34.もう逃げないで
「にゃーあん!(フランシスにあげて)」
私はキルステンの膝から飛び降り、フランシスの元に行く。
フランシスの頬を舐めると、彼はパチリと目を開けた。
猫になってもそのアメジストの瞳はキルステンとそっくりだ。
「分かった。まずはフランシスからだな」
優しく掬い上げるようにフランシスを抱き上げるキルステンに目頭が熱くなった。
彼は本当に猫の扱いに慣れている。
小瓶の液体を数滴フランシスの口に垂らすと、みるみる人間の姿に変わる。
「待って、今、服を出すから」
キルステンが屈んで馬車の椅子を開けると、中から何着もの子供服が出てきた。
サイズは今のフランシスには小さ過ぎるものが多いが、その中から淡いラベンダーのゆったりしたロンパースを見つける。
私は服の中に潜り込み、それを咥えてキルステンに差し出した。
キルステンは柔らかく微笑むとフランシスに慣れない手つきで着替えさせる。
フランシスはキルステンの行動を理解したように、自分で服に腕を通した。
「にゃー! にゃーん(フランシスは理解力のある子なの! 一歳なのに凄いでしょ)」
私が得意げに鳴いて見せると、フランシスが不思議そうに私を見ていた。
「ママ?」
フランシスの声を聞いてキルステンが手を止める。
「もう喋れるのか、これでフェリクス・ダルトワをパパだなんて呼んだら僕は狂ってしまいそうだ」
苦しそうな顔をしているキルステンに私は弁解をしたかった。
フェリクスの事をパパと呼ばせるような事はしていない。
他の男とワンルームで二年近く私は暮らしていた私をキルステンはどう思ってるのだろう。
フェリクスは二度目のプロポーズ以来、私を女として見ないようにしている気がする。
私が彼の想いに応えられない事に罪悪感を覚えない為だ。
「にゃん!(フェリクスの事、誤解しないで欲しい)」
元の姿に戻れたら、私はキルステンの側で彼を支えたい。
そして、できる事ならキルステンにはフェリクスが元の立場に戻れるように取り計らって欲しい。
私はフェリクスに恋をする事はなかったけれど、兄のケネトと同じように家族のように思っている。
「ふっ、先程の幻影を切っただけで満足しろって事だよな」
苦笑しながらキルステンはフランシスの着替えを進めていた。
フランシスはキルステンの存在を不思議そうに見ていたが、特に言葉を発さず駄々も捏ねず観察している。
彼は生まれたばかりの時は泣いてばかりだったかが、今は既に思慮深さを持つ一歳児へと成長していた。
「ビルゲッタ、次は君の番だ。さあ、飲んでくれ」
小瓶が口元に近づけられて、私は慌てて椅子の蓋を持ち上げ中に逃げ込もうとした。
先程、私が着る為に用意されたドレスが見えたから、せめてその中に潜り込みたい。
「待ってくれ、もう逃げないでくれ。ビルゲッタ」
背中から聞こえるキルステンの声は震えていた。
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