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第三章   『なぜ彼女はワガママであり続けるのか』

お待たせしました。





 ――一つの約束が、頭の奥隅にこびり付いて消えない。

 その約束は、今の自分の原動力となっていて、もしかしたら、その約束を果たしてしまえば生きる気力をなくすのではないか……と、妙な不安に駆られたりもした。

 だけど問題ない。もう大丈夫。

 だから――約束を、果たそう。




 少しばかり涼しくなってきただろうか。残暑のうだる暑さは抜けきり、最近は家の中でも半袖でいるのが辛いくらいの冷気が肌を刺す。

 だからまあ、それなりに嬉しいといえば嬉しいのだが……。


「あの、タツコさん? さすがにこの体勢、キツくなってきたんですけど?」

「なーに、ミキは私が重くなったって言いたいのねえ? うわー、ひどいわー。惚れた女に対してそりゃないんじゃないの、ねえ」

「うぜえ……!」


 PCで予約していたアニメを見ていた朝。急にコイツはやってきて、俺の背中によりかかってきたのだ。いやまあ、嬉しいんだけど! でも嬉しすぎてもはやアニメに集中できないし! 理性もそろそろ限界だってことに気づけ!


「んー、釣れないねえ。昔はむしろ、ミキの方からベッタリだったくせに」

「憶えてないっすわー……」


 ようやく離れてもらえて嬉しいやら悲しいやら。


「……で、今日は何の用だよ?」

「……ねえ、私なんか口滑らせたっけ」

「あのさあ……」


 お前がそうやって甘えてくるときは、面倒なお願い事をするときだって。もしかして自覚してないのか? 


「まあいいか。わかってるなら話は早いしねえ」

「言っとくけど、あまり無茶なワガママ言うなよ本当。俺ができる範囲でな?」

「おっ、今日は気前がいいねえ。どした?」

「……別に」


 ここ最近、タツコがあまり家に来なくなったことを気にしてなんかないし。

 いやまあ、本来であればそんな頻繁に男の家に出入りする方がおかしいのだ。タツコだって年頃……年頃の女の子だし。

 急にその自覚が出て、少しは控えようと思ってくれたのならそれは、女の子としての大きな一歩だ。俺も祝福せねばなるまい。

 ……なんて強がってみるけど、今さらなあ。


「? 変なの。とりあえず、身構えなくても大丈夫だよ。なんなら今すぐにでもできることだからねえ」

「は? どういうことだ?」


 何やらきな臭いものを感じ取り、身構えるなと言われても身構えてしまう。

 そしてやはり予想通り、タツコは嫌な笑みを浮かべ――


「さ、秋に稼いだお金で遊園地に行こうじゃないの、ねえ?」




 秋に稼いだお金を下ろし、家に帰ってくるとタツコは居間で寝ていた。しかもタンクトップにホットパンツなんて恰好の上、ヘソチラというオプション付き。

 え、なにこれ。俺は襲っていいのかしらん?


「ってそうじゃねえ……」


 人に金下ろさせに行かせといて、コイツはまあ自由なことで。

 いや、俺の金なんだから俺が下ろすのは当然なんだけど。それでも遊園地に行きたいと言ったのはお前だろ、タツコ。もう少し楽しそうにうずうずしてたりとか……しないな、うん。


「……ったーく、風邪引くぞ」


 と、毛布をかけてやろうと近づくと――


「――うぇへ」

「!?!?」


 唐突に伸びてきた腕に引っ張られ、自然タツコと抱き着く形にナニコレドユコトぉ!?


「……!? ……!?!?」

「…………にひ」


 先ほどからニヤけているのか変な声が漏れるタツコ。その声が耳にかかりああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!


 思わず突き飛ばす形で距離を取ってしまう。

 ……な、なんなんだよ今日の無防備さは。年頃の女の子として成長したんじゃないのかよ。

 成長した、と言うには、背中によりかかってきたりもしていたので、やはり成長なんかしていないのではないか、という説が有力で……何言ってんだ俺は。動揺し過ぎだ。


「にしても、急に遊園地なんてどういうつもりだよ、お前」


 急というわけでもないか。元はと言えば、秋にバイトしたのは遊園地に行くためだ。その時から伸びに伸びて今日、その延長を終わらせようとしただけ。

 遊園地に、二人で……なんだかデートみたいだ。もしかしたら本当にデートなのではないだろうか。

 タツコとデート? ……なぜだろうか。きっと今までなら想像もできなかったそれが、今では鮮明に脳内に描かれる。

 楽しそうに笑うタツコと俺。様々なアトラクションに乗り、騒いで、はしゃいで、そのせいでちょっとしたトラブルに巻き込まれて……でもやっぱり楽しくて。

 そして最後に泣いて――。


「あ、れ?」


 俺、今、なんでタツコが泣いてるところなんて……やっぱ動揺しすぎ。童貞乙ってか?


「――――やくそく」


 タツコが何かを呟いた気がしたが、俺には聞こえなかった。




 それから数日後の十二月十七日。タツコから一通のメールが届いた。内容は遊園地に行くその日時。メールが届いたちょうど一週間後である。

 そしてタツコは、それから一週間、家に来ることはなかった。




 待ち合わせの時間一〇分。これだけ早ければ文句を言われることもないだろう……と思ったら、待ち合わせ場所にはすでにタツコがいた。


「げ」

「お、来た来た……ってなんだその顔はぁ。待ち合わせ場所にちゃんと私がいたんだから喜びなさいよねえ」

「いや、だって……まだ一〇分前だぞ? お前何分前からいたんだよ……」

「さて、何分前でしょうかねえ?」

「ついさっき」

「待ち合わせの三〇分前だっつの」


 え。

 ずぼらなコイツが、三〇分前から?


「……どしたの?」

「い、いや別に!? とりあえず、もう行こう。なるべくはやく中に入っときたいし」


 半ば強引に話を打ち切り歩き出す。

 意識をタツコから逸らすために町を見てみれば、そこかしこに赤や緑の装飾が目立っている。久々に町に出たが、こういうのが今の流行なんだろうか。


「ちょ、早い、早いから! ねえってば!」

「あ、悪い」


 思いの外テンパってしまったらしく、タツコのことを考えない速度で歩いていたようだ。その速度を落とし、タツコと並ぶ。

 そういえば、こうしてタツコの隣を歩くのも随分久しぶりだ。昔はどこかへ出かけるときはいつも、タツコの隣に立ち、手を引いてもらっていたのに。

 …………。


「……え?」

「ん」


 気づけば俺は、右手を差し出していた。

 タツコは面食らったのか、一瞬きょとんとして、


「あは、大きくなったねえ」


 なんて言うのだった。




 遊園地前に辿り着くと、そこは地獄絵図だった。

 人、人、人。それ以外には存在しない広場を前に、僕は背中を走る悪寒に身を震わせる。この震えは寒さが原因ではない。


「うわ……ねえ、大丈夫? ミキ、ものすごく顔色悪いけど」

「だ、だだ、大丈夫……うん、大丈夫」


 そうだ、ここにいるのはみんな、俺と同じ人間なんだ。蟻だの蠅だのという異種ではない。俺もこの中に飛び込んでしまえば同じになれるのだ。

 だから必要以上に怖がる必要なんてなくて、




















ダメでした。




 どうにか中に入ることができたが、中は中で人がごった返している。一息つこうとベンチに腰掛けるが、視界から人が消えてなくなることはない。

 ああくそ、シャキッとしろ俺。すぐ横でタツコが心配そうな顔してるじゃねえか。


「大丈夫だって……少し休めば治るから」

「……飲み物、買ってくるから」


 ああ、だから、そんな顔するなよタツコ。お前が落ち込んでいるなんて似合わないんだから。

 そう言おうとしても、胃からせり上がってくる嘔吐感に遮られ何も言えなかった。




 大丈夫だろうか。

 今日このまま、遊び続けても大丈夫なのだろうか。

 ミキが人ごみを苦手としているのは知っていた。でも彼は絶対に『行かない』とは言わない。だって、彼は私のことを好いているから。私のワガママはなんだって聞いてくれるから。

 でも、でもね、ミキ。それじゃダメなんだよ。


「――もしもし」


 とある番号へと電話をかける。


「……うん、よろしく」


 短い言葉ではあったが、相手には確実に通じただろう。

 ……ねえ、ミキ。


 ――そろそろ、こんな関係はやめようか。




 戻ってきたタツコから飲み物を貰い喉を潤すと、少しばかり楽になった気がする。しかし、もう少し様子を見ようということでそのままベンチに座って休憩していた。

 どのアトラクションに乗ったわけでも、お土産なんかを物色したわけでもないのに休憩とは……情けないにもほどがある。

 そして、それ以上に俺が気になっていることが一つ。


「なあ、タツコ?」

「…………」


 先ほどから、やけにタツコの表情が硬い。

 普段からおちゃらけた言動の多いタツコだが、やはり人目につく場所ではどのように振る舞っていいのかわからないのだろうか。


「タツコ、もしかして緊張してる?」

「……!! ……さ、さあ? もしかしたらしてるかも……ねえ?」


 意外、でもないかもしれない。

 俺は、俺以外と一緒にいるタツコをほとんど知らない。俺と一緒にいるときは本当にずぼらでだらしないと思うが、もしかしたら学校に通っている時なんかはこちらの方が『太田達子』として通っていたのかも、と考えると、新たな一面を知れて嬉しくもある。

 ……それと同時に、知らないことの方が多いんだな、と。

 ダメだ、なぜか気分が悪いと思考まで暗くなってしまう。そろそろ大丈夫だろうし、何かアトラクションに乗ってテンションを上げていこう。


「タツコ、ジェットコースターに乗ろうぜ」

「はい!? え、ああ、ジェットストリームアタック!?」

「うん、どうやって格ゲーの技に乗るってんだ」


 こうして動揺する彼女を見るのは案外、新鮮で楽しいかもしれない。


「ほら」


 また右手を差し出し、タツコの手を握る。

 その時の彼女の顔が、少しばかり困っているように見えたのは気のせいだろうか。俯いていたから、よくわからなかった。




 そうして、いくつかのアトラクションを回った。

 最初のジェットコースターに始まり、定番のお化け屋敷、コーヒーカップ、メリーゴーランド。どう考えたってデートであるそれは、タツコが妙にしおらしかったため俺自身は変に緊張することなくスムーズに進んだ。

 不思議だ。タツコとの初めてのデートはきっと、タツコが俺をからかい、俺がテンパる、そんな展開だと思っていたのに。実際はその逆で。

 やはり妄想なんてそんなものか、と。


 ――そして、妄想は妄想でしかない、と。


 気づけば夕刻を過ぎ、遊園地内に明かりが灯り始めた。

 にわかに周囲が騒がしくなっていき、人の流れに法則性が出始める。


「なんだ、これ?」

「……たぶん、ナイトパレード。ねえ、あっちの方行こう? たぶん人が少ないだろうし、パレードも見やすいと思うから」

「? お、おう」


 気のせいか、口調までもが普段のタツコからかけ離れている気がする。

 今度はタツコに手を引かれながら、人ごみをかき分けてタツコについていく。

 俺を引く手はやけに力がこもっている。

 ……タツコは今日、本当に楽しめたのだろうか。

 多少人ごみにも慣れた俺がアトラクションを楽しんでいる間も、彼女はずっと浮かない顔をしていたように思える。

 遊園地に行きたいと言ったのは彼女だ。しかし、もしかしたら、


 ――俺とではなく、別の誰かと、――――。


「ッ、バカか俺は」

「どうかした?」

「あ、いや、なんでもない」


 好きな子とデートしているというのに、そんなこと考えるだなんて最低だ。


 そんな風に、俺もタツコも暗い空気のまま夜の遊園地を歩く。

 そうして辿り着いた先には、小さな時計が立っていた。

 それはどこかで見たことのあるもので。


 だがそんなことはどうでもいい。

 なぜ、そこに――、


「……は?」


 ――――。


「よぉ、やっと来たかクソリア充」

「……デートは失敗か」


 ――――テッタとユウタが、いるのだろうか。


「……ごめん、不快な思い、させて……ごめん」


 その謝罪は、俺の手を引くタツコの口から発せられたものだった。

 理解が追い付かず頭が真っ白になる。


「え、あ?」


 タツコは俯いたまま、俺の方を向くことすらしない。

 浮かない顔をしていたのは、こうなることを知っていたから?

 それはつまり、今日のデートはこのためだ、った……――?


「……どうしたよ、ミキぃ。顔色が浮かないぜ?」


 テッタの耳障りな声が聞こえる。

 やめろよ。俺はもう、お前たちと関わる気は……。


「……ねえ、ミキ。少しだけ意地悪なワガママ、いいかな」


 唐突に、タツコがそんなことを言い出した。

 なぜこのタイミングで。

 意地悪なワガママ?

 もうすでに、この状況が俺にとっては意地悪以外の何物でもないというのに。

 これ以上俺に、何をさせようと。




「――ミキ、この人たちと、仲直り、……して?」




 ――――できるわけないだろ、そんなの。




次話は23時です。



ハッピーエンドへ。

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