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【2】全てはレディのために

 馬場の外には、騎士たちの控えの天幕が並んでる。天幕の前には、それぞれ出場する騎士の紋章を描いた旗が立っていた。

 騎士も従者も、馬さえも、みんな試合の準備に大忙し。やせっぽちの女の子一人がうろちょろしてても、気付かない。


「姉さま、どこかな」


 天幕の間を縫って、ちょこまかと歩いた。

 黄色い星に向かって羽ばたく青い鷲、レイラ姉さまの紋章を探して。

 それはモレッティ家の家紋とも、騎士団の紋章とも違う、姉さま専用の印。


 騎士はみんな、所属する騎士団や、家の紋章とは別に『その人個人を識別するための目印』を決めるんだって。鎧兜をつけると、誰が誰かわからないし。持ち物につけておけば、誰の物かすぐ判るから。

『公式の紋章じゃないから、けっこう好き勝手に決めてる』ってレイラ姉さまは言ってた。


 だったら名前を書いておけばいいのにね。それとも騎士って文字を読むのもめんどくさいの?


(さっきから私、レイラ姉さまのことばっかり考えてる)


 ちっちゃい頃から、レイラ姉さまはずっうと『私の騎士』だった。試合の時はいつも、私のハンカチを左腕に巻いて戦ってくれた。

 だけど今はもう違う。姉さまには、将来を誓い合った男性(ひと)がいるから。

 モレッティ家の二の姫は、今はその人のために。そして、自分自身のために戦うのだ。


(私、何やってるんだろう)


 足が止まる。

 姉さまの隣には、あの人がいる。

 今さら私が行ったって、2人の邪魔するだけじゃない。かと言って、客席に戻るのも気が進まない。

 ため息を着い立ち止まったら、おあつらえ向きに目の前に、ちっぽけな木なんかが生えてたりする訳で。寄りかかってひとやすみした。

 よく晴れた青い空を背景に、葉の形が透けて見える。うねうねと波打つ輪郭の細長い葉っぱ。


(あー、(オーク)の木だ、これ……)


 まだ実はなってないのかな。あったら拾うこともできたのに。拾ってどうするって訳でもないけど……。私はリスじゃないから、ドングリは食べられない。


(あなたもいっそ、クルミとか、栗なら良かったのにね)


 ぼんやりと考えていたら、さく、さくと土を踏む足音が近づいてきた。

 拍車を着けた、頑丈なブーツの音。姉さま? ううん、もっと重くてどっしりしてる。


 日の光が陰った。


「っ!」


 目の前に、肩幅の広い、背の高い男の人が立っていた。ゆるく波打つ褐色の髪が肩を覆ってる。所々きらきら輝いて見えるのは、金色の房が混じっているからだ。

 ちょっぴり目尻の下がった瞳の色は、さっきまで見上げていた樫の梢の若葉と同じ、透き通る緑。


 白いサーコートが風に翻る。胸には真っ赤な獣が翼を広げていた。頭と前脚、翼は鷲。後脚は馬――鷲頭馬(hippogriff)だ! 

 振り上げた右の前脚が、剣のように細長い草花を掲げている。あの形は、ラベンダー……かな?(いまいち自信ないけど)


「初めまして、レディ」


 低い、よく通る声で彼は言った。慌てて背筋を伸ばして、答える。


「ご……ごきげんよう、ヒポグリフの騎士さま」


 この人、知ってる。何度か砦で見かけたことがある。

 その時は、ブルーのサーコートに、赤い盾の左下で直角に交差する二本の白いライン……西道守護騎士団の紋章を着けていた。父さまが団長を務める、西の辺境を守る騎士たちの印。


(きっと、こっちがこの人の個人紋なのね!)


「ディートヘルム・ディーンドルフと申します」


 まるで、おとぎ話の光景が現実になったみたい。

 騎士ディーンドルフは私の前に跪き、言ったの。

 言ってくれたの。

 言っちゃったの!

 

「あなたの名誉のために、戦わせてください」


(これは夢? 夢なら覚めないで、あとちょっとでいいから!)


 それは、今まで何度も聞かされた言葉。だけど、いつも言われる相手は姉さまたちで、私じゃなかった。

 ずっと想像してた。自分に言われたら何て答えようって。頭の中で繰り返してきた。

 何十回も練習してたはずの言葉が今、声にならない。

 手が震える。どうしよう、みっともない、はずかしい!


「はいっ、お願いしますっ」


(ちがうの、ちがうの、もっと優雅に返事したいのにーっ!)

(そうだ、ハンカチ。ハンカチ出さないとっ)


 ごそごそと手提げ袋からハンカチを出そうとしたんだけど、ひっかかって上手く出てこない。変だな、レイラ姉さま相手の時はするっと出せるのに。

 何で? どうして?


「こ、これを使ってちょうだい」


 やっと引っ張り出したハンカチを、両手に持って差し出す。

 ディーンドルフはちょこんと座ったまま、待っていてくれた。

 まるで、命令を待ってる大きな犬みたいに。

 ぶるぶる震える手でつかんだハンカチを、うやうやしく両手で受けとってくれた。

 そして私の手をとって、そ、と手の甲に唇を当てた。

 

(わああ)


 彼の手は姉さまより、ずっと骨組みがしっかりしてて、大きくて、太かった。キスする唇はくすぐったくて、あったかかった。


「私は、ニコラ・ド・モレッティ。やるんだったら、とことんやんなさい! 負けたら承知しないんだからね?」


(わーん、何でこんなこと言ってるの、ばか、ばか、わたしのばかーっ)


『私の騎士』は、きょとんと目を丸くした。だけどすぐに笑顔でうなずいた。


「はい!」


 白い歯を見せて、目を細めて。ちょっぴり恥ずかしそうに、でもはっきりした声で答えてくれた。


「御心のままに、レディ・ニコラ」

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