ひろう
有田そらはむくれていた。
授業終了後の学習塾。帰宅する児童もあらかたはけ、玄関ロビーに人影はまばらだ。
彼女が遅くなったのは、小テストの結果がふるわず指導を受けていたせい。
また母に叱られ、いやみを言われるかと思うと、もうそれだけでうんざりする。
普段は高カロリーだから我慢しているメロンソーダがどうしても飲みたくなって、そらはバッグから財布をとりだした。祖母がくれたダルマの根付がゆれている。ださい。捨てたい。
中には、今朝もらった今週のお小遣いの五百円玉が一枚。これも不満のひとつ。少なすぎる。
いらいらしながら硬貨をつまむ。投入しようとして、自販機の返却レバーにかち当たり、指からはじかれた。
ビニルタイルの床をすべり、硬貨は自販機下の暗がりへと吸い込まれていく。
もらったばかりのお小遣い。あれがないと学校帰りにコンビニにもよれないし、ニコラも買えない。
床にひざをついて自販機の下をのぞきこむが、真暗でなにも見ない。闇雲に手をつっこみさぐるが、ざらざらした感触があるばかりだ。
泣きそうになっていると、そらの様子を事務室からみていたのだろう。講師の一人が声をかけてきた。
「金、落としたのか。ちょっと待ってなさい」
講師は事務室から持ってきた懐中電灯をそらに渡し、自身は五十センチ定規を右手に隣へしゃがんだ。
そらがぼんやりした灯りで照らす中を、講師が床に耳をつけるようにして定規でかくこと数回。
「あったぞ。ほら」
綿ぼこりとともに、かき出された硬貨。
それと。
「あと、これもか?」
講師が拾い上げたのは、ヘアピンだった。ガラスの花が飾られている。
ちがいますと言いかけて、そらは言葉を飲み込んだ。目を離すことができない。
きらきらと光る透きとおった青い花。親指と人差指で作った丸くらいの大きさ。
きれい。
ほしい。
誰かの落し物。でもほしい。その子がさがしていたら。でもほしい。ほしいほしいほしいほしい。
少しの迷いも霧散して、そらは講師からヘアピンをうけとった。
「先生、ありがと」
「気をつけて帰れよ」
事務室へと戻る先生にぺこりと頭を下げ、そらは口うるさい母に見つからないように、ヘアピンをペンケースにしまいこんだ。