Ⅴ
『この子は 。今日から、お前の兄になる。仲良くするんだぞ』
義父はそう言って、俺より5歳ほど上の赤い髪の少年を紹介した。
『………よろしくお願いします。義兄上』
俺は緊張しながら、お辞儀する。
『ああ、よろしく』
彼はそう言うが、俺のことを快く思っていない様子だった。彼がどう思おうと気にはしない。これは所詮、“家族ごっこ”。義父が俺を引き取った理由は分からないが、俺と言う駒が使えると思ったからだろう。
別にそれはそれで構いやしない。そう、あいつらの生活を保障してくれるのなら……。
俺は魔法具の一つを使い、かつて暮らしていた屋敷に移動する。この魔法具は使い勝手が悪いが、炎系の魔法しが使えない俺にとっては重宝している。これらの魔法具は養父がわざわざ用意してくれた。なんでこんな高価なものを俺にとは思ったが、それらの理由を聞く前に亡くなってしまった。聞いたところで、答えてくれたかは分からない。
これらの魔法具とは別にものごころつく前から持っていた魔法具がある。その魔法具と養父が用意してくれた魔法具、製作者が同じところを見ると、もしかしたらとは思うが、今更だ。
にしても、この屋敷を踏み入れることになるとは思わなかった。黒犬達を殺したら、死ぬつもりだったから。あの作戦を聞いた時は成功しようと、しまいと、俺の命はないことは分かっていた。断れば良かったかもしれないが、断れば、あいつらの命がない。義兄とは十数年一緒にいるから嫌でも分かる。あの人は自分の為なら、手段は選ばない。
二年前、父は病死したが、おそらく、彼がそう装おったのだろう。魔法の才能は恵まれていないものの、謀略、策略はお手の物だ。もしかしたら、魔法の才能がないからこそかもしれない。だから、義兄が俺を妬み、憎んでいるのも知っている。
俺は名誉や権力など興味はなかった。あいつらが幸せになってくれるのなら、それでよかった。
あいつらの存在が俺の生きる希望だったから。
「紅蓮様、お早いお戻りですね。今回は結構かかると聞いていたものですが」
屋敷に入ると、初老の男が出迎える。義父の代から仕えている執事で、クリムゾン家の分家のものだ。彼はクリムゾン家を乗っ取り、自分の息子を当主にしようと画策している。おそらく、義兄の計画にも一枚噛んでいるのだろう。その計画で俺が亡き者となり、西の街が火の海と化したら、義兄を差し出し、この家を乗っ取るつもりだろう。
「ちょっとあってな。それよりも、義兄上と話がしたい、と取り次いでくれないか?」
「ご主人さまにですか。少し待って……」
「その必要はない」
高級そうなマントを羽織った赤髪の男が階段から降りてくる。
「数日ぶりだな、紅蓮。例の件は成功したのか?」
彼は冷ややかな視線を俺に向ける。もし成功したら、ここに来るはずがないと、彼は分かっている。
「その件でお話が。邪魔が入りまして、彼らの始末が難しくなってしまいました」
「ほう。それで、逃げ帰ってきた、と。それはどう言うことを意味しているか、分かっていていっているのか?」
彼は嘲るような表情で見てくる。
「ええ。どちらにしろ、俺は王の密命を台無しにした。それだけでも、大罪です。どちらにしろ、俺は免れることはできません。そして、私の罪が明らかになれば、貴方もただでは済まないでしょう」
俺がそう言うと、彼はピクンと眉を動かす。彼のシナリオでは俺と黒犬達が死に、俺達を殺した罪を反乱軍に被せ、反乱軍を攻めさせようとしていたのだろう。
だが、俺が黒犬達を暗殺に失敗できなかったら、そうはいかない。黒犬達は俺に殺されたことを王に言うだろう。そしたら、俺にその命令を下したこともばれてしまう。そうなれば、男爵家は終わりだ。
「………何が言いたい」
「約束さえしていただければ、私一人で罪を被ります」
そう、俺はその為だけにここへ来た。
「あの施設には手出ししないでいただきたい。援助は打ち切りして貰っても構いません。ですが、施設にいる先生や子供達には何もしないでいただきたい」
援助が打ち切りされるのは経営に響くだろうが、彼らの命以上に大切なものはない。それに、黒犬や青い鳥ならば、彼らのことを助けてくれるかもしれない。
「………話はそれだけか」
彼は興味なさそうな様子を見せる。
「はい。約束をして貰えますか?」
これだけ約束してもらえば、俺に未練はない。
「なら、お前が一人で先走ってやったと言うことにすればいいことだ」
それを聞いた途端、耳を疑った。彼は何を言っている?
「お前は西の軍と結託して、交渉人として派遣された彼らを暗殺しようとするが、失敗し、自分の罪がばれるのを恐れ、自殺した。そうすればいいことだ」
彼がそう言うと、今まで隠れていたのか、数名の剣士や魔法使いが姿を現す。まさか、こうなることを予想して、雇っていたのか。
「それに安心してもいい。お前一人で死ぬのは寂しいだろうからな。彼らも一緒に逝かせてやろう」
そう言った瞬間、窓から炎柱が立つ。その方向は、まさか………。
「暗殺が成功しようと、失敗しようと、あの施設は消すつもりだった。これで、この世に未練はないだろう」
彼は勝ち誇った様子でそう言う。
俺はその方向をただ見ていることしかできなかった。
何の為に、俺はこの男の言うことを聞いていた?
何の為に、ここに養子に入った?
何の為に、黒犬達を殺そうとした?
全てはあいつらの為だ。それなのに、どうして、あいつらが死ななければならない?
あいつらは何か悪いことをしたのか?
あいつらが死んだら、俺は何の為に頑張って来たのか分からない。
そう、俺は何の為に生きて来たんだ?
今まで溜めこんでいた怒りや憎しみが溢れ出す。
俺の全てを目の前の男が壊した。
それなら、そいつの全てを壊してやる。
その瞬間、屋敷が炎に包まれる。
「お、お前、何を……」
彼は信じられない様子を見せる。
「何をしているか?そんなこと決まっています」
あいつらのいない世界など、ただの偽りばかりの空っぽの世界だ。それなら、全て壊せばいい。あいつらのいない世界など消えてしまえばいい。
「お前ら、奴を殺せ!!」
呆然としていた魔法使いや剣士達に命令するが、彼らは顔をひきつらせて逃げていく。
「逃げるな!!どれほどのお金で雇ったと思っているんだ!!」
彼は叫ぶが、誰も助けようとしない。
「………この世界は自分以外、敵なんですよ」
自分だって、周りの人間を利用し、切り捨てていった。これは自業自得だ。
「もう終わりにしましょう」
もう茶番に付き合っていられない。俺は彼に向けて、炎の槍を叩きつける。だが、それは義兄に届くことはなかった。
「………自分の家まで、こんなことして。もう少し手加減をする気はないのかね?」
白髪をなびかせて、彼がそんなことを言う。彼は空間魔法を使うことはできるが、遠距離は使えなかったはず。その為、こんな短時間で、ここに来れるはずがない。遠距離の空間魔法を操れるとしたら、黒犬くらいのものだ。もしかしたら、ここに、黒犬や青い鳥が来ているのかもしれない。だが、今になっては意味がない。
「白蛇、どけ」
「退きたくないと言ったら、どうするのかね?」
「お前ごと、消し去るつもりだ」
「………そうかい。私としては、彼が死のうと、死ななかろうと、関係ない話だが、彼が殺されると、黒犬達は勿論、君にも都合が悪くなる。どうしても、彼を殺したいのなら、私達を殺してからすることだ」
そうだろ、と彼は玄関方を見る。
「その通りです」
青髪青眼の少女が姿を現す。
「私は幸せを呼ぶ鳥です。私の目の前で、不幸を嘆く人を放っておくことなどできません。人々の幸せを壊すと言うのなら、私を倒してからです」
彼女はそう言って、細剣を抜く。
***
クリムゾン家の屋敷へ空間移動したまでは良かったが、その瞬間、南の方から火柱が出現する。一体、何が起きた?
「………あっちの方向は」
青い鳥は心当たりがあるようで、そんなことを呟く。
「男爵も愚かなことをしてくれる。彼をこの世界につなげている鎖を断ち切ったら、彼は何をしでかすか分からない」
彼は唇を噛みしめる。
「とにかく、彼らの安否が心配です。施設に行きましょう」
このまま、見殺しにするわけにはいきません、とこいつは言うが、
「おい、そしたら、紅蓮さんはどうするつもりだ?」
「黒犬の言う通りだ。紅蓮をこのままにして置くのは非常に危険だ」
あんなものを見て、彼が冷静にいられるはずがない、と彼は言う。それなら……。
「あんた、その施設の場所を知っているか?スノウにその場所を送ってくれ。俺が助けに行く。あんたは青い鳥と一緒に、紅蓮さんの方を頼む」
「確かに、その方が効率いい。精霊君、頼む」
―黒犬―
スノウの声と共に、情報が送られる。青い鳥の方を見ると、心配そうな様子をしている。確か、施設の子供たちとはよく遊んでいたと言っていたので、心配していない方がおかしい。
「安心しろ。彼らは俺が助けてやる」
だから、お前のやりたいことをしろ。
「彼らをお願いします」
「健闘を祈るよ」
青い鳥達はクリムゾン家の屋敷に向かう。
「そっちもな。スノウ、頼む」
―任せて―
俺は魔法陣を展開させ、空間魔法を使う。そして、次の瞬間、施設と思われる場所を目の前に広がる。だが、施設は炎上している。子供達やここで働いている人は大丈夫だろうか。
―黒犬、あっちの方に、人が密集してる。それに、魔法使いが数人いるみたい―
スノウが言う方向に向かって、走りだす。魔法使いが数名いると言う事はこの施設を燃やした犯人はそいつらだ。そして、そいつらは彼らを殺そうとしている。
俺はスノウのナビゲートの元で、施設の門をくぐり、広場へと行こうとすると、
「保母さん、あんた達には恨みはないが、命令なんでな。恨まないでくれ」
そのような声が聴こえてくる。広場を見ると、数人の魔法使いの姿が見え、そして、この施設の責任者だと思われる女性と数人の子ども達の周りを囲っている。その女性は子供達を守るように、前に立っている。
「施設を燃やしておいて、その上、この子達に恐ろしい想いをさせておいて、良くそんなことを言えますね」
彼女は凛とした様子で言い返す。
「確かにそうだ。まあ、あんたはとにかく、餓鬼共は親にも世界にも見捨てられた救いようもない屑だ。死んだ方がこの世界の為かもな」
魔法使いの一人がそんなことを言ってくる。どんな境遇だろうと、誰も奪う権利などない。
「黙りなさい。この子達を侮辱することは私が許しません。生きてはいけない命など、どこにもありません。逆に、弱いものにしか手を出せない、貴方達こそ、恥じなさい!!魔法は人を傷つけるものではありません。人を守るものなのです」
「こっちが黙っていれば、好き勝手言いやがって。お望みなら、すぐにあの世に行かせてやるよ。あんたの大切な子どもと一緒にな」
「まさか、貴方達、 に何をしたのですか!!」
彼女はそう叫ぶが、彼らは何も言わずに、魔法を展開して、女性と子供たち目がけて、火の玉をぶつけようとする。
「スノウ」
―分かっているよ―
火の玉が彼女達に当たる前に、風の防御壁を展開し、火の玉を消しさる。
「誰だ!?」
彼は突然の乱入されることを予想していなかったようで、そう叫んでくる。
「貴方たちこそ、何をしているんですか?自分達が何をしているのか、分かっているのですか?貴方達がしていることは立派な犯罪だ」
俺は彼らの前に姿を現す。一方、彼女達は予想外の俺の登場に、警戒を見せる。それはそうだ。俺は彼女達のことを知らないし、彼女達は俺のことを知らない。
「青い鳥と紅蓮さんに頼まれて、助けに来ました。少し下がっていて下さい」
青い鳥と紅蓮さんの名前を出すと、彼女達は警戒を解く。
「………もしかして、貴方は黒犬さんですか?」
彼女はそう尋ねてくると、
「黒犬だと?確か、黒犬は死んだはずじゃなかったのか!!」
魔法使いの一人がそんなことを叫んでくる。確かに、死にかけた。
「どうやら、死神には嫌われているようでな。追い返されてしまったようだ」
どちらかと言うと、死神に嫌われているのは青い鳥の方かもしれないが。
「こいつが本物の黒犬だろうと、関係ない。この人数で負けるはずがない」
魔法使いの一人がそう言う。確かに、これくらいの数の魔法使いの相手するのは正直つらい。
―ボクが見込んだ黒犬を甘く見て貰ったら、困るよ。黒犬がこんな魔法使いに負けるはずがないよ。何たって、黒犬はあの黒龍を倒した最強の魔法使いさ―
スノウはそんなことを言ってくるが、それは過大評価しすぎだろう。と言うか、そんなことを言って、あの魔法使い達が聴こえるはずがない。それに、お前はどうやってその情報を仕入れた?
「ほう?黒犬、お前はいつの間に、最強の魔法使いを名乗るほど偉くなったんだ?」
その声が聴こえた瞬間、背筋が凍った。ちょっと待て。何故、彼の声が聴こえる?後を振り向くと、見覚えのある白いフードを被った人物がいた。
「まあ、今回は大口をたたいたことは大目に見てやろう」
そう言って、彼は魔法陣を展開し、突風を起こし、魔法使い達は何もできずに吹き飛ばされ、壁に激突する。
今思うと、彼が自分の懐に入れる人間のことを何も知らないはずがなかった。彼は紅蓮さんが育った施設のこと、クリムゾン家の養子であることを知っていてもおかしくない。恐らく、紅蓮さんが炎精であることも。
「………これくらいの実力しか持たないで、魔法使いを名乗るんじゃねえ。この三下共が!!お前らが魔法使いと名乗れるんだったら、俺は神を名乗れるんじゃねえか」
ハクの方がまだマシだ、といつもながら俺様リズムを発揮してくれる。
「ところで、黒犬、お前がここにいると言うことは西の方は終わったのか?」
黒龍さんは俺のことに気づいたようで、そんなことを言ってくる。
「いいえ。男爵さんのお陰で、反乱軍の交渉が難しくなりました。ですが、男爵を捕まえれば、芋づり式で、軍の不祥事が出てくるそうです」
「つうことは、こいつらはクリムゾン家の手下か。俺が手を下したいところだが、城で話を聞かせて貰った方がいいと言うことか」
黒龍さんはそう言って、魔法使い達の元に近づく。すると、魔法使い達はひい、と声が上ずる。
黒龍さんを相手にしてしまった時点で、彼らの敗北は決定していた。
「それより、青い鳥と紅蓮はどうした?」
奴らは一緒じゃないのか、と彼は言う。
「青い鳥はゲスト共に紅蓮さんを止めに行っています」
彼らが無事なら、青い鳥達を助けに行った方がいい。紅蓮さんが魔法陣破棄できるのなら、剣士の青い鳥や非戦闘員である白髪変人だけでは無理がある。
「そう言うことで、彼らを頼んでいいですか?」
彼らに黒龍さんがいれば、安心できる。
「………そのゲストが何者か知らないが、あの道化野郎、やっと化けの皮を剥がしやがったか。それはいい。野郎にあったら、伝えておけ。後で、じっくり話を聞かせて貰う、と」
黒龍さんの言うことはいまいち理解できないが、今はその詮索している時間はない。
「スノウ、あの屋敷に戻るぞ」
―分かった―
俺は魔法陣を展開し、クリムゾン家の屋敷に戻ると、先来た時は屋敷があったが、その屋敷は半壊状態となっていた。
俺が屋敷の方へと行くと、至る所に火傷を負った青い鳥と防御魔法を展開している白髪の彼がいる。そして、目の前には紅蓮さんがいるわけだが、彼は次々と魔法を展開していく。それには青い鳥もうかつに近づけないようである。
「おい、大丈夫か」
俺は彼らの下に近づく。
「やっと帰ってきました。どうやら、彼らは大丈夫だったようです」
「黒龍さんが保護してもらっている」
彼がどうして、そんな行動に出たのかは不明だが。
「黒龍が、ですか?それは珍しいことも起きます。この際はどうでもいいです。白蛇さんも防御に徹しているのはつらいと思いますので、そろそろ反撃に出ましょうか」
青い鳥はそう言い、細剣を抜く。
「そうかい。じゃあ、君に紅蓮の足止めは君に任せようか」
「よろしくお願いします」
「どう言う意味だ……」
俺がいいきる前に、彼は目くらましの煙を展開する。煙が晴れると、白髪の彼は勿論、青い鳥の姿も消えていた。
すると、紅蓮さんは俺目がけて、炎の槍を浴びせてくるので、風の防御陣を展開し、炎の槍の軌道を逸らす。
「おいおい」
逃げたとは思わないが、奴ら、俺を囮役にしやがった。文句を言いたいが、その本人達はいないので、仕方がない。
青い鳥が幸せを呼ぶ為に、もうひと頑張りをするとしようか。