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魔女の愛弟子  作者: 井川林檎
第三部 ヘンゼルとグレーテル
29/77

かまどの番人 6

現れたかと思ったら消滅した師の扉に、感情を乱されるペル。

この感情は何か。


その10 かまどの番人 6


 「師よ」

 

 制御できず口から飛び出した絶叫は、黒曜石の空間に響き渡り、そして黒曜石に吸い込まれて消滅した。

 受け取る者のない叫び。

 ふいに現れたトラメ石の空間に続く扉は、わたしが背を向けた瞬間に消滅してしまった。

 

 (どうして)

 こめかみがずきずきと脈を起こし始める。

 血が逆流しているかのような感覚をおぼえ、わたしはしばらく動けなかった。

 

 ごうごうと燃え盛る闇の炎が覗く、かまどの番人の扉と、己の黒曜石の空間の間で。

 「師よ、からかっておいでか」

 現われては、また消滅し、わたしを惑わすか。

 頬がぬらぬらするので触ってみると、わたしは泣いていた。

 涙がこぼれていた。

 

 なんの、涙だ――。


 恋しい。

 師が、恋しい。恋しい。

 

 悲しみ、さみしさ、怒り――嫉妬――慕情。

 ……恋慕。


 (恋慕、だと)


 めらめらと燃え上がる紅蓮の炎。

 恋慕の情は炎のように燃え盛り、己を焦がし続ける。

 それ故苦しく、それ故常に、慰められなくてはならない。

 体をねじり、逃れようとしても恋慕の炎は容赦を知らない。

 このままでは焦がしつくされるかのような苦しみから、抱き取って救ってくれる、心地よく冷えた腕が必要なのだ。


 人は、それを恋慕という。

 「人」は。


 だが、わたしは人ではない。魔女だ。

 わたしの中で何かが弾けた。

 師への思いをそんな言葉で片づけてたまるものか。

 恋慕、だと……。



 「師よ、どうしてですか」

 すぐにまた消えてしまうなら、いっそ。

 「師よ」

 ……いっそのこと、永遠に見つからないほうが、ましだ。

 そうだ、永遠に旅が続けば。

 この旅が――。


 パン。


 ……。


 胸の中で渦を巻く激しいうねりに流されかけた時、わたしを引き戻したものがあった。

 今、しなくてはらないことに。

 なにもない空間で、目の前には誰もいない。だが、確かにわたしは、頬を打たれた。

 片頬が熱い。思わず手を当てながら、視線をさ迷わせた。

 ごく微かではあったが、上品な香りが漂い、あっというまに消滅する。

 わたしはその香りを懐かしいと感じ、そう思った事実を受け入れることができずに戸惑った。


 「ゴルデン」


 わたしは振り向いた。

 かまどの番人の扉の中を。

 ごうごうと燃え盛る、闇の炎。

 紅蓮の中に邪悪なもの、歪んだ魔法の持ち主が潜む、巨大なかまどだ。

 

 ふいにわたしは、全身の毛穴がけばだつように感じた。

 脳天に雷が落ちたような衝撃である。

 まさか。

 ……まさか、ゴルデン。


 (そんな)

 すべてを舐めつくすような、かまどの業火。

 (いやしかし)

 呼びかけても、反応がないではないか?

 (ゴルデン、まさか、あなたは)

 かまどの、中に?


 目に見えないなにかにはたかれた頬に、もう一度手を当てる。

 確かに頬を打たれた。

 これは間違いなく、ゴルデンの思念。

 

 わたしはかまどの番人の扉の中に駆け込んだ。

 ワンズを構えながら、その灼熱の空間に足を踏み入れる。

 かつては大魔女だったという、かまどの番人の魔法空間は、すすけていた。

 黒曜石とは性質の全く違う、黒の空間である。

 がさがさとした炭のようなもので覆われたその空間の中では、巨大な――村一つなら、簡単に入ってしまいそうなほど――かまどがそびえたっており、わたしの前に、獰猛で貪欲な口を広げ、その炎を見せつけているのだった。

 村一つなら入ると感じたが、よく見ると、まさにその「村」が、かまどの口の中にあった。

 村。

 見覚えのある、踏切番の狭くて細長い小屋が見える。

 廃れた商店街。その中を右往左往する目的のない老人たちの姿まで――。


 そして、この、屋敷も。

 こんもりとした森に囲まれた、今わたしたちがいる、まさにこの屋敷も、かまどの中にあったのである。


 「ゴルデン」

 すすのようなものが飛び交う空間の中で、わたしは呼んだ。

 恐ろしい想像が的中していないことを祈る。

 東の大魔女の力は底知れない。簡単にやられることはないはずだが、今回の相手は元大魔女である。

 いにしえの大魔女は、己の強大な力を闇に変えている。

 そのようなものに、正統な魔法で対抗できるのか。たった一人で。

 「ゴルデン、返事をしろ」

 わたしは空間の中に叫び、かまどの中にも呼びかけた。

 

 返事は、ない。


 「ふしゃ……あああああ」

 あの、挑発するような唸り声が聞こえた。

 わたしはワンズを構え、四方を見回す。そしてかまどの中もにらむ。

 かまどの中の闇の炎の中に、巨大な顔が現われ(ふしゃああ……)、いきなりにやりと笑った(あああああ……)。

 瞬間、その巨大な顔についた二つの赤い目が痛いほどの閃光を発し、わたしの目はくらんだ。

 あっと悲鳴を上げるがはやいか、空間がぐにゃりと歪むのを足元で感じ、わたしは立っていられなくなる。

 目を開けることができないうちに、わたしは空間から押し出され、ころりと何もない空中に放り出された。

 どすんと盛大な音と衝撃で、わたしは背中から固い床に落ちた。

 はっと起き上がると、そこは見知らぬ台所である。

 事情に大きな調理台、壁にかかった玉ねぎ、芋の類、そして、得体のしれない――ああ、これが件の――肉の塊のような、「食材」。


 痛む体には構わず、わたしは立ちあがるとこつこつと歩いた。

 天井の高い台所。

 何人ものコックが働くことができるほどの広さと機能。

 大量の豊かな食料。

 台所の中央には見事なかまどがあり、今も温かく燃え盛っている。

 かまどには、鍋がかけられていた。

 大きな、銀の鍋である。

 ぐつぐつと煮立ち、よい香りを放っている。


 (これが『かまど』か)

 わたしはそれを横目で見つつ、無人の台所を歩きまわる。

 よく掃除された台所だ。

 調理台は綺麗に噴き上げられ、かけられている鍋や包丁は、全てぴかぴかと光っていた。

 愛らしい水色と桃色のタイルの壁は、ところどころ動物の絵がペイントされている。壁には、お菓子の家の絵が飾られており、壁時計は大きく、飾りがついており、時を奏でる時は時計のオルゴールが回り、人形が踊る仕組みになっていた。

 この台所が子供の目にも見た目がよいよう趣向が凝らされていることが分かる。

 

 かちゃり、と音がして、台所の扉が開き、少女が入ってきた。

 あの、かまどの番人の「器」の少女である。

 凍結の魔法が解けたのだろう。

 少女は相変わらずエプロンに火かき棒をさし、陰険な目つきでわたしを見上げた。

 かまどをはさんで、わたしたちはにらみ合う。


 「やって、くれたわね」


 少女は言った。

 わたしは無言でワンズをかかげ、少女に向ける。

 少女は白目をおおきく出した激しい上目遣いで、わたしのワンズを睨んだ。

 きりきりと歯ぎしりの音が聴こえる。

 憎悪に満ちたまなざしで、拳をわなわなと握りしめ、今にも、また例のヒステリーの発作を起こしそうである。

 「器」でしかない少女と、魔女の愛弟子たるわたしの力の差は歴然としている。こうしてにらみ合っている今も、この少女は、絶対に、わたしには叶わないことを、こざかしい計算で判断しているはずだ。


 「ふはっ」

 少女は悔し紛れの笑いを漏らした。

 片頬をあげ、嘲笑するような笑みを作る。

 「あんたさ、そんな子供のなりで、オトナの男に、惚れてるんでしょ」

 それだけ言うと、エプロンにさした火かき棒を引き抜き、わたしに向けて振り回した。

 「そんな――男の子みたいな姿で――ぜんぜん可愛くない――おっかしい格好して、しかもまるで子供でさ、そんなんで、誰かを好きになれるんだ。へーん、へん、へんなの」

 少女のまとう、粗末な服。

 その服の上からでも、微かな兆しは見える。

 わずかな固いふくらみや、腰のなよなよとした曲線。

 ぷっくりと膨れた桜色の唇、長いまつげの官能的な影、そこから覗く深い青の瞳。

 早熟な少女は、わたしの目から見ても美しく、女の兆しが見えている。

 「女」の兆しが。


 「惨めだね」

 また、少女が挑発的に言った。

 ぐるぐると火かき棒をもてあそびながら、かまどを回って近づいてくる。

 わたしはワンズを少女の胸元にぴたりと突きつけたまま、相手の動向を目で追うだけだ。

 

 かまどの番人の空間に身を入れたことで、わたしの抱く思い、過去のいきさつなどは、少女に伝わっている。

 少女はわたしの内部を暴き、土足で踏み込むことで、腹いせをしようとしている。

 白い歯を見せ、にっこりと笑いながら少女は足を止める。

 火かき棒を、わたしの顔に向けて。

 「ねー、あんたさ、その男の人が、銀髪の綺麗な女に連れていかれて、どうしてると思う」

 わたしはじっと、相手の青い目に、視線を当てている。

 黒曜石よ。わたしの中心に輝く力の源よ。

 ……。

 「なんとか言えば?大人のオトコとオンナが二人で一緒にいるんだよー。アハッ」

 黒曜石、よ。

 じりじりと黒曜石の力がわたしの双眸に宿る。まだだ、もう少し。もう少し、近くに。

 「あんただって知らないわけないでしょう?コイビト同士が何をするのか。ねえねえ、あんたも、そうされたいんでしょう?その、赤毛の男の人にさ、例えば……」

 一歩、踏み込んで来る。少女が、自分の繰り出す愚かな言葉に酔いながら。

 わたしの領域に。


 ぎゃっと少女は目を吊り上げ、瀕死のけもののような悲鳴を上げて、魔法の弦に縛り上げられる。

 気づかれないうちに張り巡らしておいた、小さな結界の中の、ささやかなトラップに、少女はあっけなくかかった。

 そこに足を踏み入れた瞬間、床板の中の、ほんの細かな粒子が魔法の力により形を変え、それは強固な弦となった。足元の床板から飛び出した弦に、少女は両足首を絡めとられ、前のめりに倒れかけながら、ぐるぐると全身を縛り上げられた。そして今は、宙に持ち上げられ、木の弦の間から目だけを覗かせている。

 わたしは少女にワンズを向けた。

 わたしの目には、少女の背後に広がる、複雑怪奇に入り組んだ運命の縮図がはっきりと読み取れる。

 等価交換の法則に従い、この少女を、もっともふさわしい場所へ移動させるのだ。


 「西の大魔女の代理、魔女の愛弟子が命じる」

 身動きの取れない相手に向かい、わたしは宣告を行う。

 「『かまどの番人』の器たるおまえよ、器であっては、ならない。それは不正な魔法を助けていることになる」

 いやあ、いやっ、と少女の哀れっぽい悲鳴がぐるぐる巻きになった木の弦の内側からこもって聞こえた。

 構わず、わたしは続ける。

 「おまえを、最もおまえに相応しい場所、おまえの運命の縮図に沿う場所へ送り届ける。これは等価交換の法則に乗っ取った魔法である」

 いやあ、おねがいやめてえええ、と、泣きわめく声が聴こえた。

 魔法が発動し、少女の叫び声は突然、かききえる。

 少女の体に巻き付いていた弦は、巻き付いていた芯を唐突に失い、勢いよくぎゅっと自らを絞り上げた。

 雑巾のように絞られた弦の間から、煙のような闇があふれて空気中に散じて消えた。

 わたしがワンズを一振りすると、床から抜け出した弦は一瞬で消え、またもとの床板に戻った。

 そこには既に少女の姿はなく、火かき棒が宙から「かたん」と落ちて、足元に転がった。

 

 少女はどこに送り込まれたのだろう。

 ……すぐに分かった。

 燃え盛るかまどの炎が、「げふっ」と音を立て、火の粉を散らした。

 それはまるで、げっぷのようである。

 紅蓮の炎の向こう側から(……きゃあはははは……)はじけるような笑い声と(……あはははは……)、玩具の木琴が狂ったようになるのが小さく聴こえた。

 

 わたしは、闇をまとう炎の向こう側に、無数の子供らが蠢く王国があるのを見た。

 メリーゴーラウンドが楽し気な旋律と共に周り、ぶらんこが歓声と共に高く高く跳ね上がる。

 (きゃはははは……ははは)

 (うわーい……あはは) 

 生まれながらに闇に魅入られた、子供たちの居場所が、かまどの炎の向こう側に、広がっている。


 あの少女は、その楽園に行ったのだろう。

 闇の中にある、残酷な魂を持ち合わせた子供だけの、王国に。


 

 「その火かき棒を、おまえが取るといい」

 

 ひどくしわがれた声が言った。

 振り向くと、今にも倒れそうなほど足腰をがくがくさせた、白髪の老婆が立っていた。

 白内障の目を飛び出しそうに見開き、歯のない大きな口から涎を流し続け、深く腰を曲げて、立っている。

 老婆が縋っているのは、一本の古い火かき棒だ。

 床に転がっている火かき棒よりも、ずっと古く、さび付いている。


 かまどの番人の「なかみ」であろう。

 わたしはワンズを構えると、相手に向き直った。

 ゼイゼイと吐く息は胸が悪くなるほど臭い。それは、この村全体に漂っている死臭と全く同じにおいだった。

 

 (かまどの番人は、死にかけている。いや、本来はもう死んでいるはずの肉体)

 わたしは相手を観察する。

 その視線を受け、かまどの番人は犬のように鼻をならした。

 (この腐りかけた肉体から、あの『器』に乗り換えていたということか)

 あの、邪悪な少女の「器」に。


 「その火かき棒を、おまえにやると言っている」

 老婆はまた言った。

 白内障の目で、わたしの視線を絡めとろうとしている。

 強烈な魔力がわたしに向かい、わらわらと黒い触手を伸ばそうとしていた。

 「さあ、早く、お取り」

 わたしはワンズを胸にあて、防御の魔法を使う。

 ぱちん、ぱちん、と火花を立てて触手たちはわたしから弾かれる。

 老婆は深く息を吸い込むと、渾身の力を込めたように目を見開いた。

 「お取りというに、この子は――」


 虫の卵が一気に孵化し、米粒ほどのものたちが飛び散るかのようだった。

 無数の黒い触手が老婆の腹から拭きだし、いっせいにわたしに向かった。 

 わたしは防御の魔法を使ったが、強力で執拗、かつ無数の触手すべてを抑えることはできなかった。

 たちまち黒い闇の幕に覆われ、触手に取り込まれそうになる。


 その時だった。


 後ろから腕を回され、わたしは宙へ待った。

 上品な香と、紫の裏地に包まれ、わたしは闇の触手から救い出されたのである。

 目の横に、見事な金の巻き毛が踊った。

 

 「動くなよ」


 ゴルデンの顔が、耳の横にあった。

 紫の瞳が燃え上がるようにきらめいている。

 魔法を破られて、くやしげにじだんだを踏むかまどの番人に向け、ゴルデンは宙に舞い上がったまま、金のワンズを向けた。

 「東の大魔女として、おまえを粛清する」

 短く宣告すると、ゴルデンはワンズを振った。

 紫水晶の閃光が台所を染め上げ、かまどの番人のからだは紫水晶の中に閉じ込められる。

 大きく口を開き、叫んでいる姿のまま、動きを封じられた、かまどの番人――。


 「うせろ」


 冷たい言葉と同時に魔法は発動し、紫水晶が破裂した。

 飛び散る紫の破片はたちまち空気に散じ、紫水晶の中に閉じ込められたいたかまどの番人の姿はもうなかった。

 かわりにそこにあったのは、グログロととぐろを巻く、闇の渦であった。

 「ふしゃああああ……」

 闇の渦の中から、唸り声が聞こえた。

 渦は次第に小さく縮小してゆき、濃度も濃くなってゆくようだった。

 かまどの番人は、闇に取りこまれた。

 しかし、あまりに強大すぎる獲物であるため、闇が消化に戸惑っている。


 「しゃあああ……あああ……」


 

 とん、と、ゴルデンは猫のように軽やかに着地すると、わたしを腕から離した。

 澄ましかえった顔で、からかうような笑みさえ浮かべている。

 「何もするなと言っただろう」

 小ばかにするような言い方や声の響きも。

 「俺を誰だと思っているのだ」

 傲慢な態度、目つきも。

 変わらない、ゴルデンである。


 「ゴルデン」

 わたしは報告しなくてはならなかった。

 「黒曜石の異空間で、師の扉を見た」

 ゴルデンの表情は変わらない。

 「扉は開いたが、中に入る前に、かまどの番人の扉が現われたのだ。それに気を取られているうちに、師の扉は消滅した」

 

 ……。


 ゆっくりとゴルデンの視線が動いた。

 わたしの背後を見ている。

 はっと振り向くと、そこには、まだとぐろを巻いて収縮を続けている闇があった。

 面倒くさそうにゴルデンは言った。

 「後始末が、必要らしいな」

 ゴルデンはわたしの前に出ると、かまどと闇の渦に対峙する。

 金のワンズを握り、振り返りもせずに、ゴルデンは言った。


 「東へ進め。いいな、このまま東だ」

 「ゴルデン」

 

 ゆっくりとゴルデンは金のワンズをかかげ、大きく魔法陣を描き始める。

 大きな、この台所全体、ではない、屋敷全体、いや――この村すべてを網羅する程の、巨大な魔法陣を。


 「後から追う。おまえは――」

 「ゴルデン!」


 「行け!」


 天空に描かれた魔法陣が紫の輝きを発したのと、途方もない規模の爆発が起こり、わたしが吹き飛んだのは同時だったか。

 

 宙を飛ぶ。

 屋根を突き抜け、黒々とした森の小山より高く飛び上がり、村の上空を突き飛ばされるように飛び進みながら、わたしは見る。

 

 かまどが爆発した。

 ゴルデンが、かまどの番人を包み込んでいた闇をそのまま、かまどに投げ込んだのである。

 かまどは強大な獲物に耐えきれず、激しくくすぶり、耐えきれず爆発し――そしてその爆発は、村全体を覆った。

 

 一瞬にして紅蓮の炎に覆われた村は、めらめらと燃え上がる。

 あの屋敷はもちろん、森も、あの商店街も、そして、踏切番の小屋や、ホームまで。

 黒く闇をまとって燃える炎の中に、わたしは無数の人影を見た。

 老いさらばえ、魂をかまどに抜き取られた村人たちが、炎の向こう側でうごめくのを――。


 それらを見ながら、わたしは飛ばされていた。

 村の上空を、赤い空を――いつしか、時空を、飛ばされていた。


 「ゴルデン――ゴルデン!」




 ゴトゴトゴトゴト……。


 ここは、どこだ――。


 ゴトゴトゴトゴト……。


 一定のリズムを刻む音と振動に揺られて、わたしははっと目を開いた。

 目の前の座席には誰も座っていない。

 古ぼけた赤い布地には、ところどころ煙草の焦げ跡がついている。

 車窓からは、どこまでも広がる荒野が流れていた。


 つい、と目の前に差し出された手に、わたしは驚く。

 見ると、帽子を目深にかぶった車掌が乗車券を要求していた。

 慌ててポケットを探ると、手に固いものが触れたので引っ張り出した。

 (ゴルデン……)

 二枚の、乗車券がわたしの手に握られていた。

 

 一枚を取ると、ぱちんと鋏を入れて、車掌は頷いた。

 切符をわたしに戻しながら、無感情な声で車掌は言う。


 「次の駅まで、八時間かかります。夜明けには到着します」


 

 こつこつと、車掌は次の車両へ歩いてゆく。

 ゴトゴトゴトゴト……。

 わたしは、向かいの空席を見つめる。

 外套の中の手には、木のワンズが握られていた。

 ――わたしは、封印を解かれたまま、だ。


 このまま東へ進め、と、ゴルデンは、言った。

町全体が、ある一つの邪悪な意思に支配されていて、最終的には炎に包まれて果てるというシチュエーションは、よくあるホラーっぽいですm(__)m


これで第3部は終了となります。

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