14.憧れの国と花屋デビュー
「却下。笑わせに来てるのか? 大帝国の皇太子妃だよな。訳が分からないぞ、このお嬢様は!」
ジャスパーが手を口元に当て笑いを堪えている。「訳が分からない」というキルステンが頻繁に私に対して言っていた言葉。急に私はキルステンが恋しくなり、切ない気持ちになった。
ふと、フェリクスの視線を感じ彼を見ると、心底心配そうに私を見つめていた。彼に暗い表情を見られてしまった。せっかく色々してくれていたのに、ガッカリさせてしまったかもしれない。私は口角を上げて笑顔を作る。
「ジャスパーさん。彼女が大帝国の皇太子妃に見えないなら、丁度良いのではないですか? 彼女はこう見えて厳しい妃教育にも真面目に取り組んで来た子です。目立たない花屋というミッションもやり抜くと思います」
フェリクスのフォローを聞いても納得のいかなそうなジャスパー。急に口の端を意地悪そうに上げると私に恐ろしい提案をしてきた。
「じゃあ、ビルゲッタさん。ルスラム帝国の皇室の情報をくれないか? 皇室に嫁入りしているんだから、色々知ってるだろう。皇宮の秘密通路とか、弱み。夫のキルステン・ルスラム皇太子殿下の秘密でも良いぞ」
「それは、死んでも話しません。キルステンは私の命。彼を貶めるような企てがあるのですか? もし、そうであれば私はジャスパーさんを生かしてはおきません」
私の言葉にジャスパーが目を丸くする。
「ちょっと待ってくれ。ルスラム帝国の皇太子夫妻は不仲なんだよな。誰でも知っている有名な話だぞ。そもそも、そんな細腕で俺を殺せるとでも?」
ジャスパーが私の腕を掴もうとしたので、逆に彼の腕を掴み捻る。これはフェリクスが私に教えてくれた護身術。
「腕力で私が戦うとでもお思いで? 私はキルステンの為なら何でもします。ジャスパーさんには守りたいギルドがおありのようですね。私が守りたいのはキルステンだけです」
真っ直ぐにジャスパーのブルーサファイアの瞳を見つめる。お互い睨み合って、十秒くらい経った後に目を逸らされた。
「一瞬、惚れそうになったぜビルゲッタさん。それにしても、フェリクスも大変だな。ビルゲッタさん、護身術の心得はあるようだが、他に特技はないのかい?」
どうやら私は花屋の店主に採用になったようだ。
「はい、あります。昼間は猫になります」
私の言葉にコントのようにジャスパーさんはズッコケた。
前世で小学校受験の時に身につけた、短所を長所に変換して説明する技。
どうやらこの世界では効かなかったようだ。
「呪いの話な。フェリクスから聞いていたが本当なのか。じゃあ、花屋は夜だけ開店だな」
「昼間も看板猫として働けると思うのですが」
「却下。目立たないのが大前提だ。花屋は夜だけ開店。任せたぞ!」
ジャスパーさんが握手をしようと手を出してきたので、私はその手をギュッと握り返す。
「エリナです。ここではエリナとして生きて行きます。目立たない花屋の任務承りました」
アルベール王国のポネイ村付近の街に潜伏し始めてから、二ヶ月の時が経った。私はフェリクスと一緒に夜だけ開店する花屋を営んでいる夫婦。というのは仮の姿で、店の奥には情報ギルドがある。フェリクスはこの情報ギルドから元々情報を何度か買っていたらしい。私が夢だった花屋で働いている間、フェリクスは情報ギルドの仕事を手伝っている。
アルマの出身地であるポネイ村は、三ヶ月前の山火事で村ごと消失。
街から任意の消防団が駆けつけた時には遅かったらしい。ギルドに集まった情報によると、山火事ということになっているが不自然な点が多いとの事だった。
まず、その日に限って普段は火事と聞きつければ直ぐに集まる消防団が集まらなかったこと。後日の聞き取りでは、皆、体調不良で駆けつけるのが遅くなったと回答している。
火元が分からないくらい、人も建物も燃やし尽くした火事。二月で乾燥していたということで、山火事だったと片付けられた。
今晩もフェリクスが情報ギルドの仕事を手伝っていて、私が花屋の店先に立っている。
毎日来てくれるお客様のセレストさんは「花言葉」が大好きなお婆さんだ。仕事終わりの夜遅くにいつも店に立ち寄ってくれる。
アルベール王国は貧富の差が激しい。平民は子供から杖をついた老人まで朝から晩まで仕事をしている。貴族は平民を安く働かせ、自分たちは悠々自適な生活を送っていた。裏では花から抽出した毒や麻薬を闇ルートで売り捌き、儲けている呆れた貴族まで存在する。ルスラム帝国とは異なり平民は学校に行けない為、識字率が低い。学がないことで、貴族にいいように搾取されてしまっているのが問題だ。
「エリナさん、今日は鈴蘭の花束を作ってくれますか?」
ラベンダー色の髪を夜風に吹かせながら、毎日花を買ってくれるお客様。
勝手に、不幸な境遇だと同情する方が失礼かもしれない。
「セレストさん。いつも、ありがとうございます。『幸福の再来』、何かありましたか?」
「実は宝くじがまた当たったのよ。エリナさん、今度、飲みに行きましょ。奢るから」
日本で「宝くじを愚か者に課された税金」と称されていたが、アルベール王国の宝くじも同じだ。一攫千金を夢見させて、実際は搾取されている。ただ、この国の平民が花を愛でたり、宝くじを買ったりすることに楽しみにしているのを見ると、それを外野の私が評価するものまた間違い。
「ふふっ、楽しみにしています」
鈴蘭の花言葉は『幸福の再来』や『純潔』など良いものばかり。しかし、この花の毒性は恐ろしい。花、根、茎、株に至るまで毒をも含み。嘔吐やひどい時は心臓麻痺といった症状まで引き起こす。
アルベール王国の人々は花で商売をしているからか、そういった知識を当然のように持っている。鈴蘭の栽培の時には注意をして、花粉も吸い込まないように気をつけるのが常識。白い鈴蘭だけでなく、ピンクや青といったものまで年中揃えられるのは流石、『花の王国』だ。
私は前世の記憶まで持っているのに、ここに来るまでは鈴蘭の恐ろしさを全く知らなかった。無知は死を招く。鈴蘭を生けていた水だって毒物になる。
三色の鈴蘭を花束にして渡すと、セレストさんは喜んでくれた。
「綺麗ね。エリナさんって本当にセンスが良いわ。あら、旦那さんが帰ってきたわよ。今日もイイ男ね」
小走りで駆け寄るフェリクスを見るなり、セレストさんのテンションが上がる。彼女はイケメンが好きらしい。私はキルステンばかり見てたせいか、あまり他の男の美醜を気にしたことはなかった。でも、確かにフェリクスは精悍な顔立ちをしている。
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