19.身分を明かして
事前に、フェリクスから私の正体についてはクリフトン様に対して秘密にしていると聞いていた。ただでさえ、女である私と会いたくないクリフトン様が面倒な身元を告げたらもっと会ってくれないからだ。
「私はエリナです」
嘘ではない。これはキルステンが私につけた大切な名前。
私の言葉を馬鹿にしたようにクリフトンが声を出して笑い出す。
「私の助けを借りたいなら、くだらない嘘はやめなさい。貴方は今、なんてことはない見窄らしい平民の服を着ている。それでも、振る舞いはドレスを着る時の仕草。身分の高い人間のする人を見定めるような目つき。美しい銀髪は惜しくても染めるべきだったわね」
私は突然の名探偵の登場に戸惑うしかなかった。
「申し訳ございません。クリフトン様、この方はルスラム帝国の元皇太子妃、ビルゲッタ・ロレーヌ様です」
観念したかのようにフェリクスが頭を下げる。
「貴方はとても良い子よ、フェリクスちゃん。問題はこの女!」
「犯人はお前だ!」とばかりに私を指差すクリフトン様。
私はクリフトン様の鋭い目つきに震え上がった。
「クリフトン様、真実をお伝えするのが遅くなり申し訳ございません。私はルスラム帝国のビルゲッタ・ロレーヌでございます。この度は、この身に掛けられた呪いを解く為の相談に参りました」
「フェリクスちゃんに、一度掛けられた呪いは解けないと伝えたはずだけど?」
面倒そうに切り捨てられ、私は絶望した。
(やはり、もう戻れないのね)
「分かりました。呪いを解く方法については諦めます。では、夜間に開設する平民向けの学校へ投資して頂くお話をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
私はいたって当然の事を言っていると思っていたが、目の前にいるクリフトン様は青天の霹靂とばかりに頭を抱えている。
「嘘でしょ!? 呪いは解けないと言われたからといって、一生昼間は猫生活を受け入れるの? それより、平民学校設立の相談って貴方は根っからの皇太子妃ね! この国の問題点を見つけました。私が改善しますって事?」
心底驚きながら告げられたクリフトンの言葉に私は困惑した。元々、このアルベール王国の平民の識字率を問題視していたが、夜間学校を建てたいのは息子フランシスの為。極めて個人的な理由。そして、今の私は平民でだ。学校を創立するほどの資金力がない。だから、投資して欲しくてクリフトン様にこの話を持ちかけている。
「フランシス、この子の未来をより良きものにしたいだけです」
私は眠っているフランシスを抱きしめる力を込める。
長いまつ毛、美しい顔立ち、本来ならばルスラム帝国の宝のように育てられる子。
「文字も読めない平民は、朝から晩まで働いて可哀想。蝶よ花よと育てられたお嬢様の発想ね」
クリフトン様の言う通り、このアルベール王国の平民は子供でも朝から晩まで働いている。だから、日中に開く学校があっても通うのは困難。夜間学校で教養を身につければ、将来様々な道が開ける。
「私はこのアルベール王国に住む平民を可哀想とは思っていません。むしろ、自分の人生を楽しむことに長けている方々だと思っています。この子、フランシスはご想像の通り、皇族の血を引いています。万が一、この子の身元が露見した時に、戦える力を身につけさせてあげたいだけです」
私の言葉になぜかクリフトン様は頭を抱えた。
「聞いてないわよ! まさか、フランシスって皇族の子? その子も昼間猫になるっていうんでしょ。というか、フェリクスちゃんはよく他の男の子を産んだ女の側にいられるわね」
私は余計なことを言ったようだ。フランシスのやんごとない雰囲気に勝手にクリフトン様は彼が皇族だと気が付いていると思っていた。恐るべき親バカな発想。
「ビルゲッタが産んだ子なら、俺が守りたいんです。願わくばフランシスの父親になりたいんです」
フェリクスの想いの深さに私は泣きそうになった。これ程の愛情を受けながら、私の心の中には常にキルステンが棲みついている。私を見るクリフトン様の視線は侮蔑にも似た視線。自分でも分かっている。愛情も返せないのにフェリクスに頼っている私は狡い。
「私、キルステンに愛されていたんでしょうか?」
私はクリフトン様が夫に興味を持たれなかった妃ビルゲッタを、「夫の愛にも気付かない女」と評した事が気になっていた。
「知らないわよ。そんな事! でも、美男子キルステン・ルスラム皇太子はまだ再婚していない」
キルステンは私と離婚したら、アルマと結婚するものだと思っていた。しかし、離婚から一年近く経過したがキルステンは未だ独身。
「クリフトン様、聞いていただけますか? 私に呪いを掛けただろう人物について⋯⋯」
魔女であるクリフトン様の意見が聞きたかった。彼女が味方になってくれるかどうかは分からない。しかし、魔女がどのようなものなのか知らなければならない。
私の話を聞くなり、クリフトン様は頭を抱えている。
「六年前の古傷を治したですって? もし、アルマが聖女でなく魔女だとしたら、とんでもない魔力の持ち主よ。聖女と違って魔女は回復のスペシャリストじゃない!」
やはり彼女に相談してみて良かった。クリフトン様がアルマの話を聞くなり、現状を茶化さないで深刻に捉え始めてくれたのを感じる。
「クリフトン様は古傷は治せないのですか?」
「当たり前じゃない。出来たばかりの傷でも小さいものを治すのがやっとよ。魔女は基本的に攻撃魔法に特化しているの」
攻撃魔法という言葉に身震いがした。一瞬、脳裏にアルマが火の魔力で自分の故郷を焼き払う場面が横切る。私は確証のない妄想を追い払うように首を振った。
「でも、良かったわね。万が一、キルステン皇太子殿下が殺されても、フランシスがルスラム帝国の皇位を継げる」
「キルステンが殺される!?」
「その可能性がないなんて言い切れる? 女の魅力や惚れ薬で落とせなかったら、彼を殺して皇権に手を伸ばすのが確実じゃない?」
私はアルマの目的をキルステンの心だと思い込んでいた。それゆえ、クリフトン様の指摘には驚きと共に恐怖を感じた。
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