世界の規則とアリサ。
「なんとか、逃げきったか?」
俺は息をきらしながら、さっきまで走っていた病院の廊下を振り返った。
見えたのは、夜の月明かりに照らされた廊下だ。
どうやらさっきの少女は、まだ追いついていないようだった。
よかった。
しかし何だったのだろう。
いきなり病室に入ってきたかと思うと悲鳴をあげて、落ち着いたかと思うと俺を殺そうとしてきたり。
とりあえず俺は、切らした息を整えるために近くにあったベンチに座った。
ここなら左右廊下が見えるので、さっきの少女が追いかけて来たとしてもすぐにわかるから安全だ。
いや、それ以前にナースステーションにいった方がいいのか…。
しかし、さっき平井さんが来た時にあの少女のことは見えていないようだったので、行っても仕方ないか。
変なやつと思われるのは嫌だし…。
俺はベンチに座ってそんなことを考えながら、とりあえず体力の回復に専念した。
それにしても、自分でも思ったより早く走れた気がする。
俺、足は遅い方だったのに…。
そういえばさっきもそうだ。
よく少女の鎌を避けたなと思う。
しかも二回。
偶然にしても運がよすぎるし、自分の体に何かあったのだろうか。
例えば…事故にあったショックで、何か不思議パワーに目覚めたとか…!?
バカか俺は…。
こんな時に何を考えているのだろうか、やはり呑気すぎるな。
しばらくすると、切れていた息も整い、安定してくる。
しかし俺は動こうとせずに、これからどうしようか迷っていた。
あの病室に戻るか、このままここで朝まで起きているか、をだ。
今の所、あの少女は追いかけて来ていない、もしかしたら病室で待ち伏せている可能性がある。
どうするか…。
カツカツ…。
俺がいた病室の、反対側の廊下から誰かがやってくる音がした。
どうやら俺に選択権はないようだった。
病院だから当然誰かが見回りに来るのは当たり前か。
そう思いながら俺は、その足音から逃げるように、病室へと戻っていく。
見つかって、何か言われるのは勘弁だからな。
鎌を持った少女に襲われました!
なんて、言ってもどうせ信じてもらえなさそうだから言えないし…。
なるべく物音を立てないようして歩き、病室へと戻ってきた。
とりあえず廊下側から中を覗き込むように確認してみる。
誰もいないみたいだ。
もしかしたら、さっきの少女がいると思ったのだがどうやら思い違いのようだった。
それならどこに行ったのだろうか…。
命を狙われたのだ、再び戻ってくるかもしれないので今日はどのみち眠れぬ夜になりそうだった。
俺は病室に入り、きちんとたたまれた布団の中に入ろうとした。
そう、たたまれた布団にだ。
おかしいだろ。
だってさっき俺は、慌ててベットから降りたんだから布団は乱れているはずだ。
そんなことに気ずかないなんて…。
ていうか、布団が膨らんでることに気ずけよ。
バカだ俺。
入ろうとして布団をめくると、そこにはさっきまで俺の命を狙っていた少女が膝を抱えてうずくまっていた。
俺は固まってしまった。
すると目を光らせて少女が起きた。
「あ、戻ってきた。何逃げてんのよ、手間取らせないで。」
少女はベットの上に立ち上がると、そう言って不機嫌そうな顔をした。
駄目だ…目の前の光景が俺の思考に追いつかない。
俺、死ぬの?
「ん?おーい、聞いてる?」
「っは!お、お前はなんなんだよ!」
ようやく俺の思考が目の前の状況に追いついてきたようだ。
とっさにそんな言葉がでた。
「あんたね、私のことをお前だなんて呼ばないで。私にはアリサっていう名前があるんだから。」
彼女は、誇らしげにそう言った。
「あー、それはごめんアリサ。って、そうじゃない!それじゃアリサはいったい、なんなんだ…!?」
「んー、まぁいっか。さっき私の鎌を避けたご褒美に、教えてあげる。私は死神よ。それを聞いたらだいたいわかるでしょ?」
アリサは、可愛らしい顔を傾けながらそう聞いてきた。
「死神って…。それでわかるわけないだろ!?もっとわかりやすく言ってくれよ!」
「あー!うるさいからそんなに大きな声を出さないで!」
「そっちだってうるさいじゃん…。」
「揚げ足とるな。わかった、ちゃんと説明するから。」
アリサはそう言ってベットに腰掛けた。
「まず、あなたは一ノ瀬 慎…よね?」
「そ、そうだ。」
「うん、あってるわね。まぁ、単刀直入に言うわ、あなたは昨日の時点で死ぬはずだったの。車にひかれてからすぐにね、即死だった。」
「ちょっと待ってくれ、死ぬはずだったって、じゃあなんで俺は生きてるんだよ!?」
「だからうるさいって。ちょっと落ち着きなさい。」
落ち着いてられるか。
せっかく助かっているのに、死ぬはずだったなんて言われて、落ち着いてられるわけがなかった。
「あなたはあの事故で死ぬはずだった、なのに生きていて、今もこうしてピンピンしている。自分でも不思議に思わない?車にはねられたのに、たった一日気絶しただけで済んでるのよ?」
「それは…。」
確かにそうだ。
自分でもおかしいと思うし、先生も奇跡だと言っていた。
「まぁ、そういうことだから。死んでね♡」
アリサは、素敵で可愛らしい笑顔でそう言うと鎌を構える。
言ってることと持っているものは、すごく怖かった。
「だから待てって。実はあの事故で俺は死んでいたってことはわかった。でもなんで殺されないといけないのかが、わからないんだ。」
「あーめんどくさいわね。」
「俺の命がかかってるんだ、頼むよ。」
本当にめんどくさそうなアリサに、拝むようにして頼む。
「わかったわよ。とりあえず頭あげて。そうね、じゃあこの世の規則から教えるわ。」
この世の規則?
「法律みたいなものか?」
「んー、なんか違う気がするけど。まぁ簡単よ。運命ってやつね、大きくゆえば。」
運命か。
なんとなく想像できた。
つまり運命によって、俺は車にはねられてあの時に死ぬ、と決められていたのだろう。
「私たち死神は人の死がわかるの、その人がいつ死ぬのか、どのように死ぬのか。死神の仕事じたいは、死んで幽霊になった人を無事に天国か地獄に送り届けるってゆう仕事なんだけどね。ここまではわかった?」
「あぁ、とりあえずは。」
「よろしい。それで、あなたの担当だった私は、死んで幽霊になったあなたを連れて行こうとしたの。それなのに、幽霊にはならないし、そのまま無傷でいて、今ここでこうやって私の話聞いてるし。…もう!」
アリサは言っている最中で腹がたってしまったようだ。
「お、落ち着けよ。」
「あんたね!世界の基礎を破っといてよくそんなことが言えるわね!」
そうか。そういえばアリサが最初に。規則違反者とか言っていたが、そういうことだったのか。
「す、すまん。でも本当に待ってくれよ。俺だって今の話を聞いて混乱してるんだから。」
本当にわからない。
世界の規則なんだろ?
じゃあなぜ俺は生きているんだよ。
あぁ、くそ。
「んー、これまでの話はわかったの?」
「あ、あぁわかったつもりだ。」
「なら話は早いわね。わかったんなら死になさい。」
そう言って、アリサは再び鎌を構えた。
しかもさっきの笑顔で。
全然人の話を聞いてねぇ…。
「だから待てって。ちょっと考えらせてくれ。頼むよ。」
「あんた、考えるっていっても。死んでもらうことには変わりないからね?」
マジかよ。
もう死ぬしかないの?
「痛くしないから、一瞬よ。」
アリサは目の前で素振りをした。
あたりそうで怖いって…。
「まてよ、気になったんだが。それなら今俺の死ぬ運命はどうなってるんだ?伸びてるんじゃないのか?さっき、人の死がわかるって言ったよな。見てくれよ!」
俺はアリサの腕を掴んで必死に頼んだ。
柔らかいな。
大きい鎌を振り回してんだから、もうちょっと硬いもんだと思ったが…。
「わーかった!わかったから、離して!」
「す、すまん。」
俺はしぶしぶ離す。
変態か俺は。こんな時に何を考えているんだ。
「えっと、待ってよ。」
アリサは、背中側に手を突っ込むと、手探りで何かを探しているようだった。
数秒後、探していたものを見つけたようだ。
「あったあった、それじゃ見るわね。」
なんかメガネみたいなのを着けて、そう言った。
「んー、えっとね。ん?おかしいな、壊れてんのかも。」
アリサはそう言うと一回はずし、レンズに息を吹きかけるともう一度つけた。
昔のゲームじゃないんだから、それじゃあ治らないだろう。
「どうだ?」
「おかしい…。なんか変なノイズみたいになって見えない。」
アリサは、メガネを付けたままそう言った。
「うそ、こんなの始めて…。」
相当びっくりしている。
多分こんなことは本当に、今まで一度もなかったのだろう。
「どういうことなんだ?」
「私にもわかんないけど。たぶん、あんたの死の運命が変わったせいで、バクが起きてるんじゃないかと思うけど…。」
アリサはこめかみを指で抑えて、考えてるようだった。
「お、おい、やっぱそれが壊れてんじゃないのか?」
俺はさっきのメガネを指差して言った。
「それはないわよ、だってこの前変えたばかりの新品よ。ミキで買ったんだから!」
「じゃあ、なんで。」
「…やっぱり、一回殺してみるしか…。」
アリサが、何か言った。
しかしその言葉は、小さすぎて俺の耳には入ってこなかった。
「何か言ったか?」
「えっ!?な、何もないわよ…。それより…、あ!見て後ろに宇宙人が!」
「え、どこ!?」
ブシャ!!
そう言って後ろを振り返った刹那、自分の体がなくなったような感覚がした。
いや、なくってはなかった。
俺の目の前に、しっかりと体はあった。
しかしその体には、本来あるべきの首から上がなかった。
なんだこれ新手のホラーか?
怖すぎんだろ…。
そして、俺の意識はシャットダウンしていく。
「ん…。」
目が覚めるとそこは、知らない天井だった。
いや、知ってるか。俺がいた病室だった。
なんだろう、すごくリアルな夢を見ていたような気がする。
アリサと名乗る死神が来て、騙しうちにあい、自分の体とご対面したような夢を見た。
てか、なんで俺床で寝てるんだ?
きずくと俺は床で寝ていた。
まぁ寝相が悪くて落ちたんだろう。
そう考えるようにした。
「あ、起きた?おーい、大丈夫?」
なぜか上にあるベットの方から、声がする。
しかもついさっき聞いたような声だ
嘘だろ、夢じゃねぇ。
夢オチならどれだけよかったか。
俺はビックリして、自分の首を確認する。
「繋がってる。」
「そうね、繋がってるわ。てか、繋がったわ。」
アリサが、座っていたベットから降りると、俺に顔を近づけてきた。
ふと、いい匂いがした。
やはりいくら死神でも、女の子は女の子のようだった。
「あんた、死ねない体になったみたいね。」
アリサは、俺の目をまっすぐ見ながら、今日何回目かのビックリするようなことを言ったのだった。
「死ねない体って、どういう…。」
「そんなの私が聞きたいわよ。まぁたぶんだけど、世界の規則を破ったあんたは、死という運命からとおく離れた存在になったわけ、だからあのメガネで見ても、ノイズが走ってわからなかったのよ。」
なるほど、つまり死の運命に見放されてしまったというわけか。
「もー、それじゃ私はどうすればいいのよ!このままじゃお家に帰れないじゃない!」
「どうして帰れないんだ?」
「う、私達死神は一回人間界に出たら、ターゲットの幽霊を連れてくるまで魔界には帰れないの。」
どうやらアリサは、若干泣いているようだ。
目の端に涙を溜めていた。
そりゃそうだ、家族とも会えなくなる。
自分の故郷というのは大切なもので、さらに一つしかないもの。
そこに帰れないとなると、悲しくなるのも当然だった。
「どうしよう…。」
アリサは本当に困っているようだった。
さすがに可哀想だ。
だってアリサが家に帰れないのは、俺のせいでもあるから。
そう考えると、口から勝手に
「何か方法があるはずだ。俺が一緒に探すから諦めんな。」
つい、そんな言葉が出てしまった。
話が進んだようで進まない…。
見てくれた人すんません。
ぼちぼち頑張ります。
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