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浮島の煙突から生まれた星くずの子

作者: ローナ
掲載日:2026/06/21

川崎のいちばん端っこ。いくつもの橋を渡った先にある「浮島うきしま」と呼ばれる人工の島に、その工場はありました。


まわりはぐるりと青い海に囲まれ、島の中には人間ではなく、銀色に光る巨大なタンクや、複雑に絡み合うパイプのジャングルがどこまでも続いています。昼も夜も、工場たちは「ゴーーー」と低い音を立てて働き続け、空に向かってそびえ立つ何本もの高い煙突からは、白い煙がモクモクと吐き出されていました。




ある、特別に風が強い冬の夜のことです。


浮島のいちばん海沿いにある、ひときわ高い煙突のてっぺんから、不思議なものが飛び出しました。それは煙ではなく、パチパチと火花のようにまたたく、ちいさな黄金色の光の粒でした。


東京湾から吹きつける冷たい潮風と、工場の熱い息吹がまじりあったその瞬間、光の粒がぎゅっとあつまって、ひとりのちいさな男の子が生まれたのです。




「わあ、ボクはどこにいるんだろう?」




体中から星のようなくずをこぼしながら笑うその子を、まわりのプラントたちは「星くずの子」と呼びました。




星くずの子は、浮島から見る夜景が大好きでした。夜になると、無機質だった鉄の街が一変し、赤、白、オレンジ、そして怪しくも美しい緑色の光でキラキラと輝くからです。海の向こうには羽田空港の滑走路がオレンジ色の線となって伸び、空には大きな飛行機が静かに着陸していきます。




「こんなに綺麗なのに、どうして誰も見に来ないのかな」


星くずの子は不思議に思いました。浮島の夜はしんと静まり返り、トラックが時折通り過ぎるだけで、歩いている人間は一人もいません。みんな、海の向こうの街で暮らしているのです。




「よし、あっちの街へ行ってみよう!」


星くずの子は煙突を滑り降りると、夜の海の上をふわふわと渡り、人間たちの暮らす大師の街へと向かいました。




路地裏の古いアパートのベランダに、ひとりの女の子が立っていました。女の子は、浮島の方角の空を見上げ、ちいさなため息をついてつぶやきました。


「今夜も、お星さまは工場の下に隠れちゃってるな……」




星くずの子はハッとしました。


街から見ると、浮島の煙突が吐き出す煙と強い光のせいで、本物の星空が見えなくなっていたのです。




(ボクを生んでくれた工場が、あの子の星を隠しちゃっているんだ)


胸がちくっと痛みました。でも、星くずの子は自分の体を見て、ニッコリと笑いました。


「それなら、ボクが星になればいいんだ。浮島だって、本当はこんなに綺麗なんだもん!」




星くずの子は、女の子の目の前まで浮かび上がると、自分のちいさな手のひらを力いっぱい合わせました。


――パチン!


静かな夜に音が響いた瞬間、彼の体からまばゆい黄金色の星くずが、夜空に向かって何千、何万と吹き上がりました。




「わあ……! 星が降ってきた!」




女の子は目を輝かせました。


星くずたちは、浮島の煙を包み込むようにして光り輝き、工場地帯の夜景と溶け合って、まるで夜空に巨大な光のカーテンが架かったかのような美しさです。女の子はすぐに手を合わせ、一生懸命に願い事をしました。




けれど、体中の星くずを使い果たした星くずの子の体は、だんだんと薄く、透明になっていきました。彼は浮島の熱気から生まれた、一夜限りの幻だったのです。


それでも、海の向こうの街で女の子が嬉しそうにしているのを見て、星くずの子はとても幸せでした。




「バイバイ。浮島は、いつでも光ってるからね」




ちいさな声とともに、星くずの子は最後の一粒の光となって、冷たい潮風に溶けていきました。




次の朝。女の子が目を覚まして窓を開けると、海の向こうの浮島の上には、すっきりと晴れ渡った青空が広がっていました。そしてベランダの手すりには、なぜかほんのりと温かい、ピカピカに磨かれた銀色のちいさなボルトが、ひとつだけぽつんと置かれていました。




今でも、浮島の道を車で走っていると、煙突のてっぺんからきらりと光る火の粉が上がることがあります。


大人はそれを「ガスの燃焼だよ」と言いますが、街の子どもたちは知っています。あれは今夜もだれかの願いを叶えるために、海の端っこで出番を待っている、星くずの子の仲間たちなのだということを。

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