これから。
アリサが来たあの夜から次の日。
俺は健康診断などをしていた。
まぁでもたいした問題などなくて、いたって健康だった。
よかったよかった。
まぁ、あの事故が起きる前からもともと健康な方だったしな。
「ふぅ…疲れた。」
つい口からため息が出てしまう。
検査するだけでも結構疲れるな。
俺は自分の病室に戻ると椅子に腰掛けて休むことにした。
「お疲れさまー。」
アリサは、ベットの上で漫画雑誌を読みながらそう言った。
ちなみにその雑誌は、暇だったので今朝俺が買って来たものだ。
てか、なんで普通に俺のベット占領してんだよ。
おかげで休みたいのにベット使えねーし。
「あぁ、先生の話だと検査の結果次第で明日には家に帰れるらしいぞ。」
「へぇ、よかったじゃん。」
結構どうでもいいらしい。
まぁ当たり前か。
それよりもどうするか。
もちろんアリサのことだ。
今はこうして呑気に雑誌を読んではいるが、昨日はちょっと泣いてたぐらいだ。
なので俺としても、早く死神界に帰してやりたいわけなのだが。
…。
俺一人で考えても、何も浮かんでこない。
当たり前か、今俺は自分の置かれている状況のことを何一つわかっていない。
どちらかというと、アリサの方が今の俺の状況を分かっているんじゃなかろうか。
とうぜんか。
とりあえず、俺一人で考えてもどうしようもないのでアリサと考えることにする。
「アリサ、これからの事を考えてたいと思うんだけど。」
「え?そ、そうね!こんなことしてる場合じゃなかったわ!」
そう言ってアリサは、雑誌から目を離すと、
寝そべっていた体を起こさせて、ベットに座り直した。
こいつ…本当に帰りたいのか?
今、絶対に忘れてただろ…。
「な、なによ?」
アリサがほんのり赤く染まった頬で、そう言ってきた。
考えていたことが顔に出てしまっていたようだ。
「なんでもないよ。そういえば、過去にもこういう例はあったのか?」
俺は最初の方、少し笑いながらそう言うと、とりあえず気になっていた事を聞いてみることにした。
少し笑われたことが恥ずかしかったのだろう。
アリサの顔はさらに赤くなっていた。
意外に可愛いやつだ。
「そうねぇ、私は聞いたことないわ。多分あったんだとしても、その死神は魔界に帰ること事態ができないんだから、伝えること無理でしょ。」
「確かにそうか。」
ごもっともだった。
死神はターゲットと一緒じゃないと、魔界に帰れない。
そういうルールがあるって言ってたな。
多分、途中で仕事を放棄することがないように作ったルールなのだろう。
今回はそれが裏目に出たようだ。
「私もそんな風になっちゃうのかな…。」
アリサはそう言うと、顔を下に向けてしまった。
故郷に帰ることができないまま、人間界で一生を過ごすということを、自分のことのように考えしまったのだろう。
「すまん。そんなつもりはなかったんだけど。」
俺は無神経な事を言ってしまったと思って、謝った。
「い、いいわよ。だって、手伝ってくれるんでしょ?私が帰るの…。」
「あぁ、もちろん。」
「…ありがと。」
アリサは上目遣いで、さっきと同じくほんのり顔を赤くしてそう言った。
やっぱり可愛いやつだ。
「ほ、他に質問とかない?」
しばらくすると、アリサは落ち着いたのか、俺にそう聞いてきた。
聞きたいことか…。
「そうだな、人間界での死神同士の接触っていうのは、あるのか?」
「んー、基本的にはないわね。もともと私たち死神は数が少ないっていうのもあるんだけど、死神一人一人にエリアが決まってるから。」
なるほど。
「それじゃ、他のエリアの死神に一緒帰るよう、頼んでみるのはどうだ?」
「んー、それはちょっと危ないわね。」
アリサは困ったような顔をしてそう言った。
「他のエリアに入るのは、禁止されてるの。入れるには入れるんだけど…。多分入った場合、自分の仕事を取られると思って襲ってくるかも。」
「それもそうか。それじゃ、他のエリアの死神に頼んで、一緒に魔界に帰るようにお願いするのも無理なのか?」
幽霊を連れている死神にアリサがついていって、一緒に帰るということだ。
「たぶんそれも無理ね。もともと扉は二人専用なの。三人で通るのは無理だと思うわ。」
たぶん、アリサが言った扉というのは、魔界と人間界をつないでいる扉のことだろう。
「そうか。それじゃ、他の死神に頼るっていう方法はないってことだな。」
「そういうことになるわね。」
んー、困ったな。
俺が健康診断を受けながら考えたことは、全て無理ってことになった。
また別の方法を考えるしかないようだ。
「ま、まぁあれよ。まずは、どうしてあなたがそんな体になったか、原因を調べてみてもいいんじゃないかしら。」
俺が苦い顔をしていると、アリサがそう提案してきた。
「そうだな、まずはそこから調べてみるか。」
「うん!」
これ以上、魔界に帰る方法は思いつきそうになかったので、とりあえずはそれについて考えて見るのもありか。
「それじゃ、事故当時の事を詳しく教えてくれ。」
俺は事故にあった時気絶していたので、よくわからないからだ。
それに、第三者から見た方がわかる事も多いだろうし。
「え。そ、それは…。」
「ん?」
アリサはなぜか焦って、言葉を濁していた。
どうしたんだ?
「実は、その。その日って私、事故の時現場にはいなかったのよ。」
そういうことか。
「そういうのって、よくあるのか?」
ターゲットが死ぬ時に、死神はその近くにいるかどうかのことだ。
「う…、普通はね、いるもんなのよ。でもあの日私は、その…。」
なぜか凄く言いづらそうだ。
顔なんかは完全に明後日の方向に向いていて、俺の顔は見ようともしない。
「寝坊しちゃって。ごめん。」
そういうと、最後にこっちを向いて謝った。
まぁ、なんていうか凄く可愛かった。
「そ、そうなのか。まぁそういう時もあるだろ。」
思わず俺が目をそらしてしまった。
アリサは普通に可愛い。
学校の中で比べても、かなり上位には入ると思う。
「えーと、どうしようか。」
「そうだな、…現場には他の人がいたはずだ。その人達を探してみるのはどうだ?」
「確かに、今私達に出来ることっていったらそれぐらいしかないしと思うし、いいと思うわ。」
「よし。それじゃとうぶんは事故当時、現場にいた人を探してみるか。」
「うん。」
これで、少なからずこの先の方針は決定した。
多分探すのはかなり苦労すると思うが、アリサと一緒ならやって行ける気がする。
「よし、がんばろー!」
「おう、頑張ろうな。」
コンコン。
俺たちが話し終えると同時に、病室の扉を叩く音がした。
誰か来たようだ。
「どうぞー。」
誰が来たかわからないが、そのままにしておくのも悪いので、とりあえず中に入れる。
アリサは、今のところ俺以外には見えないらしいので、そのままそこにいてもらうようにした。
「誠元気?」
ドアが開くと、そこには一人の女性がいた。
てか俺の母親だった。
どうやら俺のお見舞いに来てくれたようだ。
「母さんか、俺は大丈夫だ。健康診断の結果次第で明日には帰れるらしいぞ。」
「まぁ、それは良かったわ。それよりお母さん、誠がひかれたって聞いて凄く心配したんだから。」
「ごめん。」
本気で心配してくれたようだ。
俺は途端に申し訳ない気持ちになって、素直に謝る。
俺と母さんは比較的仲はいい方だと思う。
別にマザコンってわけではないが。
「まぁ助かったんだから良いのよ。本当に良かったわ。」
ナースの平井さんに聞いた話によると、母さんは事故があった日にも来てくれていたようだ。
最後までいてくれたが、俺が起きなかったので仕方なく帰ったらしい。
「雫は来てないのか?」
「雫ちゃん呼んだんだけど…。ほら、あの年頃は難しいから。」
母さんは困った顔をしてそう言った。
雫は高校一年生の俺の妹だ。
前は仲良かったんだけどな…。
まぁ本当にあの年頃の女の子は難しいしな、いいんだ。
別に悲しくなんかない。
ほんとだぞ?
「でもあの子も心配してるのよ?昨日なんて、心配して私が帰ってくるまでずっと起きてたんだから。」
「なるほど。まぁそれは見たい番組でもあったんだと思うけどな。」
「あらあら、お兄ちゃんも恥ずかしがりやね。」
母はニコニコしながらそう言った。
別に照れてねぇよ。
俺と母さんはその後も話しをしていた。
その間アリサはというと、いつの間にか病室からいなくなっていた。
どうやら気をつかって、窓から何処かに出て行ったようだ。
「それじゃ、お母さん帰るね。何かあったら電話してくれたらすぐに来るから。」
しばらく話すとお母さんは帰ることにしたようで、席を立った。
「あ、そうだ。そういえばケータイ壊れてたんだ。」
「あ、そうなの?まぁ公衆電話もあるんだし、その時はそれですればいいから。」
「わかった。」
「それじゃ、早く帰ってきてね。バイバイ。」
「おう、バイバイ。」
母さんは手を振って帰って行った。
「帰った?」
不意に後ろから声が聞こえてきた。
俺は、それにびっくりして振り返る。
「なんだアリサか。驚かすなよ。」
「なんだとは何よ。空気を読んであげたのに。」
その声はアリサだった。
窓からちょっとだけ顔を出してそう言ってくる。
「あぁ、それはありがとな。」
「いいのよ。」
アリサが病室に入ってくる。
そしてそのまま俺の隣に座ると、また雑誌を読み始めた。
俺はそのままベットで寝ることにした。
「寝るの?」
「うん、ちょっと疲れた。」
「そう。出て行こうか?」
アリサが立って出て行こうとする。
「別にいいぞ。」
「わかった、それじゃここにいるわ。お休み誠。」
アリサは再び腰を下ろすと、そう言ってくれた。
「お休み。」
そう言って俺は目を閉じる。
疲れていたので、すぐに眠気が襲ってきた。
俺はその眠気に身を任すと、そのまま深い眠りについた。
「お世話になりました。」
「いえいえ、お大事にね。」
健康診断の結果も帰ってきて、完全に大丈夫となった俺は、次の日退院した。
お見送りには平井さんが来てくれて、言葉をかけてくれた。
いい人だ。
たかが三日とちょっとの入院だか、外の景色を見るのが、随分久しぶりのような感じがしする。
「んんー。なかなか気持ちいいけど、流石に暑いな。」
入院していたとしても、季節が変わるわけではない。
今日も外では、暑すぎるぐらいの太陽が空の上で燃えていた。
「そう?あんまり変わらないわよ。」
どうやら死神は、暑いとか、寒いとかあんまり関係ないようだった。
アリサに聞いた話によると、風邪などをひく時もあるが、仕事などを休まないために、自分で体温調節ができるようになっているらしい。
全く便利な機能だ。俺にもそれくれ。
「俺は暑いんだよ。…よし、家に帰るか。」
「はーい。そういえば、学校とかはないの?」
アリサは空中にプカプカ浮かびながら着いてくる。
「大丈夫。今は夏休み中だから、基本的に休みなんだ。」
「ふーん、そうなんだ。え、それじゃ。事故にあった時って、なんで学校に行ってたの?」
「あぁ、あれは部活だよ。部長がふいに、集まれとか言ってきたんで、仕方なく行ってたんだ。」
そう。あの時学校に行ってたのは。
その日の朝に部長から、大事な用があるからってことで、部活のメンバー全員が集められたんだ。
まぁ、結局俺は行けなかったわけだが。
なんか事項自得とか言って、お仕置きとかされそうだな。
いやだー。
「へぇー、部活なんかに入ってたんだ。なんて部活?」
「文芸部だよ。本を読んだり小説作ったりする。」
「意外すぎるわね…。」
アリサが凄く不思議そうな顔をしていた。
まぁわかる、俺も入るつもりはなかったんだ。
俺だってあんなことがなければ…。
まぁ、今はその話はいい。
「自分でも分かってるから言わないでくれ。どうせ放課後行ったって、漫画読んだりするだけだからいいんだ。」
「ふーん。けど、あんたが夏休みなら、私も遠慮なく手伝ってもらえるから良かったわ。」
「おう。まぁでも、今は俺の家に行くのが先だ。荷物なんかも置いとかないといけないしな。」
「はいはーい。行きましょ。」
そう言うとアリサは、歩いていた俺を抜かして前に出た。
「いや、場所わからねぇだろ。」
「…。」
下がってくるアリサの顔は、凄く赤かった。
俺たちは、そんな会話をしながら家へと向かう。
これから大変になる。しかしなぜか不思議と、楽しみっていう気持ちもあった。
「頑張ろうな。」
俺は後ろを振り返りアリサに言った。
「うん!」
笑顔で答えてくれるアリサに、俺は絶対に助けてやると心に誓った。
誠たちが家にかえった数分後、病院をじっと見つめる一人の女性がいた。
「ふっふっふ、私のメールを無視した復讐を今果たそうではないか。」
そう言ってその女性は、病院の中へと入っていった。