浮島の煙突から生まれた星くずの子
川崎のいちばん端っこ。いくつもの橋を渡った先にある「浮島うきしま」と呼ばれる人工の島に、その工場はありました。
まわりはぐるりと青い海に囲まれ、島の中には人間ではなく、銀色に光る巨大なタンクや、複雑に絡み合うパイプのジャングルがどこまでも続いています。昼も夜も、工場たちは「ゴーーー」と低い音を立てて働き続け、空に向かってそびえ立つ何本もの高い煙突からは、白い煙がモクモクと吐き出されていました。
ある、特別に風が強い冬の夜のことです。
浮島のいちばん海沿いにある、ひときわ高い煙突のてっぺんから、不思議なものが飛び出しました。それは煙ではなく、パチパチと火花のようにまたたく、ちいさな黄金色の光の粒でした。
東京湾から吹きつける冷たい潮風と、工場の熱い息吹がまじりあったその瞬間、光の粒がぎゅっとあつまって、ひとりのちいさな男の子が生まれたのです。
「わあ、ボクはどこにいるんだろう?」
体中から星のようなくずをこぼしながら笑うその子を、まわりのプラントたちは「星くずの子」と呼びました。
星くずの子は、浮島から見る夜景が大好きでした。夜になると、無機質だった鉄の街が一変し、赤、白、オレンジ、そして怪しくも美しい緑色の光でキラキラと輝くからです。海の向こうには羽田空港の滑走路がオレンジ色の線となって伸び、空には大きな飛行機が静かに着陸していきます。
「こんなに綺麗なのに、どうして誰も見に来ないのかな」
星くずの子は不思議に思いました。浮島の夜はしんと静まり返り、トラックが時折通り過ぎるだけで、歩いている人間は一人もいません。みんな、海の向こうの街で暮らしているのです。
「よし、あっちの街へ行ってみよう!」
星くずの子は煙突を滑り降りると、夜の海の上をふわふわと渡り、人間たちの暮らす大師の街へと向かいました。
路地裏の古いアパートのベランダに、ひとりの女の子が立っていました。女の子は、浮島の方角の空を見上げ、ちいさなため息をついてつぶやきました。
「今夜も、お星さまは工場の下に隠れちゃってるな……」
星くずの子はハッとしました。
街から見ると、浮島の煙突が吐き出す煙と強い光のせいで、本物の星空が見えなくなっていたのです。
(ボクを生んでくれた工場が、あの子の星を隠しちゃっているんだ)
胸がちくっと痛みました。でも、星くずの子は自分の体を見て、ニッコリと笑いました。
「それなら、ボクが星になればいいんだ。浮島だって、本当はこんなに綺麗なんだもん!」
星くずの子は、女の子の目の前まで浮かび上がると、自分のちいさな手のひらを力いっぱい合わせました。
――パチン!
静かな夜に音が響いた瞬間、彼の体からまばゆい黄金色の星くずが、夜空に向かって何千、何万と吹き上がりました。
「わあ……! 星が降ってきた!」
女の子は目を輝かせました。
星くずたちは、浮島の煙を包み込むようにして光り輝き、工場地帯の夜景と溶け合って、まるで夜空に巨大な光のカーテンが架かったかのような美しさです。女の子はすぐに手を合わせ、一生懸命に願い事をしました。
けれど、体中の星くずを使い果たした星くずの子の体は、だんだんと薄く、透明になっていきました。彼は浮島の熱気から生まれた、一夜限りの幻だったのです。
それでも、海の向こうの街で女の子が嬉しそうにしているのを見て、星くずの子はとても幸せでした。
「バイバイ。浮島は、いつでも光ってるからね」
ちいさな声とともに、星くずの子は最後の一粒の光となって、冷たい潮風に溶けていきました。
次の朝。女の子が目を覚まして窓を開けると、海の向こうの浮島の上には、すっきりと晴れ渡った青空が広がっていました。そしてベランダの手すりには、なぜかほんのりと温かい、ピカピカに磨かれた銀色のちいさなボルトが、ひとつだけぽつんと置かれていました。
今でも、浮島の道を車で走っていると、煙突のてっぺんからきらりと光る火の粉が上がることがあります。
大人はそれを「ガスの燃焼だよ」と言いますが、街の子どもたちは知っています。あれは今夜もだれかの願いを叶えるために、海の端っこで出番を待っている、星くずの子の仲間たちなのだということを。




