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最終章   『日常という名のハッピーエンドへ』

 好きな人には頼られたい。

 頼まれたら断らずに、その全てを受け入れる。

 それくらいの覚悟がなければ、きっと一生を添い遂げるなんてできるはずがない。

 ……なんて、重すぎるよ。

 結局今日までミキは、私のワガママを断らなかった。本当に私のことが好きなんだなって、偉そうに思ったりもした。

 でもさ、なんか違うよ、それ。

 私の勝手な恋愛観かもしれないけど、……ミキのそれは、恋愛表現じゃない気がする。

 私のことが好きなのはわかった。というか、わかっていた。

 だから、そろそろ私も応える。


 ――――ごめんね、ミキ。





 別に、そこまでテッタとユウタを嫌っているわけではない。

 単純に嫌なのだ。顔を合わせることが。気まずいだけなのだ。昔のように仲良くすることが。

 だから俺は距離を置き、逃げたのだというのに。

 タツコのもとに、逃げたというのに……!


「なんでそのタツコが……!」


 タツコは俺の方を向かず、ただ黙って拳を握りしめていた。

 ……震えている?


「はいはい、悲壮な恋愛ドラマはもういいでちゅか~? ……なあ、ミキ」

「落ち着けテッタ。顔が気持ち悪いぞ」

「ああ、そりゃ悪かっ……って! 気持ち悪い!? 恐いじゃなくてか!?」

「ああ。ガン飛ばそうとして変顔になってる」


 なんでお前らはこんな状況でもそうやって……クソ。

 …………。


「……楽しそうだな、お前ら」

「あン?」

「悩み事とかそういうの無しに、そうやってどんなことでも楽しめるんだもんな……はは、やっぱ、俺とは合わない」


 合うわけがない。

 合うわけが、ないんだ。


「きっと、タツコのワガママでここに呼ばれたんだろうけど……悪いな、付き合わせちまって。見たくない顔、見せちまって」

「…………チッ」


 テッタの舌打ちが俺の耳に届く。

 そういえば、ここはやけに人が少ない。タツコは人が少ない場所に行こうと言っていたから、そうなんだろうけど。

 この遊園地の中で、なぜここだけ……。


「……遊園地の中で、人が少ない場所?」


 なぜだろう、何かが引っ掛かる。

 だがそれが何かを思い出す前に、


「あのよぉ……ミキ。オレらはたしかに、お前の彼女に呼び出されてここにいる。……でも、」


 テッタは、走り出して、俺の、目の、前に、


「オレは仲直りなんてする気はこれっぽっちもねえよ――!」


 拳が鼻っ柱をぶち抜いた。


「がっ、あぐぁ!?」

「ムカつくんだよ……ド畜生が。オレが惚れた人に頼まれたから、来てもいいか、なんて思ってたけどよォ……お前、ンだよその顔。腑抜け過ぎだろ。ぶん殴られてえのか」

「……っ、もう殴ってんだろ……!」

「っぜぇよ、もう一回殴られてえか?」


 胸倉を掴まれ、見たくもない顔を超近距離で見ることになる。

 忌々しい、元親友の顔。

 ……それを見ていたら、我慢している自分の方がバカらしくなってきた。


「……ざっけんな、テメエ!!」


 そして俺は、タツコが見ている前で、テッタの顔を――、


 ……殴れなかった。


「……どうしたんだよ。殴らねえのか?」

「……言ったんだ」

「あ?」

「タツコは……お前たちと、仲直りしろって言ったんだ」


 タツコがそう言ったのなら、俺がその頼みを断るわけにはいかない。

 ……嫌だけど、コイツらの顔なんて見たくないけれど。

 それでも、もしかしたら、タツコの言うとおりに仲直りできるかもしれないから。


「……それじゃあ、仲直りしようぜ、テッタ」

「…………」


 なんとなく、タツコと繋いでいた手を差し出すのは嫌だったから左手をテッタに差し出す。しかし、当然というべきかその手は無視される。

 どうすればいいのだろう。俺はすでにテッタを許す準備はできている。あとはテッタが俺を許してくれればいい。ユウタは……興味なさそうだし、問題はないだろう。

 やはり謝るのが一番だろうか。しかしただ謝ったところで意味はない。誠意を見せなければ。


 だから俺は、土下座を見せた。


「…………ッ!」

「悪かった。……謝るのが遅れたけど、許してくれ」

「気持ち悪ぃんだよクソ!」


 容赦ない蹴りを顔面に入れられる。ああ、タツコの前なのにみっともないところを。

 しかし、ある意味でこれはタツコが望んだ展開だ。こんなことで許してくれるのなら安いものだろう。

 さあ、気が済むまで俺を傷つけろ。そして、仲直りしようぜ。


「クソ! クソ! ……クソ」


 しばらくして、テッタは俺を蹴るのをやめた。

 もしや、許してくれたのだろうか?


「……はァ、はァ。――やっぱ、テメエと仲良くなんてできるわけねェ」


 ……なんてことは、なかったようだ。


「帰ろうぜユウタ。時間の無駄だったわ」

「テッタがそれでいいならいいけど……さ」


 ――何か、冷たいものが頬に触れた。

 ふと見上げれば、白い粒子が降り注いでいた。……ああ、雪か。

 遠くから聞こえるのは人ごみ特有の喧騒。何を言っているのかわからないのに、ただうるさいことだけはわかる。それと、楽しそうだということも。

 ああ、クソ……なんで俺はこんなところで、こんなに傷つかなきゃいけないんだ。

 今日は絶対に最高の一日になると思っていたのに。なのに、なんで。


「――泣きたくねえのに……!」


 ザッ、と。地面に伏す俺の前に誰かが立ち止まる。

 もはや見上げる気力もなく、必死に嗚咽をこらえる。


「……ミキ」


 声の主はユウタだった。


「……いい加減、怯えすぎだろ」

「…………」

「怯えるな、なんて言わないけど、お前のは度が過ぎる。僕らを恐がるのは当然かもしれない。……けど、」


 ユウタは、顔を上げようとしない俺の胸倉を掴み上げ、


「――お前が好きになった人のことまで恐がるのはおかしいだろッ!!」


 その日、俺は初めてユウタの大声を聞いた。

 そして初めてユウタに殴られた。

 テッタに比べれば非力な一撃。だけどそれは間違いなく、大事な俺の何かを抉る。



「いい加減イライラするんだ……僕らと友達だった時も、お前はずっと遠慮してた。自分からあれをしたいこれをしたいなんて言ったことがあったか!? そうやって遠慮されてる側はどう思う!? 昔、テッタと喧嘩したって聞いたときは内心よかった、って思ったさ。やっと同等だって。でもそれも勘違いだった! アレは! 僕たちへの遠慮がなくなったわけじゃなくて、――太田さんに嫌われるのが恐かっただけだろ!!」



 何を、言っている。


「今だってそうだよ……何が仲直りしようだ、クソ」


 初めて聞く、ユウタの本音。

 なんだよ、遠慮していたのはそっちなんじゃないのか。


「待たせてごめん、テッタ。行こう」

「あ、ああ……」


 普段はクールなくせして、無駄に友情だのに熱い奴。

 ……いいキャラしてんな、畜生。


 ああ、そうだ。

 テッタ、ユウタ。そうやって、突かれたくないところを次々と突いてきやがるお前たちとなんか……仲直りできるわけがない。

 もしかしたらこれもまた、お前たちに影響された結果なのかもしれないけれど。

 本当に、本当に、


「ムカつく――ッ!」


 離れようとするテッタとユウタに対し、殴りかかった。





 ――――ゴーン、ゴーン――――


 鐘が鳴り響く。

 それは小さな音。しかし重く響き、まるで浮足立った人々を地に戻すような、そんな音。

 小さな時計から鳴る音が、とある記憶を蘇らせる。



 ――ねえ、どんな女の子が好き?


   ――どんな、って言われてもよくわかんないけど……うーん。

   ――そうだなぁ、俺を頼ってくれる人?


 ――……頼る?


   ――そう。俺に遠慮しないで、どんどんワガママ言ってくれるような子。


 ――変なの。ワガママばかり言う女の子なんて、めんどくさいだけじゃん。


   ――いやいやいや、よく考えてみろって! たっくさんワガママを言ってくれて、頼ってくれて、そして最後にさ、――――(ヽヽヽヽ)、なんて言ってくれたらもうサイコーだろ!?


 ――……うん、男の子の考えることはよくわからない。わからない、けど……。

 ――ミキ、幸せそうだね。



 きっと、小さい頃にもここに来たことがあったんだ。それも今日みたいに、雪が降る日に。


「……痛え」


 倒れる俺の上に、容赦なく雪が降り積もる。それが傷を癒していくようで、もう少しこのままでいたいとも思う。

 実際には汚い雪の結晶だ。傷に擦り込んでも悪化するだけだろう。

 ……なんて、ロマンチックの欠片もねえや。


「……大丈夫? ミキ」


 頭上から声がかかる。その不安そうな声がやけに懐かしくて、その理由を思い出す。

 そういえば昔のタツコは、こんな感じでしおらしかった。いつの日からかずぼらでだらしなくてガサツで……頼りがいのある女の子になっていた。

 そしたら今度は俺が不安になる番だった。今まで俺の方が兄貴っぽかったのに、急に姉らしくなられたらたまらない。そんな不安を払拭するためにいろいろ空回りしてしまったのだと思う。


「ああ、もう大丈夫」


 怪我も、不安も。


 立ち上がり、テッタとユウタが去った方向を見る。

 すでに背中は見えず、足跡も次々と雪が降り積もり消えかけている。

 最後に彼らは告げた。「じゃあな、親友」と。何言ってんだアイツらは、臭すぎるだろ。漫画の読み過ぎだって。

 ……でも、そうだ。

 アイツらの親友だった俺はもう、おしまい。


「悪い、タツコ。やっぱりアイツらと仲直りなんてできない。……ううん、したくない」


 流されて言っているわけじゃない。結果論でもない。

 俺は心の底から、アイツらと仲直りなんてしたくないから。だから、仲直りしない。

 そんな俺の答えに、タツコは、


「……やっと聞けた、その言葉」


 そう言って、優しい笑顔を浮かべた。




 幼い頃、私とミキの家族でこの遊園地に遊びに来て、ミキは私を連れてここへ来た。

 本人はここにある時計を探していたと言っていたが、確実に迷っただけだろう。

 でも当時の私は、ミキのすること全てが輝いて見えていたのだ。

 親の目から離れて二人きりになって、そんな状況で私は気持ちを抑えられず、思わず聞いてしまう。


『ねえ、どんな女の子が好き?』


 かなりおっかなびっくりだったように思える。本当はすぐにでも好きと言いたいのに、でもそんな勇気もなかった。

 だからこうやって遠回し。


『どんな、って言われてもよくわかんないけど……うーん。そうだなぁ、俺を頼ってくれる人?』

『……頼る?』

『そう。俺に遠慮しないで、どんどんワガママ言ってくれるような子』


 そう語るミキの笑顔は、私ではない何かを見ていたように映った。それがたまらなく悔しく、そしてつまらなく。


『変なの。ワガママばかり言う女の子なんて、めんどくさいだけじゃん』

『いやいやいや、よく考えてみろって! たっくさんワガママを言ってくれて、頼ってくれて、そして最後にさ、』


 そして彼は言う。

 彼が望む言葉を。

 彼のワガママを。


 ――私と付き合ってください。それが最後のワガママ。


『なんて言ってくれたらもうサイコーだろ!?』


 呆気に取られた。子どものくせにそういうことばかり妄想力がたくましい。

 意味が分からない。だけどなんとなく、それって素敵なんだろうな、なんて。


『……うん、男の子の考えることはよくわからない。わからない、けど……――ミキ、幸せそうだね』


 いつか、そんな言葉を私がかけられるようにと決意して。

 告白する。


『その告白、私がしてあげる』

『……え?』

『私はお姉さんだもん。弟分の望む告白をていきょーしてあげる』


 だから、待ってて。

 最高にロマンチックなシチュエーションを用意して、言ってあげるから。




「まさかこんな展開になるなんて思ってなかったけど。……一応、殴らないでって頼んだんだよ? でもあの人たち、最後まで『うん』って頷いてくれなくて」

「あの、タツコ」

「そもそも今日のことも最初は断られて、何度も何度もお願いしに行ったんだよ。メールした日にようやく頷いてもらえて……もしかしたら間に合わないかもなんて思って」

「……あの」

「でもよかった。あの日と同じ日に、こうして約束を果たせるんだから」


 俺の言葉なんて聞いちゃいない。なんとか体を起こした俺に対し、まるで昔に戻ったかのように、不安を押し流すための言い訳がべらべらと溢れ出す。

 ……懐かしい感覚だ。


「……本当によかった。『仲直りしたくない』って言葉を聞かなきゃ、告白なんてできないもん」


 しゅん、とうなだれていたタツコの顔が跳ね上がる。


「ワガママは絶対断らない、なんておかしいことなんだよ。でもミキはそういう人だから……でもでも、それじゃあ最後のワガママもあっさり頷かれそうだったから……確かめたかった。ミキは、本当に嫌なことは断れるのかどうか」


 タツコの手が俺の手に触れる。


「もう大丈夫。これが、最後のワガママ」






















「――――私と付き合ってください」





 







次話、エピローグでおしまいです。

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