23.貴方の子じゃない!
「フランシスはキルステンの子じゃないわ。フェリクスの子でもありません」
私の言葉にキルステンが見たこともないように驚いた顔をする。
このまま帝国に帰った時のフェリクスの扱いは想像に容易い。
私の護衛にするとキルステンは提案したが、フェリクスが好奇の目で見られるのは明白だ。
キルステンは私にも勝手に帝国を逃亡した復讐をしたいのかもしれない。
私とフェリクスが駆け落ちのように逃げた事は誰もが知るところなのだから。
戸惑ったようにキルステンの手が私の頬にそっと伸びてくる。
あの夜以来の彼の温もりを感じたい気持ちを振り払うように私はその手を払った。
「どうしたんだ? ビルゲッタ。フランシスが僕の子ではないなんてありえないだろう。だったら、誰の子だというんだ」
フランシスのまとう高貴な雰囲気もアメジストの瞳も彼がキルステンの子だと告げている。
揺れるキルステンの瞳からそっと目を逸す。
本当に私は馬鹿だった。
フェリクスの優しさに甘え、彼が冒してるリスクの大きさに気が付かなかった。
昼間は猫だから逃げたのではない、キルステンに想われてないのに彼の側にいるのが怖くて逃げたのだ。
きっとフェリクスは私の気持ちなんてお見通しだっただろう。
それでも、側にいてくれて私を支え続けてくれた。
フランシスの可能性を潰してしまうかもしれないけれど、フェリクスを犠牲にはできない。
「わ、私、実は結構ヤンチャしてたんです。誰の子か分からないくらい男の人と関係を持ちましたわ」
「はぁ? 何言って」
キルステンが呆れたような声で尋ねてくる。
私も自分の咄嗟についた嘘が全く機能していないのは理解できた。
「か、仮面舞踏会行ったりして⋯⋯」
「それは、アルマの企みにはまっただけだろう」
キルステンが鼻で笑いながら切り返して来た。
本当に彼は何から何までお見通しだったようだ。
私の事を彼はさっき「可愛い」と言ってくれた。
私はそれだけで一生生きていける。
これからは、フランシスと私なんかに尽くして人生を棒に振りそうな不幸な騎士の為に尽くす。
昼間は猫になるような女が帝国に帰って何が出来るのだろう。
キルステンの足を引っ張るだけだ。
ここで夜だけ開店の花屋として生活している方が、絶対良い。
帝国に戻れば、キルステンは昼間は猫になる駆け落ちまがいをした妻を持つ皇太子として笑われる。
(⋯⋯私の存在は恥だ⋯⋯こんなつもりじゃなかったのに)
「フランシスはとにかくキルステンの子じゃありません」
「いや、でもあの夜、血が⋯⋯」
キルステンに破瓜の血について指摘されて、私の頭はフリーズした。
「あ、あれはキルステンが大きいから!」
「ええ?」
キルステンの本気で驚いた声に私はどうして良いか分からなくてひたすらに下を向く。
自分がとっさに言った言葉に私は顔が熱くなるのを感じた。
(女の子の日だったとか言えばよかった?)
「あ、違くて。その、小さいとか大きいとかではなく。とにかくもう帝国には戻りたくないんです。フランシスもとらないで!」
キルステンが俯く私をぎゅっと抱きしめてくるのが分かった。
その熱い体温に心臓の鼓動が高まる。
本当は彼の手を握り、一緒に帝国に戻りたい。
彼の隣で彼を苦しめる全てのものから守れる妻になりたかった。
「ビルゲッタ素直になってくれ、僕と一緒に帝国に戻ろう」
優しいキルステンの声が耳元でする。
体から力が抜け思わず身を任せそうになった時に、ノックの音と共に扉が開く音がした。
騎士に拘束された変わり果てたフェリクスを見て、私は思わずキルステンを強く押した。
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