗末にしないで下さい」
死んでしまっては幸せに思う気持ちも感じれなくなりますから、とあいつは言う。
これで、一段落着いた。そう思った時、
―紅蓮、逃げて―
スノウの切羽詰まった声が響く。その方向を見ると、赤毛の男が銃を持っており、引き金を引こうとしていた。紅蓮さんは動けないでいる。やっと、紅蓮さんは救われようとしているのに、このまま死なせるわけにはいかない。
身体が勝手に動いており、紅蓮さんに向かって走り、庇う。
その瞬間、銃声が響いた。