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第二章   『マジかよ、このタイミングで……!?』

 季節は変わり、とある秋の日。残暑に苦しむ男の影がここに一つ。そして縁側方面には同じく残暑に苦しむ女の影が一つ。


「……なんでお前、ナチュラルに俺ん家いるの?」

「お父さんがうるさいからねえ」


 すぐ近くに住んでいる、一つ上の幼馴染――太田達子。我が家の割と広い縁側にて涼を取っているようだが、その成果は芳しくないようで声は幾分か間延びしていた。


「ミキこそ、なんでナチュラルにこの家にいるの? おかしいと思うのよねえ」

「何もおかしくねえからな!? ここ俺ん家だし!」


 まさかコイツ、ここが自分の家だとでも思っているのではなかろうか。なんて図々しい奴。

 図々しいといえば、タツコの『一日一駄々』は今も続いている。

 たとえば、昨日は『遊園地へ連れて行け』。急に家に押しかけてきて、急にそんなことを言い出すのだ。無理に決まってんだろアホ。

 金だって無いし、どこに行くとか決めなければならないし、その日中には無理。そう言ってなんとか二週間後に引き伸ばすことで落ち着いた。

 そんなわけで現在、タツコは暇を持て余しゴロゴロとしているわけだ。

 そして俺は、


「ああくそ、ここも駄目っぽい……他にどこか、接客しなくていいバイト……!」


 遊園地に行くための資金をどうにかしようと奮戦中である。

 いつもどおり母親に工面してもらえればいいのだが、生憎と旅行中。しかもその期間が一ヶ月と中々贅沢である。いったいどこに旅行しに行ったのかすらわからないというフリーダムさは嫌いではない。ない、が。


「母ちゃん、一ヶ月暮らしていけるギリギリの金しか置いてかないしなあ……!」


 基本的に携帯電話の類を持ち歩かない人である。連絡もつかず、俺は一ヶ月をそのお金でやりくりせねばならない。

 そこへタツコのわがままだ。使えるお金などあるはずもない。結果、こうしてお金を稼ぐしか手段はないのだった。

 だがまあ、今まで引きこもり同然の生活をしてきたわけで。そう都合よくバイトが見つかるわけもない。何より、俺が接客できないことが大きな問題。はは、対人スキルとか当の昔にマイナスを切りましたけど何か?

 居間にて、PCの画面と悪戦苦闘する俺をつまらなさそうに見るタツコが視界に入る。

 ……俺、なんでここまでしてんだろうなあ。

 たしかに俺は、タツコのことが好きだ。付き合って、ゆくゆくは結婚――なんて妄想も何度もしてきた。

 しかしね、彼女ね、俺のことをフったんです。いえ、別にそのことを責める気はありませんが。

 だが、こうやってフった相手に対してわがままを押し付けるというのはいかがなものでしょうか? 嫌がらせとしか思えませんね! ちくしょう!

 まあね、遊園地には俺も行きたかったからね。だからこうしていい機会だと頑張っているわけですよ。言い訳なんかじゃありません。

 それにしても、なかなかいいバイト先が見つからない。これはもう諦めて接客業しかないのだろうか……。


「あ、ねえ。こんなところとかどう? トイレ掃除だって」

「よっしゃそれで!」




 まさかタツコまでバイト先を探してくれているとは思わず、しかもその内容がいいものだったために思わず食いついてしまい即面接。そして合格して、なんとかバイトを勝ち取ったものの。


「それじゃあ棚出しするよー」

「はい!」


 なぜ俺は、コンビニにいるのでしょうか。

 ……おかしいと思ったんだ。面接会場がこのコンビニだったり、質問内容がやけに接客に関係することだったり、簿記に関してだったり。あれ、こんなことも聞かれるの? って不思議に思っていましたとも。

 面接に受かったと聞いた時は、「そりゃあ掃除のバイトだもんなー、落ちるわけないよなー」なんて思っていたけれど。むしろ落ちていた方が不思議じゃなかったねこれなら! なんで俺みたいな人間がコンビニバイトの面接に受かっちゃったのかなー!

 なんて文句を垂れ流すこともなく、結局接客することになりましたとさ。

 現在はまだお客さんが少ない時間帯で、細々とした雑務を中心としている。しかし段々とお客さんがやってくるに従い、俺もレジに入ることになるだろう。……ああ、トイレ掃除? ついさっき終わりました。

 業務内容には確かにトイレ掃除というものがあった。あったが、あくまでそれはついでのような扱いであり、やはりどうしてもレジに立たなくてはならない。


「んじゃ、そろそろお客さんも入ってくるから。教えたとおりによろしく」

「はい!」


 返事だけは元気よく。むしろそれしかできません。

 レジに立ち、刻一刻とお客さん――いや、お客様がやってくるのを待つ。緊張から流れる脂汗が背筋をなぞり、ぞわりと身を震わせた。

 いやいやいや、やっぱり無理だってもう帰りたい。というかタツコの奴、絶対コンビニバイトだってわかっていて俺に教えやがったな!

 だが嘆いても、俺がレジに立たねばならぬ現実は変わることなく、


 ――ピンポーン――


「いらっしゃいませー!」


 店内に俺と、そして俺を指導する先輩の声が響き渡る。

 現在時刻午前九時。学生がコンビニを利用するには少し遅い時間で、それは社会人にも当てはまる。つまり、この時間に利用する客層とは、


「えっとー……何がないんだったかしらね」


 主婦やおじいさんおばあさんが中心である。

 助かる、といえば助かるのだが、中には突然ヒステリーを起こすおばさんなんかもいるらしく、注意が必要とのこと。うーん、俺からすれば同じ学生よりかは相手しやすいんだけど。

 存外冷静であることに安心しつつ、いつおばさんがレジに訪れるかが不安で仕方ない。安心と不安がせめぎ合い、下腹部がキリキリと痛む。

 練習はした。あとは失敗しないようにするだけ。失敗しても、続座にカバーすること。それが大事……大事……大事……よし、大丈夫。

 そうやって自己暗示をしていると、おばさんがレジにやってきた。カゴに入れられた商品を一つ一つ勘定していき、合計を告げる。ここまでは大丈夫。

 そしておばさんがお金を出している間に袋詰め。ややぎこちなくはあるが、セオリーを守ることはできた。

 最後に、受け取ったお金から釣銭を計算し手渡す。ここまで五分とかからない手順だが、やけに長く感じてしまった。

 そしておばさんが店を出て行く際の挨拶も忘れずに――よし、全部できた。


「オッケーオッケー。んじゃ、こんな感じで昼までよろしく」

「えっ」




 結局ほとんどの時間をレジに割かれてしまった。トイレ掃除? だから朝にちょちょいと終わらせたっつの。

 慣れない接客は午後の八時に終わり、現在帰路についている。夜に出歩くことは何度かあったが、それが仕事帰りだとか何の冗談か。一ヶ月前の俺ですら予想できなかった展開だろう。

 ……できることなら、あまり外には出たくない。外は恐いから。

 隣に誰もいない現状、守ってくれる人は存在しない。世間の目もあてにならない昨今、自分の身を守れるのは自分だけだ。

 ああ、まったく、恐くて仕方がない。早く帰ろう――。



 バイトを始めて一週間。特に何か問題が起こるわけでもなく。


「いらっしゃいませー!」


 ようやくコンビニでのバイトに慣れた俺は、元気な声を出していた。

 元々このコンビニに訪れるのは優しい人たちばかりだ。俺が必要以上に怯えなければ何も問題などない。

 もしかしたら俺、案外接客業向いているのではなかろうか。

 何気に楽しいし、家でゴロゴロしているよりも充実した毎日を送れるかもしれない。目的を達した後も続けようか――。


「あれ、目的ってなんだっけ」


 ……なんでバイトしてるんだっけか、俺。

 その疑問はすぐに解消される。


 ――ピンポーン――


「いらっしゃいまっ……せ……!?」

「お、やっほーミキ。ホントに働いてるんだねえ。しかも私が奨めた場所」


 そうでした。コイツと遊園地に行くための資金を稼いでいるのでした。

 というかなに、このテンプレな展開は。知り合いがバイト先に遊びに来るとか、マジであるとは思わなかった。でもそうだね、このバイト先を見つけたのはタツコだし、そんなタツコなら平気な顔して遊びに来るよね!


「……タツコや、ここ、トイレ掃除のバイトじゃなかったですよ」

「ああ、うん。知ってるけど。だってわかってて奨めたんだしねえ。なのにあっさり引っかかるから笑ったよ」


 やっぱりかこのヤロウ。

 いやまあ、それなりに楽しいからいいんだけど。


「接客業だから何かやらかしてないかなーって見に来たんだけど、そんな心配はなさそうで何より。お姉さんも鼻が高いよ、立派に社会復帰しちゃってねえ……」

「だーれがお姉さんだ。人に遊園地連れてけとか言っちゃうロクでなしのクセして」


 ……と、そろそろ先輩の目に留まるか。


「で、様子見に来ただけか? だったら帰ってくれないでしょうか。先輩に注意されちまう」

「んー、そだね。じゃあ帰りま――あ、そうだ。ねえ、ミキ」


 何も買わずに店の外に出て行こうとするタツコが振り返り、


「今日、すぐ帰ってきたほうがいいと思う。さっき、あまり見たくないの見ちゃったからねえ」

「え、どういうこと」

「帰ってきたら教える。それじゃあまた後でねえ」


 ……タツコがあまり見たくないもの、ねえ。なんだろうか。

 まあいいか。タツコはあれでいてテキトーなことを言わない。早く帰ったほうがいいと言うのならそうなのだろう。

 といっても、バイトが終わるまでまだまだ時間があるのだが。



 ――本当、まだまだ時間があるんですよねえ。


「おっ、ユウタ、今週の雑誌出てるぜ。買ってこーぜ」

「金ねえから無理だって。今日だって涼みに来ただけだろ」

「ちぇ」


 金が無いのにコンビニに入ったと。そしてそれを店員に聞こえるような大声で話すと。お前らどこのクソガキだ。ええ?

 ……どこのクソガキか、なんて、俺がよくわかっているだろうに。

 どうやらタツコが見たのはコイツららしい。俺もよく知っている人物だった。


 ――学校の同級生。

 中学から同じ教室で授業を受け、高校でも一緒になった奴らだ。

 昔はコイツらのことを親友だと思っていた時期もあったが、こう、なんというか、馬が合わなくなって俺から離れていった。それからすぐに俺は学校に行かなくなり、今日という日まで再会することはなかったのだが……それがむしろ奇跡じみていた。同じ街に住んでいるのだから、外に出れば出くわす事だってあるだろうに。

 俺はさきほどから、自分だとバレないようにできるだけ帽子を深く被って俯いている。

 幸いなことに、コイツらは何かを買うつもりはないらしい。であればレジに訪れることもなく、いくらか時間が経てば出て行くだろう。それまでの辛抱だ。

 ……それにしても、コイツらもここのコンビニを使うのか。良いバイト先だって思っていたけれど、この様子だとやめた方がいいかもなあ……。あまり顔を合わせたい相手でもないし。


「買えねえならせめて読んでこうぜっと……どれどれ。あ、マジかー。今週休載なのかよー、マジだりいわー」

「立ち読みするならするでもう少し静かにしろよ。追い出されるぞ?」

「へいへーい。ユウタくんってば昔から変なところで真面目だよなぁ」

「テッタがバカすぎんだろ」

「バカとかないわー!」


 ……我慢、我慢だ。

 そうして数分が経ったろうか。


 ――ピンポーン――


 マジかよ、このタイミングで……!?


「い、いらっしゃいませー」

「……んぁ?」


 マズい、声を出した際にテッタがこちらを向いた。


「……お? おお?」


 無視、無視……!

 入店したお客様のレジを手早く済ませ、またマネキンと化す。しかし一向に視線は外れず、むしろ近づいてきているかのような感覚までして「おお、ミキじゃーん」気づかれた。

 恐る恐る顔を上げると、そこには意地の悪い笑みを浮かべたテッタがいた。


「は、なにお前、学校行かないでバイトしてんの? たっはー! やべえ、超不良じゃん!」

「……っ」


 ギャハハハと、耳障りな笑い声が店内に響く。


「っつーか久しぶりじゃんよお。オトモダチに挨拶はないんですかー?」

「……よ、よお。久しぶり……」

「あぁん? なんだって? 聞こえませーん」


 ぶん殴ってやりたい、こんな奴。しかし今はバイト中。ここで手を上げては問題になりかねない。いや、ここじゃなくても殴ったら問題なんだけど。


「いい加減にしろよ、テッタ。アホ面下げて……まったく、店員さん困ってんだ、ろ……。……ミキ?」

「……ユウタも、久しぶり」


 騒がしいテッタの様子を注意しに来たのだろうユウタも、俺の存在に気づいた。

 ……ああ、早くこの場から去りたい。家に帰りたい。バイトなんてするんじゃなかった。


「……驚いた。こんなところで会うなんて」


 俺だって驚いている。ああ、確かに時間で言えばそろそろ学校は終わる時間帯だろう。でもこの時期はすでに受験勉強が始まっているのではないだろうか。なぜこんなところをうろついている。

 特にユウタ。お前はそういう勉強とか大事にする奴だったろうに。


「バイト邪魔しちまったな。悪い、帰るわ。……ほら、行くぞテッタ」

「えー、つまんねー。なあなあミキ。お前いつバイト終わんの? 久々に三人でさぁ――」

「――行くぞ、テッタ」

「……へいへい」


 ――――。

 ……助かった。これ以上あの二人と話していたらどうにかなりそうだった。ユウタが気を利かせてくれなければきっと……。

 だがそのユウタでさえも恐い。何を考えているのか、その表情から読み取れないのだ。さっきの妙に気の利いた言動も、俺にとっては都合が良すぎて……ああ、くそ。アイツらのことになると思考がネガティブになりすぎる。

 ……もうすぐ予定していた金額を稼げる。そのために暇人の特権を利用してシフトを一日中入れているのだ。それが終わったら、すぐにやめてしまおう。




「……ミキの奴、全然変わってなかったな」

「あー、そうかー? 昔はあんなオドオドしてなかったろー。ユウタ見る目無さ過ぎだわー」

「……お前に聞いた俺がバカだった」

「あ、ちょ、ごめんって。でも、やっぱり変わってないようには思えねえんだって。前はもっと、こう……ノリが良かったっつーかぁ?」

「……アイツは、昔から何もかもに怯えてたよ――」




 短期のバイトを終え、必要な金額を携え帰宅。これさえあればいつでも遊園地へ行ける。

 そんなわけで、その報告をしようと今日も家に来るのだろうタツコを待ち構えていた。

 初めてのバイトではあったが、それなりに良い経験だったのではないだろうか。多少の対人スキル向上は見られたはず。

 ……まあ、代わりにいろんなものが削れたりもしたけれど。


「にしても、今日はなかなか来ねえな……まだ寝てんのか?」

「人を勝手に寝坊助にすんじゃねえですよ! ってなわけでタツコ参上!」


 ……噂をすれば影、とはこのことか。


「いやー、最近ようやく涼しくなってきたねえ。そんなわけで今日はバッティングセンター行こうぜ☆」

「……は?」

「あ、お金なら大丈夫なんだよねえ。ほら、お父さんが奮発してくれて」

「お前、遊園地行くって話は……」

「ん? ……ああ、そんな話もあったねえ。ごめん、待ってる間に気が変わっちゃった。てへぺろ」

「はぁああああ!?」

「よーっし行くぞぉー! ほら、ちゃっちゃと準備しちゃってよねえ」

「ふざっけんなこのアホ! 俺がなんのために慣れないバイトしたと思って――」

「ん? 私のためでしょ? ありがとねえ。でもそれ、貯金しちゃってね」

「ああああああああっ!」


 とある秋の日。

 またこうして、くだらないやり取りに時間を奪われ、しかし彼女の魅力が衰えることはなく。俺はますます引き込まれていく。

 これは恋が成す盲目か。はたまた残暑が見せる陽炎か。

 ……まあ、どっちだっていいか。

 俺はせっかく稼いだお金をすぐに遣ってしまうのもアレなので、と引き出しの奥にしまい、慌ただしく出かける準備を始めた――。







次の投稿はいつになるか不明です。できる限り早めにとは思いますが……。

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