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一 リスタート

 使い古された説明をします。私、秋篠(あきしの)ほのかは乙女ゲーム系転生少女です。

 4歳の時、前世の記憶が目覚めました。そして現世が、前世で言うところの乙女向け恋愛ゲームの世界観と酷似していることに気が付きました。前世の死因やら何やら、その辺りはもうくどくどしく申しません。細かい辻褄合わせ的な説明など最早皆様方も聞き飽き読み飽きスクロールの指が加速するってもんです。あれ、なんかメタってる。気をつけます。

 ともあれ、「身体は4歳! 心は23歳!」などと、とても真顔では語れないキャンセル無効の強制厨二病イベントの結果、私は自今分が生きているのが某学園恋愛ゲームの世界である、ということに気が付いたのでした。当初は疑惑でしかなかったそれも、疑いの目を持って周囲を見渡してみれば、ゲーム内オリジナルの大型商店、ゲーム内オリジナルの街名、ゲーム内オリジナルのマスコットキャラクター、ゲーム舞台そのままの名前の学園、攻略対象そのままの名前の我が弟くん…………。そういうことだろ! もうわかったよ! と街中で地団駄を踏んだのがたまたまクレープ屋さんの前だったので、癇癪と勘違いした父がクレープを買ってくれたのは、甘いけど微妙な思い出です。

 混乱し、困惑しました。ゲームの設定で言えば、私が17歳で弟が16歳の時に本編は転校生ヒロインの登場によってスタートします。それは、13年も先のことなのです。それまで、どうすればいいんだろう、というのが困惑の理由の最たるものでした。つまり「13年後に正しくゲームが始まるためには、それまでに私は何をして、どうなっていないといけないんだろう」と考えてしまったわけです。

 的外れな悩みと思われるかもしれません。今なら変な方向に混乱してたなあと自分でも思います。でもその時の私は、ここがゲームの舞台なら、その設定通りにゲームは始まらなくちゃいけない、と反射的に思い込んでしまいました。本編以前のことなんて、そんなのわかんないよ! 理不尽だ! と混乱していると、流石は4歳児の涙腺、みるみる堪えきれない涙があふれ、クレープを食べながらボロ泣きというまさかの事態。違う、違うのよ、お父さん。チョコバナナクレープはめっちゃ美味しいんだけど、だから口が止まらないんだけど、でも涙も止まらないんだよ!

 おろおろしている父親に、ぼろぼろ・もぐもぐしている4歳児。不審の極地。

 状況を変えたのは、正に、びゃー! って感じの大泣き声でした。私と同じように買ってもらったクレープを手に持ち、チョコレートソースで汚した口を開けてわんわんと泣き始めたのは、さっきまでびっくり顔をしていた当年3歳の弟くん。

 おろおろやぼろぼろやもぐもぐの代わりに、一瞬父子揃ってぽかーんとしましたが、すぐにおろおろ度に拍車を掛けた父親が、どうしたのかと慌てて体の向きを変えました。しかし、弟は父の慰めなど一切聞こえていない様子でびゃあびゃあ泣いた後、相変わらずぽかーんとしている私のところまで少しおぼつかない足取りでやってきて、


「ん!」


 と、右手を突きつけてきました。

 ぎゅっと握りしめられた小さな拳の中には、クレープの包み。力一杯握っているせいで、クレープはひしゃげ、押し出されたカスタードクリームとイチゴが今にもこぼれそうになっています。私も父も、意味がわからず動けないでいると、焦れたように、「ん! ん!」と手を突きつけてきます。

 父が側に膝をつき「どうしたの」と今度はさっきよりも優しく尋ねると、弟は真っ赤な顔を再びくしゃりと歪めました。大きな瞳からぼたぼたと涙が落ちて、息苦しそうにひくひくとしゃくりあげています。そして、言いました。


「ないてない!」


 いや、号泣してるよね? 顔すごいよ?


「ないてない! あげる! ぼく、すき! ないてない! すき、あげる! なかない!」


 幼児語、難ぇ……。そう言うべきところでした。でも、でも。私には、彼の言葉も、彼が私に差し出したままの潰れたクレープの意味も、全部ちゃんとわかって、伝わって、――――すとん、と胸に理解が落ちました。


 ああ、これはゲームじゃないんだ。


 感情をまとめて喜怒哀楽と言うけれど、実際には感情がそんなに単純なはずがない。弟の、精一杯の幼い思いやりが嬉しかった。でも、同じくらい弟を泣かせてしまったことが悲しくて辛かった。

 お出かけして買ってもらったクレープはどうしてだかいつもより美味しくて嬉しく感じたのに、泣いてしまって困らせてしまった父の顔を見ると、それだけでまた泣いてしまいそうになる。

 胸の中がぐちゃぐちゃで、気持ちに名前がつけられなくて、嬉しくて、悲しくて、辛くて、腹立たしくて――だからこそ、その感情の渦の生々しさに、私はこれが現実であることを実感しました。

 画面の向こうの夢に満ちた仮想ではなくて、もっとずっと生々しい現実。例え誰かにとってはゲームだったとしても、私や弟や両親や、そこで目を丸くしているクレープ屋のお兄さんにとって、これは紛れもないリアルなのだ、と。

 そうするとまた涙がぼろぼろとあふれてきて、どの感情が理由で泣いているかもわからないまま、私は大声をあげて泣きました。すると、それが感染したのか再び弟も泣き始め、二人揃ってびゃあびゃあとカエルのごとき大合唱を往来で繰り広げる結果となりました。

 大号泣の幼児に挟まれ殆どパニックになっていた父を尻目に満足するまで泣ききると、私たちは丁度半分くらいずつ残っていたクレープを交換しました。ぺろりとそれを平らげた後は、お互いにご機嫌で手を繋いで帰ったのを覚えています。

 これが私に弟ができた日で、私が前世の記憶を取り戻した日で、彼と初めて手を繋いだ日、なのでした。(後年話を聞くと、父はこの時警察に通報されたそうです。職質され、任意同行まで求められたところを、クレープ屋のお兄さんの証言で何とか助けてもらったそうです。覚えてないのかと憐れっぽく言われましたが、ごめんなさい全く。とりあえず、お父さんマジゴメン。)

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