正体
そこは、獣人が住み着く村だった。
それは、暴露の魔法を発動させるという、プラチナ色の輝きを放つ、まばゆい月の晩であった。
第六部 ~閑話~ブレーメンの音楽隊
その1 正体
グロテスクなまでに赤い空だった。
夕日はどこまでも大きく膨れ上がり、雲を染める。歪んでいるように見える太陽はゆっくりと沈んで行き、やがて最後のひとかけらを残すまでとなった。
夕焼けはまだまだ続いており、村の上空は濃いオレンジ色に染まり切っている。
その日は朝から陽気であり、生ぬるい空気であったが、夕暮れ時に差し掛かる頃から風に冷たさが混じり始めた。凍てつく夜が近づきつつある――。
石ころの転がるあぜ道を、二人の子供が歩いている。
全てがぼやけるような赤に包まれて、二人の黒衣はゆらゆらと揺れていた。
影は奇妙に長く伸び、枯れた畑に差していた。
コーン、と、日暮れの鐘が村に鳴り響く。村はずれの礼拝堂の鐘だろう。
畑の向こう側では、久々の陽気の中、外の空気を吸って自由に遊んでいた家畜共が回収され、うちへ追い立てられようとしていた。その匂いと鳴き声が、畑を隔てたあぜ道にまで伝わった。
ありゃあ、どこのガキどもだ?
……見かけないなぁ。
家畜飼いたちの、そんな会話まで聞こえてきそうである。
名もなき村だった。一日に一度停車する、東行きの汽車。乗る者もいない、ましてや降り立つ者など皆無だった。
そんな田舎村で、村人たちが誰も見たこがない二人の子供が、歩いている――。
……。
わたしは、数歩前を歩くゴルデンを無言で見つめる。
シルクハットから零れる見事な黄金の巻き毛。その巻き毛は、夕日の赤に照らされてややオレンジがかって見える。黒の外套によく映える色だ――。
(どうしても、分からない……)
わたしには、もうずっと長い間、気になっていたことがある。
ゴルデンについてのことだ……。
彼の真実の姿。
あの、かえるの乙女の泉で一瞬垣間見えた、彼の姿は。
生ぬるさの上に、夜の冷気が覆いかぶさったような風が吹き付けた。ゴルデンの外套が少しまくれ、紫の裏地が見える。
黙々と我々は歩き続ける。
この道をえんえん行ったところに貧しい繁華街があり、その中になら一晩の宿を提供してくれる店もあるだろう。
東行きの汽車は明日まで来ない。
寒空の下の野宿など、東の大魔女にはとうてい我慢ならないことである。
わたしはまた、思い出す。
風が止む、ごくわずかな一瞬に、魔法の鏡となる泉。
その一瞬を捉え、わたしは覗き込み、己の姿を見せつけられたのだ。
妖艶な姿の娘――オパールの魔女によく似た姿の――が、わたし自身を見つめ返していた。黒曜石の瞳で。
だが、後ろから彼が覗き込み、その姿がほんの一瞬、泉に映ったのである。
すぐに風がかき消した、幻のような「あれ」。
もしかしたら見間違いかもしれないと思いたくなる程、ごくごく一瞬の残像――。
(ゴルデン、あなたは一体……)
赤い空は、東の方からどんどん暗くなってゆき、やがて群青色がオレンジ色に混じりこみ、その威力を増し――空は、夜に変化した。夕日の名残は全てなくなり、辺りは暗くなる。
幸い、この石ころ道にも電気が引いてあり、ひどくさみし気な街灯が、ぽつんぽつんと長い距離を置いて、灯りだすのであった。
頼りなく点滅するその街灯の光の下を、我々は無言で歩き続ける。
もうあと僅かなところに、件の繁華街が見えていた。街灯の光に負けないほど、酷くさみし気な様子だ。
突然、ゴルデンが立ち止まった。
わたしは彼と並んで立ち、空を見上げた。夜空には見事な丸い月が浮かんでいる。プラチナ色の素晴らしく明るい月である。ゴルデンは、紫の瞳でそれを凝視している。
月を愛でているのではない。どこか、異様な様子でにらみつけているのである。
「……」
疲れたように目を伏せ、白手袋の手で額を覆い、彼は溜息を着いた。そして、わたしの視線に気づいて眉をしかめた。
「なにを、見ている……」
ブロックが――ゴルデンの強固なブロックが――外れているのに、わたしは気づいた。思わずわたしは、素早くその思考の渦に入り込み、波をかき分けて欲しいものを得ようと手を伸ばした。
見えたのである。「あれ」が。ほんの小さな黒い影であるが、すばしこくよぎったのを、見逃さなかった。
ばちんと紫の閃光が走り、わたしは伸ばした手ごと弾き飛ばされた。そのままわたしは後ろに吹っ飛び、石ころ道の上に背中を打ち付けていた。
見上げると、無表情のゴルデンが見下ろしている……。
もう、ブロックは完璧だ。入り込む余地はない。
わたしはゴルデンを見上げる。やはり異様な目つきだ。それでわたしは、片手の指で、いつでも魔法陣を描けるよう構えた。
(月が、どうかしたのだろうか)
確かにゴルデンは、満月を見上げていたではないか?
……。
「生意気な」
と、彼はあごをしゃくりあげた。
「……俺の正体を知りたいと考えている、貴様は」
ゴルデンは冷然とした表情を変えず、つけつけと言った。
「知ったからどうというものでもないが――興味本位で探られるのは気分が悪い」
わたしは立ちあがると、体の土を払った。ゴルデンはわたしの前を通り過ぎて歩き出している。
「……真実を映し出す、あの泉で見たのだ」
あなたを、とわたしは言った。
ゴルデンは無言で歩き続けており、完全にブロックして己の中を覗かせようとしない。
わたしはただ、黙々と追うだけである。
(確かに、正体を知ったからと言って、どうなるわけでもない……)
彼が何であれ、東の大魔女という立場は揺るぎはしないし、彼が「あれ」であったからといって、わたしが彼から離れられるわけでもない。
それに、今の彼の姿が偽りのものであることなど、とうの昔から分かっていたことではないか――。
もうすぐ、繁華街にさしかかる。
ふいにわたしは、遥か昔、師がぽろりとこぼした言葉を思い出していた。
酒を、飲んでいた。
例によって、大自然の空気に溶け込む粒子から抽出した天然の酒である。
暖炉の前でそれを飲みながら、師はぽつりと言った。
「今日のような夜を、忌み嫌う者もある」
なぜなら、姿が照らし出され、隠しているものが露になるからだ――。
言葉はそれで終わり、それきり師は沈黙に戻った。
わたしは暖炉に照らされる師の影を眺めながら自分の寝床にもぐりこみ、そのままうとうと眠りについたのである。
だが、あれは――あの晩は。
(確か、満月ではなかったか)
今日のような、見事なプラチナの輝きを放つ、満月では。
イヌ科の動物の遠吠えが響きわたった。
さびれた酒場には客がおらず、我々が扉を開けた時、店主は飛び上がるようにして顔を上げた。
青ざめ、どこかおびえた様子である。
「……いらっしゃい」
だが、我々の姿を見て安堵したらしく、カウンターの席をすすめ、水を出した。
普通ならば、子供が二人、こんな時刻にこんな店に来るなんて、とまず驚かれるものなのだが。
とにかく、この店主は我々を見て安堵し、なにか疑問を感じるゆとりすらないようだった。
「煮魚を。こいつには、肉でも焼いてやってくれ」
ゴルデンが注文を出し、席に着く。
無言で視線が合い、わたしはかすかにうなずいた。
魔法の気配が、強まっている。……この村には、闇の魔法が関わっている。ごく単純なものではあるが。
金貨をカウンターに置くと、店主は目を皿のように見開いて我々を眺めた。大急ぎで厨房に引っ込むと、まもなく湯気の立つ料理と酒を持って現れる。
この店では、最高級のものなのだろうそれを、我々は食すことにする。
わたしは食べながら、じっと気配を読んでいる。
また、動物の遠吠えが聞こえた。
かたかた……。
……。
奇妙な音がする。
わたしは、店主がカウンターの内側の陰になっているところに座り込み、膝においた両手を拳にして、細かく震わせていることに気づいた。表情は硬く、額には汗が憂いている。
また、遠吠えが聞こえる。
店主はじっとこらえるように唇を噛んでいたが、やがて立ち上がると、哀願するように我々に話しかけた。
「申しわけないが、今晩はこれで店をしまわせてもらえないか。お代はいらないから……」
かたり、とゴルデンはナイフを置いた。
口元を拭き、優雅な様子で店主を見上げる。
「我々は、宿を探しているのだが。それでは、ここに泊めてくれないか。そのまま店を閉めてもらって構わないが」
だから、それは取っていてくれとゴルデンは金貨を押し返した。
店主はうろたつつもしっかりと金貨をポケットに入れ、二階に空き部屋があると言った。
(……けだもの、がいる)
肉を半分ほど残し、わたしは立ちあがった。
ゴルデンが、さっさとしろと目で威嚇したのである。
二階に上がる狭い階段を案内されながら、わたしは更にその気配に耳を澄ました。
……ひとを喰いたい。
はっきりと聞こえた。
オオオー、とまた遠吠えである。さっきより、よほど近い。
階段の途中で、店主は「ひぃ」と言い、暗い足元を滑らせかけてゴルデンに支えられた。
店主はすぐに我に返り、酷く焦った足取りで階段をのぼり、我々を一室に案内する。
狭い部屋であったが、ベッドとソファがあり、二人分の寝床はとれる。
外れかけたサッシがガタガタと音をたてる窓には、カーテンがない。外の暗闇を映しこみ、黒い鏡のようになった窓に我々の姿が映る。
小さなランプを飾り棚の上に置くと、店主は「ごゆっくり」とだけ言い、大急ぎで階下に降りた。
せわしなく、店じまいする物音が聴こえてくる……。
(この村は、人食いのけだものに魅入られている)
店主が勢いで閉めたが、跳ね返ってゆらゆら揺れている扉を見ながらわたしは思う。
そして、そのけだものは、魔法使いの成れの果ての姿。闇の魔法を使った仕打ちが来ているのだろう。
(いずれ、闇に喰われる運命のものであるが……)
だから、放置しておいても問題はないのだ。
ましてや、「依頼」などなにも絡んでいない。いくら闇の魔法の気配がするからと言って、魔女の愛弟子が出る幕ではないのである。
ゴルデンは既に外套を脱いでおり、当然のようにベッドに腰掛けていた。
オオー……オー、オー、オー……。
悲し気な響きの遠吠えが聞かれる。非常に近いような気がする。
いや、確かに近いと思われる。
わたしは窓に近寄り、外を眺めた。ちらほらと寂し気な明かりがいくつか灯っていた繁華街は、いまや完全な暗闇である。その店もしまってしまい、雨戸まで締め切っているようだ。建物の中から明かりすら漏れていない。
くん。
「……この部屋は、くさい」
くん、くん……。
見ると、ゴルデンがベッドに腰を掛けたまま、しきりに空気のにおいをかいでいる。どこか動物じみた様子だ。
眉をしかめ、不快そうな様子であるが、どこかおかしい。……わたしは注意深く観察する。
笑っている。
ゴルデンは、笑っているのだ。口元だけで。
「このにおいは……畜生」
彼は低く呟くと、白手袋の手で口元をぬぐうそぶりをした。その仕草も、いつもの彼のようではない。
紫の瞳が輝きを増している。形相が変わったように思える。
わたしは思わず後ずさり、壊れかけた窓に体を寄せた。
月が頂点近くまで来たらしい。
暗闇一色だった窓に、白く輝く光がうっすらと差し込んだ。
同時にゴルデンは顔を俯けて横を向く。見事な金の巻き毛が月明かりに反射した。
「くそ……」
歯ぎしりの下から悪態が出た。ゴルデンは素早く金のワンズを掴みだすと、胸に構えた。防御の姿勢である。
ようやく彼はいつもの彼に戻り、冷然としたまなざしでわたしを見上げた。
うっすらと白い額に汗が浮いていた。
彼が何から己を防御したのか、いやなにおいだと言ったのは何のことなのか、考えを巡らす暇などなかった。
……凄まじい、視線。至近距離からの、凝視――。
強烈な闇の気配を背後に感じ、わたしは窓から飛びのいた。
そして、さっきまで何もなかった窓の向こう側に、異様な姿が張り付いているのを見る。
真黒な毛むくじゃらのそれは、赤い目を光らせており、部屋の中をのぞき込んでいた。二階の壁に貼りついているらしい。
一瞬遅れて、窓ガラスが砕けた。
毛むくじゃらの腕が飛び込み、鍵づめが宙を掻いた。
わたしは床に転がり込み、指先で宙に魔法陣を描いた。バリアの魔法である。
ごくささやかなものしか今は作れないが、それでもこのけだものを近寄せないようにするには十分だ。
砕けたガラスが横殴りの雨のようにふりかかり、わたしは頬を一筋、浅く切った。
「東の大魔女が、貴様を粛清する」
稲妻のような素早さでゴルデンが部屋を横切り、わたしの前に体を落とした。床に片膝をついた姿勢で、脱いだ外套を大きく降ってガラスの破片を払い落とすと、黄金のワンズを相手に向ける。
後は、簡単だった。
半獣人の姿をしたそれは、紫の光に覆われたかと思うと、その場に倒れかけた。だが、最後まで倒れないうちに、わらわれと集ってきた闇たちに取り囲まれる。
……お決まりの、嫌な音が部屋に響き渡った。
くちゃくちゃ……にしゃ……くちゃ……。
無数の触手が蠢く闇に包み込まれ、その半獣人の姿は、もう見えない。
時折弱弱しくうめく声が聞こえるが、それも闇どもの咀嚼する音にかきけされる。
腕を組んでゴルデンは闇が獣人を喰らう様を眺めた。
「哀れな、ものだ」
微かに眉をひそめている。闇の魔法に手を出した報いは、必ず訪れる。どんな強い魔女でも避けることのできないことだ。
にもかかわらず、闇に染まる魔女は後を絶たない。
等価交換の法則に無知だったり、あるいは、闇の魅力にとりつかれる――。
(闇の、魅力……)
わたしは、ぎくりとする。
今わたしは、確かにそう思ったのである。闇には魅力があると。
……魅力。
あの、生温かい、闇の腸の中。ほどよく温かく柔らかい闇の腹の中の寝床。
そこでは死臭はそれほどせず、目を閉じるとそのまま眠ってしまえそうなほどである。
全てが、どうでもよくなりそうな。
そして、全てを忘れてしまえそうな。
(甘えを許してくれる……)
辛さから逃げたい時に、無条件に包み込んでくれるものがあるとしたら、それは何だろう。
真っ先に思い浮かべるのは、血玉石のことだ。
「おかあさん」と、わたしは彼女を呼んだ。
母は、無条件にいつでも包み込んでくれる。いつでも戻ってきてよい、それが母というもの。
だが、母ではない何かが、母のような顔をして腕を広げ、待っていたとしたらどうだろう。
……それが、闇だったとしたら。
(ここに、おいで……)
呼んでいるのだ。行く当てもなく、孤独な身の上の者を、優しげな声で。
(ここに、おいで……)
温かな胸を広げ、甘い微笑みで。
……。
「げふっ」
と、非常に生臭いげっぷを吐くと、闇は触手をうごめかして四散して消えた。
闇が消えた後には何も残っていない。
割れたガラスが散らばっているだけである。
眩しい程の月明かりが割れた窓から差し込んでいた。
ガラスの破片は輝き、ゴルデンの影は長く伸びた。
ふいにゴルデンは月明かりから顔を逸らすようにすると、陰になっているベッドへ足早に戻った。白手袋の手で口元を覆い、また黄金のワンズを胸に置いて何かから身を守るようにしている。
見事な巻き毛が邪魔をして、彼の表情が見えない。
「その、割れた窓を、直して貴様も休め」
ゴルデンは低い声でそう言った。いつもと変わらない口調と声だ。
わたしは言われた通り、等価交換の法則に即した魔法を使い、窓ガラスを元通りに直した。
そして、ゴルデンの様子を眺めた。
彼は、相変わらず顔を逸らしている。
しばらく黙って眺めていたが、わたしは自分の外套をぬぐと窓に近寄り、何もかかっていないカーテンレールに投げかけた。
長い外套はカーテンの役割をし、明るい月光を遮った。部屋はランプの陰気な光だけとなる……。
ベッドに座るゴルデンの背後には、丸い鏡がかけられていた。
古い、なんの変哲もない鏡であるが、ある種の力を宿したプラチナ色の月光が暴いた姿が、くっきりと映し出されていたのである。
ゆっくりとゴルデンは口元から手を離し、ワンズをしまった。
白手袋の手で額をかきあげ、紫の瞳でわたしを見つめる。
無表情で、わたしはそれを見返す。
……だから、何だというのか?
「それ」が彼の姿だとして、一体、何が変わるのだと?
沈黙の後、弱いランプの光の中でゴルデンは脱いだ外套のポケットを探った。小瓶を取り出すと蓋を取り、まず自分が口をつける。
「……月は嫌いだ、そしてこのにおいも、な」
疲れたように言うと、半分ほどになったウイスキーの瓶をわたしに差し出した。
わたしは近づくと、それを受け取った。
飾り棚の上に、小さなかごが置いてある。
手作りのかごらしい。相当古いもので、ほこりがかぶっており、中には何も入っていないらしい。
ゴルデンの微かな嫌悪の表情から、わたしはそれに何かがあると分かった。ウイスキーの瓶をゴルデンに返すと、飾り棚に近づき、かごを手に取る。……なるほど、少し匂いがするのだが、これは。
「またたびで作ったかごらしい」
わたしが言うと、ゴルデンは無言でウイスキーを煽った。
ゴルデンの後姿が映る、壁の鏡には、もうあの姿は映っていない。月光が差し込まない限りは、暴露の魔法は作用しないということだろう。
しばらくわたしはゴルデンの背中を見ていたが、別にこれ以上義理立てする必要はないように思われた。
それにもう、正体は暴かれているのだし、特に何か問題があるとも考えられない。
だからわたしは、そのかごを元通りの場所に置いた。
「……ふざけるなよ貴様」
ゴルデンが威嚇の声を出した。
わたしはそれで、かごを取り上げると、そのままゴルデンの前に回り込んだ。
「……」
ずいぶん遅くまで寝てましたね、よく眠れましたか。
昼間の日差しの中で、店主は能天気に言った。
わたしもゴルデンも非常に疲れており、溜息しかでない状態である。勘定は昨夜済ませてあるので、そのまま店を出る。
汽車の時間にはまだまだあったが、これ以上この村で何かすることもなく、我々は駅に足に向ける。
待ち合いで少し眠るだろう。わたしもゴルデンも。
「頭痛がする」
不機嫌そうにゴルデンは言い、紫の瞳でわたしを睨んだ。あやうく怒りの刃を受けかける。
「二度と、あんな悪ふざけはするな」
手をこめかみにあてている。歯ぎしりまでする勢いで、彼は不機嫌を露にしていた。
ゴルデンも酷かったかもしれないが、わたしにとっても試練の夜となった。
大魔女の正体を暴こうなどと、考えるものではない。結局、手に負えない思いをするのは大魔女以外の者なのだ。
……思わずため息が落ちる。
紫の裏地をひるがえしながら石ころ道を歩く彼は、いつものゴルデンであった。
真昼の日差しに照らされて短く落ちる影も。
何も変わらない。
ただひたすら東を目指すだけだ。
……にゃあ。