Ⅲ
「―――はい。順調に行っています」
『そうか。お前の働きには期待している。青い鳥は生きて連れてこい。無理だったら、死体でも構わない。黒犬は確実に殺せ』
「分かっています。それよりも……」
『分かっている。お前が約束を果たせば、あそこには何もしない。だが、失敗したら……、分かっているな?』
「はい」
『それならいい。いい報告が聞けることを待っている』
その声と共に、通信が消える。
俺はその魔法陣から手を離す。
俺は何しているのだろうか?
何をしようとしているのだろうか?
分からなくなる時がある。こんなことして、俺は後悔しないか?
「アレン、トイレ」
そんなことを思っていると、そんな声が聴こえてくる。
「済まない。もう少しで出るよ」
俺はそう返す。
だけど、俺はこうするしかない。それしか、あいつらを守ってやる方法がないから。
***
昼飯が出来た頃、青い鳥は紅蓮さん達を呼んできた。スノウはと言うと、紅蓮さんの頭の上に乗っている。どうやら、子供達の相手が疲れたらしい。
俺は紅蓮さんに手伝ってもらいながら、紙コップにスープを、紙皿に作ったものを盛り付けて、子供達に渡してから、青い鳥達に渡す。リオ達の口に合ったようで、がっつり食べている。
「………そんなに急いで食べなくても無くならないから、ゆっくり食べろ。おかわりもまだあるしな」
俺がそう言うと、
「「「「おかわり」」」」
リオ達はそう言ってくる。その光景は微笑ましく思える。俺はリオ達の分をよそった後、ダズさんを見る。
「ダズさん、お気に召しましたか?」
「ああ。こんなにおいしい料理は初めてかもしれない。メアリーさんがこの料理を楽しみにしているのは分かるかもしれない」
メアリー?何故、彼女の名前が出てくる。
「青い鳥!!」
俺は青い鳥を睨む。お前はいつまでそのネタを使い続けるつもりだ?
「お前はどうして他人の名前を騙る?」
「酷いです。私はメアリーと言う名前を気に入っています」
「気に入っていようと、いまいと関係ない。俺の元カノの名前だけはやめろ」
「………青い鳥?」
一方、ダズさんは怪訝そうな表情を浮かべる。
「ダズさん、すみません。私の名前は青い鳥と言います。私の情報が貴方達の所に漏れているか確認したくて、違う名前を名乗りました。すみません」
青い鳥は申し訳なさそうに謝ると、
「ふははは。そう言うことか。黒犬と言う魔法使いには青い鳥と言う凄腕剣士が付いていると言う話を聞いていたが、君だったとは。一本取られたな」
彼は苦笑いを浮かべる。もしかしたら、こいつは彼の組織のリーダーにあうまで、メアリーを使うつもりだったのかもしれないが、それは俺が許さない。そのつもりなら、他の名前を使え。
「それより、本題に入ろうとしようか。この子達を保護してくれるのなら、俺達に力を貸してくれるという話だったな」
ダズさんがそう言うと、リオは俺達を見る。
「………それはどう言うことだよ?俺達が知らない間に、何でそう言うことになっているんだよ」
リオは憤慨するが、
「貴方達にその話をしなかったことに関しては謝ります。ですが、貴方達もここで一生暮らしていけるとは思ってはいないはずです」
青い鳥は反論する。この場所を軍やゴロツキ達に見つからないと言う保証はない。そう言う意味では、ダズさん達の組織に保護してもらった方がいい。
「安心してもいいです。彼らの組織は身寄りのない子供達を保護して、世話しているようですから。彼らにとって、貴方達は保護対象です」
そうですよね、と青い鳥はダズさんに同意を求める。
「確かにその通りだ。だが、よくそう言うことを知っていたものだ」
「私の情報網に穴はありません。取ってきたい情報は取ってこれます」
青い鳥は自信満々にそう言ってくる。だが、本当に、そう言った情報はどうやって取ってきているのだろうか?
「そのことはどうでもいいことだろう。君達が力を貸してくれるなら、心強い。青い鳥君や黒犬君の実力は噂で聞いている。だが、そこの彼が戦力になるのか?」
ダズさんは紅蓮さんの方を見る。紅蓮さんはライセンス持ちの魔法使いで、宮廷魔法使いである。それに、実力に関しては、黒龍さんのお墨付きだ。
「俺は……」
「彼は黒犬さんの兄貴分です。今回はとても大変そうなので、力を貸してくれるそうです。当然、彼より強いです」
青い鳥さんはそんなことを言ってくる。おそらく、紅蓮さんは俺より強いだろう。とは言え、紅蓮さんの実力は黒龍さんでさえ、未知数のところがある。
「そう言っても、実力を見せなければ、ただのほら吹きになってしまいます。と言うことで、紅蓮さん、実力を見せてあげて下さい。そう言えば、貴方は召喚魔法が得意でした」
青い鳥は紅蓮さんにやるよう促す。紅蓮さんが召喚魔法を得意としていたと言うのは初耳だ。
一方、紅蓮さんは仕方がないと言わんばかりに、魔法陣を展開させ、大トカゲを召喚する。そして、大トカゲは炎を出す。すると、子供達は興味津津に大トカゲに寄って行く。
「どうですか?彼は十分使えると思いますが?」
「………魔法使いが二人もいるとは驚いた。とは言え、俺の一存だけはどうにもならない。まず、リーダーに会って貰いたい。それで、構わないか?」
「勿論です。リーダーさんに会えるのなら、願ったりです。ですが、リオ達まで連れて行くわけには行きません。どうしましょうか?」
「それなら、仲間にこの子達を保護させよう。それが契約にも入っている」
「それはありがたいです。ところで、そのリーダーさんは何処にいるんですか?」
「この街にはいない。ここから西南方向に行ったところにある。歩いていけない場所ではない」
「そうですか。それは安心です。険しい道だったら、どうしようかと思いました」
青い鳥さん、お前はどんなところにあっても、お前は行くだろう。
「話はまとまったようだな。トイレは何処にあるんだ?」
紅蓮さんはリオに尋ねると、
「一階にトイレがあるよ」
「そうか。なら、借りさせてもらう」
紅蓮さんはそう言って、アパートの中に入ってく。
紅蓮さんの後姿を見て、俺は思う。本当に、彼は召喚魔法が得意な魔法使いなのだろうか?召喚魔法を使える人は少ない。だが、召喚魔法を得意な魔法使い以外使えない魔法ではない。俺も召喚魔法を得意とする魔法使いではないが、一応使える。
実は彼の得意な魔法は他にあるのではないだろうか?それは流石に疑い過ぎか。
そんなことを思い、スープを飲もうと、コップを見ると、コップの中に白いものが入っている。白いものはゆさゆさと揺れる。白い正体を探ろうと、それを辿って行くと、スノウの身体が現れる。どうやら、白い物体の正体はスノウの尻尾みたいである。下半身浴ならぬ、尻尾浴か?これは飲むものであって、尻尾を温めるものではない。
「お前、何をしやがる!?」
俺は急いでスノウの身体を持ち上げるが、スノウのふさふさ毛がスープを吸い取ってしまったようで、コップの中身は空っぽだ。残っていても、飲む気はないが。
まあ、スープはまだ残っていたようだから、またよそえばいいか。と、俺はスープの入れ物を見るが、それを見ると、それもすでに空っぽになっている。三分の一くらいは残っていたはずだ。そう思い、隣を見ると、青い鳥がスープを飲んでいる。
お前が全てを飲み干した犯人か?なくなってしまったものに文句を言っても仕方がない。俺は溜息を吐き、水道に行き、スノウの尻尾に付いた具材を洗い流す。当の本人は食べ物を無駄にしたことを気にしていないようだ。何とも、腹立たしい。
昼食を終えた後、ダズさんの仲間が到着した後、出発した。リオ達はお腹一杯で気持ち良くなってしまったようで、仲良く寝てしまった。
ダズさんの案内により、街を抜ける。すると、乾燥地帯が広がり、砂埃が起こっている。やはり、マントを購入したのは正解だった。
「………こっちだ」
ダズさんはそう言って、歩き出す。案内なしには行くことはできそうにない。ダズさんを先頭に青い鳥、俺、紅蓮さんの順で歩いて行く。
数分後、異変に気付くことになった。青い鳥は目を擦っている。砂埃が多いとは言え、あいつは眼鏡をしている。だが、あいつが眼を擦る回数は尋常ではない。
「青い鳥、どうした?」
「………私はしくったようです」
しくった?どう言う意味だ?すると、前で、倒れる音がした。近寄って見ると、ダズさんが倒れている。息は正常である。どうやら、眠ってしまったようだ。だが、何故、突然寝てしまう?
「あの料理に睡眠薬が、混入、してた、よう、です」
青い鳥はその場に崩れ落ちる。
「青い鳥、大丈夫か!?」
「貴方が……、無事なのは……幸運です。貴方だけ、でも、逃げて、下さい。犯人は……」
青い鳥は最後まで言い切る前に倒れてしまう。睡眠薬が料理に混入していた、だと。料理を作ったのは俺だ。だが、俺はそんなものを混ぜた覚えはない。
それなら、紅蓮さんは大丈夫か、と後ろを向こうとした時、
―黒犬!!―
スノウの切羽詰まった声と共に、勝手に憑依し、俺の周りにバリアを張る。すると、炎の槍が俺達を襲い、同時に、頭痛が襲う。これはどう言うことだ?
何が起きているのか、ついていけずに分からずにいると、
「まさか、あの生き物が精霊だったとはな」
そんな声が聞こえてくる。
「………紅蓮さん、何を……」
炎の槍が降ってきた方向を考えると、彼が俺達に対して攻撃したのは分かる。だが、信じられなかった。何故、紅蓮さんが俺達に攻撃する必要がある?
それに、紅蓮さんは魔法陣を展開していない。ヴェスタの元教皇が魔法陣破棄をしていたのは記憶に新しい。だが、あれは賢者の石と呼ばれる魔力が凝縮された石があっての裏ワザ。紅蓮さんはそんなものを持っていない。
「一番の誤算はお前が無事だったことか。青い鳥の為にたくさんの睡眠薬を入れたのに」
彼の言葉で、彼が睡眠薬を入れたことが分かる。青い鳥は睡眠薬などそういった毒物にも耐性があるようで、そう簡単に効かない。だが、青い鳥が効いてしまうと言うことは普通の人も絶対効くということだ。俺が食べなかったもので、青い鳥達が食べたもの。
スープだ。スノウの尻尾が吸いこんでしまった所為で、俺は飲まなかった。もしかしたら、スノウはそれを知って、あんなことをしたのか?スノウは食欲と睡眠欲の権化だ。あいつが食べ物を意味なく、粗末にするはずがない。それなら、何故、俺に知らせなかったのか、と思ったが、知らせることができなかった。
「紅蓮さん、どうして、そんなことをしたんですか!?」
これは何かの間違いだと、否定して欲しかった。
「それがお前と青い鳥の弱点だ。味方だと思った人間には心を許してしまう。人間など、心移りしてしまう。味方などいやしない」
彼はつまらそうにそう言う。
「全てが敵だ」
彼は魔法陣を展開させずに、無数の炎を展開させる。これが彼の本当の実力。
青い鳥とダズさんが後ろにいる時点で、逃げることはできない。俺は防御魔法を展開させる。
このままだと、バリアが壊れる。そしたら、俺は死ぬ。怖い。逃げたい。だが、俺の後には青い鳥がいる。ダズさんがいる。
ダズさんを見殺しにしてしまえば、反乱軍は黙っていないだろう。最悪の場合、あの街が火の海になる。そして、リオ達が死んでしまうかもしれない。そんなことは嫌だ。
何よりも、青い鳥は死なせたくない。あいつの夢が叶わずに、死なせたくない。後悔しながら、死なせたくない。
あいつの夢が叶っていないのに、誰が死なすか!!
すると、炎が俺達を襲う。俺は防御魔法を展開しているが、紅蓮さんの攻撃の方が上だったようで、バリアにビシッとひびが入る。頑張ってくれ。魔法が切れれば、青い鳥達が危ない。
だが、俺の想いと裏腹に、バリアに限界が来る。パリンと砕ける音が聴こえる。ごめん、青い鳥。俺はお前を守ることができなかった。
炎が俺達を襲うとしていた時、
「………まったく、私の周りは無茶ばかりする人ばかりで困るよ」
そんな声が聴こえた。