38.幸せな時間
あれから三年の時が経った。
私が調合した解毒剤で、エマヌエル皇帝は回復された。
予定通り戴冠式が行われ、キルステンは皇帝となり、私は皇后となった。
フランシスも四歳になり、来月は立太子する。
フェリクスは魔女の脅威から皇太子妃を守った事で勲章を賜った。
今は近衛騎士団の団長になり、伯爵位を継承している。
貴族令嬢たちの最近の話題は、昔と変わらずフェリクスの結婚相手だ。
彼は一生結婚する気はない、自分の命は皇室に捧げた身だと言い周りから尊敬されている。
しかし、流石に浮いた噂がなさすぎで、実は男色なのではという噂が立ち始めていた。
春の陽光が皇宮の庭園を優しく照らす。
私はアルベール王国での生活ですっかり花にハマってしまい、公務の合間に植物学の研究をするようになった。
前世であのまま生きていられたら、もしかしたら研究職になったかもしれない。
将来の夢もなく、物語の中のキルステンに熱をあげてた幼かった私。
そんな私も今は愛する人と結ばれ、仕事をして、母親になっている。
噴水の水面に光が踊り、春の花々が風に揺れる。
私は小さな手を握りながら、庭園を散歩していた。
「お母様あのお花は何?」
「アネモネよ。何年でも植えっぱなしにしても咲く強い花」
「僕、あの花好き!」
フランシスの問い掛けに答えながら、私はアルマを思い出していた。
アネモネの花言葉は「儚い恋」。強い力を持ちながら恋に苦しんだアルマ。
彼女はあれから消息不明だが、本当に死んでしまったのだろうか⋯⋯。
「ビルゲッタ! フランシス!」
キルステンが私たちを見つけ駆け寄って来る。
フランシスは彼の姿を見つけるなり飛びついた。
愛おしそうに我が子を抱く彼に胸が熱くなる。
「お父様、お仕事終わったの?」
「まぁ⋯⋯」
「お母様に会いたくて、お爺ちゃまに押し付けてきたんでしょ。それで良いのですか? キルステン・ルスラム皇帝陛下」
まるで苦言を呈する臣下のように振る舞うフランシスが可愛くて、私とキルステンは顔を見合わせて笑い合った。
皇族の親子の形ではないかもしれないが、私たちはフランシスに対して臣下ではなく自分の子として接している。
間違っているかもしれないけれど、幸せだ。
先皇陛下は私の調合した薬で回復した事に感謝したが、私の能力には懐疑的だった。
キルステンは水中堤防で海賊を倒したのは私の考えで、あらゆる事に精通した優れた妻だと主張した。
私はクリフトン様の名を借りて送った密書が、私の書いたものだと露見していることに驚いた。
しかし、毎日のように私の手紙を受け取ってきた彼にはバレバレだったらしい。
『男らしい字を書こうとしたビルゲッタの字だ』と言われた時には恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
「この帝国で一番大切なのはビルゲッタ・ルスラムなんだ。僕にとってはね」
未だ私の心を捉えて離さない男の言葉に私は顔が熱くなる。
「はいはい! ご馳走様でした。確かに身重の妻は何より大切にしなければいけませんね。お父様!」
満面の笑顔で言うフランシスの言い回しにキルステンが驚いていた。
フランシスは私の影響もあり、私の前世の近代日本のような感覚と価値観を持っている。
「フランシスは今日も愉快だな。一緒にいるだけで心が暖かくなる。ありがとうビルゲッタ。僕を彼の父親にしてくれた」
私はキルステンの言葉に胸が詰まり言葉が出ない。
そんな私の両手を愛する夫と息子が繋いでいた。
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