三 ゲームと現実の一致と齟齬
設定通り、美鈴と私は寮でも同室になりました。
私立東ノ宮学園は、東ノ宮グループを経営母体とする金持ちの子女も多く通うボンボン校です。入学試験はそれなりのレベルを保っているので、いくら金銭を積んでも落ちる奴は落ちちゃうし、そもそも金銭積んだ時点で丁重にお断りされる、というのはこの世界に生まれてから得た情報です。ボンボンのための甘甘学園というわけでもないんですね。
そのスタンスを体現したものかどうかはわかりせんが、東ノ宮学園では自律精神の育成をモットーのひとつとするため、学生は半義務的に寮生活を推奨されます。つまり、親の威力も甘やかしもあてにせず成長せよ、ということなのですが、まあ、そんなの表向きの建前ですよねー。威を借りまくってる人なら沢山知ってます。
実際仲良くなれるかどうかは、ゲームじゃないんだからわからないよなあと正直不安も抱えつつ、チュートリアル役らしく学校やら寮やらのことを案内している内に順調に仲良くなれました。流石ヒロイン。ヒロイン度が違います。言って、何の説明にもなっていないことに気がつきました。コミュ力と人間力が激高ってことです。見た目も中身も可愛くって、ちょっと抜けてて、でも自分の芯がしっかりしてる、ってもう、ほらぁ、全面全種何でもホイホイじゃないのこれぇ。かわいいわー。
最初は、よーし、人間観察しちゃうぞぉ! くらいの邪な動機がほとんどだったのですが、会話している内に、感覚が近く、趣味も合うことがわかってきてからは、単純に友達づきあいが楽しくなってきました。ちょっとほんわりしているところも、私の世話好きマインドを刺激したのでしょう。結局、本当に普通に仲良しになりました。休みの日には一緒に遊びに出かけるし、寮のキッチンでお菓子を作ったりもします。私にも彼女にも、他にも友達はいるのですが、何というか、金持ち感覚が身に染み着いてなくて時々困るっていうか。
私が秋嶋の家に生まれて17年。割とお金持ちな生活にもそれなりに慣れたつもりですが、それでも今でも驚いたり違和感を感じることがまれにあります。転生しても魂には小市民が刻み込まれているのかもしれません。
そこへ行くと、美鈴の驚きと違和感は私の比ではないのでしょう。だって彼女は17年間、正真正銘金持ち生活とは無縁の一市民として生活してきたのですから。
ちなみに、彼女の東ノ宮学園への入学の契機はざっと説明すると以下の通りです。これがそのまま、ゲームでは導入部分になっています。
花野美鈴は祖母と2人暮らしでしたが、祖母が入院してしまいます。入院費や、今後の生活について途方に暮れていたところ、薄紫色の封筒に入った謎の手紙が彼女に届きます。それは祖母の入院費を保障し、彼女には特待生になれば学費寮費が免除される東ノ宮学園への転学を勧めるものでした。祖母は何かを知っているようでしたが、自分で決めなさいとしか言いません。彼女は考えた末、東ノ宮学園への転学を決めるのでした……。
もちろんー。薄紫色の封筒の主とかー。知ってるんですけどー。この後、折々で文通とか始まっちゃってー、紫の君とか、なんかこう、口元がもにょもにょするような名前で呼ばれちゃうことも知ってるんですけどー。紫の君とか、薔薇のひとかよ!
まあ、何が言いたかったかと言うと、私達にとってお互いはこのボンボン学園において、近しい感覚や常識を共有できる貴重な相手だったということです。仲良くなるのはある意味当然でした。私だって、彼女と一緒にいるのがこんなに楽しいなんて想像もしてませんでしたけど。多分、今一日の中で一番一緒にいる時間が長いのは美鈴です。
そんな感じで私は日々美鈴との親交を深め、自分でも驚くほど楽しい学園生活を送っていましたが、決して当初の目的を忘れたわけではありませんでした。そう、私の学園生活は、美鈴を中心に展開されるであろうときめきラブドラマを見ることを至上の命題としているのです。その意味で、私の東ノ宮学園生活は今年ついに始まったと言っても過言ではありません。去年? 全部ひっくるめてプロローグだよ!
美鈴は友人としても代え難く、そしてヒロインとしても完璧な逸材でした。いやあもう、出会う出会う! 美鈴が歩けば、イベントと攻略対象に当たるんです。何それ素敵、超楽しい!
隠れピュアな俺様生徒会長に身の程を弁えないファンクラブ員だと誤解されては相手が誰とも知らずに説教をかまし、不思議系秀才君の今まで誰にも見つかったことのない秘密のサボり場所を見つけては寝ぼけた彼に抱き締められて思わず頬をひっぱたき、誰かが苦しそうにしている声がすると駆け付けてみれば苦しいけど気持ちいいのぉ的な展開で女生徒と一緒にいる腹黒眼鏡とファーストコンタクト。
凄かった。特に最初の一月とか半端なかった。上記はほんの一部で、タイプに死角なしと言わんばかりの数の攻略対象の初見イベントから相手によっては第1イベントまでこなしてしまうんだから、ヒロインパワーって凄い。本人は厄日が続くって少し項垂れていたけど、まあ、当事者からすればそうですよね。私ばっかり楽しんで申しわけなかったので、その週の日曜日は本気出してストロベリータルトを焼いてあげることにしました。
タルトを焼きながら、あれ、そういえば鳴海との初見イベントがなかったと気が付きました。なんてこと、フラグ全折りの余波は初見イベントから表れてしまったようです。2人とも自分が普段から普通に会っている相手だから、2人が出会っていない可能性に気づくのが遅れました。一応私の知らないところで出会ってないか美鈴に確認してみましたが、返答は「話をしたことはないよ」でした。やっぱりです。
まさに痛恨の手抜かり。弟とヒロインがくっつけばいいと強く願っているわけでもありませんが、美鈴は本当に可愛くて素敵な友人ですし、鳴海も自慢の可愛い弟です。2人次第でそういう可能性があってもいいんじゃない? ちょ、凄い可愛いカップルになるんじゃない? 程度のことは思います。あー、でも、弟と友人といっぺんに盗られたみたいでさみしいかなぁ……。いやいやしかし、弟の春の可能性を潰すだなんて、そんな鬼姉みたいなことはできません。初見イベントを潰したのが私の責任である以上、ファーストコンタクトくらいは私がセッティングすべきですよね。それ以上はお節介だとしても、それくらいは。
とすると、ゲームに添ったような場面をセッティングすべきかとも考えましたが、ゲームの初見イベントは、階段でたまたまでくわし険悪な因縁をつけられる、というものでした。無理。お姉ちゃんは出会い頭に人様に因縁つけるような子に育てた覚えはありません。どうしようかなあ、とできあがったタルトを眺めていたら、ひらめきました。初見イベントが無理なら、別イベントに倣えばいいじゃない!
幾つ目だったか鳴海ルートの中に、ヒロインが手作り菓子を振る舞うというものがありました。ああこれは丁度良い。鳴海が甘いもの好きだという情報を美鈴に知らせる機会にもなるし、ほどよい布石になってくれるんじゃないか。我ながら素晴らしい思いつきだと思って、いそいそと私は鳴海にメールを送ることにしました。曰く、「イチゴのタルト焼いたから、月曜の昼休み一緒に食べよう」。善は急げで今日でも良かったのですが、意外と厳しい寮門限18時。午後4時も回った今からじゃ、ゆっくりお喋りもできないと考え直しました。
鳴海からは速攻OKの返事が返ってきました。本当に昔から苺には目がない弟ですね。そんなところも可愛いと思ってしまう私は、まだまだブラコンから卒業できてないなあ。