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魔女の愛弟子  作者: 井川林檎
第四部 赤ずきん
30/77

~閑話~街角の黒曜石 1

魔女狩り法が布かれた街を、ひとり彷徨うペル。

その街は無知な子供たちが、いたづらに魔女を通報し、それが賞賛されているのだった。

第四部 赤ずきん

その1 ~閑話~街角の黒曜石 1


 霜が降りていた。

 一昨日の雨が凍り付いた地面は、紫がかった朝日を浴びて細かく輝いており、新聞配達の少年の息が煙のように流れている。

 小さな芝生の広場には霜と氷で白く覆われた青のベンチが光に照らされ、薄く長い影を伸ばしている。

 少年は自分のひざほどの植木を飛び越えようとし、そこに蹲っていた黒いものに気づいて度肝を抜かれた。

 

 ばさばさと大量の新聞が肩掛けかばんから飛び出して霜の上に落ちかかり、少年は色を変えて慌てる。

 「ちくしょう」

 悪態をつきながら濡れて、まだらに黒くなった新聞をかきあつめ、かばんの中に押し込むと、にくにくしげに垣根の根元にうずくまっている者を睨んだ。

 

 黒い、だぼだぼの外套をまとい、フードを深くかぶってはいるが、実に綺麗な顔立ちをした少年である。

 異様に青ざめているようにも見えたが、この寒気と、まだほの暗い早朝のせいだと新聞配達の少年は思った。

 「邪魔なんだよ、この、ルンペン」

 こんな寒い早朝に、公園の垣根にうずくまっているなんて、ルンペン以外には考えられないではないか。

 新聞配達の少年は腹だちまぎれに吐き捨てると、ついでに木靴のつま先で、黒の塊のようなその子供を蹴飛ばそうとした。

 だが――。


 わ、わ、わ、と新聞配達の少年は悲鳴を上げながら、片足立ちでふらつき、立っているそこに、ちょうど薄い氷が張っていたものだから、滑ってくるくると回った。バランスを取り切れず尻もちをつく。

 かぶっていた帽子を拾い上げた時、今まで蹲っていた子供が立ち上がり、朝日の逆光を浴びながら、見下ろしていた。

 「おまえ、なん――」

 青白い顔色の少年。異様に綺麗な、人形のような顔立ち。まるで血の気のない頬や唇と、漆黒の闇のような瞳。

 その瞳が、吸い込むように見つめている。

 表情がまるでない瞳は異質であり、見据えられると背筋がぞっとした。


 「わ、わ、わ」

 尻をついたままずり下がり、新聞配達の少年は指を指した。

 魔女、こいつ魔女だ、魔女に違いない。

 「まじょ、まじょ、魔女だあああああああああっ」

 黒ずくめの子供は、ふいに踵を返し、朝もやのかかる公園の中を駆けだした。

 黒い外套が翻り、見る見るうちに遠ざかる。

 腰を抜かしたまま、少年は喚き続けた。



 

 「魔女一人 50グルデン」

 と、でかでかと書かれた貼り紙が、街のいたるところに貼られている。

 街灯の柱に。

 仕立て屋の店内、飲食店の壁に、駅に、洗濯屋に、劇場に。

 魔女を憎み、魔法を忌み嫌う街である。

 ことことと通りを歩いていると、乗合馬車が通り過ぎた後に、派手な小太鼓とらっぱの音を鳴らしたてて、赤い制服を着た兵隊がパレードをしているのに出くわした。

 よく晴れた寒い日であり、日がだいぶ高くなっているものの、日蔭はまだ凍っている。

 その寒気の中を、白い足を露にバトンガールが楽し気に進み、パレードは際立っていた。

 人々はちらちらと、そのパレードを眺めている。

 「正午、広場にて!」

 「正午、広場にて!」

 歌うように叫びながら、最後列を歩く男たちが、ばさばさと紙を投げ歩いた。

 紙はわたしの足元にも舞い落ちる。拾い上げると、荒い印刷で、楽し気な書体で、こうしたためられていた。


 本日、正午、広場にて。

 魔女の公開処刑 行います!

 食べ物屋の屋台もあるよ!

 良い子にはキャンディのプレゼントもあるよ!


 母親に手を引かれた子供がキャンディを舐めている絵がプリントされている。

 魔女の処刑祭の案内だ。

 そのチラシの隅に、やや小さな字でおまけのように印字されているのは「今回の処刑者」である。


 肉屋の嫌われ者ハンナ。

 行かず後家のスー。

 不良少女のロッテ。

 

 そして、やや大ぶりな字で、「通報してくれた勇者君」の名前が印字されていた。

 今回の勇気ある英雄、イーガン君(6歳) には、表彰状と賞金150グルデン、とびきり美味しいアーモンド入りチョコレートを皆様の前で、さしあげます!


 ……。



 とんでもない、話だ。

 これを大真面目にやっているのだとしたら、人間こそ闇の存在である。

 たかが6歳の子供に、魔女と普通の人間の見分けがつくはずが、ない。

 だが、この街は子供に「通報」を推奨しているらしい。

 

 わたしは歩きながら、質の悪い印刷のチラシに目を落とす。

 肉屋の嫌われ者ハンナ。

 まざまざと目に浮かぶようだ。店のガラスを割る、いたづら好きな子供をつかまえ、こっぴどく叱りつける大柄な未亡人。寄る年波でしわが濃く寄り、白髪だらけの髪をひっつめにした、醜い女だ。

 大ぶりな包丁で、ためらいなく牛肉を切り落とす。

 (……よくお聞き、今度うちのガラスを割ってみな。おまえもこの肉のように――)


 行かず後家のスー、不良少女のロッテ。

 いずれも、理不尽な冤罪だろう。

 スーは内気で陰気な女で、引きこもりのまま年増になった。ずんぐりとした体躯、前髪を伸ばして顔を隠した髪型、目立つことを恐れて常に黒づくめの服装を守っている。

 不良少女のロッテは、子供同士の喧嘩がもとで、仲間外れの憂き目に遭っていた。あいつは魔女だ、魔女だからあいつとは遊ばない――。


 魔女というレッテルを、簡単に、無造作に、刹那的に、貼り付ける。

 あいつは魔女だ。

 そう決める。

 ……通報すること、すなわち、通報する対象を死罪にすること。

 ある程度人生を経験した者ならば、そんなことはできない。

 「怖くて」できない。


 頑是ない子供ならば、その、本当の「怖さ」を知らない。

 大人のためらいを「魔女を恐れている」と思い込む。大人がためらえばためらうほど、子供は使命感に燃える。

 子供は誰しも勇者に憧れるものだ。

 「通報してくれる勇者君」には、賞金と商品と、名誉あるヘクセイェーガーの称号が授けられる。


 (ヘクセイェーガー、だと)

 枯れた笑いがこみ上げてきて、こらえるのに苦労した。

 誰が、何を狩るって?

 わたしはチラシを握りつぶすと、道に投げた。

 パレードのお祭り騒ぎは次第に遠のいている。

 わたしは空を見上げた。

 早朝と呼ばれる時間帯は過ぎ、日は高く昇っている。この曇天の、垂れ込めた雲の向こう側に燦然と輝く大いなる存在よ。魔女も人間も、等しく照らす太陽。

 本来、魔法は太陽のようなもののはずだ。

 等価交換の法則の上で、何者に対しても等しく力を分け与えるものだ。


 「ペルよ」

 師が、静かに語ったのは、いつの日だったか。

 「等価交換の法則は宇宙の法則である」

 宇宙、とわたしがおうむ返しに呟く。

 師は頷き、ひとさし指を天に向けた。

 眩しくて直視できないほどの、巨大な塊――太陽――が、その指の先にあった。


 無条件に、無感情に。

 つまりは無償の愛を、あらゆるものすべてに。

 

 等価交換に基づく魔法もそうだ。

 己の感情を入れず、あらゆる常識も関係がない。

 ただ、法則。

 形はまるで違うが、降り注ぐ太陽の光と、等価交換の平等(表面的には不平等に見えるだろうけれど)は、酷似している。

 ……と、魔女たるわたしは、思う。


 「宇宙のように、太陽のように、この自然のように、平等であれ」


 邪悪な願望を持つ者も、清らかな者も。

 豊かな者も、貧しい者も。

 健康な者も、病める者も。

 人を殺した者も、愛する者を殺された者も。


 その者が背負う運命の縮図によっては、驕慢で邪悪な娘の愚かな「依頼」は契約成立可能である一方、貧しく清らかで健気な少女が病気の母を思う「依頼」は、契約不成立となる。

 人間は、それを理解できない。

 そのうえ、成立した契約によって導かれる結果を、たいがいは受け入れることができない。

 だから、魔法を憎むのだろう。

 魔法は宇宙の理である。

 人は、その理を理解し、操るまでに至っていない。

 

 正統な魔女ならば、魔法は人の上に成り立っていることを熟知しており、人々が魔法を理解するよう、心から望んでいる。

 「その契約を遂行して、本当に後悔しないのか」

 必ず、魔女はそう尋ねるはずである。

 

 人の世の事情は、魔法には関係がない。

 等価交換の法則にしたがい、人の運命の縮図に沿った魔法を使う。

 それが、「依頼」を受ける魔女の正義。


 「魔女は、人間の『魔法の杖』のようなもの。すなわち人間の下僕。我々をどう使うかは、人間側の問題である」


 ……これが、師の示す魔女の道である。

 わたしはそれに従うだけだ。



 垂れ込める雲は更に厚くなり、正午近くになると、ぽつぽつと大粒の雨が降り始めた。

 雷交じりの雨である。

 道を行く大人たちは慌てて乗合馬車に飛び込み、馬車は水たまりを蹴立てて慌ただしく走り去る。

 皆、喫茶や食堂、書店などに一時的に非難し、この急な雷雨をしのごうとする。

 たちまち通りには人がいなくなり、勢いを増してゆく雨の中、わたしだけが歩いていた。

 

 (魔女だ)


 フードを目深にかぶり、全身を雨に濡らしながら歩くわたしの背に向かい、思念が飛んでくる。


 (魔女だ、魔女だ)

 (……見ろよ、魔女だ)

 (子供の魔女だ。この街の子供じゃない)

 (なんでもいい、構うものか)


 非常に薄っぺらで、得意そうな笑いを浮かべた、幼い思念。

 何人かの目が、わたしを追っている。

 彼らは徒党を組んでいるわけではない。それぞれ、別々の思惑で、わたしに「目をつけ」て、「通報」するチャンスを狙っている。

 構わずわたしは歩き続ける。

 びちゃびちゃと、歩道に溜まる水の中に木靴を踏み入れながら、雨の中を進んで行く。

 

 カッ、と、暗い空に稲妻が走った。

 黒い雲を背景に、街の上を走る、黄金の針金。

 

 (……どこに行くつもりだ)

 (どこまででも追っかけてやる)

 (怪しいふるまいをした瞬間、取り押さえてやる)

 

 ざああああああああ、と、雨が降り続いている。

 どうん――と、どこかに雷が落ちた。


 

 「坊や、そんなところを歩いていてはいけない」

 ……ここにお入り。

 不意に、しわがれた声が聴こえてわたしは足を止めた。

 看板の文字が薄くなって読めないほどになり、店の軒も壊れかけた、古くて廃れた服屋の扉が開いており、そこから暖かそうな光が漏れていた。眼鏡をかけたしわくちゃな顔が突き出ており、うっすらと笑って手招きしている。

 無言で見つめるわたしに、老人はもう一度言った。

 「そんななりで、こんな雨の中を一人で歩くなんて、通報されるよ」

 ……あんた、まるで魔女じゃないか。通報されたら大変だよ。さあ、お入りな。


 カッ、とまた稲妻が走った。

  

 老人は体を半分ほど扉の外に出すと、腕を突き出してわたしの手を握り、店の中に引き込んだ。

 汗が出るほど温かな店内は薄暗く、埃がかぶっており、猫の小便の匂いで満ちている。

 暖炉が明るく燃えていた。

 わたしが中に入るのを見届けてから、老人は扉をしめ、その後でまた、雷の落ちる音が響き渡ったのだった。


 「濡れたものをこちらへおよこし」

 渋い色のチェック柄の上に深緑の手編みのチョッキをかぶった老人からは、埃の匂いがした。

 言われるままに外套を脱ぎ、老人に手渡しながら、わたしは店内を見回す。

 天井にはクモの巣が張っていた。

 ショーウィンドウは曇っており、ほこりまみれの色あせた飾りカーテンが窓の両脇にドレープを寄せている。

 ウィンドウには、明らかに流行おくれの子ども服が飾られており、何年もそのままであることは、もこもことかぶっている大量の綿ぼこりが物語っていた。

 店の中は雑多なものでごった返しており、古い洋服(商品であろう)が吊るされたハンガーの他にも、

 読み捨てた雑誌や新聞が積み重なっていた。

 もう何年も使っていない様子のレジにも、もちろん埃は溜まっている。

 そのレジ台には、猫の餌皿と思しき容器と、恐らくの老人のものらしい、食べた後の汚れた食器が並んでいた。


 「驚いた、あんたは坊やではなく、嬢ちゃんだったか」


 濡れて体に貼りついた黒のブラウスを見て、老人は目を見開いた。

 急ぎ足で、店の奥に駆け込み、カーテンが垂れた向こう側で何かがさがさと探し回る。やがて、古いが仕立てのよい衣服を持ってくると、ばさりと椅子にかけた。

 それに着替えるよう指示を出すと、老人はまたカーテンの奥に引っ込んだ。

 女扱いをしているつもりなのだろう。

 わたしは黙って服を脱ぎ、借り物の衣装をかぶった。

 その着替えの最中に、店のウィンドウの外では、雷雨の中をばしゃばしゃと走り、中を覗き込んでは走り去る小柄な人影が見えていた。

 

 (魔女だぞ)

 (魔女を、かくまったぞ)

 

 薄っぺらなヘクセイェーガー共の思考が聞こえてくる。

 不快な、キイキイとした、ネズミの鳴き声のような音として、わたしに伝わるのだ。

 連中、目の前の手軽な冒険に浮かれあがっているらしい。

 競争するように、彼らは一定の方向に駆け出してゆく。

 雨にうたれ(バチャバチャ)、水溜まりに飛び込み、我こそはとばかりに息せき切って(……バチャ)、魔女の取り締まり役の元へ急いでいる。


 ……。

 

 わたしは背中のファスナーを上げると、暖炉の火を映し出している、曇った姿見に自分を映した。

 古い型ではあるが、品の良い仕立てである。

 若草色のワンピースは、どっしりとした温かな布地が選ばれてあり、冬の普段着としてあつらえたものだろう。

 白い丸襟から覗く、細い鎖骨が華奢な影を落としており、こうしてみると、わたしはやはり少女なのであった。

 老人がまた現われて、濡れた衣類を預かると暖炉の前に広げて干した。

 そして、わたしの背後に回ると、垂れ下がって落ちていた緋色のサッシュを腰に結んだ。

 

 「あんた、どうして、あんなみっともない恰好をしているんだね」


 わたしをつくづくと眺めてから、老人は言った。

 にえお、と小さな鳴き声がしたので視線を落とすと、太ったまだらの猫が老人の足元にまとわりついている。

 黄色い目で、ちらっとわたしを眺めると、大きく欠伸をした。そうして後足で床を蹴ると、レジ台に上って餌の残りを食べ始める。


 どおん、という、大砲の音が唐突に鳴り渡った。

 「……魔女の処刑が始まるらしいな」

 老人は言い、店の壁にかかった時計を見上げる。ちょうど正午だ。

 暖炉の前の安楽椅子に腰かけて、老人は寒そうに体を丸めた。

 猫が、くちゃくちゃと餌を食む音が、聞こえている。

 あんた知ってるか、と、老人は言った。

 「雨の日の処刑は、火あぶりじゃないんだ。絞首刑なんだよ」

 「……」

 「本当の魔女なら火あぶりじゃないと、息の根を止めたことにはならんだろうに。つまり、魔女なんかじゃないって、わかってやってるんだよ」

 

 老人の目は、表情が読めない。

 眼鏡が暖炉の火を反射しているのだ。

 だが、心の声は、手に取るように分かる。

 現実の声以上にはっきりと、わたしには聞こえている。


 ふわり、と、映像が浮かび上がる。

 老人の中から取り出された映像。

 病弱で、ほとんどしゃべることができなくなった、彼の妻。

 骨と皮の姿になりながらも、夫を見ると微かに微笑んだ。

 不治の病、謎の奇病。それでも、二人の生活は幸せだったのだろう。

 窓から差し込む光は部屋の埃を照らし、病床の妻を柔らかく包んでいた。



 (あれは、やさしい、女だった)


 奇病に侵された妻は、目が飛び出すほど痩せこけ、異様な見た目となっていた。

 店に入り込んだ悪戯小僧が、飼い猫を見つけて捕まえようと走り回る。

 店主である老人が、コラッと怒鳴るが悪ガキは舌を出して店じゅうを走り回る。

 猫を追いかける子供は二階に駆け上り、妻の寝室にまで飛び込んだ。


 そして、妻を、見てしまう――。


 「魔女だ」

 (なにをバカなことをいうか、この悪戯坊主――)


 ……。


 にえお。

 猫が鳴く。黄色い目で。

 叫びながら子供は店の外に走り出る。

 魔女だ。魔女だ。魔女だ――。


 老人は茫然と、その後姿を見送る。


 ……。


 (なにも、悪いことは、していない)

 それなのに。


 店に押し入る役人たち。

 階段をあがり、老人を押しのけ、床に臥せている病人に掴みかかる。

 声なき悲鳴が上がる。

 (やめろ。やめろ。やめてくれ――)

 痩せた妻の指先が細かく震え、助けを求めていた。


 どうん。

 祭りの大砲だ。

 どうん。どうん……。

 バララララ、と小太鼓が鳴る。

 ラッパが歌う。

 華やかなバトンガールは笑顔で踊り、パレードは通りを闊歩する。チラシを撒きながら。


 「正午、広場にて!」

 今回の、勇気ある英雄、ヘクセイェーガーは……。


 老人は、見ていた。

 もくもくと黒い煙が上がるのを。

 青空に上り続ける煙に、やがて紅蓮の炎が混じり始めるのを。

 喋ることのできない、妻が――。


 

 俯き加減に座り、暖炉の火で温まる老人の背後に、わたしは彼の運命の縮図を見る。

 複雑かつ美しい、人間の運命の縮図よ。

 繊細な煌めきを宿すその縮図を、瞬時にわたしは読み解いた。

 ……彼の「生」は、もうまもなく消えようとしている。

 縮図を捻じ曲げることは、できない。

 


 わたしは、しばし彼を眺めた。

 魔がさした、とでも言うのだろうか。

 この時わたしの脳内では、あの東の大魔女――ゴルデン――の、声が再生されていた。


 「等価交換の方程式は、そういうふうに使うものではない」


 酷く分かりづらい言い方をするものだ。

 「等価交換の法則ばかりを見るな」と、いう意味にもとれる。

 ゴルデンに毒されたのだと思う、わたしは。

 

 (『依頼』を受けるわけでも、魔法を使うわけでもない)

 「あなたは、逃げるべきだ」

 ただ、言葉で警告するだけだ。

 (だから、これは等価交換の法則に背いているわけではない――)

 言葉で告げて、注意を喚起するだけだ……。

 「今すぐ、逃げるべきだ」


 わたしの言葉に老人は眼鏡をかけなおし、いぶかしげな表情でこちらを見た。

 わたしには(バチャバチャ……)見えているのだ(……バチャ)。

 ヘクセイェーガーを気取る街の少年たちが、我こそがとこぞって「通報」に向かっている姿が。

 もう、間もなく少年らは役所にたどり着く。

 彼らは告げ口をするだろう。

 魔女のような子供をかくまった、偏屈者の老人のことを。


 老人の背後で、運命の縮図が、息づくように輝いている。

 プリズムのように輝くそれを見ながら、わたしは、老人の視線を受けていた。

へクセイェーガー=魔女狩人

猫のおしっこの匂いは、すぐに分かります

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