36.キスの前に
慌てて椅子の下からアイボリーのドレスを出し着替える。
着替えの手伝いをしようとキルステンが何度も私に手を伸ばしては引っ込めているのが分かった。
着替え終わり、カーテンを開けると二年程前にフェリクスと見た風景が広がっていた。
「ビルゲッタは自分で着替えも出来たんだな」
まだ顔の赤いキルステンの問い掛けの意味を考える。
確かに皇宮では侍女に着替えどころか入浴の介助も任せていた。
「もちろん一人でできるわよ。キルステンだってそうでしょ」
私は猫時代、彼の着替えを覗き見ていたのを思い出して顔が熱くなる。
「てっきりフェリクス・ダルトワに手伝って貰っていたのかと思ってた」
消え入りそうな声で呟く彼の声を私は見逃さない。
「私にとってフェリクスは兄のケネトのような存在よ。私に触れて良い男はキルステンだけ」
怖いけれど彼の手をとって私は自分の方に引き寄せた。
ふとクーハンの上ですやすや眠るフランシスが目に入る。
馬車の揺れが心地よい上に今日は色々なことがあり彼も疲れているのだろう。
クーハンより大きな体を投げ出すように寝ている彼は生まれてから随分と成長した。
「ビルゲッタ、こちらを向いてくれ」
頬に手を添えられ、キルステンのアメジストの瞳と目が合う。
彼の顔が近付いてくるが、私はまず私を支え続けてくれたフェリクスについて話をしよう口を開いた。
「キルステン、お願いがあるの」
「何だ? フェリクス・ダルトワについてか?」
甘いムードでキスをしそうな流れだったのに、急に冷たく空気が張り詰めた。
「そうよ。フェリクスは私を支え続けてくれたの。どうか、彼が元の居場所に戻れるよう取り計らって欲しい」
「はぁ。随分とあの男を気にかけるんだな。一緒に入浴でもしてたりしたんじゃないのか?」
私は突然突拍子もない疑いを掛けられ泣きそうになる。
狭いワンルームに他の男と住んでいた私をキルステンが信用できる訳ないのかもしれない。
「お風呂も私は一人で入れるのよ。私が一緒にお風呂に入りたいのはキルステンだけ。前に薔薇風呂に入るって話をしてたじゃない」
私は自分で言った言葉に突然恥ずかしくなり口をつぐみ俯いた。
彼が薔薇風呂に誘ったのは猫の私だ。
「ビルゲッタ⋯⋯」
「猫の私しか愛されないのなら、もう一度猫になりたい。どんな姿でもキルステンから愛される私でいたいの。ずっと貴方が好きだったから」
「⋯⋯」
きっと苦労して手に入れただろう呪いを解く薬。
せっかく人間に戻ったのに猫に戻りたいなんて我儘を言ってしまった。
もしかしたら、キルステンに呆れられたかもしれない。
私は皇太子妃で、彼が皇帝に即位したら帝国の母たる皇后になるのだ。
こんな無責任な言葉を彼の前で言ってしまうなんて本当にどうかしてる。
「ビルゲッタ」
キルステンが私のつむじにキスをしてきたので、咄嗟に顔を上げた。
愛しむような表情で見つめられ心臓が跳ねる。
「僕もずっと君が好きだった。真っ直ぐな気持ちを向けてくれていたのに、ちゃんと返さなかった。本当に頼りなくてごめん」
「頼れる人だよ。キルステンは。私の呪いもこうやって解いてくれたでしょ」
私たちはそれからこれまでの事について話した。
アルマとの取引内容には驚かされた。
グロスター公爵家に匿われていたアルマと彼は秘密裏に接触して呪いを解くように迫ったらしい。
彼女が取引材料として出したのは、ルスラム帝国がアルベール王国を滅ぼすこと。
アルベール王国はアルマの本当の出身地で、彼女は理由は語らなかったが王家に恨みを持っていたようだ。
キルステンはアルマは王族が秘密裏に捨てた子なのではないかと推測していた。
赤子の時に殺されて捨てたはずが、生きていて出生の秘密を知り恨みを持ったという予想だ。
「でも、何故アルマが自分の力でアルベール王国を滅ぼそうとせず、ルスラム帝国に滅ぼさせようとしたのかが理解できないんだ」
少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマーク、評価、感想、レビューを頂けると嬉しいです。貴重なお時間を頂き、お読みいただいたことに感謝申し上げます。




