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妻、猫になり逃走中! 至急確保し溺愛せよ!  作者: 専業プウタ@コミカライズ準備中


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5.猫のままでいたいのに!

慌てた私はシーツを体に巻きつけ、部屋の外に出た。こんな姿を誰にも見られる訳にはいかない。十メートルおきに配置される夜間騎士。私は彫像品の影に隠れるようにして、ひっそりと夜の城内の廊下を忍足で歩いていた。


背後から近づく足跡に息を潜める。

「ビルゲッタ様ですよね」


小鳥が囁くような女の声に振り向く。そこには目尻をさげ、長い紐で輝かしい金髪を纏めたアルマがいた。燭台の灯りのみに照らされた彼女はまるで女神のように美しい。今の状況をなんとかしてくれと頼めば、ビビデバビデブーの杖で私を変身させてくれそうだ。


「アルマ⋯⋯様?」

「敬称は結構です。聖女とはいえ、私は平民。貴方様は皇太子妃」


アルマが柔らかく微笑む。

流石、小説のヒロイン。

彼女の笑顔は慈愛に満ちていて、女の私も惚れてしまうくらい魅力的。


「ビルゲッタ・ルスラムです。以後、お見知りおきを」


私はいつものように片足を斜め後ろの内側に引きカーテシーの挨拶をしようとする。ずるりと身体に巻きつけたシーツが落ちそうになるのが分かった。


「危ない。雪よりも白く艶やかな美しい肌の光に騎士たちが気がつくかも」

アルマはそっと私の解けそうな白いシーツを抑えた。


「あの⋯⋯アルマ?」

「お助け致します。ご実家までお戻りになりたいのですよね」


アルマの申し出に私は静かにコクコクと頷いた。

皇城の自分の部屋に戻ろうと思ったが、今は父や兄にこの現状を相談したい。


「ふふっ、では、こちらまで」


妖しく微笑むアルマは夜間の護衛騎士たちの死角を知っているかのような動線で、私を城の外まで導く。下女が使う皇城の裏口から出ると、そこには馬車が停めてあった。

(用意周到で怖いくらい⋯⋯アルマ、信じて良いのよね)


あまりにも出来すぎた状況。

私は自分を陥れるような企みが進行している気がして不安に襲われる。


「ビルゲッタ様? 急がないと」


目の前にあるのは純粋無垢なアルマの顔。

そして、彼女の瞳に映るのはシーツだけを纏ったふしだらな私。

私はアルマを信じて、馬車に乗り込んだ。


「こちらのドレスにお着替えください」


馬車に乗り込むなり、向かいのソファー上部を開けアルマが取り出して来たのはドレス。真っ赤なシルクに金糸の刺繍が美しい。普段の私なら着ないセクシーな胸元の開いたドレスだ。


「私とお揃いです。私、ビルゲッタ様と仲良くなりたくてお揃いのドレスを用意していたんです。是非、着てみてください。ビルゲッタ様の美しさを引き立ててくれると思います」


自分のことに集中し過ぎて気にしていなかったが、アルマは聖女には似つかわしくない魅惑的なドレスを着ている。まさに、今、彼女がソファーの下から出して来たものと同じものだ。


「ありがとう。私に似合うかな」

「もちろんです。ビルゲッタ様は私と違って魅惑的な体をしていますし、これで少しはキルステン皇太子殿下のお気持ちも引けるのではないかと思います」


しまったと言った感じにアルマが口元を抑える。私とキルステンの不仲は遠いアルベール王国で村暮らしをしていた彼女にまで届いていた。


「お気遣いありがとう」

私は胸が詰まって言葉が続かなかった。

何をやってもキルステンの心が得られない。


可愛らしく清廉で優しいアルマを見ていると原因が分かった。

私は彼女のように見返りのない親切をしたりはしない。

私の行動はいつもキルステンに好かれたくてしていたもの。


シーツで隠しながら着替えようとすると、アルマの白い手が伸びてきた。


「私にお任せください。女同士なのだから、そんなに恥ずかしがらないで」

アルマの冷たい手が肌に触れる。

緊張しながらも、ドレスを一人で着たことがない私は彼女に身を任せた。


着替え終わった自分が、アルマの瞳に映っている。

自分にも今のドレスは似合っていないが、アルマも同様。

アルマには刺激的な原色よりも淡い清楚な色が似合う気がする。

せっかくのプレゼントだから文句はつけたくないが、娼婦が着るようなドレスだ。


「素敵! このまま帰るのは勿体無いですね。今から二人でお出かけしましょう」


唐突なアルマの提案。

私はいち早く実家に帰り家族に会いたい気持ちと、ここまでしてくれたアルマの提案に乗らなければならないという想いが交差した。


「出かける事を誰にも伝えていないので」


「ダメですか? 今でないと平民の私が双子のように皇太子妃様と出掛けるなんてできないのです。ポメイ村にいる時から、ずっとビルゲッタ様に憧れておりました」


真っ直ぐに縋るように私を見つめるアルマの申し出は断れない。


「じゃあ、少しだけなら⋯⋯」

「やった。決まりですね」


アルマのように近い距離で私に接してくる貴族令嬢は今までいなかった。

八歳の時、次期皇帝になるキルステンと婚約。

ルスラム帝国一の富豪であるロレーヌ侯爵家に生まれた娘。

周囲の貴族令嬢は私の前ではおべっかを使い近寄り、裏では陰口を叩く子ばかり。


「アルマ、ありがとう。嬉しいわ。こういう距離⋯⋯私は初めてだから」

私の言葉に一瞬アルマの顔が曇った気がしたが、その後見惚れるような微笑みを返される。


馬車を降りて、背の高い白樺の木に囲まれた見知らぬ屋敷の前に到着する。馬車を改めて見ると家門の紋章のない地味な焦茶色の馬車。自分の危うい格好と暗闇で気が付かなかったが、まるで身元を隠す為に使うような馬車だ。


「行きましょう。ビルゲッタ! あっ、すみません。ビルゲッタ様」

「ビルゲッタでいいわ。アルマ」


今思えば、アルマは人の心の隙間に漬け込む天才だった。


今世で私は歳の近い友人がいなくて寂しい思いをしていた。友達なんていらないと孤高で居られる程、私は孤独に慣れていなかった。前世で友人たちに囲まれながら過ごした学生生活の記憶が私をより寂しくさせた。


それゆえに彼女に親友のように呼び捨てにされた時、思考が吹っ飛ぶくらいに嬉しい気持ちにさせられた。


アルマに誘導され古びた屋敷の中に入る。耳を澄ますと、ボールルームがあるであろうエンジ色の扉の向こうから複数の声と音楽が聞こえる。


「舞踏会? アルマは舞踏会に行ってみたかったの?」

平民である彼女は舞踏会に招待されたりはしないだろう。そもそも舞踏会は非常に俗的で清廉さを要求される聖女とは対極にあるもの。


私の言葉にアルマが妖しく微笑む。


貴族令嬢のお茶会でよく目にしたような、人を貶めてやろうと企む表情に似ていた。

扉の向こうの舞踏会会場は通常よりも薄暗い照明になっていた。燭台の数が少なく部屋全体が見渡せない。内装は非常にシンプルで大人っぽいシックなものに統一されている。


オーケストラではなくカルテットの静かな曲が響き渡る。

仮面を身に付けた男女が体をピッタリつけて踊っては、沢山ある個室へと消えて行った。


私がその光景を見て不安になっていると、銀色の仮面をアルマに手渡される。そして、アルマ自らは金色の仮面をつけた。


少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマーク、評価、感想、レビューを頂けると嬉しいです。貴重なお時間を頂き、お読みいただいたことに感謝申し上げます。

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