みる
関根恵梨香はうんざりしていた。
朝の読書会が始まる前の時間。仲のよい子たちをそらが意味ありげにトイレへ誘った。
ぞろぞろとついていくと、ポーチからおもむろにとり出したヘアピンの自慢が始まった。
「塾のね、小テストの点がよかったごほうびに買ってもらったの」
透きとおるガラスでできた青い花のヘアピン。
ほかの人はそらの望むとおりに、いいな、きれいだねとほめたたえる。
恵梨香の口元は知らず曲げられ、内の不満をあらわしていた。
そらは、いつも自慢ばかり。お父さんの仕事・お母さんの手作りスィーツ・アクセサリー・服・成績。
いつも上から見下ろして、人をばかにして。私立中学を受験するそうだから、来年からはもう付き合わなくてもいいかと思うとせいせいする。
「どう?」
すっとそらが視界に割りこんできた。ゆっくりとヘアピンを髪にさしてみせる。その目は笑っているようで笑っていない。
賛辞をていさない侍女にいらだっているようだ。めんどくさい。が、怒らせるのはもっとめんどくさい。あっというまに悪者にされて、のけ者にされてしまう。
恵梨香は手を伸ばして、青い花の位置を少し上に直す。おざなりに、にあうねと言うと、そらの口の端が得意そうに上がった。
またほめあいっこが始まって、恵梨香は洗面台に手をついてぼんやりと鏡を見た。
あごににきびができている。よく見ようと前のめりになったとき、うしろをうつむいた少女が通り過ぎた。
足早に個室へと入る。ぱたんと閉まる戸。
この学校の六年生は三クラス、七十五名。女子はそのうち三十五人。話したことはなくても名前と顔はほぼ全員知っている。
このトイレは六年生しか使わない。
だからあの子も六年生なのだろうけど、みおぼえがない。
誰だったけ。あんな子いただろうか。あんな髪の長い子。
鏡越しに使用中の個室をみつめて、恵梨香は考えこむ。
チャイムが鳴り、「もうすぐ朝の読書会の時間です」と放送係のアナウンスが流れた。
そら達は彼女を置いてさっさと移動してしまう。
それでも動かない恵梨香に八田怜奈が声をかけながら、手を引いた。
「どうしたの、行こう?」
うながされ振り向くと、個室の戸は開いていた。
誰もいない。
白い便器のふちに、長い髪が一本うねるようにからんでいる。